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深海勲章  作者: 伊阪証


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3/12

第二部「クラッシック・クラスター」-1/4

文字数制限で四分割することになったの久々かもしれない。

第一部→十二万字

第二部→二十四万字

第三部は五十万字。

PLにKPがいじめられるのはよくあることとは言ったけどここまでしなくてもいいぺこじゃん。というかこれのせいで十作品くらい投稿滞ってるんだけど。

ノーチラス号は横倒しのまま沈黙していた。座礁の衝撃で船内の真鍮配管は歪み、蒸気の名残が白い膜のように天井付近に滞留している。床は傾き、計器は半ば砕け、しかし秒針だけは律儀に動き続けていた。衝撃の余波はすでに収まり、今はただ、鉄板の奥から伝わる鈍い振動だけが残っている。

ブリッジに立っていられるのは二人だけだった。もう一人――ネモ船長は、指揮席に固定されたまま動かない。胸部の裂傷は乾き、血の色は変わらず、腐臭もない。座礁からどれほど時間が経過したのか判断できないが、死体は「古く」見えなかった。誰も口には出さないが、違和感だけが残る。腐敗しないのは低温のせいだろうか。それとも外気の影響か。推測は浮かぶが、確証はない。

歪んだハッチの隙間から、白い空気がゆっくりと流れ込んでいる。海水ではない。圧力で押し潰される感覚もない。喉に入ると冷たいが、呼吸はできる。肺は動き、酸素は足りている。吐いた息がわずかに白く割れ、粒子のように散る。泡のようにも見えるが、深海なのだからおかしくはない。ここがまだ海の底であると考えるなら、それは自然な現象だ。

外部からの打撃音は止んでいる。マッコウクジラかダイオウイカか、あるいはそれ以外の何かが船体を叩いていた痕跡は残るが、今は静かだ。ただ、船体の向こう側に「地面」のような質量がある感覚だけがはっきりしている。落ち続けているのか、それともすでに接地しているのか分からない。

二人は船長席に近づいたが、触れる前に手を止めた。死を確認する必要はない。明らかだからだ。しかし、その明らかさが妙に薄い。死んでいるはずなのに、終わった感じがしない。時間が進んでいるのに、進行の痕跡がない。

外へ出るべきかどうかという議論はまだ始まっていない。ただ、誰もが理解している。ここに留まるだけでは状況は変わらない。ハッチの向こうには空気がある。冷たく、白く、しかし吸える空気がある。深海であるならば、本来あり得ない条件だが、現に肺は機能している。

ネモ船長は動かない。腐らない。船長席に固定されたまま、役割だけが残っている。ノーチラス号はもはや潜水艦ではなく、どこか別の場所に植え付けられた鉄の容器のようだった。

そして二人は、ハッチを完全に開放するかどうかを選ばなければならなかった。

ハッチを固定していたボルトは三本が歪み、一本が裂けていた。工具箱は床に転がり、レンチは滑りやすく冷えている。手袋越しでも金属の温度が伝わった。海水が押し寄せる気配はない。圧力計は異常値を示さない。警報は鳴らない。ただ、白い外気が静かに流れ込んでいる。

二人は視線を交わし、手順通りに開放を始めた。手順は深海用だ。外は水で満ちている前提で作られている。だが、蝶番が軋み、隙間が広がっても水は来なかった。代わりに冷たい空気が胸元に入り込み、吐息が白く割れた。粒のようなものが口元で弾ける。深海なら、あり得る現象だと考えた。高圧環境下での気体の挙動は、教本にいくつも記載がある。今見ているものも、その延長に過ぎないはずだ。

ハッチが完全に開いたとき、外は暗かった。だが完全な闇ではない。遠くに淡い光点が散っている。海底の発光生物かもしれないし、星のようにも見える。上下の感覚は曖昧だった。重力は確かにあるが、方向が固定されている感じが弱い。足裏に伝わる感触は固い。岩盤か、あるいは巨大な何かの外殻の上に乗り上げているようでもある。

一人が足を外へ出した。圧壊は起きない。体は潰れない。呼吸はできる。視界の端で、白い吐息がまた弾けた。泡のように見えるが、水中ではない。音はわずかに鈍い。空気を通して聞く音ではなく、水越しのように響く。だが足音は返ってくる。硬い面を踏んでいる。

船体の外観が初めて全体として視界に入った。ノーチラス号は右舷が潰れ、半分が地面に埋まっている。座礁というより、突き刺さっている。船首の先は暗闇へ消え、尾部はわずかに浮いている。周囲に海水の流動はない。漂流しているわけでもない。固定されている。

数歩進んだところで、白いものが視界を横切った。細長い影が横たわっている。近づくと、それは深海生物の死骸だった。巨大な体躯は崩れていない。皮膚は裂け、内側が露出しているが、腐敗は進んでいない。温度のせいだと判断できる。低温は分解を遅らせる。ここが極低温環境なら、説明はつく。

触れてみると硬い。凍結しているわけではない。乾いている。血液らしきものも固着しているが、匂いはない。時間が経っているのかどうか、判断がつかない。

視線を上げると、さらに遠くにも同様の影が見えた。生物の死骸が散在している。まるで落下物が積み重なっているかのように、斜面のような形状を作っている場所もある。地形なのか、偶然の堆積かは分からない。ただ、下へ続いている。

ノーチラス号の下方は、わずかに暗さが濃い。中心へ向かって落ち込んでいるようにも見える。重力の向きはそこを指している気がする。船が刺さっているのも、その方向だ。

一人が言った。「戻るか。」

もう一人は船を振り返った。ブリッジの窓越しに、ネモ船長の影が見える。動かない。腐らない。時間の痕跡を持たない。

ここに留まっても、状況は変わらない。外は呼吸できる。圧壊しない。足場もある。深海生物の死骸が斜面を作っている。下へ進める。

決断は短かった。二人は装備を整え、船体から完全に離れた。背後でノーチラス号は静止したまま、暗闇の中に輪郭を残している。

白い吐息がまた弾ける。泡のように散る。誰も触れない。深海なのだから、当たり前だ。

二人は、死骸の斜面へ足を踏み出した。

死骸の斜面は、見た目ほど柔らかくなかった。表皮は裂けているのに、内部は崩れていない。踏み込むと沈むのではなく、鈍い反発で足裏が押し返される。海底なら粘りが出るはずだが、ここは乾いている。乾いているのに、呼吸はできる。背中のノーチラス号が静止したまま小さく見える距離まで進んでも、水の重さは戻ってこなかった。

観測員が膝をつき、裂け目の縁に指先を当てた。指が滑らず、表面に吸い付くように止まる。引くと、皮膚がわずかに持っていかれる感触があった。血は出ない。痛みも遅れて来ない。代わりに指先が痺れ、痺れが胸の奥にまで広がっていく。航海士はそれを見て、手袋の上から同じ場所を押した。金属と同じ冷たさだった。生物のはずのものが、物体の温度で固定されている。

斜面の下側に、別の死骸が折り重なっていた。大きいものはそのまま足場になったが、崩れた箇所は空洞になり、踏み外せば下へ落ちる。下がどれだけ続くか分からない。航海士はロープを出し、骨の突起に巻き付けて固定した。骨は折れない。折れないのに、骨らしい脆さもない。結び目を締めるとき、吐いた息が白く弾けた。泡のように散り、すぐに消える。空気のはずなのに、消え方だけが水に似ている。

二人は、足場を増やす作業を始めた。散らばった小型の死骸を拾い、裂けた胴の上に並べる。並べたものが滑らないよう、内臓の膜のような部分を剥いで紐代わりにした。乾いていて、ちぎれない。縛ると、固定される。斜面に段差ができると、次の一歩が安定する。安定すると、下へ進める。やっていることは単純だった。落ちないように、下りられるように、足場を増やす。それだけで、先へ行けた。

途中で振り返ると、ノーチラス号はまだ見えた。黒い輪郭のまま、右舷を潰して傾いている。見えるのに距離が測れない。歩いた分だけ離れているはずなのに、離れた感覚が薄い。逆に、足元の下りだけが強くなる。床が坂になるのではなく、体の内側が引かれる。胸の奥を掴まれて、前へ引っ張られているような負荷が増える。息は吸えるのに、吸った分だけ胸郭が固くなる。

航海士はランタンの火を点検した。炎は揺れない。風がないからだ。油は減る。減るから補給する。補給すればまた燃える。火の色は青く見えたが、金属の反射のせいかもしれない。どちらでもよかった。光がある範囲だけが、踏める場所になる。踏める場所が増えれば、下へ進める。二人はそれを繰り返した。拾って、重ねて、縛って、降りる。

斜面は同じ形をしていない。途中で巨大な頭骨のようなものが横倒しになり、空洞が階段の役を果たす箇所もあった。別の場所では、触腕の束が硬い梁になっていて、そこを渡らなければならない。触腕に足を乗せると、吸盤が乾いたまま残っており、靴底がわずかに引っかかる。滑りにくい。滑りにくいことが救いになる構造だった。

観測員が短く笑った。笑いは出たが、声は広がらない。空間が広いはずなのに、音が遠くへ行かない。音はすぐに吸われ、足元に落ちる。落ちた音は、また二人の靴底に絡みつく。航海士は笑いを止めなかった。止める理由がない。止めると、息の仕方が分からなくなる。呼吸はできるのに、呼吸の手順だけが薄くなる。だから、手を動かした。足場を作った。段を増やした。

時間は、数えられない形で積み重なった。ランタンの油が減る。補給する。ロープが擦れる。結び直す。手袋が裂ける。縫い合わせる。食料はノーチラス号から持ち出したものが尽きたが、空腹は来なかった。喉の渇きはあるのに、死なない。睡眠は必要な気がするのに、眠りは浅い。目を閉じても、次の瞬間には足元の段差を見ている。見ている間に、足場が増える。増えた足場の分だけ下へ進む。

気づけば、ノーチラス号は見えなくなっていた。見えなくなったのは距離のせいか、暗さのせいか、判断できない。だが二人は戻らなかった。戻るための段を、背後に残していないわけではない。それでも、身体が前へ引かれる。下へ引かれる。引かれることに逆らう理由が見つからない。深海なら下へ行くのは当たり前だ。船は沈む。死骸は沈む。足も沈む。沈む先に地面がある。地面があるなら踏める。踏めるなら降りられる。

観測員の口元で、また白いものが弾けた。泡のように見える。見えるだけで、手で掬えない。掬えないなら確かめられない。確かめられないなら、そのまま進むしかない。航海士は段差を一つ追加し、観測員はその段差に足を乗せた。靴底が沈まず、止まる。止まるから、次へ進める。二人はさらに下へ降りた。

段差を増やして下りるほど、身体の感覚が単純になっていった。冷たいのは分かる。息が吸えるのも分かる。だが、寒さで手がかじかむという順序が飛ぶ。指先は痺れたまま動き、痺れたまま結び目を締める。擦過傷が増えても血が出にくい。出たとしても広がらず、乾くのが早い。高濃度の酸素を吸っているはずなのに、呼吸は楽にならない。肺の奥まで空気が入り、入った分だけ胸郭が固くなる。深く吸えば吸うほど、胸の内側から押される感覚が増えた。

重力は一定ではなかった。下へ進んでいるはずなのに、歩くほど負荷が増える。斜面を降りているのではなく、見えない坂を登らされているように足が重い。背中の荷を増やしたわけではない。装備は減っている。なのに、次の一歩に必要な力だけが増える。立ち止まると楽になるが、楽になったぶん次の一歩が遅れる。遅れると暗さが増える。暗さが増えると足場の判別が難しくなる。だから二人は止まらない。止まらないために、足場を増やす。足場を増やすために、拾う。拾うために前へ行く。やっていることはそれだけだった。

死骸は種類が変わっていった。最初は見慣れた深海生物の形に近かったが、下へ行くほど、窒息したような状態のものが増えた。鰓の裂け目が硬く閉じ、口が開いたまま止まっている。水がない場所で溺れたような形だ。眼球は濁らず、腐りもしない。内部が露出している個体でも匂いが出ない。裂けた腹腔に手を差し入れると、内側は濡れていないのに冷たい。温度だけが残っている。航海士の指先の皮膚は、いつの間にか白く濁り始めていた。擦れた傷の痕ではなく、表面そのものが硬くなっていく。観測員はそれを見ても言わない。言う必要がないからではなく、言っても確認ができないからだった。

時間は燃料の減りでしか数えられなかった。ランタンの油が尽きる。補給する。布の束が擦り切れる。縛り直す。ロープの芯が割れる。継ぎ足す。そういう作業だけが連続した。何回やったか数えたが、途中で数えるのをやめた。数が意味を持たない。髪は伸びない。爪も伸びない。肌だけが硬くなる。息はできる。眠らなくても倒れない。食べなくても意識が落ちない。それでも作業は必要で、必要な作業をするために下へ進む。観測員の口元で白いものが弾けることが増えた。泡なのか吐息なのか、どちらでも良かった。掴めない。残らない。確かめられない。確かめられないものは手順に組み込めない。手順に組み込めないなら、無視して進むだけだった。

ある地点で、死骸の堆積が突然途切れた。足場が切れ、下は暗さだけが続いている。落ちれば戻れない高さだと直感できた。航海士は周囲を探し、金属の縁を見つけた。深海生物の骨ではない。錆びた鉄板でもない。硬く、冷たく、表面が滑らかすぎる板が、岩盤のように突き出ている。打つと澄んだ音が返った。ノーチラス号の鉄とは違う響きだった。二人はその縁にロープを回し、死骸を引き寄せて橋を作り始めた。橋ができれば渡れる。渡れれば下へ行ける。下へ行けば、また足場が見つかる。そう判断したから手が動いた。

橋はすぐには形にならなかった。死骸は重くない。重くないのに、持ち上げる動作だけが重かった。腕を上げる角度が決まらない。肘が途中で止まる。止まっても筋肉は痙攣せず、力は抜けない。抜けないまま動かす。動かすと、関節の内側が擦れる感覚だけが残る。航海士はロープを金属の縁に二重に回し、結び目を作った。締めても緩まない。金属は冷たく、手袋越しに感触が刺さる。観測員は死骸の肋の隙間にロープを通し、引いた。裂け目が広がる。広がっても崩れない。崩れないから、引っかけられる。引っかけた死骸を段のように積む。積んだ段の上に次を置く。置いたものが滑らないように内臓膜の端で縛る。縛った部分は乾いて硬く、切れない。

足場が繋がった。完全な橋ではない。踏む場所が断続的に並んだだけだ。航海士が先に渡った。靴底が死骸の表皮に触れ、吸盤のような引っかかりが生じる。滑らない。次の一歩で金属の板に足が乗る。反発が違う。生物の硬さではなく、均一な硬さだった。板の表面には細かな傷が走り、規則的な線が埋まっている。装飾には見えない。摩耗痕のように均一で、用途が先にある形だった。

観測員が渡ってきた。途中で足場の一つが少し沈み、沈んだ死骸の内部から乾いた音がした。骨が折れた音ではない。膜が剥がれる音に近い。観測員は転ばずに止まり、体勢を戻して渡り切った。二人とも声を出さなかった。声を出すと息が乱れる。息が乱れると胸が固くなる。固くなった胸の状態で作業を続けると、手順が遅れる。遅れれば暗さが増える。暗さが増えれば踏み外す。踏み外せば戻れない。その順序だけが確かだった。

金属の板は斜面の下へ伸びていた。上へ戻る方向には伸びていない。戻る方角に板があるかどうか確かめるために振り返ったが、暗さの中で形が途切れて見えた。途切れたのが距離なのか、構造なのかは分からない。分からないまま、二人は板の上を進んだ。進むほど足が重くなる。板の上は平らなのに、下り坂の軽さがない。身体の内側だけが引かれる。引かれる方向は一定で、視線を落とすと暗さが濃い側だった。

