22話:上演開始【side 陛下】
それはまさに、舞台を観劇しているような感覚だった。
ここにいることがバレないように、距離をとっている。
主演は第二皇子とミラ。
観客はあの男爵令嬢とその侍女、そしてわたしとルーカスだ。それ以外はいらない、ということなのだろう。
本来この辺りにいるはずの警備兵の姿が一切ない。
それに黒子も動いている。
つまり。
ダンスを踊る場であるホールとは別に、休憩室、侍女達の控え室、飲食が用意された軽食部屋などが準備されていた。通常、それらの部屋はホールから近い場所にある。
だがここは宮殿。
ホール自体が広い。
ゆえにそういった付随する部屋は、相応に離れた場所に用意されることになる。
ミラはその部屋から護衛の騎士を連れ、ホールに戻るべく移動を開始していた。
だが。
柱の陰から現れた黒子――皇族の近衛騎士により、わたしの護衛騎士は「待った」をかけられる。
驚くミラの前に現れたのは第二皇子。
ようは待ち伏せをしていたのだ。
いよいよ上演開始となる。
「ミラ、君とずっと話したかったんだ。時間をくれないか」
「エルガー第二皇子殿下。話であれば、私の婚約者であるイグリス国王陛下を通していただけないでしょうか」
「そんな堅苦しいことを言わないでくれよ、ミラ。君と僕は十年以上、婚約していた仲じゃないか」
第二皇子の言葉にミラの顔から表情が消える。
「それは過去のお話です。殿下と私は今、赤の他人。そして私はアルセス国の王妃になる人間です。こんな風に立ち話を殿下とするつもりはありません。殿下も皇族であるならば、礼儀をわきまえていただけないでしょうか」
聡明なミラの辛辣な言葉だった。聞かされた第二皇子がこちらに背を向けており、表情が見えないのは残念ではあるが……。
間違いなく悔しそうな顔をしているだろう。第二皇子としてちやほやされて育ったはずだ。こんな苦言のような言葉を皇帝以外から言われたのは……初めてかもしれない。
「ミラ。礼儀をわきまえているから、こうやって紳士的に話しているんじゃないか。それに立ち話をするつもりはない。それは僕もそう思う。ここに部屋があるから、そこでソファに座って話せないか」
「殿下と部屋で二人きりで話すなんて、別の意味で無理です」
「大丈夫だよ、ミラ。僕は第二皇子なんだ。近衛騎士がついている。彼らを部屋にいれるから、二人きりにはならないよ」
第二皇子は平気で嘘をつく。
部屋で二人きりにならない?
そんなわけはないだろう。
近衛騎士は部屋に入るかもしれない。
だがすぐに追い出す心づもりに違いない。
結局、第二皇子はミラと部屋で二人きりになるつもりなのだ。このこと、ミラは気付いているだろうか?
「そう申されても困ります。それに一体何の話があると言うのですか? 手短に済むのであれば、ここでおっしゃっていただけないでしょうか」
あっさり断っている。
ミラは私より第二皇子といた時間が長い。
奴の本性などとっくにお見通しなのだろう。
さて。
こんな風に言われた第二皇子はどう出る?
「ミラ。穏便にしようと思ったが、君がそんな態度だと強硬手段をとるしかない。そこの部屋へ来てもらう」
そう言うと第二皇子が自身の近衛騎士に目配せをする。奴の近衛騎士がミラの手を取り、口を押さえた。
私の護衛騎士が「何をなさるんですか、第二皇子殿下!」と動こうとすると、近衛騎士が先に剣を抜く。
「黙れ。貴様には関係ないこと。僕はミラと話したいだけだ。近衛騎士、ミラを部屋へ連れて行け」
「ミハイル!」
観客の一人が動いた。
そう。
男爵令嬢オリヴィア・ペーシェントだ。
「オ、オリヴィア……!」
驚愕した第二皇子が男爵令嬢を見て、顔を青ざめさせる。ここでわたしも密かにルーカスを動かす。合図を送るとルーカスは頷き、静かにこの場から移動する。
「エッカート公爵令嬢と何をなさるおつもりなんですか、ミハイル!」
「オリヴィア、そんな大声を出すな。変な注目を浴びてしまう」
人払いをしたのは第二皇子だろうに。動揺してそのことを忘れたようだ。
ここにはもうわたしと護衛の騎士しかいないのに。
無論、奴は気づいていないが。
舞台に上がった男爵令嬢は、怒りで震えた声を上げた。
「この部屋は……ミハイル、私達の思い出の部屋では!? 『この部屋なら内鍵があり、外から誰も入ってこない。だから大丈夫』、そう言って私と結ばれた部屋に、元婚約者を連れ込もうとするなんて、どういうことなんですか!」
これを聞いたミラが驚愕している。
その気持ちは理解できた。
婚姻前に、そういう関係を第二皇子と男爵令嬢が持っていたこと。しかもどうやらそれはミラと婚約中に起きた出来事のようにも思える。
既に婚約破棄して別れた男。
どうでもいいだろうが、驚きはすることだ。
一方のわたしは……まあそんなことだったのだろうなと思い、驚きよりも「やはり」という気持ちが強かった。
「私がいるのに、捨てた女のことを未練がましく眺めて! もしや明日には旅立つこの女に、手を出すつもりだったのでは!?」
「な、なんてことを言うんだ、オリヴィア! そんなわけないだろう! 僕には君がいるんだ」
第二皇子は慌てた様子でそう言い繕うが、無駄なあがき。
目が泳ぎ、嘘はバレバレだった。
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