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頭がズキズキする。
頭痛薬、飲んだ方がいいかしら……
ゆっくり目を開けると知らない場所が広がっていた。横になっているのはベッドではなく地べた。少し離れた所に三人の男……
納屋?
目を動かした。あちこちに蜘蛛の巣が張っている。普段使っていない場所なのだろう。
「どうするんだ?」
息を殺し、寝たふりをする。男たちは私の意識が戻っているとは知らず、話し込んでいる。
「あんな不細工なんか拐ってきて! とうが立った女なんて需要があるわけねぇだろ!?」
「いや、案外ああいうのが好きだってやつがいるかもしれねぇ。俺らにはわからねぇが、変な趣味を持ったやつがお貴族の中にはいるらしいじゃねぇか」
「いくらになると思う?」
「……ピンとこねぇな」
「タダ同然か?」
「引き取ってもらえるだけ、ありがてぇかもしれねぇぞ」
人身売買ってこと?
商品は……、私だけっぽいは。
ってことは、つまり
とうが立っている?
不細工?
タダ!?
って私のこと? 言い過ぎじゃない?
だけど、間違ってないわ。私がどんなに可愛らしい格好をしたって、三十近い年齢も、そばかすだらけの顔も帳消しになんてならない。でも、
知らない人たちにまで言われる筋合いない!
いい加減、頭にキタ!
身に付けていたイヤリングを引き外し、男たち目掛けて投げつける。男たちの視線を一瞬で引き寄せた。
「申し訳ございませんねぇ」
謝罪を口にしながら立ち上がる。
「もう目を覚ましやがった! アイツ、安い薬を回してきやがって!! おい女、大人しくしてろ!」
「あら? 私みたいな女は必要ないのだから、帰らしてくれてもよろしいんではなくて?」
「このヤロウ!」
男は私を捕まえようと手を伸ばした。すかさず身を屈め、みぞおちにストレートをお見舞いする。
うめく男。
「このっ!」
もう一人の男が私を殴ろうと飛び掛かる。
遅い!
寸でかわし、カウンターをぶち込む。
「てめぇっ!」
バカの一つ覚えかしら?
攻撃しようとする度に声を発するなんて。
背後から飛びついてきた男を蹴り飛ばし、振り返り様、再び襲いかかってきた男に回し蹴りを喰らわす。
「よっわ」
殴る蹴るを繰り返すと男たちはすっかりのびてしまった。見つけたロープで男たちをぐるぐる巻きにし、地べたに転がす。
さて、これからどうしよう。吐かせる? それとも通報しに行く?
「ん?」
音が聞こえる。複数人が走ってくる音だ。
「観念しろ!」と、ドアが派手に開いた。見覚えのある制服を着た男たちがぞろぞろと入ってくる。男たちは、私と地べたに転がっている男たちを交互に見、私に警棒を向けた。
デジャヴ?
嫌になっちゃう。
「ネリル!」
レ、まで声が出掛かって一呼吸置く。
「あら、卿じゃない? どうし…… ふぐっ!」
真っ青な顔で駆け寄ってきた彼にがっしり抱き締められた。
「良かった、良かった。あなたが拐われたって通報があって」
あ、それで。
「大丈夫よ。私が強いってこと知ってるでしょ? だから全然平気」
「そうじゃない!」
そうじゃないって、囮のようなことをしたと思われてるのかしら?
「怪我は!?」
今度は私を引き離し、腕をがっちり掴んだまま頭のてっぺんから爪先まで何度も視線を往復させる。
「ないわ。久しぶりに人を殴ったから、拳がちょっと痛いぐらい」
「手のひらから血が出ているじゃないか! 大変だ! 早く診療所へ連れて行かないと」
「おい、ブルーム!」
「きゃあっ」
同僚が声をかけるのもお構い無しに、レイは私を抱き上げた。
お、おひめさまだっこぉぉっ!?
恥ずかしいっ、恥ずかし過ぎる!
「ちょ、ちょっと! おろして!」
「ダメだ!」
レイはそのまま納屋から飛び出す。
「仕事があるでしょ! 仕事っ」
「そんなのどうだっていい!」
どうだっていいって。
レイの顔が近い。私のために必死な形相で走ってくれている。心配してくれている。
ささくれ立っていた心に幸福感が広がった。だけど勘違いしてはならない。
「おろして。おろしてってば。おろしなさいって言ってるの! レイモント・ブルーム!」
声を張り上げると、レイは立ち止まった。じっと見つめ合い、観念したように私をおろす。
「いい? 今すぐ仕事に戻りなさい、レイモント・ブルーム。心配しなくても私はこのままあなたたちの詰所に向かい、取り調べを受けるわ」
「リルをひとりにするなんて、そんなこと出来ないよ」
「しっかりしなさい! 戻って上官の指示を仰ぐの。こんなことで職場放棄するなんてバカげてる」
「バカげてなんかない! リルは拐われたんだよ? 怪我だってしているんだよ?」
「こんなの怪我の内に入らないわ。あなたが知ってる通り、私は強いの。あんなヘッポコ三人組なんて」
「違う! そうじゃない」
レイは私の両腕を掴んだ。
「リルは自分は強いって言う。それは本当のことだ。喧嘩をしたら僕はけちょんけちょんだ。だけど、心は? 心までは強くないじゃないか」
「心? 対戦したことないけど、強いんじゃない」「嘘なんかつかなくていい。心まで強いフリなんてしなくていいんだ」
「何を言っているの? 私は強……」
レイの手が私の頬に触れる。
「じゃあ、なんで涙を流した跡があるの? 日傘を見て悲しそうにしていたのはなぜ?」
だからそれは……
言葉に詰まる。
「あ、あなたに言ったって仕方がないわ」
「どうして」
「あなたには関係ないことだもの」
精一杯微笑む。
だから、大丈夫だから。
これ以上、踏み込んで来ないで。
例え父が望む形じゃなくても、大事な友達がいればいい。だから、
お願い、傷口をえぐらないで!
