『28歳未亡人です。先日主人がダンジョンでミミックに噛まれて他界しました。私に遺されたのは多額の保険金。どこかに私の心の疼きを癒してくれるヒーラーは…(以下URL)』(副題『無償のAI』)
生まれて始めて、長いタイトルを付けてみました。
「アイ!」
俺は大声でアイを呼ぶ。
すぐさま「はい、なんでしょう」と耳障りの良い声が、骨伝導イヤホン伝いにアイから返ってきた。
「ゴーレムに適した魔法は?」
「最適解の算出には、対象の構成素材に関するデータが必要です。岩石系、土壌系、あるいは人工物のいずれに該当するかを識別してください」
「多分土だ」
「了解しました」
アイからの返事は無い。
早くしろよと焦りながら、俺はじりじりと後ずさる。
幅は広く大きい通路だが、ゴーレムの巨体が立ちはだかれば圧迫感に襲われる。姿が見えた時に走って逃げれば良かったのだが、画面を見ていたので気付くのに遅れてしまった。曲がり角にぶつかり背中に当たった石壁の嫌なぬめりが、真新しい防刃繊維のジャケット越しにも伝わってくる。
「推奨属性は『火』です。現地湿度が80%前後であるため、対象の粘土組織内には十分な水分が存在すると推測されます。火属性魔法による急激な加熱は、内部水分の沸騰・膨張を引き起こし、対象の外殻を内側から崩壊させるのに最も適しています」
アイの説明は最後まで聞かなかった。
ゴーレムは既に目の前まで迫り、俺の頭上で拳を掲げている。間に合うよう必死に祈りながら、俺は歪なゴーレムの巨体に炎を纏わせる絵をイメージする。
イメージを始めてすぐだった。足元から伝わり始めた小さな痺れが、電流のように身体に走る。ソイツは俺の手を伝って放たれ、伸縮杖の先から炎が飛び出した。
後は雄叫びと共に特殊合金製の杖で、適当に定めたゴーレムの一点を思い切り突く。
ピキリ、とヒビが入る手応えが訪れる。次の瞬間、ゴーレムは粉々に砕け散った。
「クソがッ! ビビらせんじゃねぇよ! 死ね! 死ね!」
荒い息と共に暴言を吐き、俺は砕け散ったゴーレムの欠片を何度も踏みつけていた。欠片からはもうもうと湯気が立ち、土の焼けた臭いが漂う。肉の焦げる臭いよりかはマシだが、それでも不快なのは変わりない。額から次々と浮かぶ汗を拭いながら、俺は何度も熱い土塊を地団駄のように踏み続けた。
怒りが収まった後で、俺は腕に固定したスマホケースを見る。
画面に映っているのは、音声認識画面だ。
俺の激しく上下する呼吸に合わせ、ボイスウェーブが連動して――ゆらゆらと、色を変えながら動いていた。
◇ ◇ ◇
「良く分かんないんだけど、その探索AIってのは売れてるわけ?」
「馬鹿売れみたいやで」
「無料だけどね」
昼間の居酒屋・神在月でユキと東出の言葉に淡々と返したのは、今年で19になる符術師の李だった。彼は居酒屋に似合わぬクリームソーダを瑠璃から受け取るやいなや、先端に付いたさくらんぼを取って食べる。
「特にソロで使う人が多いみたい」
「瑠璃ちゃん、シゲやんは?」
「今週は見てないです」
昼間の神在月を切り盛りしているのは、大将の愛娘の瑠璃である。彼女は4姉妹のうちで一番年上だ。瑠璃は東出の質問に答えながら、ビールと冷奴を手渡した。
「シゲさんはその探索AIを持った新人が、こぞって低階層を漁るから暇なんだってさ。朝に擦れ違ったけど、パチンコに行くって言ってたよ。誘われたけど僕は断った」
「まぁシゲやんにとっては、いい迷惑やな」
東出はビールを注ぎながら、李の言葉にのんびりと答える。
「ワシらは新米共が根こそぎ雑魚を狩ってくれるお陰で、中階層までは楽に行けるようになったからの。AI様々やけどな」
「カンちゃん、今度シゲちゃんを中階層に連れてかない?」
「お、ユキ姐。それええな」
ランチどきを過ぎた平日昼間の神在月に今いる客は、東出・李・ユキの3人だけだ。
