26【魔導師フレデリックの精察②】
爽やかな汐風が頬をなで、穏やかな波音を聞いているうちに、うたた寝をしてしまったようだ
目を開けると雲一つない青空が眩しい
横を見ると、自分がさっきまで読んでいた本があった
こんな所にまで本を持ってきて……
自嘲気味に笑ってしまう
もう一度顔を正面に向けると、遥か上空を鳥が優雅に羽を広げている。 その姿を眩しく思うのは、太陽の光のせいだけではないような気がする
やれやれと上半身を起こすと、今度は空の青より濃いコバルトブルーの海面が、キラキラと太陽の光を反射させていた。 私はやはり目を細める
雲のない快晴だと思ったが、遥か向こうの水平線上にはモコモコとした雲が広がり、空と海の境界線をはっきりとさせていた
自分がいる場所は広い野原だが、その先は海へと切り立った崖になっている
地面は芝生ではないが背の低い草花しか生えてないため、こうしてのんびりと寝そべることができた。
この丘の後ろ、海と反対側は森となっていて、街へと戻る小道はあるのだが、魔物が全く出ないわけではないので、ここの丘まで行こうと思う者も少ないだろう
もっとも、この丘事態にも何もないので、こんな僻地まで来るのは余程のもの好きだ
それに、一応結界も張ってあるから魔物に寝込みを襲われる心配もない
もう一度横になった。 さっきの鳥はどこか目的の場所へと行ってしまったのだろうか。 いつでもどこまでも行くことのできる自由が少し羨ましい
この国でいま起きている事、石の事、塔の魔物、置き去りにした隊員達 ……。
考えなくてはならない事は山ほどあるのに、自分はここでこうして昼寝をしている
召喚式を成功させたらハッピーエンド。ではないはずなのに、王宮の者や魔導師たちは既に謎を解くことをやめてしまっていた
いや、一応調べているスタイルは見せているが、実際には何もしていない
自分たちの役目は果たしたと思っているのだろうか?
そんななか自分一人が必死になって書物を読みあさったところで何になる? そう思うと急に虚しさが広がり、けれども彼らと同じ空気すら吸う気にもなれず、ジャスパーとよく来たここへと転移してしまった
もう限界かもしれない
城から出たい。もはやラグドール王国に仕える意味が分からない
しかし……
城を出て何処へ行こうというのだ? 家には戻れない。家督は既に兄が継いでいるのになんと言って帰ればよいのか
そうじゃない。兄はいつだって皮肉なことは言っても私を受け入れてくれるだろう
それに別に生家に戻らずとも自分は独り身なのだから、自由気儘に好きな場所で暮らせばよいだけだ
本当に耐えられないのはジャスパーの事だ
妹はジャスパーを慕っていた
その妹になんて説明をすればいいものか
何処にも私の行き場などありはしない
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのままどれだけの時間が過ぎたのか
空腹に気がつき、ハッと身体を起こす
結局また寝てしまったのか?
ずっと不眠不休だったとはいえ気が緩みすぎだ
これでは王宮の者達となんら変わらない
青だった空はいまや茜色に染まり、輝いていた太陽は夕陽となり海面に飲み込まれようとしていた
そろそろ城に戻ろうか?
ここ数日は食欲など全くなかったが、睡眠を取ってスッキリすると空腹感がはっきりと認識できる
やはりどこか神経が参っていたのかもしれない
それとも城には戻らずあの店へ行こうか
ジャスパーとはよく食べに行くことはあったが、一人であの店に入ったことはない
寄り道して帰ったところで、誰も咎める者はいるまい
そうするか
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
馴染みのレストランで夕食を食べ終え、転移で城に戻ると城内がガヤガヤと騒がしかった
一体なんです?と人に問うより速く、部屋の扉が激しく叩かれた
入ってきたのは長老オーティス
眉間に何か挟めるのでは?と思えるほど険しい顔つきだ
「 どこへ行かれてましたかな?」
私は何も答えなかった。こんなときは沈黙にかぎる
「 まぁ良いじゃろう。今はそんなちっぽけな事にこだわっている場合ではないのだ」
そう思うならさっさと要件を言えばいい
こちらとて老人の無駄話に付き合うつもりはない
「 信じ難い事じゃが城の結界が破られたやもしれぬ。先ほど何者かが侵入し城内で魔法を使ったのじゃ」
今度は私が眉をひそめた
オーティスは続けて起こったことを説明する
その侵入者はバーミーズマウンテンの塔の事を知っている ……
「 王は至急城の結界の強化に努めよ!と申しておられる。フレデリックよ、魔導師の中で優秀な者を集め、再び侵入される前に城を強化するのじゃ!」
私はやれやれと、重い口を開いた
この人はこれでも魔導師なのだろうか
「 その必要はありません」
「 なんじゃと!?」
オーティスは聞き間違いか?といった様子で大袈裟に問い返す。そんなに大きな声を出さなくても、私は貴方ほど耳に不自由してません
「 結界を強化は不要です。なぜなら結界は破られていません」
部屋の中に沈黙が訪れる