板の端に、穴があった。自然な割れ目ではない。縁が滑らかすぎる。円ではなく楕円に近い形で、縁の厚みが一定だった。航海士がランタンを近づけると、内部に影が見えた。影は空洞の奥へ続いている。空洞の内壁は金属で、内側に配管のような突起が並ぶ。突起は曲がっているのではなく、最初からその形に成形されている。観測員が手を伸ばして縁に触れた。触れた指が一瞬だけ止まる。冷たい。冷たいが、ノーチラス号の鉄と違う。温度の戻り方が遅い。指を離しても感覚が残る。

穴の近くに、また死骸があった。今度の死骸は海の生き物の形ではない。人間の形に近い骨格だが、服は布ではなく硬い板が重なっている。板の継ぎ目は腐食していない。顔は若い。目は閉じていない。開いたまま止まっている。口元に白い粒が付着しているように見えるが、指で払おうとしても残らない。観測員が近づき、喉元を確認した。呼吸の動きはない。脈もない。死体だ。死体なのに、古さがない。ここまでの死骸と同じ条件だと判断できる。

航海士は死体の腕の下に挟まっていた薄い冊子を引き抜いた。紙は湿っていない。湿っていないのに裂けない。表面は硬く、指で撫でると引っかかる。文字が書かれている。見慣れた言語ではないが、行の並びは規則的だった。観測員がページをめくった。ページは軽く動く。軽く動くのに、紙の音がしない。音がしないまま、ページが開き、記録の最後の行で止まった。止まった理由は分からない。指が止めたのか、紙が止めたのか判別できない。

二人は穴の縁にロープを結んだ。結び目は締まる。締まったあと、緩めようとしても緩まない。緩まないから、降りられる。航海士が先に降りた。穴の内側へ足を入れると、空気の冷たさが増した。増しても息はできる。胸が固くなる。固くなった胸のまま、足場を探し、内壁の突起に足を乗せた。観測員が続いた。二人は穴の内部へ降り、金属の通路に足をついた。通路は斜めに傾き、下へ続いていた。通路の先は暗く、暗さの中で規則的な構造が続いている。

ノーチラス号の輪郭は、もう見えなかった。

通路の内壁は滑らかで、継ぎ目が少なかった。ノーチラス号のリベットや補強材の感触に慣れた手だと、どこを掴めばいいか迷う。手摺の代わりに並んでいる突起は一定の間隔で配置され、靴底を乗せると沈まない。降りるほど空気は冷たくなるが、呼吸は維持できた。吐いた息が白く割れ、口元で粒が弾ける。水中の泡のように見えることがあるが、吸った分だけ胸は動く。観測員は胸に手を当てて一度だけ深呼吸し、咳が出ないことを確認した。

内部の床に足が着くと、音が変わった。鉄板の反響ではなく、硬い塊の内部で鳴る音に近い。ランタンの光が届く範囲に、管のようなものが幾本も走っている。真鍮ではない。錆もない。配管の支持具も見当たらないのに、直線が保たれている。通路の壁面には薄い刻みがあり、模様ではなく番号のように並んでいるが、読む前に目を逸らした。読めないものに意味を探しても手順が増えるだけだ。増えた手順は遅れになる。遅れは暗さに負ける。

少し進むと、床が再び傾いた。傾きは下りだが、足の重さは増す。降りているのに負荷が増える。身体の内側が引かれる感覚が強まり、背中の筋が固くなる。観測員が立ち止まり、壁に肩を当てて息を整えた。航海士はロープを短く結び直し、二人の間隔を詰めた。ここで離れると、戻る時に互いを見失う。見失えば、声を出す。声を出せば息が乱れる。乱れた息は胸を固める。固まった胸のまま作業をすると、落ちる。

角を曲がると、通路が広がった。天井が高い。光が届く範囲が広いのに、暗さの厚みが減らない。壁面に透明な板が埋め込まれている。ガラスに見えるが、反射の仕方が違う。内側に目盛りのような線があり、線の隙間に沈殿物が溜まっている。沈殿物は霜のように白いが、触れると粉にならず、指先に何も残らない。触れられないわけではない。触った感触だけが残らない。

そこに人影があった。三人。立っている。立っているのに、立っている動きがない。壁際に寄り、通路の一部として配置されたような位置だった。ひとりは硬い板を重ねた外装を纏っている。鎧に見えるが、継ぎ目が薄く、留め具が見えない。もうひとりは布に見える服を着ているが、織り目が整いすぎていて、布の癖がない。最後のひとりは素手で、両腕に何かを抱えている。航海士が光を近づけると、それは薄い冊子だった。紙の束。ノーチラス号で使っていた航海日誌に似た厚みだ。

観測員が距離を詰め、呼吸を確認した。胸は動かない。脈もない。皮膚は冷たい。冷たいが凍っていない。瞳は濁っていない。腐敗臭もない。口元に白い粒が付着しているように見えるが、指で払うと残らない。観測員はその指を引っ込め、手袋の上から口元を拭った。拭っても何も付かない。航海士は死体の手元から冊子を抜いた。握りは硬い。抜くときに指が裂ける感触があったが、血は出ない。痛みも遅れて来ない。痺れだけが増える。

冊子を開くと、文字が並んでいた。言語は分からない。だが行の揃い方と、段落の区切り方は人間の記録に近い。頁の端に数字が振られている。数字の形が、ノーチラス号の計器で見たものと違う。観測員は頁を一枚だけめくり、次の頁の端に記された日付らしき記号を指でなぞった。なぞった指が途中で止まり、引く。止まったのは怖さではなく、皮膚が紙に吸い付いたからだった。吸い付いた感触だけが残り、紙の表面は傷つかない。

航海士は冊子を閉じ、元の手に戻した。指は離れない。離れないのに力は入っていない。固定されているだけだ。三人のうち、誰ひとりとして倒れない。立ったまま止まっている。ここが通路で、ここが人の動線だとしても、そこに立ち続ける理由はない。理由を探す前に、航海士は周囲の床面を確かめた。足跡はない。埃もない。だが、床の一部にだけ、薄い白い輪が残っている。輪の形は一定で、三つの足元にそれぞれ対応していた。

通路の奥に、さらに大きい扉が見えた。扉は閉じている。閉じているのに、鍵穴がない。航海士はロープを握り直し、観測員に合図した。声は出さない。合図だけで進む。二人は死体の列を避け、扉へ向かった。足音は硬く返る。返った音がすぐに落ちる。落ちた音の中に、金属の箱が軋むような低い振動が混じっている。振動は止まらない。止まらないまま、扉の前で二人は手を止めた。

扉の前面は継ぎ目が薄く、蝶番も把手も見当たらなかった。航海士は表面を掌で探り、わずかな段差を見つけて指を差し込んだ。金属は冷え切っているのに霜が付かない。爪が立たないまま指だけが吸い付くように止まり、引くと皮膚が持っていかれる感触があった。観測員がランタンを寄せ、扉の縁に沿って小さな凹部を見つける。凹部は鍵穴の形ではない。穴というより、圧力を逃がすための切り欠きに近い。航海士はそこへ工具を差し込む代わりに、ロープの先端を通し、結び目を作って引いた。

扉は動かない。動かないのに、反発もない。固定されているというより、噛み合っていない。観測員が凹部の内側へ手を入れ、指先で何かを押した。押した感触がないまま、扉の縁が一拍遅れて沈む。沈んだ瞬間、内部の空気がこちらへ流れ込んだ。今までより冷たい。吸うと肺が動く。動くが、胸郭がさらに固くなる。吐いた息が白く割れ、口元で粒が弾けた。粒はすぐに消え、床に残らない。

扉がずれる。ずれ方が水平ではなく、内側へ落ちるように開く。航海士が肩で押し、観測員がロープを引き、隙間を広げた。隙間の向こうは広い空間だった。通路ではない。床が平らに広がり、壁面に計器のような板が並び、天井から太い管が垂れている。管は錆びていない。管の表面には薄い結露の輪が幾つも残っているが、触れても濡れない。光が届く範囲の床に、白い輪がいくつも描かれていた。さっきの三人の足元と同じ輪だ。輪は一定の大きさで、間隔も一定だった。誰かが並んで立っていた形跡に見える。立っていたとすれば、倒れるはずだ。倒れずに輪だけが残るのは、状況の説明として弱い。

航海士は一歩入る前にロープを締め直し、観測員の腰に回した。互いの距離が離れないようにしただけだ。二人が室内へ足を踏み入れると、床の反響が変わる。硬いのに、音が伸びない。音が落ちる。落ちた音が足首の辺りに絡むように残り、次の一歩のタイミングを乱す。観測員が一度だけ深く吸い、咳が出ないことを確認した。航海士はランタンを上げ、室内の奥を照らした。

奥に椅子があった。椅子は船長席の形に似ているが、背が高く、肘掛けの位置が違う。椅子に座る影がある。影は動かない。死体だった。胸部に裂け目があり、裂け目は乾いている。血の色は変わっていない。臭いもない。顔は若い。年齢が固定されたように見える。椅子の両脇に固定具があり、腕がそこへ収まっている。固定具は締め付けの跡を残さない。締め付けたなら皮膚が変色するが、それがない。最初からその位置で止まっている。観測員は距離を保ったまま視線だけで確認し、脈も呼吸もないと判断した。航海士はその椅子の周囲を見回し、床の白い輪がそこから広がっているのを見た。

椅子の前に台があり、台の上に薄い板が積まれている。紙の束ではなく、紙のようなものが何枚も重なっている。航海士が一枚を持ち上げると軽い。軽いのに、指が吸い付く。剥がす動作に一瞬遅れが出る。観測員が角を押さえ、剥がれを補助した。板の表面には文字列が並び、行と行の間隔が一定で、途中に空白がある。空白の位置が規則的で、記録の形式に見える。観測員が板の端を捲ると、裏側に別の記号が並んでいた。数字に見える形が混じっている。ノーチラス号の計器で見た数字とは違うが、桁の区切り方は似ていた。

観測員は板の束の中ほどを探り、折れ曲がった一枚を引き抜いた。折れた部分にだけ手垢のような曇りがある。曇りは広がらず、固定されている。観測員が曇りを指でなぞると、指が一瞬止まった。止まったのは抵抗ではなく、表面が皮膚を掴むように吸い付いたからだった。観測員は指を引き、ランタンの光を近づける。折れた部分の近くに、線が引かれている。線は図のようにも、航路のようにも見える。線の端に小さな記号があり、その記号の形がノーチラス号の船体図に描かれる外形と似ていた。似ているだけだと切り捨てるには一致が多い。船首の突起、胴体の長さ、尾部の形が近い。観測員は板を裏返し、別の頁を照らした。そこにも同じ外形があった。外形の横に、別の外形が描かれている。今見ている宇宙船の外形に近い形だ。二つが並び、矢印のような線で結ばれている。

航海士は椅子の死体を見た。死体は動かない。固定具に収まり、船長席の位置にいる。ノーチラス号の船長席と似ている。違う点は、椅子の前面に刻みがあり、刻みの中に乾いた白い沈殿が溜まっていることだった。沈殿は粉に見えるのに、触れても残らない。観測員は板の束を一度閉じ、元の位置に戻した。戻すとき、死体の指が板を抱え込むように見えた。見えたが、実際に動いたかどうか判断できない。目の錯誤で片付けるには、動きの方向が合っていた。

二人は言葉を選ばずに事実だけを共有した。ここには指揮官の死体がある。腐敗しない。固定されている。記録があり、ノーチラス号に似た外形が描かれている。少なくとも一度、この場所に自分たちに似た船が来ている。その船も、指揮官を失っている。航海士はロープを握り直し、室内のさらに奥へ続く開口を照らした。開口の向こうは下りになっている。通路の形は規則的で、足場の突起が続いている。深海生物の死骸よりも確実な段差がある。

吐いた息が白く割れ、口元で粒が弾けた。泡のように見える。深海なら当たり前だ。ここが深海でないなら、当たり前ではない。どちらでも、掴めない。掴めないものは手順に入らない。二人は開口へ向かい、ロープの長さを調整しながら、下へ降り始めた。

開口の先は、同じ傾きで続いていた。段差は規則的で、突起の位置も一定だ。降りるために拾う必要がない。拾って重ねる手順が要らない分だけ速く進めるはずなのに、足は重くなる。数歩降りるたびに、脛の奥が張りつく。息は吸える。吸えるのに胸郭の硬さが増し、深く吸うほど内側から押される感覚が強まる。観測員は途中で一度だけ立ち止まり、壁に掌を当てた。掌に戻る振動は低く、一定の周期を持たない。機械が動いている音ではない。空間そのものがゆっくり鳴っているような揺れだった。

通路の途中、壁際に人影が増えた。立っている者、座り込んでいる者、横倒しになっている者。全員が若い。衣服の時代が揃っていない。粗い織りの布の上着もあれば、硬い板を重ねた外装もあり、薄い膜のような生地で身体を包んでいる者もいる。共通しているのは、腐敗が進んでいないことと、どれも「最後の姿勢」が崩れていないことだった。倒れている者は倒れたまま、壁にもたれた者はもたれたまま止まっている。転倒しているなら四肢の位置が乱れるはずだが、乱れていない。乱れていないというより、乱れた状態のまま固定されている。

床には白い輪が続き、輪の間隔が狭い場所と広い場所があった。狭い場所は人が詰めて立っていたように見える。広い場所は通路が開け、何かを運ぶための余白がある。観測員は輪を避けて進んだ。避ける理由はないが、踏むと靴底の感触が変わる。粉があるわけではない。濡れているわけでもない。だが、輪の上だけ足裏がわずかに吸い付く。吸い付いて止まると、次の一歩が遅れる。遅れると胸が硬くなる。硬くなると余計に遅れる。だから避けた。

通路の分岐点に、別の記録が落ちていた。落ちているのに散らばらない。開いたまま固定され、頁が風で動かない。航海士が屈んで拾うと、紙は薄いのに裂けない。表面が硬く、指が吸い付く。文字列は読み取れないが、段落の間に小さな数字の列がある。観測員はその列を目で追い、最後の桁で止めた。止めた理由は単純で、数字の形だけがノーチラス号の計器と同じだったからだ。航海士はその頁を閉じ、元の位置へ戻した。戻すと、紙は床へ落ちずに、落ちていた角度のまま止まった。

さらに降りると、壁面の材質が変わった。触れたときの冷たさが鋭くなる。音の吸われ方が強くなる。ランタンの光の輪郭がはっきりし、照らされていない部分は黒く潰れる。照らせば見えるのに、照らさないと何もないように見える。通路はまっすぐで、曲がりが少ない。曲がりが少ない分だけ距離感が出るはずなのに、出ない。進んだ分だけ遠ざかるはずの背後が遠ざからない。振り返っても戻る道が同じ距離に見える。見えるだけで、戻れるかどうかは分からない。戻るという発想が作業として成立しない。足場を作らずに降りてきたからだ。上りの手順を組んでいない。

大きい空間に出た。さっきの指揮席の部屋より広い。床に円が描かれ、円の中心に柱のような構造が立っている。柱の周囲を囲むように、椅子が並んでいた。椅子には人影がある。全員が固定されている。姿勢は似ている。背もたれに身体を預け、腕を肘掛けへ置き、顔が正面を向いている。呼吸はない。腐敗もない。口元には白い粒が付着しているように見えるものもいるが、近づけば消える。航海士は椅子の列を避け、柱に近づいた。柱の側面に薄い板が差し込まれている。板は一枚ではなく束で、束ごとに端が揃っている。誰かが分類している形だ。

観測員が束の一つを引き抜いた。抜くときに抵抗がある。抵抗は摩擦ではなく吸い付きだ。抜けた板の端に、簡単な線が描かれていた。外形が二つ並ぶ。ひとつは細長い円筒で、尾部に突起がある。もうひとつは巨大で、外殻に穴が開き、内部に通路が走る形だ。二つの間に線が引かれ、その線の途中に短い記号が並ぶ。記号の並びは座標のようでもあり、工程のようでもあった。観測員は次の板をめくり、同じ外形が何度も繰り返されていることを確認した。外形の横に添えられる数字だけが変わっている。数字の変化は規則的ではない。規則的でないのに、増え方だけが一定に見えた。