他の客は入っても定食を食べてすぐに出てゆく中、3人はのんびりと奥のテーブル席に陣取っている。一番若い李が空いた残り1つの椅子を引いて「瑠璃さんもどうぞ」と告げた。瑠璃もちょこんと李の隣に座り、3人の会話は続く。
「ちょっと、不思議だよね」
「なにが?」
「ダンジョンって現代武器は使えないんでしょ?」
「せやで、しょっぱい原始的な武器だけやな。あとは魔法や、魔法」
「でもスマホとかの電波は、内部に届くんだよね?」
「せやな。おかげで最近、ダニみたいな配信者が定期的に湧きよるわ」
「もうすぐ夏休みだから、また増えそうよねぇ」とユキが言葉を重ねた。小さく「やだなぁ……」と呟いたのは、毎年長い休みに物見遊山で現れる客達を想像してげんなりする瑠璃からのものだった。
「じゃあAIはなんで、ダンジョンで使えるの?」
「なんでって……そら李が今、自分で言うてたやん。電波届くからやろ?」
「探索補助AIは、立派な現代兵器だと僕は思う」
「そう? 私も使うけど、アレは武器にはならないんじゃないかなぁ」
「ユキさんは、経験があるから環境確認程度でしょ?」
「うん」
「まぁ……言われてみれば、確かに。お前の言う通りかもしれへんな」
先程まで適当な受け答えをしていた東出が、急に話に乗り出した時だった。
入口がガラガラと音を立て、神在月の店内に客が1人入ってきた。今年出たモデルの探索用防刃ジャケットを身に纏った姿は、ひと目で探索者だと分かる。
男の姿を見て、瑠璃は素早く立ち上がる。「いらっしゃいませ!」と明るい声で挨拶をして、客の元へと行った。
「リリースを始めて3ヶ月」
瑠璃が去った後で、李は自分のスマートフォンにアプリのダウンロードページ表示させた。小さな彼の呟きに、ユキと東出が身を乗り出す。入店してきた客には聞こえない程度の声で「何がや」と尋ねる。
「『メイズ・アイ』一番ダウンロードされてる探索補助AIだよ」
と、李も声を落として返事をした。
「高評価は『無料でとにかく便利で優秀。音声によるレスポンスで、探索サポートは偽りなし』だって。逆にダンジョン以外では全く使い物にならない、って低評価のレビューが多いね」
「ほな箱の中では、散々ワシを社長社長いうてお相手してくれる姉ちゃんがとびきり美人に見えて、アフター誘って寿司屋へ行くと……剃り残しがあったオカマでびっくりみたいなもんか」
「カンちゃん、そういうの表で言っちゃ駄目だからね。最近うるさいんだから」
「へいへい、多様性多様性」
「このレビューと李君の仮説を信じるなら、場所限定の魅了みたいなものってコト?」
「タダより高いモンはない、っちゅーやつか」
「多分ね」
3人はそれぞれ視線を交わし合い、黙って頷く。それ以上の言葉は必要がなかった。
「何人食われたんやろな?」
「そりゃ、沢山でしょ」
「入れ食い爆釣状態やろなぁ……」
「利用者はソロが多いらしいから、まぁ未帰還者が大量に出てから気付くパターンだよね」
話の間、空になったコップに再びビールを注ぎながら「せやけどなぁ……」と東出はごちる。
「最近の魔物は、随分とハイテクになってきたんやな」
「ハイテク?」
東出から出た言葉の意味が判らず、首を傾げるのは李だけだった。彼の向かいに座るユキの方が若く見えるが、彼女はただ声を出して笑うだけだ。
「カンちゃん、言い方が古いって」
堪らず笑い出した彼女の声が、昼間の神在月に響き渡る。
後は何気ない世間話へと戻り、3人が賑やかに談笑する中。
入店したての男はスマートフォンから顔を上げ、騒ぐ3人を迷惑そうに眺めていた。
◇ ◇ ◇
カガワダンジョン・低層。
6階層の薄暗い通路で、歌を歌いながら歩いている一人の男がいた。
ライトを付けた愛用のヘルメットが、リズムを刻む度に上下に動いて迷宮の廊下を照らす。
御機嫌に歌っていた男だったが、腕に付けたスマートフォンが鳴ると歌を止めた。歩きながら視線だけ、腕に巻かれたスマートフォンへと移す。光る液晶に表示されていたのは、最近入れた迷宮探索AIの通知画面だった。
