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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【2章】楽しくて嬉しくて優しくて心地よい、朗らか少女の最後の日常
8/40

#2-1

 幼なじみが、変なことを言いだした。


「てるてるぼうずって言ったら、あの窓とかにつけるあれ?」


「それしかないでしょ? りっくんは馬鹿だなあ」


 馬鹿とはなんだ。お前より成績は良いはずなのだが、と睨みつけてやる。


「そもそも、てるてるぼうずとは!」


 朱里はテーブルをばん、と叩いた。ラーメンの汁が跳ねる。


「てるてるぼうずとは?」


「てるてるぼうずとは!!」


「……」


「……」


「…………」


「……………………なに?」


 まさしく馬鹿だった。


「教えてりっくん」


 朱里がうるうると上目遣いでお願いをしてくるが、俺だって知らないものは知らない。

 仕方ない。調べよう。今は文明の利器がある。

 俺はスマホを取り出し、インターネットで「てるてるぼうず 由来」で検索をかけた。大量に引っかかったので、適当に一番上にあるサイトに飛んだ。


 ――そもそも、てるてるぼうずとは?


 人形を作って窓辺に吊るすと晴れるという、おまじないの一種だ。ひっくり返して吊るすと、逆に雨が降るらしい。

 人形はティッシュで作ることもあるし、布で作ることもある。太陽に向けてお祈りをする、ということから、日本では南側に向けて吊るすのが一般的だ。

 ということを朱里に話すと、


「ほへえ」


 腑抜けた顔でしきりに頷いていた。


「あとは……人形の顔を書くときに、左眼だけは描き上げちゃいけないらしいぞ」


「なんで?」


「完成させた時点で力がなくなってしまうから、てるてるぼうずが仕事をしてからはじめて、完成のご褒美に目を描き足してやるんだってさ」


「ほへえ」


 腑抜けた顔でしきりに頷いていた。


「ていうか、お前何も知らなかったのか?」


「そりゃ、今時てるてるぼうずなんていくつも作らないでしょ」


 そのてるてるぼうずを今から作ろうとしているのだが。


「そうだった」


 朱里はてへ、と舌を出した。


「で、どうするんだ?」


「もちろん、作るよ」


 やる気満々だった。

 俺はスマホをポケットに仕舞った。伸びきったラーメンも無事に完食。営業終了時間なのか、店員たちがいそいそと片づけを始めたので、ぼちぼち出ようという話になった。

 俺たちは会計を済ませる。二人がかりで千五百円。さすがに二人分の外食は学生の財布には堪える。


「おいしかったー」


「美味かったな」


 二人で腹をさする。朱里はたらふく食べていた。食欲はちゃんとあるようで安心した。


「また、来ようね」


 朱里は何も知らない、平和ボケしてしまいそうな笑顔を俺に向けていた。


「……ああ」


 俺は答えて、車椅子をゆっくりと押し始めた。


 ――俺は、てるてるぼうずの元々の由来を朱里に言わなかった。


 その昔、とある村の上空で、神様が雨や雷をじゃんじゃん降らせていた。それを鎮めるために、村人たちは一人の娘を生贄に捧げ、神様に懇願したらしい。その結果、村には太陽が戻り、平和が訪れたのだという。



 その犠牲になった娘を慰める目的で作られた弔い人形こそが、「てるてるぼうず」の正体なのだ。



 朱里はまるで、その犠牲になった女の子の生まれ変わりみたいだ……なんてことを言ったとしたら、「そんなわけないじゃん」と笑われるかもしれないし、「そうかも」と落ち込んでしまうかもしれない。

 だが、朱里がどう思うかよりも、俺が認めたくなかった。神様に捧げるなんて、そんな馬鹿らしいことがあるわけがない。でも、てるてるぼうずを作りたがる朱里の姿を見ていると……雨がふるたびに身体の調子が悪くなっているという朱里の言葉が、今になって、ずんと身体の底に落ちていく感覚があったのだ。