航海士は椅子に固定された一人の胸元を見た。裂傷の位置が、ネモ船長の胸部と似ている。似ているだけでは片付けられない一致だが、測る手段はない。触れて確かめるなら、手順が増える。手順が増えると時間が増える。時間が増えても、ここでは経過の痕跡が残らない。残らないなら、確かめた結果だけが残る。残る結果が必要かどうかを考え、航海士は触れなかった。代わりに、椅子の足元の白い輪を見た。輪は他より濃い。濃いのに、粉ではない。濡れでもない。濃いという見え方だけが残る。

観測員が板束の奥から、一枚だけ材質の違うものを引き抜いた。表面が紙に近い。紙に近いが、硬い。角が擦れているのに千切れていない。文字列の端に、見慣れた数字があった。西暦の表記だった。航海士はその数字を目で追い、最後の二桁で止めた。ノーチラス号の航海日誌に書かれている年代と同じだった。観測員はそれを裏返し、裏面の図を確認した。図の外形はノーチラス号だった。矢印が描かれ、矢印の先に点があり、点の横に短い注記がある。注記は読めないが、点の位置が「ここ」を指しているように見える。見えるだけで確定はできない。だが、板束の中に同じ図が何枚もあることが、確定に近い量で示していた。

二人は言葉を増やさず、確認だけを済ませた。ここには記録がある。記録は複数の時代を含む。ノーチラス号と同じ外形が繰り返し描かれている。指揮官席に固定された死体が複数ある。腐敗しない。固定されている。下へ降りる通路が、さらに続いている。航海士は柱の反対側にある開口を照らした。開口の縁は、さっき入ってきた場所より大きい。内部はさらに暗い。段差は続いている。重力の引きが強くなる方向だ。観測員が腰のロープを締め直し、航海士が先に足を乗せた。靴底が段差に止まり、沈まない。沈まないなら進める。二人は開口の先へ降り、記録の部屋を背後に消した。

開口の先は、段差の規則が続いていた。壁面の突起は同じ高さ、同じ間隔で並び、足を置く場所に迷いが出ない。迷いが出ないはずなのに、次の一歩を出すたびに足が重くなる。降りているのに負荷が増え、休めば楽になるが、その楽さが戻り道の発想を削っていく。二人は止まらずに進んだ。止まらないことが正しいというより、止まると呼吸の手順が乱れるからだ。吸えるのに胸が固くなる。固くなった状態で長く立っていると、心臓の位置だけが妙にうるさくなる。

通路の材質がさらに変わった。床の表面は平滑で、摩耗の筋が一本もない。鉄板の継ぎ目も見えない。ランタンの光が届く範囲だけが切り取られ、照らされていない部分は黒いまま残る。黒がただ暗いだけではなく、距離の情報を消している。通路は直線なのに先が遠く見えず、遠く見えないから歩いた距離が残らない。

途中、側面に開いた小さな部屋が幾つもあった。どれも同じ形で、同じ高さに棚があり、同じ位置に白い輪が残っている。輪の数も揃っている部屋が多い。揃っている部屋ほど、そこに居たものが「整列していた」ように見える。整列していたのに倒れず、倒れずに腐らず、腐らずに若い。観測員は部屋を覗くたびに人数を数え、途中で数えるのをやめた。数は増えていく。増えていくのに、増える速度が分からない。時間と距離が結びつかない。

通路の先で、扉が現れた。さっきの扉と似ているが、縁の厚みが違う。開口の形も大きい。扉の前に、白い輪が一つだけ濃く残っていた。輪の中心に、座り込んだ死体がある。背を壁に預け、膝を立て、腕の間に板束を抱えている。顔は正面を向いていない。横を向いて止まっている。目は開き、瞳は濁っていない。口元に白い粒が付いているように見えたが、観測員が視線を寄せると粒は輪郭を失った。近づくほど、泡なのか吐息なのかの判断がつかなくなる。

航海士は死体の腕から板束を抜こうとした。抜けない。指が板束に吸い付いている。力を入れて握っているわけではないのに離れない。観測員が指の節を押すと、皮膚が柔らかく沈み、沈んだまま戻らない感じがした。硬くなっているはずの肉が、そこだけ生きているみたいな反応をする。二人は無理に引き剥がさず、板束の端に挟まっていた薄い一枚だけを引き抜いた。抜くとき、紙の音がしない。音がしないまま、紙だけが手に残る。

その一枚は紙に近かった。表面が硬いのに、折り目が付いている。文字列の中に、ノーチラス号の計器と同じ数字が並んでいた。航海士は数字のまとまりを追い、最後の欄で止めた。「1866」と同じ形式だった。次に目を移すと、同じ行に別の数字がある。桁が多い。観測員がその数字の横にある記号を指でなぞり、指を引いた。皮膚が吸い付く感触が残る。

扉の縁に、凹部があった。航海士が触れる前に、凹部の内側がわずかに沈み、扉が一拍遅れて動いた。誰も押していない。ロープも張っていない。扉は内側へ落ちるように開き、冷気が強く流れ出た。吸える。吸えるが、吸った分だけ胸が固くなる。吐いた息が白く割れ、粒が弾ける。粒は消える。消えるのに、口元の感覚だけが残る。

扉の先は、中央制御室のような空間だった。壁面に板状の計器が並び、床面には白い輪が集中している。輪の中心に、椅子がある。椅子は高く、肘掛けが厚い。椅子に固定された死体がいる。胸部に裂け目。乾いた血。腐敗はない。顔は若い。姿勢は正面。腕は肘掛けに収まり、指は薄い板束を抱え込んでいる。その配置が、ノーチラス号のブリッジの記憶と重なる。航海士は椅子を見ても近づかなかった。近づけば、確認が増える。確認が増えれば、ここでやることが増える。

観測員が壁面の計器に近づいた。針は動かない。動かないが、壊れているようにも見えない。指で叩いても反応はない。反応がないのに、表面には細い霜の輪が描かれている。輪は触れても濡れず、指に残らない。観測員は計器から離れ、椅子の前の台に置かれた板束を見た。板束は整理され、束ごとに形が違う。時代の違う紙が混じっている。紙に近いもの、板に近いもの、膜のようなもの。どれも破れず、どれも腐らない。

航海士は、さっき引き抜いた一枚を台の上に置き、同じ形式の一枚を探した。見つかった。数字の欄が揃っている。別の一枚も揃っている。揃っているものが続く。続くうちに、同じ欄に「1866」が何度も現れる。現れるたび、横に添えられる記号が変わる。変わるが、変わり方に規則はない。規則がないのに、回数だけが増える。

観測員は板束の中の一枚をめくり、図を見た。外形が描かれている。細長い円筒と、巨大な殻。二つの間に矢印。矢印の先に点。点の横に短い注記。注記は読めない。だが点の位置は、さっきまで降りてきた通路の方向を指している。別の頁でも同じ図があり、矢印が同じ先を指している。さらに別の頁では、細長い円筒の外形が増えている。増えた外形の数だけ矢印があり、全部が同じ点へ向かっている。

航海士は椅子の死体が抱え込んでいる板束に手を伸ばしかけて止めた。指は離れない可能性がある。離れないなら、手順が増える。代わりに、死体の指の下から覗いている角だけを引き抜いた。抜けたのは、紙に近い薄い一枚だった。そこには短い図と、数字の列、そして最後に一つだけ、見慣れた外形が描かれていた。ノーチラス号の外形だ。矢印の先は、この制御室を指しているように見える。矢印の起点は、別の点だ。別の点は、上の階層――自分たちが入ってきた開口の方向に置かれている。

観測員はその一枚を見て、何も言わずに台へ戻した。戻すと、椅子の死体の指が、元の位置でそれを抱え込む。動いたのか、戻した角度がそう見せたのか判断できない。判断できないこと自体が、ここでは普通だった。

二人は制御室を出た。出口は一つではない。下へ続く開口が複数あり、どれも同じ段差を持っている。航海士は最も暗い方向を選び、観測員はロープを締め直した。吐いた息が白く割れて弾ける。泡のように見える。深海なら当たり前だ。どちらにせよ掴めない。掴めないまま、二人はさらに下へ降りた。

制御室を出た先の通路は、さっきまでよりも単純だった。分岐が減り、段差の規則だけが続く。壁面の突起に靴底を乗せて降りるたび、身体の重さが増える。降りているのに登っているような負荷だ。観測員はロープの張りを一定に保ち、航海士はランタンの光の輪郭から外れない距離で進んだ。吐いた息が白く割れて弾ける。泡のようにも見えるが、深海ならそれで済む。どちらでも、手で掬えないものは手順に入らない。

通路の途中で床材が変わり、金属の色がわずかに暗くなった。暗くなったのに、表面は傷ひとつない。手摺がない代わりに壁の溝が深くなり、そこへ指を差し込むと吸い付くように止まる。引けば皮膚が持っていかれる感触があるのに、血は出ない。痛みも遅れて来ない。痺れだけが増える。痺れが増えても作業はできるから、二人は止まらない。止まれば胸が固くなり、固くなった胸の状態で息を続けるのが一番面倒になる。

やがて通路は大きい空間へ開けた。天井が高く、床は円形に近い広がりを持ち、壁面に同じ形の棚が並んでいる。棚は空ではない。薄い板束が、束ごとに整理されて刺さっている。束の端には数字が並び、数字の形式が複数ある。観測員は一束を抜き、端の数字を追い、途中で止めた。ノーチラス号の計器と同じ並びが混じっている。航海士が別の束を抜くと、同じ形式の数字がまた出る。形式が揃っているものは複数あり、揃っている回数が多すぎる。さらに、束の中には同じ外形図が繰り返し挟まっていた。細長い円筒の船体。巨大な殻の構造体。矢印。矢印の先の点。点の位置は毎回同じで、違うのは矢印の起点だけだった。起点の印は増えていく。増えていくのに、新しい印ほど古く見えない。

空間の中央に、椅子があった。椅子はひとつではない。高さの違う椅子が二つ並び、片方は空で、片方には死体が固定されている。胸部の裂け目。乾いた血。腐敗の欠如。姿勢の固定。これまで見てきたものと同じ条件だ。違うのは、目の前の台に置かれた板が開いたまま止まっていることだった。頁の端に「1866」と同じ形式の数字があり、その隣に別の記号が添えられている。観測員は頁をめくらず、開いた面の図だけを見た。図は外形ではなく配置だった。円形の空間。二つの椅子。棚の列。そこに矢印が描かれ、矢印の先に短い注記がある。注記は読めない。だが矢印の先が、入口の方向を指しているのが分かる。そして入口の位置に、細長い円筒の外形が描かれていた。ノーチラス号に似た外形だ。似ているだけでは片付けられない程度に一致している。

航海士はその場で判断を止め、開いている板を閉じ、元の位置へ戻した。戻した瞬間、死体の指が板を抱え込むように見えたが、動いたかどうかは判別できない。観測員は棚からもう一束だけ抜き、端の数字を追い、最後の欄で止めた。同じ形式の「1866」が、複数の束に混じっている。混じっているのに、紙は新しく見える。新しく見えるまま固定されている。二人は言葉にしないまま、作業として必要な結論だけを揃えた。ここには記録がある。記録は反復している。反復の中にノーチラス号の形が何度も挟まっている。反復のたびに、指揮官の席が用意され、指揮官が固定されている。戻る手順は用意されていない。下へ続く開口だけが複数ある。航海士は最も暗い開口を選び、観測員はロープを締め直した。二人は息を整えずに、息が続いていることだけを確認し、さらに下へ降りた。

開口を抜けた先の段差は、しばらく同じ間隔で続いた。降りる作業は単純で、足を置く場所に迷いは出ない。それでも数十段進むごとに、膝の裏が張りつき、脛の奥が鈍く重くなる。息は吸えるが、深く吸うほど胸郭が固くなり、吐いた息が白く割れて口元で弾ける。観測員は途中で二度、壁の溝に指を差し込んで止まり、指先の痺れが増えているのを確認した。皮膚は白く濁り、硬化が進んでいる。航海士も同じだった。手袋越しにロープを握ると、握っているのに感覚が遅れる。遅れても結び目は締まる。締まるなら進める。

段差の先で通路が水平になり、幅が広がった。壁面に棚が並び、棚ごとに板束が刺さっている。制御室より簡素で、分類の痕跡だけが残っていた。航海士は棚の端に付いた数字の列を見た。数字の形式が揃っている束があり、その束の中に「1866」と同じ並びが混じっている。観測員は一枚だけ抜いて台の上に置き、図を指で押さえた。図は二つの外形と矢印で構成され、矢印の先の点が一つだけ強調されている。強調は文字ではなく線の太さで示されていた。観測員は別の頁をめくり、同じ点に向かう矢印が増えていることを確認した。起点の印が増えるだけで、先は変わらない。航海士はその束を戻し、戻した角度のまま棚に刺さったことを見て、抜き差しが何度も繰り返された場所だと判断した。

通路の奥に、扉があった。今までの扉と違い、縁の凹部が二つある。観測員が片方の凹部に指を入れた瞬間、扉の縁が沈み、沈んだのに反発がないまま内側へ落ちるように開いた。冷気が流れ出る。吸えるが、吸った分だけ胸が固くなる。航海士はロープを短くし、観測員と距離を詰めて中へ入った。室内は細長く、中央に長い台があり、台の上に薄い板が一直線に並んでいる。板は開いたまま固定され、頁が風で動かない。台の奥に椅子が一つあり、椅子には死体が固定されている。胸部の裂け目、乾いた血、腐敗の欠如、若い顔、固定具の位置。ここまで見た配置と同じで、違うのは台の板が「並べてある」点だった。並べてあるという事実が、手順を示しているように見える。

観測員は台の手前から順に、板の図だけを追った。最初の数枚は外形図と矢印、次に棚と椅子の配置図、次に段差の断面図が続く。途中から、ノーチラス号に似た外形が繰り返し出る。外形の横にある数字の形式が揃っている頁があり、その中に「1866」が何度も現れる。さらに奥の頁では、外形図の横に、点が二つ描かれている。二つの点は線で結ばれ、その線の途中に短い記号列がある。観測員は記号列を読めないまま、線の端の点だけを見た。片方の点の横には、細長い円筒の外形が描かれている。もう片方の点の横には、巨大な殻の外形が描かれている。二つは矢印で結ばれ、矢印の向きは毎回同じだった。航海士は最後の頁を見た。最後の頁の点は一つで、その点の横に細長い円筒の外形が描かれ、外形の一部が斜めに潰れている。潰れ方が、座礁後のノーチラス号の外形に近い。観測員が喉を鳴らし、言葉にならないまま息を吐いた。白い吐息が弾け、粒が消える。二人はその頁を閉じず、台の上に戻し、椅子の死体に触れないまま室内を出た。降りるための段差は、室外の開口の先に続いている。続いているなら、次の手順は決まっている。ロープの張りを一定にし、ランタンの光から外れない距離で、二人はまた下へ降り始めた。

降りるほど段差の規則は単純になり、景色だけが減っていった。壁面の突起、一定の傾き、一定の幅。通路の構造は均質なのに、二人の身体の反応だけが変わる。足は重くなり、膝の曲げ伸ばしに余計な力が要る。呼吸は維持できるが、吸った分だけ胸郭が固くなる感覚が強まり、吐いた息が白く割れて口元で弾ける頻度が増える。観測員は途中で何度か立ち止まり、脈拍を数えようとしてやめた。数える手順が増えるだけで、結果が安全に繋がらない。

