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迷宮狂の詩  作者: 浅居りむ


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1/4

『緊急追悼番組 葛西 高次・高みへと昇った伝説』

不定期連載・オムニバス形式。


 放映時間を迎えて、テレビ画面に映されたのは一人の男だった。

 男は葛西 高次(かさい・こうじ)という名前で活動するアクション俳優であり、壮大な音楽を背景に今までの出演作品のピックアップ場面が静かに語るナレーションとテロップを伴って次々と流れてゆく。 

 ナレーションは葛西の経歴を告げた後、突然興奮した口調へと変わった。


『平成最後のアクション名俳優であり、今まで数多くのヒットを飛ばした彼が、ついに劇中アクションの枠を超え……あの迷宮へと挑む!』

 緊張感が走る音楽に併せて、次々と場面が切り替わってゆく。


 立ち塞がるモンスター!

 容赦の無い、無慈悲なトラップ!

 そして試される仲間との絆……!

 果たして葛西が見た、最期の光景とは?


『緊急追悼番組 葛西 高次・高みへと昇った伝説』というタイトルであった。

 続いて番組提供スポンサーの名が流れ、CMが流れる。

 CMが開けた後は、また先のナレーターが淡々とした口調へと戻って番組が始まった。




 ◆ ◆ ◆




 ここは岡山県・K市。

 葛西と我々、取材班を乗せた車は瀬戸中央自動車道を走っていた。

 瀬戸内海に掛かり、四国と本州を結ぶ一本の巨大吊り橋――瀬戸大橋。そして海の向こうに見えるのは、四国・香川県である。

 今回、葛西が挑む事になった迷宮は、瀬戸大橋を渡った先にある香川県にあった。


「今年で50を迎えるので、ちょっとした人生の節目として新しい事に挑戦しようとね」

 葛西はそう言って取材班に、己の胸中を語り始める。

「“カガワダンジョン”には、一度挑んでみたかった。今でこそ国が認定して様々な人が挑めるようになったけれども。僕が駆け出しの頃には……まだ得体の知れない、突然出来た気味の悪い空間だったからね。挑もうとしたらマネージャーに止められたよ」

 そう言って葛西は恥ずかしそうにはにかんだ。

 彼の笑顔には、我々を引き付ける魅力があった。


 我々を乗せた車が瀬戸大橋を渡り終え、香川県へと入った時。県境に設置された巨大な看板が、葛西と我々スタッフを歓迎するかのように姿を見せた。

 看板には『うどんと迷宮の土地・香川にようこそ!』という文字と迷宮のマスコットキャラクター『ダン君・ジョン君』が描かれている。


 香川県に謎の超巨大地下迷宮が現れて以来25年目を迎えた今年ではあるが、いまだ最深部へと到達できた者は一人もいない。

 果たして、ダンジョンに最深部は存在するのか?

 そして、葛西は我々に新しい世界を見せてくれるのだろうか?


 様々な思いを各自胸ヘと抱き、我々は新興都市『段上(だんじょう)市』へと向かって、車を走らせるのであった。




 ◆ ◆ ◆




 今や我々日本国民にとっても、世界にとっても常識とはなっている超巨大迷宮。

 世界各地に突如謎の地下迷宮が出現したのは今から25年前の2000年の事だ。


 当初、日本政府を始め世界中が21世紀の幕開けに起きたこの不可思議な現象に驚き、数々の対応を行った。だが不思議なことに世界各地の地下迷宮は我々人類を嘲笑うかの様に、踏破を阻止したのである。

 近代兵器が一切効かない内部を始め、この世のものとは思えない――まるでゲームの世界から飛び出したかのようなモンスター。数々のトラップ。

 地下迷宮と我々人類との戦いは今もなお続き、日々各地では危険を顧みず探索者達がダンジョンへと挑んでいる。

 今回葛西が挑むのも、その難攻不落の通称“カガワダンジョン”となる。


 まず我々はダンジョン踏破を夢見る者達が住み着き、25年の間に驚くべき発展を遂げた一大新興都市『段上(だんじょう)市』の市役所へと向かい、迷宮内部の撮影許可証と手続きを得る為に迷宮課へと向かった。

 各自が簡単な手続きの後で、二枚一組となる認識票を貰う。

 認識票は探索者にとっては、段上市・中央特区の更に奥『探索地域』への入場許可の鍵となる。万が一死亡した場合の身分証となるので、不法侵入者以外は必ず身に着けなければならない。

 これは迷宮へと向かい死亡した者達に対する遺族への配慮と、無断で侵入して死亡する未成年の事故を無くすため、2005年から制定された『迷宮法(通称:ダン法)』が施行されて以来、迷宮を探索する者に義務化されている。


 葛西を始め我々取材班は一通りの説明を受け『迷宮のしおり』を受け取り、市役所を後にした。

 手続きはこれで終わりだ。後はダンジョンへと潜るだけである。

 だが今日は移動と手続きだけで、既に夕方を迎えていた。


 我々は今晩の宿、段上市の中央特区にあるホテルへと向かうべく、第1ゲートを通過して段上市の中心へと入ることになった。




 ◆ ◆ ◆




 その日の夜。

 我々は明日一番の出発に備える必要があったものの、葛西の厚意によりホテル近くにある居酒屋でささやかな宴を行った。



(居酒屋内はボカシがかかっている)


――怖くないんですか?

