#17 志願兵の事情
クリスティーナ嬢の準備を待つあいだ、シロツグに厩舎への前触れを指示すると、残ったシャントットが話しかけてきた。
「あの、トーマス様。質問をよろしいでしょうか」
「はい、なんでしょうか」
「侯爵家というのは、そのお歳でもここまで厳しく教育をされるものなのですか?」
「どういう意味ですか?」
「私の出身は地方の男爵家でして、兄や姉、弟がいました。ですが、トーマス様のようなお考えを持つような教育を誰も受けてはいませんでした。父でも、現場を重要視したり家内の雑用にまで情報を集めようという発想は無かったかと・・・。ですから、男爵と侯爵とでここまで違うものかと驚いています」
「ああ、えっと・・・」
そうきたかぁ。理解力と学習意欲が高いクリスティーナ嬢と話していると、つい管理職の血が騒いで、いつもの調子でやってしまった。
変に怪しまれるのはまずいぞ。別世界の50代中年サラリーマンの記憶と思考だとバレたら、矯正教育どころか身の破滅になりかねない。
「今朝、コーデン叔父上が私のことを「8歳のくせにこの有様だ」と言っていましたよね?つまり、同じグレイス家の叔父上から見ても、私が少しおかしいといいますか、ませているのでしょうね。シャントットが疑問に思うのは当然だと思いますが、世の中、理屈では割り切れないこともたくさんあるかと思います。私のこの性分も、そのようなものだと理解してください」
これまで、こんなふうにストレートに聞かれることが無く、言い訳など考えたことが無くて焦ったが、これでなんとかごまかせないか・・・
「畏まりました。主君に対する非礼、申し訳ございませんでした」
「いえ、気になったことがあれば、なんでも言ってください。コミュニケーションや意思疎通は組織運営の基本であり、要です」
なんだかんだと、護衛の二人とは初日からコミュニケーションは取れていると思う。要人警護の任務はそういう面での能力も必要だろうから、ここでは適切に人材配置ができているということでもあるのか。
「あ、私からも聞いていいですか?」
「はい。なんなりと申しつけください」
「あ、いえ、お願いではなくて、軍部内の組織図や階級制、あと貴族出身だというシャントットご自身のことを聞きたいのです。あなたに会うまで女性の兵士がいるとは知らなかったものですから、どういった経緯で入隊したのかなど非常に興味があるのです」
「私自身のことですか?」
「ええ。男爵家の子女は政略結婚による嫁入りが当たり前だと認識していましたので、シャントットが男爵の子女だと知って、驚きました」
「そうですか。お恥ずかしい話ですが、私の話で良ければ。
端的に申しますと、嫁ぎ先が無かったのです。男爵家のような下級貴族では子息子女が多いと、良い条件での婚姻が非常に難しいのですよ。とくに私の実家のような地方の弱小男爵家になりますと、長女ならまだしも次女以下ですと、貴族相手での婚姻はほぼ無理です。そうなると、商家や地主などで嫁ぎ先を探すことになりますが、それでも良い条件がたくさんあるわけではありませんし、多額の持参金の問題もあります。また、結婚を諦めたとしても、女性は技術や学問を学ぶ機会がありませんので、職に就くのも難しいのです」
「なるほど。確かに有力な派閥にでも属して強力なコネクションや社交界でのパイプがなければ、政略結婚の相手を探すのも簡単ではないでしょうね。それに、男爵家となると、家庭教師を雇えたとしても長男だけでしょうし、次男以下は精々学館への入学で、女子となるとそれすら出来ずに将来が閉ざされているのですね」
「はい。ですが、結婚を諦めさえすれば、下級貴族の子女にとって軍は、非常に好条件の働き口なのです。学が無くとも階級があがればお給金も上がりますし、兵舎での生活や充分な食事も保障されています。ただ、どの領地の軍でも女性の入隊を認めているわけではございませんので、グレイス領のような女性にも門戸を開いた軍に、様々な地方から志願兵が集まるのです」
「そうだったのですか。でも、軍だって際限なく志願兵を募るわけではありませんので、ここでも競争率が高いのでは?」
「はい、おっしゃる通りです。体格と健康状態、最低限の識字と運動能力、魔法適正を見られました。私はその魔法適正がありましたので、入隊できましたし、入隊後も能力を認められ、こうしてトーマス様の専属護衛を任されることになったのです」
「おお!魔法適正があったのですか!それは凄い!」
「いえ、適正があると言っても、魔導士部隊に配属されるほどではありませんので、手品程度ですよ」
「ひと口に魔法適正と言っても、能力差があるのですね。では、軍の組織図と階級制も教えてください」
「グレイス領軍のトップは、トーマス様のお父上であるグレイス侯爵ですが、実質的には代理を務めておりますコーデン様です。ただし、このお二人はあくまで全軍の最終決定権を持つというお立場で、いわゆる制服組のトップは軍団長で、その下には本隊や参謀部に諜報部があります。本隊には、指揮権を持つ3人の将軍がいまして、各将軍の下に千人隊長が3~5名、それぞれの下に百人隊長が数名、更にそれぞれの下に十人隊長が数名で、正規兵は5~10名程度で1つの小隊が編成されています。私とシロツグは部下がいませんが、要人警護の専門ということで、一応十人隊長の階級となります」
「ふむふむ、かなり整理された組織が構築されているのですね。分かりやすい階級制なのは、やはり戦場での指揮系統を意識して構成されているということか。戦場で指揮官に何かあっても、すぐに指揮権を移譲できると。なるほどなるほど・・・とても分かりやすい説明で、大変勉強になりました。あなたは学が無いと言いますが、情報の整理と論理的に言語化する能力が優秀だと感じました。要人警護としても優秀なのでしょうが、軍略を学べば参謀部でその才能を発揮できるのではないでしょうか?」
「私が参謀部ですか?さすがにそれは無理です。いくら女性兵を採用しているグレイス領軍でも、これまで女性で幹部になった方はいませんし、そもそも私には学ぶ機会も手立てもありません」
「そうなのですか。近代的な軍制度のグレイス軍でも、さすがに男女格差はまだ残っているということか」
シャントットと軍組織の話題を話し込んでいると、前触れに出ていたシロツグが戻ってきたので、シロツグにも志願理由を聞いてみた。
「自分は農家の四男でしたので、食い扶持を減らすために軍へ志願しました。田舎では男でもロクな働き口はありませんし、街に出たって学が無ければ下働きしかありませんから。だから、ウチの田舎では軍に志願するのが普通なんです」
「なるほど。シャントットと性別や身分の違いはあれど、事情は似ているのですね」