「 …… じゃが、実際にこうして侵入されとる。なぜ破られてないと言い切ることができるのじゃ?」
「 私が傷一つ受けてないからです」
説明不足は理解しているが、オーティスが声を荒げれば荒げるほど面倒が勝る。再び沈黙の後、オーティスは気まずそうに口を開いた
「 なぁフレデリック……。わしにも理解できるように説明してはくれないか??」
どの道そう言われる事は分かっていたのだから、最初から丁寧に説明すれば良かったのだ
私は自分の気の小ささに溜息が漏れた
「 この城の結界は特別製で、一人の魔導師の術でできているのではない事はご存知ですね?」
オーティスは大きく頷く。私が説明をはじめた事に安堵した様子だ
「 一人だとその魔術師が死んだ時に、術が解けてしまうからじゃな」
「 …… それは表向きの理由で、もし術をかけた者がこの国に反旗をひるがえしたらどうなります?考えるだけで恐ろしいことでしょう? そんな事態にならないよう複数人で術を施したのです」
「 なるほど。しかしそれと、結界が破られてないことにどうつながる?」
「 複数で一つの術を完成させるというのは、とても複雑な上に繊細。少しの綻びも許されない。そのため術を発動した時に負荷がかかってしまったのです」
私は声を落として続ける
「 …… 負荷という代償が魔導師の中に」
「 それはどういう負荷がかかるのじゃ?」
オーティスは続きを促す
この事はあまり話したくないのですが、しかたありません
「 結界が何者かによって解かれた時には、その被害と同じ分だけ魔導師が傷を負うのです」
「 つまり ……??」
「 この城が壊滅すれば結界師は命を落とす、という事です」
「 なんとッ!!」
「 そして私はこの通り傷一つ負っていません。 従って結界は破られていないという事です」
「 そうか、結界は破られておらんのじゃな!それは安心した。……いや、だったら何故男は侵入出来たのじゃ?」
「 その理屈は分かりませんが、その者は城の結界を無効にできることが可能なのかもしれません。まずはその正体を暴かない限りは結界を強化しても意味がないということです」
「 ではどうすれば良い?」
それを考えるのはあなた方でしょう?という言葉を何とか飲み込んだ
「 侵入者を捕まえて尋問するしかないでしょうね」
私は肩をすくめた
オーティスは絶望的な顔をするけど、これが現実です。 理解したなら早く部屋から退出して欲しいと思ったころ、今度は別の長老がバタバタと入ってきた
「 オーティス!! すぐに会議室へ戻ってくれ!!」
「 今度は何事じゃッ!?」
「 グレンが勇者の一人と石探しに出たいと、王様に申し出たのじゃ!!」
「 なんじゃと!? あの侵入者が狙っておるのはグレンの護衛するセナ様じゃろう? なぜそんな危険を犯すのじゃ?」
そう言いながら二人とも部屋から出て行った
頭で考えるより、先に身体が動いていた
会議室へと向かいながら、オーティスが私に問いかけてくる
「 なぜお主までついて来るのじゃ?」
「ついて来る」という表現は子供じみてて改めていただきたいが、咄嗟に私は言い訳を考えた
「 結界の件は複雑です。私が直接王様にご説明をした方が宜しいかと」
今までそんな面倒なこと一度もしたことがないが、オーティスは納得したようだった
すると今度はもう一人の長老に質問を投げかけている
「 他の勇者らも集まっておるのか?」
「 いや、それが勇者様は三人揃うと狙われやすいから、単独で行くと申しておるのだ!」
単独で?なるほど、確かにその方が効率的だ。石が世界中に散らばるというのが事実なら、三カ所に分かれて石探しをした方が良いだろう
それに関してはオーティスも納得したようだった
「 して騎士や魔術師はどのくらい揃えておるのじゃ?」
「 それが …… あまり目立たない方が良いと、騎士の二人と侍女のみでと話しておるらしい」
それを聞いてオーティスは大きく首を振る
「 いかんいかん! 勇者様に何かあったらどうするのじゃ! 真っ当な隊を揃えるべきじゃろう!騎士魔導師二個隊ずつは配備するべきじゃ!」
言い合っているうちに会議室へと着いた
部屋の外には一人の騎士が立っていた
中に入ると王と長老達とグレン、そして勇者の一人が話をしていた
「 おお、オーティス! 来たか。 詳しい話はマーティンから聞いておるな?」
「 聞きましたぞッ! なぜ今なのじゃ!?しかも隊も揃えず少人数でとはあまり賢い行動とは思えませんな!」
首を縦に振らないオーティスに、グレンや王様が説明をしているところを見ると、王様は既にグレンが旅に出る事を承諾している様子だ
オーティスはいま私から聞いた、結界が破られていない話も持ち出していたが、すると勇者はますます破られていないのに侵入できるなら、城も外も一緒だと話している
少人数にこだわっているのは勇者の方らしく、多い方が返って目立つから危ないと頻りに言っている。
だがオーティスは危険過ぎると言って首を縦に振ろうとしない
それならば …
「 私がご一緒致しましょう」
部屋の中にいる全員が私を見る
「 少人数であっても、国一と謳われる剣豪と魔導師が一緒ならば何の問題もないのではありませんか?」




