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仕事でも負け組に

「来月から、倉庫の方に行ってもらうことになるんだけれど…… 」

上司からの朝イチの呼び出しに、初めて聞いたような面持ちを作るのが難しい。会議室で内示を受けて、話を聞いている間も落ち着いていた。

倉庫では、特殊な製品を一部扱っている都合上、その製品を管理する為の、資格を持った管理者が必要だった。本社と兼務できるくらいの仕事量の少なさから、閑職のイメージが定着している。

場所は一応都内だったが、本社ビルの雰囲気とは落差がありすぎて、「あそこへ行くなら私は辞めます!」と言い放った女子は数知れず、だ。ノリコは、兼務の形で延べ二年、倉庫の勤務を経験していた。


「今回は、事務所の移転もあるから、鈴木さんのようなしっかりした人を……」

心にもないことを言っているのを、はぐらかす為なのだろう。上司は、会議室の細長い机の上に片手を置いて、ピアノを弾くような指の動きを、ノリコに見せている。


昨日、倉庫に行ったついでに、ノリコはかなりの情報を得ていた。移転の本当の理由は、倉庫を借りている業者が、貨物搬入の為のプラットホームを、増設、拡張する為だった。要するに、立ち退きを迫られただけなのだ。

ノリコを傷つけまいとする上司の気遣いは、ありがたかったが、その言葉を励みに、頑張る気持ちにはなれない。

一流大学を卒業していなかったノリコが、この会社に入社出来たのは、両親が持っていた、強力なコネのおかげだ。自力の就活で内定をもらった会社は、もっと格下だった。

ノリコが入社する際に、便宜を図ってくれた上司が、昨年末に早期退職した。後ろ盾が無くなって、二ヶ月で届いた辞令だ。しかも、今回は本社との兼務じゃない、倉庫に常駐を言い渡された。不要な人材に退職を促す、いわゆる「追い出し部屋」に行かされる気分だ。

異動まで残り一ヶ月しかない立場で、成果が出るはずもない。今やっている仕事の引き継ぎなんて、一週間あれば充分だ。所属はまだ本社だったが、移転準備が大変!と言って、週の半分を、倉庫の方で過ごすことにした。


倉庫よりは幾分マシだが、本社の社屋も、かなりの年数が経っていた。各階を丁寧に止まりながら降りてくる、エレベーターの動きにイライラして、階段で四階まで行くことにする。三階まで上がったところで、息が上がった。あと一階分はエレベーターで行こうと、フロアの入り口扉を開けたた所で、同期の「泣き虫ヒロミ」にばったり会ってしまう。

気分が落ちている時に、一番会いたくない相手だ。

まつげエクステの本数をさらに増やしたらしく、瞬きひとつの主張がハンパない。

「ノリコさん、お父さま大変だったんですって? もう大丈夫なの? 」

さすが、ヒロミだ。ノリコは感心した。

人事がオープンになって、会う人のほとんどが、倉庫への異動を、挨拶がわりに話しかけてきたが、彼女は違う。このちょっとした心配りが、要領よく生き延びられる理由だ。

社内の有名人「泣き虫ヒロミ」の、「女子」を強調する作戦は、仕事以外でも有利に働いた。ノリコと同じ資格を持っているのに、何かと理由をつけて倉庫の勤務を逃れてきた。

ヒロミは、不利な状況に置かれた時に、泣くことが自由自在だった。しゃくりあげたりしない、静かに涙を溜める。そして涙が落ちる寸前に、少しだけ顔を上げて、涙が頬を伝う様子を、ライブ中継のように相手に見せるのだ。

誰も真似できない。

リカに言わせると、顔を上げると同時に、唇が少し開くのも、「狙ってる」からだそうだ。


ノリコ達が入社して五年目に、全社的なプロジェクトが立ち上げられ、若手社員にもメンバー募集が呼びかけられた。既に決まっている社員の所属と氏名を見ただけでも魅力的だった。イケメンのチームリーダーに、面接してもらえるだけでもいい! という、不純な動機の女子社員まで現れて、仕事の内容を明らかにしない段階で、参加を希望する社員が、後を絶たなかった。面接のみの選考では、無理だと判断したのか、チームリーダーは、そのプロジェクトが掲げる目標についての、レポート提出を求めたくらいだ。

ノリコも、直属の上司から「応募しないの? 」と言われて、落ちるの前提で、企画書を書いた覚えがある。リカは、そのメンバーに選ばれて、一気に昇進したいと、本気で思っていたようだ。所内の噂では、リカが選ばれるのは、当然と思われていたし、リカもその気だった。


数ヶ月後のメンバー発表で、新たに選ばれたのは七人、女子はたった一人で、それがヒロミだった。一番の驚きは、ヒロミが、みんなに内緒で応募していた事だ。発表後に、「ぜえったい落ちると思っていたから、黙っていたの」と言い訳していたが、リカが信じるわけがない。

普段から、相性が悪かったヒロミとリカの間で、戦いの火蓋が切られたのは、メンバー発表があった数日後だった。


**********


最終まで読んでいただきましてありがとうございました。

今日7/7(火)の夜、9時前後の活動報告で、第10話の投稿日時をお知らせします。よろしかったら、そちらもご覧くださいませ。



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