『そりゃ怖いよ、だってダンジョンはリアルだ。アクションスタントにも死の危険性はあるけれどね。それでも危険は桁違いだ』



――なのに、どうして今回は挑もうと?

『僕のアクション俳優としての意地かもしれないね。今活躍している子達は、20代になった頃からダンジョンを経験してアクションの道へと入った子も多い。リアルを体験している若い世代に、俺らのような平成初期からワイヤーアクションだけでなくCGなんかでリアルから掛け離れてしまった焦りはあるよ』



――リアル、を求めてですか?

『そうだね、それと自分の限界を知りたかった。今回、探索の申請が通ったのはチャンスだと思っているよ』



――葛西さんなら、きっと深層まで到達できますよ。

『嬉しいことを言ってくれるじゃないか。なら、期待を裏切らないように頑張らないとね』



 そう言って我々の質問に答えた後、葛西は静かに笑った。

 大切な撮影がある前日にはゲン担ぎで必ず食べるという、モロキュウ(※キュウリにもろみ味噌をつけて食べるもの)を肴に酒を飲む彼の姿は我々の心を激しく打った。

 我々はこの日見た、葛西の笑顔を一生忘れることはないだろう。




 ◆ ◆ ◆




 迷宮内は我々が想像した以上に過酷な環境であった、

 我々取材班は、第四階層までは辛うじて同行する事ができた。途中、葛西は苦戦する我々を案じ、一人で先に進む方が良いので戻ったら連絡をする。と告げてきた。

 それでも葛西の生き様を記録すべく、我々も可能な限り同行したい旨を告げるが……ついに、葛西の口から了承の言葉が出ることはなかった。


 代わりに葛西は「自分が限界に挑む姿を見て、同年代の人々や自分のファンに勇気と希望を与えたい」と告げ、己のスマートフォンで撮影を続けることを条件にさらに奥の階層へと旅立っていった。


 我々はひたすら葛西の無事を願ったが――それは悲しい結末となった。




(画面が切り替わり、各放送局ごとに表示される速報画面が流れる)


『番組の途中ですが、ここで訃報が入りました』

『先月末から香川迷宮に挑んで行方不明となっていた、アクション俳優の葛西 高次さん(49)が本日三日、午後2時頃。迷宮に挑んでいた別の探索者によって発見され、死亡が確認されました』

『葛西さんは“平成最後のアクション俳優”として活躍されており、代表作に【ヤバみ増し相棒シリーズ】や【ピッケル大名無双シリーズ】など数多くの作品で主演をされておりました。御冥福をお祈りしております』




◆ ◆ ◆




 ここに、一台のスマートフォンがある。


 葛西が亡くなった際、彼の遺体を発見したベテラン探索者が回収したものだ。

 彼はこれを現在確認できている到達階層のさらに奥で発見したと言って、葛西の身を案じていた我々へと渡してきた。


 我々はスマートフォンに入っていた映像を見て驚愕した。

 なんと、そこには信じられない出来事の数々が映っていたのだ。


 立ちはだかるモンスター達の群れ、それを次々と倒してゆく葛西。

 間髪入れずに襲い掛かってくるトラップの数々。

 そして窮地に陥っていたベテラン探索者を庇って、囮となる姿。


 葛西の壮絶な最期、そして彼の勇気。

 葛西が最期の瞬間まで戦い続け、我々へと託したこの動画。我々は何としてもこれを後世へと残さねばならない。


 今回、我々は特別に迷宮専門家の意見を元に、当時の状況を再現した緻密な検証映像を作り上げた。

 今夜、本邦初公開である。




 ◇ ◇ ◇




「なんだ、もう始まってるじゃねぇか」

 そうぼやきながら一人の男は、ガラガラと擦りガラスの引き戸をやかましく鳴らしながら、店の中へと入ってきた。


 ここは段上市の中心・特区住居エリアの繁華街に位置する、一一軒の居酒屋だ。

 昭和の古き良き飲み屋を彷彿とさせる赤提灯に、床に置かれた電飾の看板には『神在月』という店名が書かれている。

 時間は夜の21時半頃、テレビ番組が始まったのが21時からだった。文句を言いながら入ってきた、くたびれた40代に見える男に店の常連が次々と声を掛ける。


「よう、シゲさん!」

「おう!」

 店内の構造は中央にあるコの字型のカウンターと、そのカウンターに沿って4つ程テーブルが並んでいる。店内に居る客達に次々と声を掛けられ、その都度手を上げて返事をする男――新山 茂(にいやま・しげる)は、上機嫌であった。