哀れんだ目で見ないで!
はたはたと涙がこぼれる。
止めようとしても止まらない。
拭っても、拭っても。
「どうして。なんで」
「リル……」
「触らないで!」
彼から後ずさった。
怖い。
こんな私を見られたら、もうレイとは一緒にいられない。
早く宿に戻らなくちゃ。
もう一度荷造りをして。
そうそう、買った枕も忘れずに。
荷物が嵩張るけど仕方がないわ。
次はどこへ行こうかしら?
近場じゃなくて、どこか遠いところまで行かないと駄目ね。また知り合いに会いかねない。
「私、もう行くわ」
「どこへ」
辺りを見渡し、街の明かりがある方へ歩きだす。
「どこへ行くんだ」
「あなたには関係ない」
「そんなこと、言わないで」
手首を掴まれ、反射的に相手の腕を取ると体を引き寄せて投げた。
「いっ」
再び歩きだす。
「待ってくれ」
また手首を掴まれた。振り払おうとしたがほどけない。
「いい加減にしたら?」
「僕は諦めないから」
「何を?」
「リルのことを」
「バカなのかしら?」
「バカでも結構。僕はリルのことがずっと好きだったんだし、これからも好きだ。一生側にいたいと思っている」
純真無垢な目。何も知らな過ぎる。
「ねえ。それは、私にとってあなたが重荷になると知っても?」
「なんで重荷になるんだ。愛が重いってこと?」
そういう捉え方をするのね。
「レイ様っ!」
声のした方へ視線を向けると、使用人らしき者を引き連れた女性が走ってくる。息を切らし、肩で呼吸をしながら、レイの姿を見つめ安堵の表情を浮かべる。
「綺麗ね」
美しいモノと釣り合うのは美しいモノ
お嬢様の言った通りだ。
「私、行くわ」
「だから、どこに!?」
どうして怒るの?
「レイ様?」
お嬢様がレイに触れようとした。レイはすかさず、その手を払う。
「痛っ」
お嬢様は払われた手を握り、悲しみの表情を浮かべる。
「酷い人。こんな場所まであなたの無事を確かめに来たのに、そんな扱いをするなんて」
「それを言う? その言葉、そのままお返しするけど」
「そう。それじゃ」
「待っててば!」
もう何度目かも分からない。手を掴まれ、いい加減に痛みを感じる。もう止めて欲しいと目で訴えると、彼も見つめ返し応戦してきた。
「なぜ、その女を構うのです!」
お嬢様が憤慨している。
それもそう。心配でここまで来たのに、レイは彼女に見向きもしない。
「お嬢様には関係ありません!」
「なぜ、そんなことをおっしゃるの? わたくしたち婚約者じゃありませんか」
「婚約者になった記憶なんてありませんが。そもそも、その手の話しはすべて断っております」
「それでも、わたくしたちの仲は公認なのですよ? そのような女に構っていては、不仲を疑われてしまいます」
「別に良いのでは? 私はあなたとの仲を深めたいとか願っていませんし」
くだらないやり取り。私には関係ない。
「もう、行っていいかしら?」
「駄目だ!」
「待ちなさい!」
眦を吊り上げたお嬢様が私の前に立った。使用人が持つ灯りを頼りに私をくまなく眺める。
「この女のどこがいいのです。女性らしさの欠片もない。髪はボロボロ、肌にハリも艶もない。極めつけはそばかす。汚ないわ。それにお年? 若作りだなんてお可哀想。それに比べてわたくしは……」
「……腕っぷしが強いのはご両親を安心させるため。病気がちだったリルのお母様を安心させるために努力した結果だ。そばかすは僕のため。集まった子どもたちの中で何をしても鈍臭い僕を相手に、終わるのを、引っ張って走るのを、太陽の光なんて気にせずに気長に付き合ってくれた優しい証だ。三十手前になったのは、僕が強くなるのを気長に待っていてくれたから。年が気になるなら僕を恨んで欲しい。だから、」
レイが私の掴んでいた手を持ち上げ、キスを落とした。そのまま引き寄せられ抱き締められる。
「一緒になって欲しい」
「ひっ!」
お嬢様の顔がひきつっている。「こんな女のどこが」と繰り返している。
私もお嬢様の意見に概ね賛成だ。私はレイの隣にいて良い存在じゃない。誰だってそう思う。
「離してくれる?」
「やだよ。リル。お願いだから隠れて涙を流そうとしないで。僕の前でだけ泣いて」
「イヤよ。私は強いもの。守ってもらわなくちゃならない可愛らしい存在じゃないもの」
ぎゅっとレイを抱き締め返す。
「違うよ。僕にとってリルはとても可愛い存在だ。強くて弱くて、少しめんどくさい」
さらに強く抱き締められる。だけど、なぜか柔らかくて、優しくて、肩の力が抜けていく。
「愛おしい僕のネリル。これからも一緒に僕たちの人生を駆け回ろう」
「駆け回ろうって、犬?」
「それでもいい。僕は犬でもいいんだ。番犬でも愛玩犬でも、ずっと好きだったリルの近くにいたいんだ」
「バカね。忠犬過ぎる」
レイは優しく私の頬を包むと、私のそばかすに唇を寄せた。