通路の端で、床が一度だけ広がった。広がったと言っても、部屋というほどの余白ではない。左右に薄い板束が並ぶ棚があり、その中央に細長い台が一本通っている。台の上には、板が等間隔で置かれていた。さっきの「並べてある」部屋より整理が粗く、端が揃っていない。乱雑に見えるのに、落ちて散らばった形ではない。置いたまま固定された乱雑さだ。棚の前には人影があり、壁にもたれたまま止まっている。胸部に裂け目。乾いた血。腐敗の欠如。若い顔。腕の間に板束を抱えている。航海士は足元の白い輪の濃さを見て、ここが「出入りされた」場所だと判断した。輪の数が多く、輪の重なりがある。重なりは粉ではなく、視覚的な濃さとして残るだけだ。

観測員は台の上の板を一枚だけ持ち上げた。指先が吸い付く感触が出るが、引けば剥がれる。表面の図は外形ではなく、断面だった。段差の断面、扉の断面、棚の配置。矢印が一本、下へ伸びている。次の板をめくると、矢印の先に点があり、点の横に短い数字列が並ぶ。数字列の形式は揃っており、その中に「1866」と同じ並びが混じっている。観測員はそれを指で追わず、目だけで拾った。拾った瞬間、背中が冷えるような反応が出たが、寒さのせいだと処理した。処理できるなら、作業は続く。

さらに奥の板に、細長い円筒の外形が描かれていた。何度も見てきた形だ。次の板では、その外形が斜めに潰れている。潰れた位置と角度が、座礁後に見たノーチラス号の外観に近い。矢印は潰れた外形から伸び、矢印の先はこの通路系統ではなく、上層の「指揮席の部屋」の配置図へ向かっている。観測員は台の端に置かれた最後の板を見て、息を止める癖が戻りかけた。最後の板の配置図には、細長い円筒の外形が一点に刺さるように描かれ、その周囲に白い輪が多数並ぶ。輪の配置は、ノーチラス号の外へ出た直後に見た、死骸の斜面に近い密度と形だった。そこに添えられた数字列の末尾が、今この瞬間の時刻と一致しているかどうかを確かめたくなり、確かめる手順を考え、やめた。確かめれば意味が増える。意味が増えると、ここで立ち止まる理由が増える。

航海士は板を台に戻し、棚の板束を一つだけ抜いた。抜いた束の中には同じ外形が繰り返され、繰り返しの回数だけ矢印が増え、矢印の先はすべて同じ点へ向かっていた。その点の横に描かれているのは、潰れた円筒の外形だった。観測員はそれを見て、言葉を作らずにうなずいた。ここは記録室ではなく、工程の中継点だ。どの記録も「次」を指す。次の矢印は、すでに自分たちが通った場所を指している。先に進むほど、新しい情報が増えるのではなく、同じ情報が別の角度で反復される。

二人は棚の前の死体を避けて通路へ戻った。ロープの張りを一定にし、ランタンの光の輪郭から外れない距離を保つ。吐いた息が白く割れて弾ける。泡のようにも見えるが、手で掬えないものは確認に使えない。確認に使えないなら、歩くための情報だけを拾う。段差は続く。下へ続くなら、次の動作は同じだ。二人は通路の傾きに身体を預け、さらに下へ降りた。

段差は続き、途中から壁面の突起の間隔が広がった。足を置ける場所が減るわけではないが、一歩ごとの移動量が増え、踏み外したときの戻りが利かなくなる。航海士はロープの結び目を短く調整し、観測員の腰に回した結束を締め直した。息は吸える。吸えるのに胸郭が固くなり、吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は残らない。床に落ちたように見えても、光の外では消える。観測員は口元を拭う動作を一度だけして、手袋に何も付かないのを確認すると、その動作をやめた。

通路の先で壁が途切れ、金属の縁がむき出しになっている箇所に出た。人工的な開口ではない。裂けた形だ。縁は鋭いのに、切断面が白く濁っていない。腐食もない。裂け目の向こうは内部ではなく外部の暗さで、空気の冷え方が変わる。航海士がランタンを差し出すと、光はそこで途切れずに広がった。媒質が変わったように見えるが、呼吸は同じようにできる。観測員が縁に手をかけ、外へ身体を出す。圧壊は起きない。水の抵抗もない。足裏に触れる面は硬く、金属の外殻が斜めに折れ曲がって地面に刺さっている。地面は灰色で起伏が少ない。近くに深海生物の死骸が散らばり、裂けた胴体が足場になっている。内臓が露出しているのに匂いがない。腐敗が進んでいない。低温のためだと判断できる。判断できるなら、足場として使える。二人は裂け目の縁にロープを回し、外殻の斜面を降りた。

外へ出て数十歩進むと、宇宙船の全体が視界に入った。巨大で、ノーチラス号より遥かに大きい。外殻は何かに押し潰されるように歪み、複数の開口が裂けている。その裂け目のいくつかに、白い輪が残っていた。輪の上には人影が立ち尽くし、立ち尽くしたまま止まっている者もいる。倒れている者もいるが、倒れた姿勢のまま固定されている。観測員はそれを数えるのをやめ、視線を前に戻した。前方は暗さが濃く、下へ向かって落ち込んでいる。落ち込んでいるのに、身体は引かれる。引かれる方向は一定で、立ち止まると足の裏が地面に吸い付く感覚が増える。吸い付く感覚が増えると動き出しが遅れ、遅れると胸が固くなる。固くなるとさらに遅れる。二人は止まらず、足場を増やしながら進む方を選んだ。

深海生物の死骸を拾い、重ね、裂けた膜で縛り、段を作る。段ができれば降りられる。降りれば次の死骸が拾える。拾えれば段が増える。航海士がランタンの油を補給し、観測員がロープの摩耗を確かめ、結び直す。壊れる前に直す。直せるなら進める。何回補給したかは数えられない。数えたところで日付に繋がらない。髪も爪も伸びず、体の大きさも変わらない。変わるのは皮膚の硬さと、息を吸ったときの胸の固さだけだ。二人は宇宙船から離れ、ノーチラス号からも離れ、死骸の斜面を伝ってさらに下へ降りていった。

斜面は途切れず続いた。死骸を拾って重ね、裂けた膜で縛って段を作り、段を作った分だけ降りる。降りた先にも死骸があり、同じ作業が繰り返せる。足場は崩れない。崩れないのに柔らかくもない。踏める硬さで固定されている。ランタンの油は減る。減った分だけ補う。補うために、裂けた腹腔から脂の残りを掻き集め、布で濾し、金属の小瓶に移し替える。火は付く。付けば光ができ、光ができれば次の段差が見える。見えれば踏める。踏めるなら降りられる。胸は固くなるが、息は続く。吐いた息が白く割れて弾けても、手で掬えないものは確認に使えないから、そのまま作業に戻るだけだった。

降りるほど、死骸の形が変わった。深海の獣に見えるものもあるが、下へ行くほど、水の中で死んだというより空気の中で窒息したような姿勢のものが増える。鰓は硬く閉じ、口が開いたまま止まっている。目が乾いていない。腐敗もしない。裂けた箇所は乾き、乾いたまま新しい。航海士の指先の皮膚は白く濁り、手袋の縫い目が裂けても、裂けた先の皮膚がすぐ硬い層で覆われる。観測員の頬も同じように白くなっていく。寒さのせいだと処理できる範囲に収まっている限り、二人はそれ以上の言葉を作らなかった。言葉を作ると、確かめなければならないものが増える。増えた確かめは遅れになり、遅れは暗さに負ける。

斜面の途中で、また金属の縁が現れた。今度は宇宙船の外殻ではなく、別の構造物の切断面のように見えた。表面は滑らかで、均一な厚みが続き、裂け目の縁だけが刃物のように鋭い。縁の内側は空洞で、暗い。ランタンの光を差し込むと、内部に段差が見えた。段差はさっきまでの突起と違い、最初から足を置くために作られたような幅を持っている。観測員が先に足を乗せ、航海士がロープの張りを確かめる。足は沈まない。沈まないが重い。重いのは荷物ではなく身体の内側だ。胸郭が固くなり、吸った空気が肺の奥で止まる感覚が出る。止まる感覚が出ても息は途切れない。途切れないなら進める。

内部へ入ると、壁面に白い輪が並んでいた。輪の数は途切れず、段差に沿って続いている。輪の上には、ところどころ人影が残っていた。立ったまま、膝を折ったまま、壁にもたれたまま。姿勢のまま固定され、腐敗しない。衣服の時代は揃っていないが、顔の若さだけは揃っている。観測員が一人の首元へ指を当て、脈がないことを確認し、指を引いた。皮膚は冷たいのに凍っていない。航海士はその腕の内側に挟まった薄い板を一枚だけ抜いた。文字は読めない。だが数字の列があり、その列の端に「1866」と同じ形式の並びが混じっている。航海士はそこだけ視線で拾い、板を元の位置へ戻した。戻した板は落ちない。落ちないまま、その死体の腕の下に収まった。二人は互いの顔を見ずに、段差へ足を置き直した。ここで分かることは増えたが、増えた分だけ戻る理由は薄くなる。戻るための段を作っていない。作っていないことが、今の手順を決めている。ロープの張りを一定に保ち、光の輪郭から外れない距離で、二人はさらに下へ降りた。

降りるほど、構造物の内側は単純になった。段差、壁の溝、そして白い輪。輪は途切れず続き、輪の上にある死体も途切れない。数は増えるが、増え方は分からない。ランタンの光が届く範囲だけが足場になり、光の外は距離の情報を持たない暗さだった。観測員はロープの張りを一定にし、航海士は段差の間隔を測りながら降りた。途中で吐いた息が白く割れて口元で弾けた。弾けた粒は残らない。床に落ちたように見えても、次の一歩の影に入ると消える。

通路の側面に小さな棚があり、薄い板束が刺さっていた。刺さっている角度が揃っていない。揃っていないのに、倒れていない。航海士は一束だけ引き抜き、端の数字列を目で追い、同じ形式の並びが混じっているところで止めた。観測員が板を受け取り、図だけを見る。外形図ではなく、断面図だった。段差の断面、開口の断面、白い輪の位置。輪の列が下へ伸び、列の途中に短い注記がある。注記は読めない。だが、図の端に細長い円筒の外形が描かれている。外形の一部が斜めに潰れていて、潰れ方がノーチラス号の右舷の圧壊と近い。観測員はその板を戻した。戻すと、束は棚に刺さった角度で止まり、落ちない。

少し先に、広い空間があった。円形に近い床面の周囲に棚が並び、中央に低い台がある。台の上に板が開いて置かれていた。板は動かない。風がないから動かないのではなく、動く余地がないように固定されている。台の奥に椅子があり、椅子には死体が固定されている。胸部の裂け目、乾いた血、腐敗の欠如、若い顔。航海士は椅子を見たまま近づかず、台の板の図だけを拾った。図は二つの外形を並べ、矢印で結び、矢印の先に点が一つある。点の横に短い数字列。観測員が別の頁の端にある数字の欄を見て、形式が揃っていることだけ確認した。揃っている欄の中に「1866」と同じ並びが混じっている。混じっている回数が多い。多いのに紙は古く見えない。

二人はその空間を抜け、さらに下へ降りた。段差の先で外殻が裂け、再び外へ出る。外は灰色の平原で、死骸が散在し、死骸の列が斜面を作っている。宇宙船の影はもう見えない。ノーチラス号の輪郭も見えない。背後を確かめても暗さが戻るだけで、戻り道の情報が残っていない。航海士は死骸を拾い、重ね、縛って段を作る作業に戻った。段を作れば下へ降りられる。下へ降りれば次の死骸が拾える。観測員はロープを結び直し、摩耗した箇所に布を巻き、結び目を締めた。締めても緩まない。緩まないなら使える。

作業は繰り返され、燃料の補給も繰り返された。時間を数える手段はそれしかないが、回数を数えても日付に繋がらない。髪は伸びない。爪も伸びない。体格も変わらない。変わるのは皮膚の硬さと、吸った空気が胸の内側で押し返してくる感覚だけだった。吐いた息は白く割れて弾ける。弾けても掴めない。掴めないまま、二人は段を増やし、暗さの濃い方へ降り続けた。

斜面はやがて、死骸だけでは支えきれない角度になった。下へ行くほど足場の間隔が広がり、拾って重ねる作業だけでは段差が途切れる。航海士は散在する骨格の硬い部分を選び、膜ではなく筋の束を裂いて紐にし、左右の死骸を跨ぐように結び、踏み板の代わりに胴体の外皮を張った。張った外皮は乾いているのに伸び、伸びたまま戻らず、重さを預けても千切れない。観測員はロープの摩耗に布を巻き、結び目を増やし、張りが一定になる位置を探してから動いた。息は吸える。吸えるのに胸郭は固い。固い胸のまま作業は続く。

ランタンの補給は回数でしか残らなかった。油は減る。減れば補う。補うたびに火は青く燃え、青い光が届く範囲だけが地形になる。二人は回数を数え、途中で数えるのをやめた。数えたところで日付に繋がらない。髪も爪も伸びず、衣服の擦れだけが増える。擦れは増えるが破れは進みにくい。布地が裂けても、裂けた縁が硬くなり、裂け目が広がりにくくなる。航海士の指先の白濁は手袋の縫い目より外へ進み、観測員の頬の白さは頬骨の形に沿って増えていった。

金属の縁が再び現れ、今度は裂け目ではなく、円形の口が開いていた。縁は均一で、刃物で切り抜いたように滑らかだ。内部は暗いが、暗さの密度が外と違う。ランタンの光が吸われず、壁面の溝と突起が早い段階で見えた。降りるための段差が最初からある。二人は死骸の橋を作らず、その口にロープを通してから下りた。足は沈まない。沈まないのに重い。重いまま、段差に靴底が止まる。

内部は長い筒だった。壁面に白い輪が連続し、輪の上に人影が途切れず残っている。立ち尽くす者もいるが、立ち尽くした姿勢のまま固定され、倒れている者は倒れたまま固定されている。衣服の時代は混じっていた。布の織りの粗いものもあれば、板のような外装を重ねたものもある。共通しているのは若さと、腐敗の欠如と、胸部に集中した損傷の多さだった。観測員は近い位置の死体を一人だけ選び、喉元へ手袋越しに触れて脈がないことを確かめ、すぐに指を引いた。触れた指の感覚が遅れて戻る。遅れて戻る感覚を待たずに、次の段差へ足を移した。

筒の途中に横穴があり、小部屋が続いた。棚が並び、板束が刺さり、台に板が開いたまま置かれている。台の奥に椅子があり、椅子には死体が固定されている。見慣れた配置だった。航海士は近づかず、台の板の端だけを確認した。数字列の形式が揃っている束があり、その中に同じ並びが混じっている。「1866」と同じ形の数が複数の板に出る。観測員は板の図を拾い、外形図が反復されていることと、矢印の先の点が変わらないことだけを確かめた。板は閉じず、元の位置へ戻した。戻した板は落ちない。落ちないまま、開いた角度で止まる。

さらに下へ降りると、筒の構造が終わり、外へ出る裂け目に当たった。外は灰色の平原で、死骸が散在し、死骸の堆積が斜面を作っている。空気は冷たい。呼吸はできる。吐いた息が白く割れて弾ける。弾けた粒は残らない。観測員は口元を拭わず、航海士はロープを結び直し、二人は死骸を拾って段を増やす作業に戻った。戻るというより、手順が同じ場所に繋がっているだけだった。段を作れば下へ行ける。下へ行けば次の死骸が拾える。拾えれば段が増える。

しばらく進むと、遠方に巨大な影が見えた。宇宙船の外殻ではない。外殻よりも地形に近い。起伏のない面が続き、その面の上に直線の溝が走っている。溝は自然の侵食ではなく、規則的な間隔で途切れず続いていた。観測員が溝に沿って歩くと、足の重さがさらに増えた。増えた重さに合わせて胸郭が固くなる。固くなっても呼吸は続く。続くから歩く。航海士はランタンを高く上げ、溝の先を照らした。光の中に、薄い板が一枚落ちていた。落ちているのに散らばらず、地面に貼り付くように止まっている。航海士が拾い上げると、指が吸い付く感触が出る。引けば剥がれる。剥がれた板の端には同じ形式の数字列があり、末尾に「1866」と同じ並びが混じっていた。観測員は板を受け取り、図だけを見た。細長い円筒の外形が描かれ、その外形の横に一点の印がある。印は矢印で下の暗さへ向かっている。二人は板を元の位置へ戻し、溝に沿ってさらに下へ進んだ。

