町に行こう‐前編‐
今回は長めにしますので、分けます。
とある不幸な少女の幸せな日常
落ちてきた時は一面銀世界だった場所も夏の盛りを迎え、青々とした草が繁っている。
夏の盛りとはいっても基本的に寒い地域なのか夏でもあまり暑くはなく、過ごし易い。
こちらの世界に来てから約9か月程度たった。
過ぎた時間のわりに、覚えたことはあまりに少ない。
せめて家事くらいは、と思ったもののそれもほぼレイにまかせっきりだ。
食事はそもそもまだ私がこちらの食材に慣れておらず、師やレイとは別メニュー。
レイに作る前にまずは食べれるように頑張ろうと励まされてしまった。
掃除は、師の部屋は薬品があるから危険らしい。ぶつかって薬品を倒したら危険だからと
すまなそうに断られ、レイには物の位置にこだわりがあるからとすげなく断られた。
結局できそうな家事は洗濯だけだった。こちらの世界には洗濯機なんてものはないから
タライに水を張って板と石鹸でごしごし洗うのだけどこれが意外と重労働だ。
それでも洗い立ての衣類やタオルのいい匂いや、なにより師の喜んだ顔が嬉しくって、
あまり苦にならない。
師の役に立ちたい、と常日頃から思っているのに、できることと言ったらお茶を入れることと、
洗濯の二つ!
……自分のスキルのなさにしょんぼりする。
今日はいい天気だったので、シーツを洗おうとレイの部屋に行った。シーツを剥ぎ取っているとレイが手伝ってくれた。
木と木の間に紐を張って、盥に井戸から汲んできた水を入れる。
いつもはこれだけで多分1時間以上かかってるとおもうけど、今日はレイが手伝ってくれたからあっという間だった。
こういう時やっぱり男の人っていいなぁって思う。
力仕事もできるし、背も高いからいろんなところに手が届く。
水の張った盥にシーツを突っ込んで、板と石鹸でごしごしする。
レイと手分けして洗っていると、塔の近くの街に住んでいる女の人たちが野菜や果物を持って来るのが見えた。
レイと師は街に降りて薬草やとても貴重な薬を売ったりあげたりしていて、
街の人たちはとても助かっているらしい。
だから、たまにこうしておすそ分けを貰えることがある。
……でもきっとそれだけじゃなくて、師とレイはとてもかっこいいから女の人たちが
顔を見に来たがるのだと思う。
今日は野菜や果物だけでなくクッキーやケーキをもってきた女の人がいて、頬を染めめながらレイに渡していた。
ちょっともやもやする。
レイはかなり過保護だし、口うるさいけれど、家事が得意だしとても優しい。
見た目もとてもかっこいい。それにお星さまみたいにキラキラした銀髪が肩まで流れていて天の川みたいできれいだし、
夏の空みたいな透き通った深い青もとてもきれいなのだ。
黙っていれば絵本の中の王子様だ。
でも、レイはお菓子をくれた女の人に丁寧にお礼を言っていたけれど、ちっとも嬉しそうじゃなくて、むしろそっけない。
「レイのこと大好きな女の子達いっぱいだね」
称賛のつもりで言ったのに、それを言うとレイは困った顔をした。それを見て女の子達はくすくす笑って帰ってしまった。
「レイ、女の子嫌いなの?」
「いや…」
女の子達の後ろ姿を見送りながら、レイは遠い目をしていた。
「女は苦手だ。」
言われた言葉にちょっと困ってしまう。
「私も女だよ。」
変えられないことで嫌われてしまうのは悲しい。そう思いながら言うと、「お前はまだ子供だから」と言われた。
大人になったら嫌われてしまうのだろうか。
この国では男女共に18歳から一人前とみなされるらしい。
そうすると、私が大人になるまであと4年程度しかない。それを言うとちょっと驚いた顔をされた。
…そういえば自分の年を言ったことなかった。
どうやら師もレイも私のことを10歳前後と見ていたようだ。
私はあまり背が高い方ではなかったからしょうがないのだが小学校4年生くらいに見られていたのかと思うと切なくなる。
午後のティータイムのために紅茶を用意していると、茶葉がそろそろきれそうなことに気が付いた。
お茶の時にそのことを話すと、茶葉のストックはしてないらしい。
レイが明後日買い物のに行くらしいので、その時にということになった。
「私もいっちゃだめ?」
せっかくだし、私もほかにどんな茶葉が置いてあるのかみたい。
言葉も大分覚えてきたので、買い物もしてみたい。
どきどきしながら師とレイを交互に見ると、師はちょっと考えるような素振りをしてレイを見る。
レイはその視線を受けて、ちょっとため息を付くと、首をやれやれというように左右に振った。
「絶対に俺から離れるなよ。買い物している間もじっとしていろよ。」
そうして明後日初めてのお買い物が決まった。
街に行くこと自体、師やレイが何か用事があるときに付いて行くだけで、
たまにしかないのですごく楽しみだ。
きれいな花屋さん、おいしいパン屋さんのにおい、考えただけでわくわくする。
そうして浮足立った私はいつもよりもさらにミスを連発してレイに呆れられるのだった。