「さ、帰ろ。遅くなったらおかーさんに怒られちゃう」


「そうだな」


 ショッピングモールを後にする。秋口の涼しい夜風が、車椅子に座る朱里と、車椅子を押す俺の間を吹き抜ける。少し肌寒い。時たま腕を擦る朱里を眺めながら、俺は来た道を歩いていく。


「今日は眠いから詳しいことは明日ね」


「自分から言っといて、なんだそれ」


 そんな声も、残業帰りのサラリーマンたちのため息と、電車の音で掻き消えてしまう。それでも俺たちは、とめどないことをぶつぶつと喋りながら、帰っていた。


 ――神様に朱里を取られたくない。


 帰り道、俺は自分でもよく分からないまま、そんなことを思っていた。


 

 ◇


 

 翌日。


「今日はりっくんにミッションを伝える!」


 いつものように放課後、まっすぐに向かった病室で、朱里が唐突にそんなことを言い出した。


「なんだよ、ミッションって」


 俺はぶっきらぼうに答える。俺の声を聞く者は朱里しかいない。原因不明の不治の病ということで、特別病棟の個室に移されてしまったからだ。しかも八階である。八○三号室。高所恐怖症には堪えるので勘弁してほしい。


「これから、てるてるぼうず作りの材料を集めに向かいます」


 真っ白いベッドから上半身だけを起こした朱里が、そう宣言した。


「てるてる坊主の材料なんて、ティッシュとペンと輪ゴムで十分だろ?」


 幼稚園だか小学校だかで一度だけてるてるぼうずを作ったことがあるが、確か材料はそんな感じだったと思う。

 朱里はちっちっちと偉そうに人差し指を揺らしてから、


「あまーい! 角砂糖よりあまい!」


「プリンとどっちが甘い?」


「んー……プリン? いや、そうじゃなくて!」


 朱里は振り上げた両手をベッドの縁に叩き付けた。


「天気を変えるっていう重大なお願いをしようってのに、そんな手抜きじゃ願いは叶わないでしょ?」


「そんなもんなのか?」


「そんなもんなの!」


 いちいち反論するのも面倒なので、適当に頷くことにした。


「そもそも、一人で行けばいいじゃないか」


「一人じゃ危なっかしいからって、付き添い人をつけろって看護師さんが言うの」


 そりゃ道理だ、と今度は心の底から頷きを返した。


「おとーさんは仕事で忙しいし、おかーさんには絶対反対されるし」


「まあ、そりゃな」


 朱里は一人娘だ。おじさんとおばさんが過保護になるのも無理はない。


「で、俺ってわけか」


「物分かりが早くて助かるねえ、ディアフレンド」


 得意でもない英単語をカタコトで喋りながら、朱里はいそいそとベッドの横にあるテーブルに置いてあった荷物をかき集めだした。


 今時小学生でも持たないようなダッサい柄のガマ口財布、裏面にシールを貼りすぎてでこぼこになったスマホ、落書きだらけでもはや鏡としての機能が残っているかも怪しい手鏡をポーチに入れている。

 そのポーチも晩飯時に流れている子供向けアニメのキャラ物という始末で、朱里の精神年齢をいつかどこかで測定してやろう……などと考えていると、朱里が準備を終えたのか、ポーチを肩にかけてぐぐっと背伸びをした。


「さ、行こう、りっくん」


「どこに行くんだ?」


 そう訊くと、朱里は、訊かれることを分かっていたといわんばかりにあっさりと答えた。


「服屋」


 

 ◇


 

 俺たちが住む町の商店街。

 かつては活気にあふれた場所だったが、近くにショッピングモールができてからは、ただの通り道と化してしまっており、衰退の一途をたどっている。……ある意味ではこの商店街の敵とも言えなくはない。そのショッピングモールには俺たちも足しげく通っているからだ。