溝は途切れず続き、途中から勾配が一定になった。斜面というより、地面そのものが下へ引かれている形で、足を置いた瞬間に体重が前へ落ちるのではなく、内側から引かれて一歩が出る。航海士はランタンを溝の先へ向け、光の端が消える距離を測りながら進んだ。観測員はロープを短くして腰へ回し直し、張りが一定になる位置を維持した。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は地面に残らず、溝の縁の陰に入ると見えなくなる。

溝の両側には死骸が散らばっているが、堆積は薄かった。拾って重ねて段を作るほどの密度がない。代わりに、溝そのものが足場になっていた。溝の底は滑らかではなく、一定間隔で浅い刻みがあり、靴底がその刻みに引っかかる。引っかかるから滑りにくい。滑りにくいなら降りられる。二人は死骸を拾う手順を減らし、溝の刻みを踏んで下った。

しばらく進むと、溝の先に金属の縁が現れた。地面から突き出した板ではなく、地面が割れて中身が露出したように見える。縁の厚みは一定で、切断面は白く濁らず、腐食もない。縁の内側は暗く、暗いのに奥行きがある。航海士がランタンを差し込むと、内部に同じ刻みが続いているのが見えた。溝は外では地面を走っていたが、ここから先は地面の下へ入る形になる。観測員が縁に手をかけ、身を沈めて入口の角度を確かめた。圧壊は起きない。水の抵抗もない。冷気だけが強くなる。吸える。吸えるが胸は固くなる。固くなっても息は続く。

内部へ入ると、溝は通路の床になっていた。壁面には浅い溝があり、手を差し込むと吸い付くように止まる。引けば皮膚が持っていかれる感触があるのに、血は出ない。観測員はその感触を無視してロープを結び直し、航海士は通路の刻みを踏んで進んだ。通路の側面に白い輪が断続的に残っている。輪の上には人影がいくつもある。立ち尽くしたままの者、壁にもたれたままの者、うつ伏せの者。姿勢が崩れない。腐敗しない。衣服の時代が混じっているのに、顔の若さだけは揃っている。胸部に裂け目がある個体が多い。乾いた血の色は変わらない。観測員が一人の喉元へ手袋越しに触れて脈がないことを確かめ、すぐに指を引いた。触れた指の感覚が遅れて戻る。戻る前に次の一歩を出す。

通路の奥で空間が広がり、壁面に棚が並んでいた。棚には薄い板束が刺さっている。刺さっている角度が揃っていないのに倒れない。床には白い輪が集中しており、輪の中心に椅子がある。椅子には死体が固定されている。胸部の裂け目、乾いた血、腐敗の欠如、若い顔、固定具の位置。観測員は椅子に近づかず、棚の端に露出している一枚だけを引き抜いた。指が吸い付く感触が出るが、引けば剥がれる。表面は文字列だが読めない。頁の端に数字の欄があり、その欄の中に「1866」と同じ形式が混じっている。観測員はその箇所だけ視線で拾い、板を戻した。戻した板は落ちない。落ちないまま、元の角度で棚に刺さる。

航海士は床の輪の濃さを見て、足を止めた。輪が重なっている。粉ではないのに濃い。濃い部分が椅子の前から入口方向へ伸びている。伸びているのは通路の刻みの上で、刻みの方向と一致していた。航海士はその線に沿ってランタンを動かし、壁面の低い位置に小さな開口を見つけた。開口の縁は滑らかで、扉の形ではない。奥へ続く穴だ。観測員がロープを短くし、航海士が先に身体を入れた。穴の内側はさらに冷たく、吸えるのに胸が固くなる。吐いた息が白く割れて弾ける。弾けた粒は壁に付かない。

穴の先は下りの筒で、刻みが続いていた。筒の途中で航海士が一度だけ上を振り返り、戻るために一段だけ足を上へ置いた。置いた瞬間、足が持ち上がらない。持ち上げるために力を入れると、膝の裏が張り、胸の内側が硬くなる。硬くなるのに息は吸える。吸えるが、吸った分だけ身体が重くなる。航海士はその一段を諦め、足を下へ戻した。下へ戻すと動ける。上へは動けない。観測員も同じことを試し、同じ結果で足を下へ戻した。二人は言葉を作らず、ロープの張りを一定にして下へ進んだ。

筒は同じ傾きで続いていた。刻みの間隔は一定で、靴底は滑らずに止まる。止まるのに足は重い。重さは荷物ではなく、身体の内側から増える。観測員がロープを引くと、引いた分だけ腰が沈み、沈んだまま戻りにくい。航海士は壁の溝に指を差し込み、体勢を支えた。指は吸い付くように止まり、引くと皮膚が持っていかれる感触だけが残る。血は出ない。痛みも遅れて来ない。遅れないから止まらない。止まらないために、次の刻みに足を置く。

途中で筒が横へ広がり、通路に変わった。通路の両側には白い輪が途切れず並び、輪の上に人影が残っている。壁にもたれたまま、膝を折ったまま、うつ伏せのまま。姿勢のまま固定され、腐敗しない。衣服の時代は揃っていないのに、顔の若さだけが揃っている。航海士は視線を前へ戻し、観測員はロープの張りを変えない。ここで数を数える手順は増えるだけで、歩くための情報にならない。

通路の先に、低い部屋があった。天井は高くない。棚が並び、棚には薄い板束が刺さっている。床の白い輪が濃く、中央に椅子が一つあり、椅子には死体が固定されている。胸部の裂け目は乾き、血の色は変わらず、臭いもない。航海士は椅子へ近づかず、棚の端に露出している一枚を引き抜いた。指が吸い付く感触が出るが、引けば剥がれる。文字は読めない。だが端の数字欄の形式は揃っていて、その揃った欄の中に同じ並びが混じっている。航海士はそこだけ拾い、板を戻した。板は落ちない。落ちないまま、刺さっていた角度で止まる。

観測員は床の濃い輪を見て、入口側へ伸びる線を追った。線は刻みの方向と一致している。線の先に、小さな箱があった。金属の箱だ。錆はない。蓋の縁に凹部があり、触れる前に一拍遅れて沈み、沈んだまま戻らない。観測員が蓋を持ち上げると、内部に薄い板が束で収まっていた。板は乱れていない。押さえられたまま固定されている。航海士が一枚だけ抜くと、表面に外形図が描かれていた。細長い円筒。尾部の突起。右側の潰れ。潰れ方が、外で見たノーチラス号の右舷の壊れ方に近い。観測員は別の一枚を抜き、矢印と点の配置を見る。矢印は上から下へ向かい、途中に短い数字列がある。数字列の形式が揃っていて、揃った欄の中に同じ並びが混じっている。観測員はそこを確かめようとして指を出しかけ、指を引っ込めた。確かめればここで止まる理由が増える。増えた理由は、今の足の重さを戻さない。

航海士は箱の底に残っていた最後の板を抜いた。板の図は外形ではなく、配置だった。椅子が一つ。棚が並ぶ。入口が一つ。入口の位置に細長い円筒が描かれ、矢印がそこから室内の椅子へ向かっている。椅子の位置には小さな印があり、印の横の短い数字列の形式が揃っている。揃っているのに古く見えない。航海士は板を戻し、箱を閉じた。閉じたあと、蓋が浮かない。浮かないまま固定される。

通路へ戻ると、上へ向かう刻みが見えた。見えるが、上へ足を置くと持ち上がらない。持ち上げるために力を入れると、膝の裏が張り、胸の内側が硬くなる。硬くなっても息は吸える。吸えるのに、吸った分だけ身体が重くなる。航海士は足を下へ戻した。下へ戻すと動ける。観測員も同じ動作をして、同じ結果で足を下へ戻した。二人は言葉を作らず、ロープの張りを一定にして、刻みの方向へ身体を預けた。進めるのは下だけだった。

二人は足を下へ戻し、そのまま刻みを踏んで通路を抜けた。進むほど身体の重さは増えるのに、歩幅は縮まらない。縮めようとしても膝が固くなり、固くなると動作が遅れ、遅れれば足が滑る。滑る前に次の刻みへ置き直す。置き直すと止まる。止まるなら進める。ロープの張りは一定で、観測員の腰の結束は緩まない。航海士の手袋は擦り切れて縫い直した箇所が増えているが、裂け目は広がりにくい。皮膚の白濁は指先から手の甲へ回り、硬さが増すのに、指の動きだけは鈍らない。吐いた息が白く割れて弾ける回数は増えたが、弾けた粒は残らない。掬えないものは確かめられないから、そのままにして降り続けるしかない。

通路はしばらくして外へ開いた。灰色の地面に戻る。溝が走り、刻みが続き、死骸が散っている。拾って重ねる密度はないが、溝の刻みが足場になる。足場があるなら下へ行ける。航海士はランタンの油を補給し、観測員はロープの摩耗に布を巻いて結び直した。何回目の補給かはもう分からない。数える手段はあるのに、数える理由が残らない。髪も爪も伸びず、頬の白さだけが増える。増えた白さは寒さのせいで済ませられる範囲に収まっている。収まっている限り、手順を変える必要はない。

溝の先に、また開口があった。縁は均一で、落ちるように内側へ続く。二人は死骸を足場にせず、そのまま中へ入った。内部は広く、床面が円形に近い。棚が並び、台があり、椅子がある。椅子には死体が固定されている。胸部に裂け目があり、乾いた血がその位置で止まっている。腐敗臭はない。目は濁らない。若いまま止まっている。死体の足元に白い輪があり、輪は濃い。濃いのに粉ではない。誰かがそこに立っていたという情報だけが残る。航海士は椅子へ近づかず、台の上に置かれた板束をめくった。めくると指が吸い付く感触が出るが、引けば剥がれる。文字は読めない。数字の列だけが揃っていて、その揃った欄の中に同じ並びが混じる。「1866」と同じ形式が何度も出る。観測員は板を閉じず、開いたまま元の位置へ戻した。戻した板は落ちない。落ちないまま固定される。

棚の奥に、紙に近い材質の束があった。板ではなく、薄い紙だ。硬いが折り目が付いている。航海士が一枚だけ抜くと、紙の音がしない。音がしないまま手に残り、図が見えた。細長い円筒の外形。尾部の突起。右舷の潰れ。その外形の横に、短い単語がいくつか並んでいる。観測員は文字列を追い、途中で止めた。読める。完全ではないが、綴りの癖が自分たちの時代のフランス語に近い。ページの端に「Nautilus」とだけ読める部分があり、その直下に「capitaine」と書かれているのが分かった。航海士はその紙を奪うように取り、次の行を追った。行は途切れ途切れだが、単語は拾える。「mort」「siège」「ne bouge pas」――死んでいる、席、動かない。観測員が口を開きかけて閉じた。言葉を作ると、それを確かめる必要が出る。確かめるには触れる必要がある。触れれば指が離れない可能性がある。だから二人は紙の上だけで事実を揃えた。ここにも、ノーチラス号が来ている。ここでも、船長席に死体が固定されている。動かない、と書かれている。

紙束の最後に、短い図があった。円形の部屋、椅子、棚、そして矢印。矢印は下へ伸びている。その矢印の途中に「retour impossible」と読める部分があった。戻れない。観測員はそれを見ても表情を変えない。変えないが、ロープの結び目を一度だけ握り直した。握り直した指の白さが、布の上からでも分かる。航海士は紙を折り、ポケットに入れようとしてやめた。紙は持ち帰れる形をしていない。持ち帰れば、次に手を離せなくなるかもしれない。だから台の上に戻し、元の束に挟んだ。挟むと、紙は落ちずにそこへ止まった。止まったまま、次の者の手順を待つ配置になる。

部屋の反対側に、下へ続く筒がある。刻みは続く。上へ戻る刻みも見えるが、足を置いても持ち上がらない。持ち上げようとすると胸が硬くなり、硬くなった胸のまま身体が沈む。沈むと上へは戻れない。下へ戻すと動ける。二人はもう試さない。試す手順が増えるだけで結果は変わらない。航海士が先に足を刻みに乗せ、観測員がロープの張りを一定にした。吐いた息が白く割れて弾ける。深海なら当たり前だ。掬えないものは確かめられない。二人は黙って、紙に書かれていた矢印の通りに、下へ降りた。

筒の内側はさらに冷え、刻みの角がわずかに鋭くなっていた。靴底が引っかかる感触は強いのに、足を持ち上げる動作だけが遅れる。航海士は壁の溝に指を入れて身体を支え、観測員は腰のロープの張りを一定に保った。吸った空気は胸の内側で押し返し、吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は壁にも床にも残らず、刻みの陰に入った瞬間に見えなくなる。下へ進めば進むほど、上へ置いた足が持ち上がらない感覚が強まる。上へ向けて膝を引こうとすると、膝裏が張って胸が固くなる。固くなっても息はできるが、息を吸った分だけ身体が沈む。沈むと、下へ戻す動作だけが楽になる。

筒が終わり、通路が水平に伸びた。左右の壁に白い輪が連続し、輪の上に人影がいくつも残っている。もたれた姿勢、膝を折った姿勢、伏せた姿勢がそのまま止まり、腐敗の匂いがない。衣服の年代は混じっているのに、顔の若さだけが揃っている。観測員が一人の死体の袖口を避けるように通り、航海士はランタンの光を床の刻みに沿って滑らせた。刻みは途中で途切れず、一定の方向へ導く。導く先に、さっきと同じ配置の部屋が現れた。棚、台、椅子、椅子に固定された死体。台の上の紙は開いた角度のまま止まり、風がないからではなく、動く余地がないように固定されている。航海士は棚の端から紙に近い束を一枚だけ抜き、文字列の中に拾える単語があることを確かめた。綴りは完全ではないが、目が慣れる。「Nautilus」「capitaine」「mort」「siège」。観測員は台の上の別の紙を見て、同じ単語が別の筆跡で繰り返されているのを確認した。繰り返しの横にある数字欄には同じ形式が並び、「1866」の並びが混じっている。どの紙も古びていない。折れ目だけが固定され、紙の縁だけが擦れている。

部屋の奥に、低い棚があり、その下に紙片が一枚落ちていた。落ちているのに床へ貼り付くように止まり、拾い上げると指が吸い付く感触が出る。航海士は紙片を裏返し、文字列の末尾だけを拾った。「retour impossible」。観測員はそれを見ても声を出さず、腰のロープを握り直して結び目の位置を指で確かめた。航海士は紙片を棚へ戻し、戻した紙が落ちないことを確認してから、部屋の出口へ向き直った。出口は下へ続く筒だった。筒の縁は均一で、内側へ落ちる角度で刻みが続いている。上へ向けて一段だけ足を置くと、持ち上がらない。力を入れるほど胸が固くなり、固い胸のまま身体が沈む。足を下へ戻すと動ける。観測員も同じ動作を一度だけして、同じ結果で足を下へ戻した。

二人は筒へ入った。ロープの張りを一定にし、ランタンの光から外れない距離で刻みを踏む。下へ降りるほど空気の冷たさが増し、吸った空気が胸の内側で止まる感覚が強くなる。止まっても息は続く。続くから次の刻みに足を置ける。吐いた息が白く割れて弾ける。深海なら当たり前だ。掬えないものは確かめられない。確かめられないまま、二人は矢印の通りに、下へ降り続けた。

筒は長く、刻みの数だけが増えた。降りているのに、降りたという感覚が残らない。足を置いた瞬間に止まる感触はあるのに、止まった場所が積み重ならず、次の一歩で前の一歩が薄れる。航海士は壁の溝に指を入れて身体を支え、観測員は腰のロープの張りを一定に保った。吸った空気は胸の内側で押し返し、吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は刻みの陰で見えなくなる。上へ向けて膝を引く動作は早い段階で諦めた。足を上へ置くと持ち上がらない。力を入れるほど胸が固くなり、固い胸のまま身体が沈む。下へ戻すと動ける。その差だけがはっきりしていた。