 彼はカウンター横の天井に備え付けられた大きなテレビ画面がよく見えるように、テーブル席ではなくカウンターへと腰を掛けた。

 カウンター向かいの大将に「冷と枝豆」と告げると、顔を上げてテレビへと目を向ける。


「――で、俺の出番は?」

「まだじゃねぇか?」

 大将の返事と共に、コトンとカウンターの上に即座にいつも新山が飲む二合瓶とコップが置かれる。新山は蓋を外してコップに日本酒を注ぎながら「なんだ、まだかよ」と一人ごちる。その後はテレビよりも、晩酌を楽しむことにしたらしい。

 枝豆が到着するまでに、ゆるりと新山は飲んでいたが、客の一人が「おい、あれシゲさんだろ」と声を上げた所で再び顔を上げた。


「どこだ?」

「もう終わった」

「マジかよ……俺、第一発見者だぜ?」

「でもドラマでシゲさん出るってよ」

「なんだよそりゃ、言ってくれりゃ本人出演でドラマにも出てやったのによ」

 新山が少し声を張り上げて怒鳴ると、周りの客からどっと笑いが上がる。続いて新山も他の客達と同じく、テレビの画面を見て笑った。


 テレビ番組は画面右下にテロップが表示されており、そこには『実際の証言を元に再現したドラマです』と書かれている。証言者というのは、ここにいる新山の事だろうが。

 始まったドラマの内容は彼が微塵も身に覚えの無い、嘘の証言と盛りに盛った美談の数々だった。


「葛西は迫りくるゴブリンロードの群れから、シゲさんを庇って死んだのか」

「へえ、そりゃ御立派な事で」

 それぞれの宅から、楽しそうな声が上がる。

「それまんま【ピッケル大名無双シリーズ】の大立ち回りじゃねえか」

「確かに、言われてみればあのシリーズだわ」「詳しいわね、あんた達」

 店内にいる客も年齢も性別も皆バラバラだが、それぞれ神在月の常連同士である。彼等は笑いながらテレビを見上げていた。


「にしても、シゲさん役ちょっと男前過ぎねぇか?」

「しかも隣にいる女は誰だよ? シゲさんの脳内嫁か?」

 テレビで流れる再現ドラマに対して、皆好き勝手に口走る感想は止まらない。

「お前ら、好き勝手言い過ぎだぞ!」

 と新山も半分笑いながらも一度だけ怒鳴るが、後は彼らの言葉を肴に枝豆の到着を待つだけだった。


『こうして葛西は、迫りくるゴブリンロード達の群れからベベテラン探索者を逃し積み重なった彼らの躯の横で力尽きていたという』

 よく通るナレーターの声がさらに笑いを誘い、神在月の店内は笑いで包まれる。

『平成最後のアクション俳優、葛西 高次が力尽きたのは現在の階層でも最深部。人類が未踏の階層であった。彼の命はそこで眩しくも輝いて散り去ったのだ……』



「――で。本当のところ、何階層で見つけたんだ?」

 枝豆の入った皿を差し出した大将が、静かに新山に尋ねる。

 他の客も興味があるのか、皆新山の方へと注目していた。新山は興味無さげな表情で枝豆を指で摘んで、口の中へと6連発程小気味良く連射して味わった後で大将の方を見る。

「大将、俺の別名を知ってるだろ?」

「もちろん。“低階層のシゲさん”」

 大将が半分笑いながら答えると、新山は「惜しいな、最近もっぱら“ゴミ漁りのシゲさん”で通ってる」と言って笑う。

「4階層だな、アイツが罠に掛かってクシャってるのを見つけたのは」

「そりゃ、シゲさんにとっては未踏破の最深部に違ぇねぇな」

 別の男が新山の言葉に茶々を入れると、またも周りは笑いに包まれた。




「やっぱり、テレビってのはヤラセの宝庫だなぁ……」

「まぁまぁ、そう言ってやるなよ」

 枝豆を連射する合間にぼやく新山の言葉に対して、目の前にいる大将は苦笑を浮かべて返す。

「そうだ、シゲさん」

 そう言って大将は、カウンターの上に新しい皿を乗せた。

「これ、明日から暫くウチで出そうと思うんだけどよ」

 皿の上に乗っていたのはスティック状に切られたキュウリと、さらに小さな容器に入っている味噌だった。

「なんだこれ? モロキュウか」

「あの葛西ってやつが、ゲン担ぎだってウチの店で食ったんだよ。どうかね?」

「ただキュウリ切って味噌付けるだけだろ、アホくせぇ……」

 空になったコップに再び酒を注ぎ、新山は一気にそれを煽った後で「それに――」と言葉を続けた。

「ゲン担ぎどころか、縁起が悪すぎんだろ」

「……ファンにウケるかな? と思ったんだが、言われてみりゃそうだな」

 大将は本気で気付かなかったのか、難しい顔をして腕を組む。新山はそんな大将を尻目に、出されたモロキュウをバリバリと食べ始めた。


 店で映していたテレビ番組は、いつの間にか誰かの手によって勝手にGW特集の地方動物園紹介へとチャンネルを変えられていた。


 そんないつもの調子で、今日も静かに段上市・特区の夜は過ぎ去ってゆくのだった。







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