 とはいえ、俺も朱里も子供の頃はここの商店街にお世話になっていたので、大体の人に顔を覚えられている。……というか、特に朱里が近所でも有名な悪ガキだったから、覚えてもらったというよりは、覚えられてしまった、といったほうが正しいだろう。ただ、俺が悪ガキの部下という認識をされているのは至極納得がいかない。

 若者は足早にショッピングモールに吸い込まれて行ってしまっており、商店街の屋根の下では、店主同士が暇をつぶすように雑談していた。


「おっちゃん、おーっす!」


「おーっす! って朱里の嬢ちゃんじゃねえか、車椅子に乗ってどうしちゃったんだあ?」


 その輪に当たり前のように割り込む朱里に、魚屋のおっちゃんが心配そうに返す。


「いやー、足が悪くなって、歩けなくなっちゃってー」


「本当かあ、そりゃ大変だなあ!」


 朱里が屈託なくガハハハーと笑うものだから、おっちゃんもつられて笑っている。すぐに治る、と思っているようだ。朱里が死ぬかもしれない病気だって割り込むデリカシーの無さを俺は持ち合わせていないので、会話を暑苦しそうに眺めていることしかできなかった。


「まあ、陸坊がいるから平気だな!」


「そうそう! ぼくにはりっくんがいるから平気平気!」


 こっちに話題を振るのはやめてほしい。


「そういうことなら」


 魚屋のおっちゃんは何やら店に引っ込んでいったかと思うと、やがて白い発泡スチロール箱を片手で抱え込むようにして運んできた。


「朱里嬢ちゃんにプレゼントだ!」


「プレゼント?」


 箱を両手で受け取った朱里が首を傾げる。


「魚と言えば味が良いアジだ! 持ってきな!」


「いいの? おっちゃん」


「いいともよ、朱里嬢ちゃんの為だからな!」


 おっちゃんは笑顔で仁王立ちしている。


「困った時にはカルシウム! 覚えときな!」


「ありがとう! おっちゃん! またね!」


 ぶんぶんと手を振る朱里を合図に、俺は車椅子を進めた。


 ……朱里は仲良さそうに話していたが、おっちゃんの名前も知らないし、特に何か恩を売ったわけでもない。でも、朱里は商店街の皆に愛されている。いくら顔見知りでも、俺だったらこうはいかないだろう。

 朱里はイタズラばっかりするお転婆な悪ガキだったが、いつだって前向きで、何をするにしてもはっきりと自分の意志を持っている。その真っ直ぐさが眩しくて、羨ましくて、たまに……妬ましくもなる。


 魚屋から数歩分進んだところで、


「なまぐさっ」


 こいつの正直さも時々羨ましくなる。


「りっくん、持ってえ」


「俺はお前の車椅子を押すのに手が塞がってるから無理だ」


「そこは新しく腕を生やして頑張って」


「化け物かよ」


 試しに首の裏に力を込めてみたが、腕なんか生える気配もない。生えても困るのだが。


「じゃあ、そのリュックに入れてよ」


「やだよ、俺のリュックが魚臭くなるだろ」


「ぼくが生臭くなるのと、リュックが生臭くなるの、どっちが大変だと思ってるの!」


「リュック」


 即答した。


「ええーい! この裏切り者! 極刑に処す!」


「どんな刑だよ」


「ええと……寝床に毎晩こっそりカエルを忍ばせる刑」


 地味だけど嫌すぎる。


「今は梅雨時じゃないから、どこからカエルを調達してくるかが問題だね」


「そうだな」


「そういえばぼく、梅雨に発病してたら即死だったね、間違いなく」


 それは少し思っていた。もし本当に、雨がふるたびに身体が不調になるのであれば、梅雨はさぞ大変だっただろう。

 ……まあ、来年にも梅雨はくるのだが。気分が滅入りそうなので、そのことは黙っていた。

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