筒が終わると、今度は広い通路に出た。天井が高く、壁面の溝が深い。溝の内側は滑らかで、指を差し込むと吸い付くように止まり、引けば皮膚が持っていかれる感触が出る。床には刻みが並び、刻みの間隔が一定で、歩く手順を変えずに済む。通路の左右には白い輪が連続し、輪の上に人影が残っている。立ったまま止まっている者もいるが、立った姿勢のまま固定されているだけで、足元の輪の濃さが違う以外に動きの痕跡がない。衣服の年代は混じり、装いの材質も混じる。どれも若く、どれも腐敗せず、胸部の裂け目が乾いたまま止まっている個体が多い。観測員は一人だけ選んで喉元へ手袋越しに触れ、脈がないことを確認してすぐに離した。触れた感覚が遅れて戻る。戻る前に次の刻みに足を置く。

通路の先に、今までより大きい部屋があった。棚が壁面を一周し、棚には板束と紙束が混在して刺さっている。中央に長い台があり、台の上に紙が何枚も開いたまま並んでいた。奥に椅子が二つあり、片方は空、片方には死体が固定されている。胸部の裂け目、乾いた血、腐敗の欠如、若い顔。空の椅子の肘掛けには擦れがあり、擦れが古く見えないまま固定されている。航海士は椅子には近づかず、台の手前の紙から順に図だけを拾った。外形図があり、細長い円筒の船体が描かれている。次の紙では同じ外形が斜めに潰れている。潰れ方は右側に寄り、外で見たノーチラス号の圧壊と近い。矢印が潰れた外形から伸び、矢印の先に点があり、点の横に短い数字欄がある。数字欄の形式は揃っていて、その中に「1866」と同じ並びが混じっている。観測員は文字列に目を移し、拾える単語だけを拾った。「Nautilus」「capitaine」「mort」。次の行に「même」とだけ読める語があり、その直後に「fin」と読める短い語が続いている。別の紙にも同じ二語があり、筆跡が違うのに並びが同じだった。航海士はさらに奥の紙を見た。図は外形ではなく配置になり、円形の部屋、二つの椅子、棚、入口が描かれている。入口の位置に細長い円筒が置かれ、矢印が入口から椅子へ向かっている。次の紙では、その円筒が入口ではなく、別の位置に置かれている。別の位置は、上層の裂け目の配置図と一致して見えた。もう一枚では、矢印の起点が増えている。増えている起点は全部同じ形で、全部が同じ椅子へ向かっている。

航海士は台の一番奥の紙を見て、そこで初めて手を止めた。描かれているのは斜面だった。死骸が散在し、段を作って降りる斜面。溝が走り、刻みが並ぶ斜面。斜面の端に、細長い円筒が斜めに刺さっている。刺さった角度と位置関係が、外へ出た直後に見たノーチラス号の姿と重なる。紙の右下に短い文字列があり、「retour」と「impossible」の並びだけはもう拾える。観測員はロープの結び目を一度だけ握り直し、結び目の位置を確かめた。航海士は紙を持ち上げず、台に置いたまま指先で端を押さえ、風がないのに紙が動かないことを確かめてから手を離した。紙は落ちない。落ちないまま、次に読む者のための角度で止まる。

部屋の出口は三つあった。どれも下へ続く筒で、刻みが同じ間隔で並んでいる。航海士は最も暗い出口を選び、観測員はロープの張りを一定にした。吐いた息が白く割れて弾ける。深海なら当たり前だ。掬えないものは確かめられない。確かめられないまま、二人は同じ手順で刻みに足を置き、下へ降りた。

刻みに足を置いて筒へ入った瞬間、空気がさらに硬くなった。冷たいというより、吸い込んだ分が肺の奥で止まり、押し返してくる感じが強い。航海士は一段ごとに肩の位置を調整し、観測員は腰のロープを張りすぎないように手首の角度を固定した。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は刻みの陰で見えなくなる。上へ足を置く動作はもう頭に入らない。入れたところで持ち上がらないことが分かっている。下へ置けば動ける。それだけを繰り返す。

筒の終わりで通路に出ると、壁面の溝が深くなり、指を差し込むと吸い付くように止まった。引けば皮膚が持っていかれる感触はあるが、血が出ない。痛みも遅れて来ない。遅れて来ないから、手順が減る。減った手順のまま前へ進める。床の刻みは一定で、靴底が引っかかる。引っかかるから滑らない。滑らないなら降りられる。左右の壁に白い輪が並び、輪の上に人影が続く。立ったまま、もたれたまま、伏せたまま。姿勢が崩れず、腐敗しない。衣服の年代が混じっているのに、顔の若さだけは揃っている。観測員は視線だけで喉元を見て、脈がないのを確認し、次の刻みに足を置いた。

通路の先の扉は今までより厚く、縁の凹部が三つあった。航海士が凹部に指を入れる前に、縁が一拍遅れて沈み、扉が内側へ落ちるように開いた。開いた瞬間、冷気が押し出される。吸える。吸えるが胸が固くなる。二人はロープを短くして室内へ入った。

部屋は広く、円形に近い。壁面を一周する棚があり、棚には板束と紙束が混じって刺さっている。中央の台は長く、台の上に紙が開いたまま並んでいた。奥に椅子が一つ。椅子には死体が固定されている。胸部の裂け目、乾いた血、腐敗の欠如、若い顔。固定具の位置は肘掛けの脇と足元で、締め付けた痕がない。最初からその形で止まっているように見える。

航海士は椅子へ近づかず、台の手前から紙の図だけを拾った。最初は外形図だった。細長い円筒、尾部の突起。次の紙では右側が潰れている。潰れた外形から矢印が伸び、矢印の先に点があり、点の横に数字欄がある。数字欄の形式は揃っていて、その中に「1866」と同じ並びが混じっている。観測員は文字列の部分に視線を移し、拾える単語だけを拾った。「Nautilus」「capitaine」「mort」。別の紙にも同じ単語があり、筆跡が違う。紙の材質も違う。だが並びは同じだった。

台の中央付近に、文章の量が多い紙があった。観測員は端を押さえ、航海士は行頭から目で追う。全部は読めない。だが繰り返し出る短い語がある。「même」「fin」。同じ、終わり。続けて「retour impossible」が何度も出る。戻れない。戻れない、と書いてある。書いてあるのに、紙は古びていない。折れ目だけが固定され、縁だけが擦れている。

航海士は台の奥の紙を見た。そこには外形図ではなく、工程が描かれていた。斜面、死骸、段差、溝、刻み。斜面の端に細長い円筒が斜めに刺さっている。角度と位置が、外で見たノーチラス号の姿と重なる。その斜めに刺さった図の横に短い文章があり、拾える単語が続いている。「capitaine」「siège」「reste」。船長、席、残る。さらに次の行に「centre」らしい綴りが見えた。中心。中心という単語が、ここで出る。

観測員は椅子の死体を見て、次に棚の方へ視線を移した。棚の紙束の一つに、同じ語が太く書かれている。「centre」。その直下に「même fin」。別の束にも同じ。別の束にも同じ。繰り返しだと分かる程度に、同じ語が並ぶ。

航海士は棚の端に刺さった紙束を一つだけ引き抜いた。指が吸い付く感触が出るが、引けば剥がれる。束の中には短い文章が続いていた。行間が狭い。筆跡は荒い。インクが滲んでいない。滲んでいないのに筆圧の跡が残っている。航海士は拾える語だけを追い、途中で止めた。「Nautilus」「1866」。その次に「nous」らしい語が出て、さらに「encore」。また。最後の方に「ils aussi」。彼らもまた。そこから先は読めない。読めないが、語が示す方向だけは揃う。自分たちの船の名が出て、年が出て、また、彼らも、が出る。繰り返しの文脈だと分かる。

観測員が台の端の紙を一枚めくると、めくった裏面に簡単な図があった。二つの椅子。片方が空で、片方に死体。矢印は空の椅子から死体の椅子へ向かっている。矢印の横に拾える語がある。「place」「capitaine」。置く、船長。置くという指示の形をしている。観測員はそれ以上めくらず、紙を元の角度へ戻した。戻した紙は落ちない。落ちないまま固定される。

部屋の中で、新しい事実は増えない。増えるのは、確信に近い量だけだ。ここに残された記録は、自分たちを指している。ノーチラス号が来たこと、船長が死んで席に固定されたこと、戻れないこと、同じ終わりになること。紙の言葉は短く、だが同じ語が何度も出る。何度も出るから、読み間違いでは済まない。

航海士は台の紙を持ち帰らなかった。持ち帰れば指が離れない可能性がある。離れないなら手順が増える。増えた手順は今の足の重さを戻さない。観測員も同じ判断で、紙束を棚へ戻した。棚へ戻した束は、刺さっていた角度のまま止まる。

出口は一つだった。下へ続く筒。刻みが続いている。上へ戻る刻みも見えるが、足を置けば持ち上がらない。試す理由がない。試したところで結果は変わらない。航海士が先に刻みに足を置き、観測員がロープの張りを一定にした。吐いた息が白く割れて弾ける。深海なら当たり前だ。掬えないものは確かめられない。二人は暗い筒へ入った。

筒を抜けると、今度は外へ出る裂け目だった。灰色の地面。溝が走り、刻みが並び、死骸が散っている。遠方に宇宙船の影はない。ノーチラス号の輪郭もない。振り返っても暗さが戻るだけで、戻り道の情報が残っていない。航海士は死骸を拾い、重ね、縛って段を作る作業に戻った。観測員はロープの摩耗に布を巻き、結び目を締め直した。締めても緩まない。緩まないなら使える。

二人は、さっき読めた語を口にしなかった。言葉にすれば、ここで止まる理由が増える。増えた理由は、戻れない現実を変えない。変えないなら、歩ける手順だけを続ける。段を増やし、溝の刻みを踏み、暗さの濃い方へ降りる。背後に残るのは、読める語が何度も繰り返された紙束の部屋と、固定された椅子の死体だけだった。

溝の刻みを踏んで下り続けるうち、地面の質感が変わっていった。灰色の面は砂でも岩でもなく、叩けば乾いた音が返るのに、欠けない。裂け目に落ちた死骸が、そこだけは確かに「柔らかいもの」だと教える。航海士は落ちた個体を引き寄せて段にし、観測員は筋の束を裂いて縛り、同じ手順で降りる。作業は単純で、単純だから続く。続くが、続いた分だけ“上に戻る”動作の想像が薄くなった。足を一段上へ置くと、膝裏が張り、胸が硬くなる。硬い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだときに戻るのは下だけだ。下へ足を戻すと動ける。動ける方へしか動けない。

死骸の密度がまた変わった。深海生物の形をしたものが減り、代わりに、人の骨格に近いものが増える。衣服の材質は揃っていない。布の者もいれば板を重ねた者もいる。どれも若い。どれも腐らず、臭いもしない。胸の裂け目の乾き方だけが一定で、乾いた血の色が同じ場所に留まっている。観測員は喉元に触れる手順を途中から省いた。触れなくても分かる。分かるものを確かめる手順は、足の重さを増やすだけだ。航海士はランタンの油を補給し続けた。小瓶の中で油が減り、補う。火が付く。火が付けば光ができ、光ができれば次の刻みが見える。見えれば踏める。踏めるなら降りられる。髪は伸びず、爪も伸びず、頬の白さと指先の硬さだけが増えていくのに、服の裂け目が広がりにくいのは都合が良かった。

どれくらい降りたのか、数える手段はあった。補給回数も、結び直した回数も、指で追えば残る。だが数える理由が残らない。数えても、どこにも到着しないからだ。到着するのは“次の刻み”だけで、その次も刻みで、さらに次も刻みになる。観測員は時々、互いの顔を照らして確かめた。頬の線も目の窪みも、変わらない。白濁が増えていくのに、年齢の影が増えない。航海士はそれを見ても言葉にしなかった。言葉にした瞬間、どこから説明を始めるか決めなければならない。決める作業は増え、増えた作業は遅れになり、遅れは暗さに負ける。

やがて溝は途切れ、地面が不自然に平らになった。起伏がない。滑らかでもない。平面が続く。そこに、ノーチラス号の鉄板よりも大きな影が横たわっていた。影は“残骸”ではなく“門”に見えた。縁は直線で、曲線が少ない。裂けた穴ではない。最初から入口として切り抜かれたような開口があり、その周囲の材質は錬鉄とも真鍮とも違った。ランタンの光が当たると、反射が遅れて戻る。金属なのに光を返しすぎない。近づくほど、足の重さが増える。増えるのに、歩かされる。門の前に立つと、呼吸が楽になるわけではない。ただ、胸の硬さが別の種類に変わる。押し返されるのではなく、内側から整列させられるような硬さだった。

入口の縁に、白い輪が並んでいた。輪は途切れず、入口の内側へ続いている。輪の上に、人影が三つあった。倒れていない。座り込んでもいない。立ったまま止まっている。鎧のような板を纏った者が一人。布に見えるが織り目が整いすぎた服の者が一人。もう一人は外套の下に見慣れない裁断の衣服を着ている。全員が若い。全員が呼吸の動きを見せない。腐敗の匂いもない。口元に白い粒が付着しているようにも見えるが、近づくほど輪郭がほどける。彼らは、両腕に紙を抱えていた。紙の束。板ではない。航海士の時代の手帳に近い厚みだが、紙の色が違う。黄ばみがないのに、縁だけが擦れている。

観測員が一歩前へ出ると、三人のうち一人が顔だけをこちらへ向けた。首は動かない。動いたのは向きではなく、こちらの視線が“向いた”気がしただけかもしれない。それでも、その瞬間に観測員の足が止まった。止まったのは恐怖ではなく、足裏が輪に吸い付いたからだ。航海士がロープを短くし、観測員の腰へ張りを渡した。張りができると、観測員の足が輪から外れ、次の刻みに乗ることができた。

航海士は声を出さず、手だけを伸ばした。紙束を抱えた者の腕に触れない距離で、紙の角をつまむ。紙は軽い。軽いのに指が吸い付く感触が出る。引けば剥がれる。剥がれた紙の表面に、細い文字列が走っている。言語は一瞬で分からないが、数字の形だけは拾えた。観測員が光の角度を変える。紙の端に「1866」と同じ形式の並びがあり、その下に別の年号がある。桁が違う。未来の形式に見えるのに、紙は新しいまま止まっている。航海士はその紙を戻した。戻すと、抱えた者の指が紙を抱え込むように見えた。動いたのか、紙の角度がそう見せたのか判別できない。

観測員が入口の内側を照らすと、通路が見えた。段差ではなく、床に刻みが続き、刻みの向きが下を指している。上へ戻る刻みはない。入口の縁の内側に、薄い板が差し込まれている。観測員がそこを覗き込むと、短い単語がひとつだけ読めた。「centre」。中心。読めてしまったことが、胸の硬さを一段変えた。航海士はその板を抜かない。抜けば手順が増える。増えた手順は、今の足の重さを戻さない。二人はロープを締め直し、三人の立つ輪を避け、入口の刻みに足を置いた。吐いた息が白く割れて弾ける。深海なら当たり前だ。掬えないものは確かめられない。確かめられないまま、二人は門の内側へ入った。

門の内側は、外より静かだった。風がないという意味では同じだが、音の落ち方が違う。靴底が刻みに触れたときの反響が伸びず、足首のあたりで止まる。航海士はランタンを前に出し、観測員は腰のロープの張りを一定にした。入口の縁を越えた瞬間、足の重さが一段増える。増えたのに動けないわけではない。下へ置けば動ける。上へ置く動作を想像するだけで胸が硬くなるのは、もう同じだった。

