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リカとヒロミの大ゲンカ

「ノリコさん大変なの! 早く! 早く来て!」

火事でも発生したのかと思うぐらいの慌てようで、リカと同じ部署の女の子が、ノリコを呼びに来る。

「リカさんが、ヒロミさんと……」

知らせにきた女の子は、ノリコと一緒に、階段を降りながら話し続ける。

「私、見たんです。イントラネットの掲示板を見たリカさんの顔から、本当に血の気が引いていくのを……」

ひとつ下の階の女子トイレの前には、すでに人だかりが出来ていた。


「リカ、わたしよ、入れて!」

叫んでみるが、誰も道を開けようとしない。開けっ放しの扉の奥にある洗面台の鏡に、二人の上半身がかろうじて映る。

何故か、ヒロミは泣いていなかった。むしろ、泣きそうなのはリカの方だ。


「あんたみたいなのがいるから、いつまでたっても男女平等にならないのよ!」

リカがヒロミに投げつけた言葉は、正しかった。


ヒロミは、他のメンバーのサポート役に徹する、という主旨で選ばれたらしい。最初から、男性社員と対等に頑張らない方向で応募したのは、彼女だけだろう。ヒロミを拒む理由なんかない、チームの男性社員は、全員ヒロミを歓迎したという。


リカでなくても、ヒロミ以外の女子が選ばれていたら、男性と対等な立場で、仕事をしただろう。

男性社員のサポート役だったら、毎日の業務と大差ないのだ。リカが前例となって、何かが変わるかもしれないという、女性たちの希望の扉を、ヒロミが閉じた。

リカの一筋の涙は、女子社員の考える正義だったのだ。


プロジェクトは成功を収め、翌年、チームは社長表彰を受けた。全社会議の壇上で、ヒロミは喜びの涙を流していた。

ヒロミは、そのプロジェクトで一緒だった人と結婚した。社内の有望株に囲まれた、最高の環境で励んだ婚活だったに違いない。

社長表彰の盾は、チームリーダーだった高田部長の机の上に、今もあるはずだが、ヒロミはちゃっかり自分の為だけに、盾の複製を作っていた。庶務課の女の子が、ヒロミの図々しい申し出に、戸惑ったという話だったが、「生まれてくる赤ちゃんに自慢出来るものが欲しいの」と言って、押し切ったらしい。


なんだかんだ言っても、社長表彰の効果は絶大で、同期入社の女子で、最初に管理職になったのはヒロミだった。但し、あれから正確に何年経ったのかはわからないが、相変わらずサポート役を引き受けてるヒロミの元に、部下は居ない。

リカは、あの時点で、級的にはヒロミに負けたが、現在はヒロミを追い抜いて、十人以上のグループを任されている。二人のケンカの一部始終を、ムービーで撮っていた社員がいて、その映像は瞬く間に広がった。女子社員のほとんどがリカと同じ気持ちだったのか、その後、彼女と一緒に仕事したいという沢山の申し出が、リカに寄せられた。


そんなことがあっても、ヒロミは、自分のスタイルを変えなかった。その弱々しい雰囲気に騙される男性社員が、未だ数多くいるのも事実だ。有給休暇は残さず消化。産休明けに、耳の上の位置で結んだツインテールの髪型を「お母さんになっても、若くて可愛い」と取り囲む男性社員に、呆れてモノが言えない。

プロジェクトリーダーの高田部長は、あの時、本当に、ヒロミをチームに入れたかったのだろうか?


「……高田部長の下で働くのね、羨ましいわ」

ノリコが、頭の中で回想していた場面の登場人物の名前を、突然、ヒロミに言われて、我に返る。

「え? 」

ヒロミの言っている言葉を、にわかには信じがたい。

内示を受けた時点で、上司となる人はまだ決まっていないと言われていた。リカに続いて、今度は、ヒロミから自分の上司の人事を聞いた。

「あ、そっか、ヒロミさんは、社長表彰受けた時のプロジェクトで、一緒になったことあるんだっけ」

さも知っているような口ぶりで会話を続けたが、心の中の疑問は消えない。高田部長を含む管理職の人事異動は、七月に発表されるのが普通だ。下っ端のノリコ達と同時期に動くのは、特別な事情があるに違いない。

切れ者で知られている高田部長が、倉庫業務に携わるなんて、あり得なかった。


**********


最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

今日7/8(水)、夜9時前後の活動報告で、ちょっとした楽屋話と第11話の投稿予定日時をお知らせします。よろしかったらそちらもご覧くださいませ。


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