男は『宝箱が近くにあります』と書かれた通知を一瞥し、後は再び歌い始めた。広い通路の真ん中を歩いていたが、おもむろに石壁に向けて脚を進める。
すると男の身体は壁へとめり込んでゆき、やがて姿は完全に消えてしまう。そこは他の壁とさほど変わらぬよう、幻視魔法で細工された幻がある場所だった。
男の歩みは迷うことなく、まっすぐに隠し通路をずんずんと進む。
迷宮は広大で入り組んでおり、低階層だとしても地図を頼りに1階層を踏破するだけでも半日はかかる。そんな中で、何箇所かに設けられた隠し通路の存在を知っている男は目的地へと迷わず進んでいた。
もう一度幻視の壁を通り、先程と同じように通路の真ん中を歩く。
何度か左右に曲がり、通路に点在している土の塊を蹴りながら、御機嫌な歌は続いていた。
やがて目的地である突き当りに辿り着き、男の脚はようやく止まった。
目の前に現れたのはダイヤル式の扉で、石板を回して象形文字らしき文字を何度か合わせた後で扉を押す。少し力を入れながら押し上げる。開く扉からは徐々に、眩い光が漏れ輝き始めていた。
そこは6畳ほどの小部屋だった。
煌めく光の正体は――部屋に灯った光に照らされた黄金であり、金貨であり、宝石で装飾がなされた武器であり、魔石である。中でも中央に据え置かれた銀製の宝箱は一際輝きを放っていた。
男はずかずかと、部屋に脚を踏み入れる。
黄金を踏みしめ進み、宝箱の前へと辿り着くと思い切り宝箱を蹴り上げた。続いて衝撃で開いた宝箱の隙間に向けて、躊躇無く鞘から抜いた剣を突き立てる。
ヘルメットに付いた探索灯の光を受けて宙をキラキラと舞う財宝から、魔物の断末魔が上がる。すると部屋を埋め尽くしていた財宝達が幻のように掻き消され、バラバラと様々なものが空中へと飛び上がり四散した宝箱から降ってきた。
安いパーカーから、革製の鎧。コスプレのような鉄兜。甲冑。初心者用に売られた、安物の武器――粉々になったミミックの残骸に混じり、降ってきたものは様々だった。
中にはスマートフォンと防刃・耐衝撃・対魔法の特殊繊維製の衣服まである。良く見れば探索者御用達メーカー『MM』の新作モデルだった。他にも特殊合金で作られた伸縮式の杖などもある。
はらはらと落ちてきた服の幾つかを分けていた男だったが、その剣先が硬いモノを引っ掛けて止まる。持ち上げて見ると、剣先に引っかかっていたのは認識票だった。
今の低階層は漁られ尽くして宝箱などは既に存在しないと、男は知っていた。
そして宝箱が無い代わりに、別のモノが漁れることも知っていた。
認識票を役場へと持っていけば、先日パチンコでしこたま負けた軍資金を取り戻せるだろう。片手だけを上げて「ナンマンダブ」と呟いた後で、男は他にも落ちていた認識票を次々と拾い上げる。そしてそれらを、ポケットの中へと無造作に入れた。
もう一度、男の腕に付けたスマートフォンが鳴った。
今度はSMSで『28歳未亡人です…』から続く通知の文字を見て、男の動きは止まっていた。男の視線がスマートフォンへと釘付けになり、石壁に背を預ける。
認識票や金目の装備などをそっちのけで、必死な形相で画面を触っていたが、しばらくして指が止まる。続いて「また業者かよ……」という独り言が、溜息と共に漏れた。
仕切り直しだとばかりに、男は作業へと戻る。そして再び外れた調子で歌い始めた。
それから数十分後。
たっぷりと時間をかけて戦利品を選別し終えた男が、限界まで膨らんだバックパックを背負って部屋を後にした。
男の歩みとTUBEの「あー夏休み」を熱唱する動きに合わせ、背負ったバックパックがガサガサと動く。
バックパックの端が光り、迷宮の闇の中で静かに浮き上がる。それは電池がほぼ無くなりかけの、持ち主を失ったスマートフォンだった。
赤一色のボイスウェーブは画面の中をゆらりゆらりと、灯火のように揺らめいて――やがて静かに、フッと消えた。