通路は直線で、左右の壁に浅い溝が走り、一定間隔で白い輪が残っている。輪の位置は刻みの列と揃っていた。輪の上には人影が点在し、ほとんどが壁にもたれた姿勢か、膝を折った姿勢で止まっている。どれも若い。腐敗臭がない。胸部の裂け目が乾いたまま止まっている個体が多い。観測員は喉元へ手袋越しに触れる手順を省き、視線だけで呼吸の動きがないことを確認して進んだ。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は残らない。掬えないものは確かめられないから、足場とロープだけを確認する。

しばらく進むと、壁面に棚が切られた区画があった。棚には紙束が刺さっている。板ではなく紙だ。黄ばみがないのに、縁だけが擦れている。航海士が一束を引き抜くと、指が吸い付く感触が出て、引けば剥がれる。紙の音がしない。観測員が光の角度を変え、拾える単語だけを拾う。「Nautilus」「capitaine」「mort」。その下に「siège」と読める行があり、さらに「reste」が続く。船長、死、席、残る。意味を整理する前に、航海士は束を棚へ戻した。戻した紙は落ちない。刺さっていた角度のまま止まり、次の手順を待つ配置になる。

通路の先は大きい部屋だった。床は円に近く、中央に低い台があり、台の奥に椅子が並ぶ。椅子は四つ、同じ高さで一直線に置かれている。三つには死体が固定され、ひとつだけ空だった。空の椅子の肘掛けには擦れがあり、擦れは古く見えないまま残っている。観測員はそこを見ても近づかず、台の上に開いた紙の図だけを追った。図は外形ではなく配置で、入口、棚、椅子、そして矢印が描かれている。矢印の先は空の椅子に向かい、その横に拾える語が二つあった。「place」「capitaine」。置く、船長。航海士は紙をめくらず、角だけを押さえて動かないことを確かめ、手を離した。紙は落ちない。落ちないまま固定される。

台の端に、別の紙が一枚だけずれていた。観測員が端を持ち上げると、裏面に線が描かれている。点が二つ、線で結ばれ、その線の途中に数字欄がある。数字欄の形式は揃っていて、その中に「1866」と同じ並びが混じっている。線の片端には細長い円筒の外形、もう片端には“門”の外形が描かれていた。外形の横に、短い単語がひとつだけ読める。「centre」。中心。観測員はその紙を元の角度へ戻し、戻した紙が台から滑らないことを確認した。口は開かない。開けば次に何を確かめるか決めなければならず、その手順は足の重さを戻さない。

部屋の反対側に、下へ続く筒があった。刻みが続き、刻みの向きは下を指している。上へ戻る刻みはない。航海士が先に足を置き、観測員がロープの張りを一定にした。吐いた息が白く割れて弾ける。深海なら当たり前だ。掬えないものは確かめられない。二人は空の椅子から視線を外し、筒の内側へ身体を沈めていった。

筒の内側は短く、刻みの数は多かった。降りる動作は同じなのに、底へ着いた瞬間の反響が変わる。硬い面を踏んだ音が伸びず、足首の高さで止まる。航海士はランタンを前に出し、観測員は腰のロープの張りを一定にした。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は残らない。掬えないものは手順に入らないから、刻みの踏み替えと、ロープの摩耗だけを見て進む。

筒の出口は通路ではなく、下りの廊下に繋がっていた。壁の溝は深く、指を差し込むと吸い付くように止まる。引けば皮膚が持っていかれる感触があるのに血は出ない。痛みが遅れて来ないのは助かった。遅れて来ないなら、確認の回数を増やさずに済む。床の刻みは一定で、靴底は滑らずに止まる。止まるのに足は重い。重さは荷物ではなく内側から増える。観測員が一段だけ上へ足を置こうとして、膝裏が張った瞬間にやめた。張りと同時に胸が固くなる。固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。二人は同じ失敗を繰り返す気がなくなり、下へ置ける足だけを使った。

廊下の左右に、白い輪が続いていた。輪の上に人影が点在し、ほとんどが壁にもたれた姿勢か、膝を折った姿勢で止まっている。顔は若い。腐敗臭はない。胸部に裂け目がある個体が多く、乾いた血が同じ場所に留まっている。観測員は喉元へ触れる手順を省いた。触れなくても分かることを確かめるのは遅れになる。遅れは暗さに負ける。航海士は視線を前へ戻し、輪を踏まない位置だけ選んで刻みを踏み替えた。輪の上は靴底がわずかに吸い付く。吸い付けば動作が遅れる。遅れれば胸が固くなる。固くなればさらに遅れる。その循環に入るのが一番危ない。

廊下の先で、また部屋が現れた。今度の部屋は椅子の列が短く、台が一つだけだった。椅子は二つ。ひとつは空で、もうひとつには死体が固定されている。空の椅子の肘掛けには擦れがあり、擦れは古く見えないまま止まっている。台の上には紙が一枚だけ開いて置かれ、紙の端に同じ数字形式の欄があり、「1866」と同じ並びが混じっていた。観測員は文字列を追わず、拾える単語だけ拾った。「place」「capitaine」。置く、船長。航海士は空の椅子へ視線を移し、椅子の足元の輪の濃さを見た。濃い。濃いのに粉ではない。濃いという見え方だけが残る。濃さは入口側へ伸び、伸びた線は廊下の刻みと一致していた。誰かがここへ何かを運んだ、と言うより、この配置が“そうなる”手順を前提にしていると判断できた。

航海士は紙を持ち上げなかった。持ち上げれば指が離れない可能性がある。離れなければ手順が増える。増えた手順は今の足の重さを戻さない。観測員も同じ判断で、紙は元の角度のままにした。二人は声を出さずに確認だけ終えた。ここは船長席が要る場所だ。だが自分たちの船長は、ノーチラス号の椅子に固定されたまま、あの船体の中に置いてきた。取りに戻る手順はない。上へ置いた足は持ち上がらない。力を入れれば胸が固くなる。固い胸のまま沈めば下へ戻るしかない。戻るしかないという現実が、戻る理由を消していく。

部屋の反対側には下へ続く筒があり、刻みの向きが下を指していた。航海士が先に足を置き、観測員がロープの張りを一定にした。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。泡のように見えるが掬えない。掬えないものは確かめられない。確かめられないまま、二人は空の椅子を背後に残し、刻みに身体を預けてさらに下へ降りた。

筒を降り切ると、床の刻みが一度だけ途切れ、平らな面が数歩ぶん続いた。そこで足の重さが変わる。増えるというより、方向が固定される。前へ落ちる感じが消え、ただ下へ沈ませる力だけが残った。航海士はロープの張りを確かめ、観測員は腰の結束を握り直す。吐いた息が白く割れて弾ける。弾けた粒は残らない。残らないものは確かめようがないから、二人は刻みの再開点を探して歩いた。

壁の溝が浅くなり、代わりに床の刻みが深くなる。足を置くと止まるが、止まった場所から足を離す動作が遅れる。上へ引くほど胸が固くなり、固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈むと下へ戻すしかない。観測員は一度だけ上へ足を置こうとして膝裏の張りでやめ、航海士も同じ判断で刻みの向きに身体を預けた。進めるのは下だけだと、もう手順として決まっている。

通路の先に小部屋があり、棚と台と椅子があった。配置は同じだが、椅子は一つだけで、空ではない。死体が固定されている。胸部の裂け目、乾いた血、腐敗の欠如、若い顔。台の上に紙が一枚だけ開いていて、文字列は読めないが、拾える単語がある。「capitaine」「reste」。船長、残る。観測員はその二語だけ目で拾い、紙の角を押さえずに戻した。紙は動かない。動かないことが仕様になっている。

棚の下段に、紙束が落ちる寸前の角度で刺さっていた。航海士が一枚だけ引き抜くと、紙の音がしない。指が吸い付く感触はあるが、引けば剥がれる。観測員がランタンを寄せ、拾える語だけを拾った。「Nautilus」「1866」。次の行に「nous」らしい綴りがあり、その直後に「partis」。出た、離れた。さらに下の行に「impossible」「retour」。戻れない。二人はその紙を読み切ろうとしなかった。読むほどここに留まる理由が増える。理由が増えても、上へ戻る手順は増えない。航海士は紙を棚へ戻し、戻した紙が落ちないことだけ確認して通路へ戻った。

通路は下へ続き、途中で外へ裂ける。外は灰色の平面で、溝が走り、死骸が散っている。拾って段を作る必要がある箇所がまた出る。航海士は死骸を引き寄せて重ね、筋の束で縛って段を作った。観測員はロープの摩耗に布を巻いて結び直す。結び目は緩まない。緩まないなら使える。呼吸はできる。できるが胸は固い。固い胸のまま動ける範囲で、同じ作業を繰り返した。

段を二十ほど増やしたところで、足元の溝が消え、代わりに金属の板が露出した。板の上に白い輪が並び、その輪の中心に紙束が置かれている。置かれているのに風で散らばらない。紙束の上には短い図があり、細長い円筒が斜めに刺さる絵が描かれている。右側が潰れている。潰れ方が、外で見たノーチラス号と同じだった。観測員が紙束の端をめくると、裏面に短い文があり、拾える語が並ぶ。「même」「fin」。同じ、終わり。次の行に「ils aussi」。彼らもまた。航海士は紙束を持ち去らず、その場に戻した。戻した紙束は輪の中心に留まる。留まることが、ここでの記録の形だった。

二人は下へ進む。進むほど、外へ裂けた場所が減り、内部の通路が増える。内部の通路には白い輪が続き、輪の上に固定された若い死体が続き、棚と台と椅子が繰り返される。空の椅子が出るたび、紙に「place」「capitaine」が出る。出るたび、上へ戻る動作は成り立たない。成り立たないものは手順に入らない。だから、降りる手順だけが残る。

そのうち、観測員が一度だけ足を止めた。止めたのは恐怖ではなく、床の刻みが途切れていたからだ。刻みの終点に、薄い板が差し込まれている。板には短い語が太く書かれていた。「centre」。中心。航海士はそれを抜かず、観測員も触れない。触れれば指が離れない可能性がある。離れないなら手順が増える。増えた手順は、この足の重さを戻さない。二人は板の横を通り、刻みの再開点へ足を置いて、また下へ降りていった。

刻みは再開していたが、間隔が変わっていた。浅い刻みが細かく連なり、靴底が止まる回数だけが増える。止まる回数が増えると、足を離す回数も増える。離すたびに胸が固くなり、固い胸のまま身体が沈む。沈んでも息は続く。息が続くから次の刻みに足を置ける。観測員はロープの張りを緩めず、航海士は壁の溝に指を入れて身体を支えた。指先の白濁はもう境目が分からない。手袋の縫い目の方が先に分かる。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は残らない。残らないものは確かめようがないから、二人は刻みだけを見て進む。

通路は途中で広がり、棚や椅子のある小部屋が途切れた。代わりに、壁面そのものが板で埋まっている空間に出た。床は円形に近く、中央に台があり、台の奥に椅子が五つ並ぶ。四つに死体が固定され、ひとつだけ空だった。空の椅子の肘掛けに擦れがあり、擦れは古く見えない。台の上には紙束が一つだけ置かれ、紙束は開いた頁の角度のまま止まっている。航海士は紙束に触れず、光の角度だけを変えて拾えるものを拾った。頁の端に揃った数字欄があり、その中に「1866」と同じ並びが混じっている。別の頁にも同じ並びがある。同じ並びが何度も出て、横に添えられた単語だけが変わる。観測員は拾える語だけ拾った。「Nautilus」「capitaine」「mort」。さらに下の行に「même」「fin」。同じ、終わり。声に出さずに拾える範囲が増えているのに、紙は古びていない。折れ目と擦れだけが固定され、紙そのものの時間が進んでいない。

壁面の板の列は、図と文章が交互に並んでいた。外形図があり、細長い円筒が斜めに刺さっている。右側が潰れている。潰れ方が、外で見たノーチラス号の右舷と同じだった。次の図では、その円筒から矢印が伸び、矢印の先がこの部屋の椅子列に向かっている。さらに次の図では、矢印の起点が増えている。増えた起点の外形が違う。板の外装を重ねた船もある。膜のような外殻の船もある。だが矢印の終点は変わらない。終点は空の椅子の位置に揃っていた。観測員は空の椅子の足元の輪の濃さを見て、入口へ伸びる濃い線を確認した。線は床の刻みと一致している。誰かがそこに立った、というより、この配置が“そこへ向かう”工程として残っている。

航海士は台の紙束の端にだけ目を戻し、最後の頁の図を見た。図は斜面だった。死骸が散在し、段を作って降りる斜面。溝が走り、刻みが並ぶ斜面。その斜面の端に細長い円筒が刺さっている。刺さった位置の周囲に小さな輪が多数描かれ、輪の並びがノーチラス号の外へ出た直後に見た散在の密度と近い。図の横に短い文があり、「retour impossible」だけは拾える。戻れない。その下の行に「ils aussi」。彼らもまた。観測員は紙束を見ても表情を変えず、ロープの結び目を一度だけ握り直した。航海士は紙束を持ち上げない。持ち上げれば指が離れない可能性がある。離れないなら手順が増える。増えた手順は、この足の重さを戻さない。

出口は一つだけだった。下へ続く筒。刻みの向きは下を指している。上へ戻る刻みはない。部屋の空の椅子を背後に残し、航海士が先に刻みに足を置き、観測員がロープの張りを一定にした。吐いた息が白く割れて弾ける。深海なら当たり前だ。掬えないものは確かめられない。二人は声を出さず、読めた語を口にせず、そのまま筒の内側へ身体を沈めていった。

筒の中は狭く、刻みは細かいまま続いた。足を置くたびに止まるのに、止まった場所から足を離す動作が遅れる。遅れると胸が固くなり、固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んでも息は続くから、次の刻みに足を置ける。航海士は壁の溝に指を差し込み、観測員は腰のロープを張りすぎない角度で保った。吐いた息が白く割れて口元で弾け、弾けた粒は刻みの陰で見えなくなる。上へ置く足の動作はもう出ない。出しても持ち上がらないことが分かっている。下へ置けば動ける。動ける方へしか動けない。

筒の終わりで足裏の感触が変わり、平らな面に出た。床は硬く、傷がなく、反響は伸びない。ランタンの光が届く範囲にだけ、低い台と、壁面の棚が見えた。棚は板ではなく紙束が多い。紙は黄ばまず、縁だけが擦れている。台の奥に椅子があり、椅子には死体が固定されていた。胸部の裂け目は乾いたまま止まり、血の色は変わらない。腐敗臭もない。目は濁らず、顔は若い。観測員が台の上の紙を一枚だけめくると、紙は音を立てずに動き、頁の端の揃った数字欄の中に、同じ形式の年が混じっていた。航海士は文字列を追わず、図だけを拾った。細長い円筒が斜めに刺さる外形、右側の潰れ、そこから伸びる矢印、矢印の先の小さな点。別の頁でも同じ図があり、違うのは矢印の起点だけだった。起点の外形は幾つも並び、どれも矢印の先を同じ点へ揃えている。観測員は棚の紙束から一枚だけ抜き、拾える単語を拾った。「Nautilus」「capitaine」「mort」。続けて「même」「fin」。さらに「retour」「impossible」。拾えた語が増えただけで、足の重さは変わらない。航海士は紙を元の束に戻し、束が落ちないことだけ確かめてから台へ視線を戻した。

台の下に、薄い紙片が差し込まれていた。観測員が触れようとして手を止める。触れれば指が離れない可能性がある。離れないなら、ここで手順が増える。増えた手順は上へ繋がらない。航海士は紙片を抜かず、台の奥の壁にある開口を照らした。開口の縁には刻みが続き、刻みの向きは下を指している。観測員が一段だけ上へ足を置き、膝裏が張った瞬間にやめた。張りと同時に胸が硬くなり、硬い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。足を下へ戻すと動ける。二人は言葉を作らず、ロープの張りを一定にし、刻みに足を置き直した。吐いた息が白く割れて弾ける。掬えないものは確かめられない。確かめられないまま、二人は台と椅子のある部屋を背後に残し、刻みの続く暗い方へ身体を沈めていった。

