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てるてるぼうずをもう一度  作者: 国崎らびふ
【1章】カウントダウンは突然に
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#1-5


 おばさんの目が泳ぎ始めた。おじさんも驚いているのか口が塞がっていない。

 ――昔っから朱里のおじさんは愛想がなく、いつも眉を寄せてむすっとしていた。だから俺はおじさんが苦手だったのだが……そんなおじさんが、あんなに驚いた顔をするのは初めて見た。

 まあ、そんなことを思う俺だって、手がぷるぷると震えてて、歯がガチガチと噛み合わない。顔だってひどいもんだろう。


 俺は朱里の顔を見た。目を瞑っている。何かを予感していたのかもしれない。俺たちに分からない当人だけの事実を、誰よりも深く受け止めているようだった。その眼には涙の一滴もない。既に涙目の俺とは大違いだ。


「取り除く方法はないんですか!?」


 おばさんが真っ先に乗り出してくる。


「……」


 医者は何も言わずに首を振るだけだ。


「あたしの娘が死ぬかもしれないんですよ!? 何かあるでしょう!? 毒素を溶かす薬とか、サイボー移植とか!」


「……おまえ、やめないか」


「あなたは黙ってて! 娘が死にそうになってるのに、金だけ貰って何もしない医者なんて――」



「私だって!」



 その時だった。

 医者が、吼えた。


「私だって! 朱里さんみたいな、もう治らないかもって言われている人を助けるために医者になったんですよ! それなのに、こんな病気を目にして、対処法も何も分からずに黙って見ているしかないなんて!」


 医者が机を叩く。その右拳が悔しさに震えているのが、医者から一番席が近いから分かった。


「……すみません、取り乱しました」


 医者は我に返ったと言わんばかりに頬を叩き、それから深々と頭を下げた。その顔が上がった後に、椅子の上で姿勢を正して続ける。


「娘さん……朱里さんの病気は、今までにないものです。我々にも分かりません。が、一般的に近い病気はガンでしょう」


 ガン、と俺は呟き、


「ガンなら、脚を切ってしまえば……」


「陸人くん!」


 思わず口から零れ出た言葉を、おばさんに制された。そうだよな、いくらなんでも生き残るためなら脚を切ればいい、と即決できるものでもない。


「すみません、おばさん。俺が軽薄でした……」


 俺が頭を下げる横で、医者は気難しい顔をしながら、


「……脚を切る提案は、私も考えました。命が助かるならやむなく、と思って」


 医者の表情に苦味が増えた。


「しかし、ガンと違って、悪い細胞を取り除けばそれで終わり、というわけではないようなのです。体内の細胞生成組織そのものがおかしくなっているので、下手に大元から取り除こうとすることができないんですね」


「要するに、どういうことなの?」


 ややこしい言葉が並んだせいなのか、理解が追いつかなくなったであろうおばさんが尋ねる。医者は簡潔に答えた。


「現状治しようがない、不治の病です」


「不治の病……」


 喉の奥から声が漏れてしまう。そのことが実感できなくて、言葉が頭の中で止まらずにそのまま口に出てきたような、そんな感覚だった。

 医者は懐から書類と、胸ポケットからボールペンを取りだした。


「こちらに、サインを頂けますか」


 医者はごほんと調子が悪そうに咳ばらいをして、


「これから手術を行うことがあるでしょう。その際、我々は全力を尽くしますが、新病です。万に一つ、失敗することもあるかもしれません。こちらはその事に関する同意書です」


 その書類には、会員登録なんかで見る小難しい大量の規約文と、下のほうに名前を書く欄、印鑑を押す欄が設けられている。名前を書く欄は、本人と立会人の二ヶ所用意されていた。


「……私が書こう」


 おじさんが懐から印鑑を取り出し、一緒に手渡されたボールペンで、立会人の欄に名前を書きつらねていく。

 おじさんの字は相変わらず達筆だ。昔は書道部で賞を取ったとかなんとかって話を朱里から聞いたことがある。その影響で朱里も書道を習わされていたが、朱里が「抱腹絶倒」だの「焼肉定食」だの好き勝手書くもんだから、おじさんもあきれ果てて辞めさせた、ってことがあった。


「……朱里」


 印鑑を押し終えたおじさんが、朱里にボールペンを手渡す。朱里は相変わらず黙ったままで、「卯月 朱里」と書き留めた。一応、それなりに字は綺麗だけど。


「ありがとうございます」


 医者が一礼し、書類とボールペンを回収した。


「…………では、失礼します」


 それだけ言うと、医者は去っていった。


 残される朱里の家族と、俺。誰も喋ろうとしない。というかこの空気で喋れるほど肝っ玉がデカくない俺は、ただただ口をつぐむしかない。

 沈黙を崩す代わりに、おばさんが立ち上がった。


「あなた、ちょっと」


 おばさんがおじさんに一瞥し、おじさんがこくりと頷いたかと思うと、おばさんは出ていってしまった。顔色が良くなかったが、どうしたんだろうか。


「おじさん。おばさんは……」


「……あれは、嫌なことがあると、トイレに吐きに行く癖がある」


「そうなんですか……」


 全然知らなかった。そういえば、やたらトイレが近い人だなあと勝手に思っていたのだが……母親にも色々あるんだな。

 再び、白塗りの狭い部屋に沈黙が訪れる。おじさんは元々口数が少ないが、朱里まで黙り込んでいるのは少々気味が悪いというか、落ち着かない。


「朱里……」


 俺は朱里の顔を覗き込んだ。


「……」


 顔色が悪い。しかもさっきは気づかなかったが、腹を押さえている。


「おい、朱里……? 大丈夫か!? もしかして腹も――」



「お腹すいた」



「…………は?」


 慌てて詰め寄った俺に、朱里が返した答えはそれだった。


「いや、だから、お腹すいたなって」


 確かに、今は20時を回ったところで、ちょうど晩飯時ではある。しかし、妙に静かだと思っていたが、これは……


「お前、もしかして、今までずっと黙っていたのって……」


「あの空気で、お腹の音が鳴ったら恥ずかしいじゃん?」


「………………お前なあ」


 少し気が抜けた。そうだ、朱里はそういうヤツなのだ。

 そういえば小学校の頃も、朱里が風邪を引いて、俺も看病のために一緒に学校を休んだことがあった。

 しかし朱里は、「今日の給食がカレーだから食べに行きたい」という理由で俺を巻き込んで家を抜け出し、学校に忍び込んだ。当然先生にこっぴどく怒られたし、おじさんとおばさんにも雷を落とされた。というか食い意地張りすぎじゃないかこいつ。


「ね、おとーさん。りっくんとご飯食べてきてもいい?」


「……」


 おじさんは黙ったまま頷いた。眉間の皴が一本増えている。おじさんのこういう表情は大体、朱里に呆れている時だ。

 無理もない。こんな野原に放したトノサマバッタみたいに自由な娘を持っていては、嫌でも頷かなければいけないことも多いんだろう。


「さ。とりあえず外行こ、りっくん」


「嫌だっつったら?」


「ドリフトかけて突っ込む」


「へいへい」


 俺は車椅子のハンドルを握り、ゆっくりと力を入れた。

 その時に背後から、


「……陸人くん」


「はい?」


 俺は振り向く。おじさんが俺のことを呼ぶときは、大体は朱里もろとも俺を叱るときだ。だから俺は少し身構えたが、おじさんは座ったまま、いつもの厳かな顔で、


「……朱里のこと、よろしく頼む」


「ええ、分かりました」


 俺は頷き、部屋を後にした。


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