刻みは続き、途中から壁が近くなった。筒の内側に入ったというより、壁が寄ってきて肩幅だけ残されたみたいに狭い。航海士はランタンを前に出し、観測員は腰のロープを張りすぎない角度で保った。足を置けば止まる。止まった足を離そうとすると遅れる。遅れた瞬間に胸が固くなり、固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。下へ戻せば動ける。動ける方へしか動けないという手順が、ここでは一番分かりやすかった。

狭さが終わると、床が一度だけ平らになった。平らなのに足が軽くならない。軽くならないまま、足裏の感触だけが変わる。刻みのある床ではなく、均一な板の上に立っている。板は硬い。硬いのに反響が伸びない。ランタンの光が届く範囲に、低い段差がいくつか並び、段差の先に黒い穴が口を開けている。穴は裂け目ではなく、最初から開口として切り抜かれた形だった。

穴の縁に、白い輪が三つ並んでいる。輪の上に人影がある。倒れていない。座ってもいない。立ったまま止まっている。服の材質が違うのに、顔の若さだけが揃っている。胸部の裂け目が乾いたまま止まり、血の色が変わらない。観測員が一歩近づくと靴底が輪に吸い付いた。動けないほどではないが、止まる時間が増える。止まる時間が増えると胸が固くなる。固くなれば次の一歩が遅れる。観測員は輪を踏まない位置へ足を置き直し、航海士はロープを短くして距離を詰めた。

穴の内側を照らすと、下へ続く刻みが見える。上へ向かう刻みはない。入り口の脇に紙束が置かれているが、拾わない。拾えば手順が増える。増えた手順は、上へ戻る動作を増やさない。航海士は足元の段差を確かめ、観測員は腰の結束を握り直して張りを作った。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は残らない。残らないものは確かめられない。二人は穴の縁を越え、刻みに足を置いて身体を沈めた。

落ち方は滑らかだった。段差を拾って降りるのではなく、刻みが連れていく。数段降りると空気がまた硬くなる。吸えるのに胸が固くなる種類が変わり、押し返されるのではなく内側から形を揃えられるような硬さになる。観測員は息を整えない。整えようとすると胸の固さに意識が向き、向いた分だけ動作が遅れる。遅れは暗さに負ける。だから刻みを踏んで下る。

通路に出ると、今までの棚や椅子が消えた。壁面は滑らかで、白い輪だけが一定間隔で並び、輪の上に人影が続く。数が多い。多いのに雑然としていない。姿勢の固定が揃っているからだ。壁にもたれた者は壁にもたれたまま、膝を折った者は膝を折ったまま、うつ伏せはうつ伏せのまま。腐敗はない。若い顔だけが続く。航海士は数えない。観測員も数えない。数える手順は、歩くための情報にならない。

しばらく進むと、通路の端にまた空の椅子があった。今度は部屋ではなく、通路の途中に一つだけ置かれている。椅子の足元の輪が濃い。濃いのに粉ではない。濃いという見え方だけが残っている。椅子の肘掛けに擦れがあり、擦れは古く見えない。椅子の前に紙が一枚、開いたまま止まっている。紙に触れずに光の角度だけ変えると、拾える単語が二つだけ見える。「place」「capitaine」。それ以上は追わない。追えばここで立ち止まる理由が増える。理由が増えても、上へ戻る手順は増えない。

通路の先の刻みはさらに細かくなり、二人は足の置き方を変えずに下へ進んだ。背後を振り返っても、椅子は小さくならない。小さくならないというより、距離の情報が暗さに吸われて残らない。戻るという発想が、動作として組み立てられない。組み立てられないものは手順に入らない。だから、刻みを踏んで下るだけが残る。

ランタンの油が減り、航海士は手元で補給した。火は付く。光が戻る。戻った光の中で、壁面の輪と人影がまた続いているのが見えた。観測員はロープの摩耗に布を巻き、結び目を締め直す。締めても緩まない。緩まないなら使える。二人は声を出さず、刻みの向きに身体を預けて、さらに暗い方へ降りていった。

刻みを踏んで下り続けるうち、壁の溝が消え、床だけが誘導になった。靴底が止まるたびに身体が沈み、沈んだ分を引き上げようとすると胸が固くなる。固くなっても息は続くから、次の刻みに足を置ける。航海士はランタンの光を床に落とし続け、観測員は腰のロープを張りすぎない角度で固定した。吐いた息が白く割れて弾けるが、残らないものは確かめようがない。二人は輪を避け、輪の上に固定された若い死体を避け、刻みの向きだけを追った。

通路が広がり、急に天井が高くなった。棚や椅子の小部屋が消え、代わりに壁面そのものが紙束で埋まっている。紙は黄ばまず、縁だけが擦れていて、どれも落ちない。中央に台があり、台の上に開いた紙が一枚だけ固定されていた。観測員が光の角度を変えると、図が見えた。細長い円筒の外形が斜めに刺さり、右側が潰れている。潰れ方が、外で見たノーチラス号の壊れ方と同じだった。そこから矢印が伸び、矢印の先は点ではなく、同じ形の円筒へ向かっていた。円筒の横に短い単語が並び、拾える部分だけが繰り返されている。「Nautilus」「1866」「échou…」と読める綴りが途中で切れていて、その先は掠れているのに、紙は破れていない。

台の奥に椅子が一つあった。空ではない。死体が固定されている。胸部の裂け目が乾いている。血の色が変わらない。腐敗臭がない。若い顔が正面を向いて止まっている。肘掛けの位置と固定具の形が、さっきまで見てきた“船長席”のそれと揃っていた。観測員は近づかず、視線だけで喉元の動きがないことを確認した。航海士は椅子の足元の輪の濃さを見た。濃い輪が台へ伸び、台からは床の刻みへ伸びている。線は入口方向ではなく、さらに下へ続く刻みと一致していた。

壁面の紙束のひとつに、同じ図が何枚も挟まっている。外形、潰れ、矢印、そして短い語の反復。観測員が一枚だけ引き抜くと紙の音がしない。指が吸い付く感触が出るが、引けば剥がれる。拾える語が並ぶ。「prochain」「point」「échou…」「Nautilus」。次、地点、座礁の綴りの途中、そして船名。観測員はそこで手を止め、紙を戻した。戻した紙は落ちない。落ちないまま、刺さっていた角度で止まる。

出口は一つだった。下へ続く筒。刻みの向きは下を指している。上へ向けて足を置く動作は、もう出ない。出したところで持ち上がらないことが分かっている。航海士が先に刻みに足を置き、観測員がロープの張りを一定にした。吐いた息が白く割れて弾ける。深海なら当たり前だ。掬えないものは確かめられない。二人は台と椅子を背後に残し、図が示していた矢印と同じ向きへ、身体を沈めていった。

筒は短かった。刻みを数える前に底へ着き、足裏の反響がまた止まる。壁の紙束も椅子もない。床は均一で、光が当たっても反射が遅れて戻る。航海士はランタンを前に出し、観測員は腰のロープを張りすぎない角度で保った。吐いた息が白く割れて弾ける。弾けた粒は残らない。残らないものは確かめようがないから、二人は床の刻みの再開点だけを探した。

再開点はすぐ先にあった。刻みはここまでより粗く、段差に近い。足を置けば止まるが、止まった足を離す動作の遅れが小さい。胸の固さは変わらない。吸えば固くなり、固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。下へ戻せば動ける。二人はその差だけを手順として使い、刻みの向きに身体を預けて進んだ。

通路は直線のまま終点に向かい、そこで壁が途切れた。裂け目ではなく、外へ抜ける開口だ。縁は均一で、内側から外側へ押し広げられた形ではない。最初から開いている。外は灰色の平面だった。溝が走り、刻みが並び、死骸が散っている。風はない。空気は冷たい。呼吸はできる。観測員が外へ足を出した瞬間、足の重さが増える。増えるが動けないほどではない。動ける方向が固定される。上へ戻る動作を考えると胸が固くなる。固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。下へ戻すと動ける。外へ出ても、その手順は変わらなかった。

平面の先に、細長い影が横たわっていた。最初は死骸の列に見えたが、輪郭が違う。円筒の外形。尾部の突起。右側の歪み。航海士はランタンを高く上げ、光の端でその形を拾い続けた。拾えるほど一致が増える。遠いのに、遠さの情報が薄い。歩いた分だけ近づくのではなく、近づくべきものがそこに固定されている感じが強い。観測員はロープを握り直し、結び目の位置を確かめた。声は出さない。出せば確かめる手順が増える。

近づくと、それはノーチラス号に似すぎていた。錬鉄の外殻の質感、リベットの並び、舷側の曲率。だが、こちらが出発した船ではないと断定できる差もある。傾きが違う。潰れ方の角度が微妙にずれている。ハッチの位置が僅かに浅い。違うのに、同じだ。航海士は船体の側面に残る白い輪の列を見た。輪は入口へ向かって濃くなり、入口の縁には紙束が置かれている。紙束は風で散らばらず、落ちてもいない。観測員は紙束を拾わず、光の角度だけ変えて端の数字欄を拾った。揃った形式の中に「1866」と同じ並びが混じっている。その直後に、拾える綴りが一つだけ見えた。「prochain」。次。

航海士は船体の内部へ入らなかった。入れば、さっきまで見てきた棚と椅子がある。空の椅子があれば「place」「capitaine」がある。そこへ行っても、上へ戻る手順は増えない。観測員は船体の外殻に手を当て、冷たさの戻り方を確かめた。ノーチラス号の鉄に近いが、どこか違う。違うのに、馴染む。馴染むことが一番嫌だった。二人は船体を迂回し、溝の刻みがより暗い方へ向かって伸びているのを確認した。刻みの向きは下を指している。上へ戻る刻みはない。二人は船を背にし、刻みに足を置き直して、また下へ降り始めた。

溝の刻みはまた一定になり、歩くたびに足裏が止まる。止まるのに軽くならない。止まった足を離す動作が遅れ、遅れた瞬間に胸が固くなる。固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈むと下へ戻すしかない。下へ戻すと動ける。航海士は刻みの向きだけを見て、観測員は腰のロープの張りだけを保った。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は残らない。残らないものは確かめようがないから、二人は手順を増やさずに進んだ。

灰色の平面が緩く落ち込み、そこにまた円筒の影が横たわっていた。さっきのものより近い距離に見えた。近いのに、歩いた距離が積もらない。輪郭だけが固定されていて、近づくほど一致が増える。錬鉄の外殻、リベット列、舷側の曲率。潰れは右側。角度が、さっきよりさらに揃っている。ハッチの位置が指一本ぶんの誤差で済まず、ほとんど同じ高さに来ていた。観測員が一歩止め、航海士がランタンを高く掲げた。光の中で、船体側面に付いた擦れの筋が見えた。擦れの筋は、溝の刻みの方向と同じ向きで伸びている。刻みの上を引きずられた跡ではなく、何度も同じ角度で触れた痕だった。

入口の縁に白い輪が並び、輪の濃さが入口へ向かって増えている。紙束が置かれているのも同じだった。航海士は拾わない。拾えば指が離れないかもしれない。観測員は光の角度だけ変え、紙の端の数字欄を拾った。形式が揃っている欄の中に、同じ並びが混じる。「1866」の形。そこから目を外し、紙束の上の図を拾う。細長い円筒が斜めに刺さり、右側が潰れている。潰れ方が、外で見たノーチラス号の右舷とほとんど同じだった。ほとんど同じなのに、違う。違いは見つけられるが、違いを言葉にする前に胸が固くなる。固くなった胸のまま、立ち止まる理由だけが増える。

航海士は船体の外殻に手袋越しに触れた。冷たさの戻り方が自分たちの船と同じで、同じなのに、手袋の縫い目が刺さる感触だけが違う。観測員がロープの結び目を握り直し、結び目の方向を確かめた。確かめた瞬間、入口の縁の下に挟まった布切れが目に入った。布切れはただのゴミに見えるのに、縫い糸の色が自分たちの手袋の縫い直しと同じだった。観測員はそれを拾わず、視線だけを戻した。拾うと手順が増える。増えた手順は上へ繋がらない。

二人は内部へ入らなかった。代わりに船体の後ろへ回り、溝の刻みが続く方向を探した。船体の影の下で刻みが一瞬途切れ、途切れた場所に白い輪が一つだけ濃く残っている。輪の中心に、うつ伏せの死体があった。若い顔。腐敗の匂いがない。胸部の裂け目が乾いたまま止まっている。腕の位置が、溝を降りるときにロープを握る形に近い。指の間に短いロープの切れ端が挟まっていて、切れ端の結び目の癖が、観測員が今結んでいる結び目の癖に近い。近いのに、同じではない。違いがある。違いがあるから確かめようとする。確かめようとした瞬間に胸が固くなり、固い胸のまま身体が沈む感じが戻る。観測員は目を逸らし、ロープの張りを一定に戻した。

溝の刻みは船体の陰を抜け、さらに暗い方へ続いていた。上へ向かう刻みはない。足を上へ置く動作を考えるだけで胸が固くなる。固くなっても息はできるが、息を吸った分だけ身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。下へ戻すと動ける。航海士はランタンの油を補給し、火が戻るのを確認した。観測員は布を巻き直し、結び目を締め直した。締めても緩まない。緩まないなら使える。

二人は、似すぎた円筒を背後に残し、刻みの向きに身体を預けてまた下へ降り始めた。吐いた息が白く割れて弾ける。泡のようにも見えるが、掬えない。掬えないものは確かめられない。確かめられないまま、違いだけが増え、同じだけが近づいてくる。

刻みは暗さの中で規則を保ち、下へ伸びた。足裏が止まるたびに胸が固くなり、固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈めば下へ戻すしかない。下へ戻すと動ける。二人はその差だけを頼りに、溝の向きを追った。溝の壁は次第に低くなり、刻みの縁が浅くなる。浅くなると滑りやすくなるはずなのに、靴底は止まった。止まる感触だけが増える。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は残らない。残らないものは確かめようがないから、観測員は口元を拭わず、航海士は油の残りだけを確認した。

しばらく進むと、溝が二本に分かれ、片方だけが深く落ちていた。深い方には白い輪が濃く残り、輪の列が一定間隔で続いている。薄い方は輪が途切れ、刻みも乱れている。航海士は深い方へ足を置いた。置いた瞬間、足が軽くなるわけではなく、沈み方が一定になる。一定なら手順にできる。観測員がロープを短くし、張りを渡した。二人は深い溝へ降りた。

溝の終点に、低い開口があった。裂け目ではなく、縁が均一な口だ。内側に刻みが見え、上へ向かう刻みはない。入口の脇に紙束が置かれている。紙束の端の擦れ方が、さっき見たものより整っている。整っているのに古びていない。観測員は拾わず、光の角度だけ変えて端の数字欄を拾った。揃った形式の中に「1866」の形が混じり、その隣に短い語がある。「prochain」。それ以上は追わない。追えばここで止まる理由が増える。

内側へ入ると、通路は短く、すぐに外へ抜けた。外は灰色の平面で、今度は円筒の影が二つあった。二つとも倒れ、二つとも右側が潰れている。だが潰れの角度が違う。片方は浅く、片方は深い。浅い方のハッチ位置が僅かにずれ、深い方のハッチ位置は今までで一番近い。近いというより、視線がそこで止まる。止まると胸が固くなる。固い胸のまま立ち止まれば沈む。沈むと動けるのは下だけだ。航海士は息を整えずに歩幅を維持し、深い方へ近づいた。

深い方の船体の影の下に、小瓶が転がっていた。金属の小瓶だ。錆がない。口の縁に油の乾いた膜が残り、膜が新しいまま止まっている。観測員は拾わない。拾えば指が離れないかもしれない。航海士も拾わず、瓶の位置だけを記憶しようとしてやめた。記憶する動作も手順になる。手順は増やさない方がいい。だが、瓶の形は自分たちが今使っているものと同じ寸法に見えた。寸法という言葉を思い浮かべる前に胸が固くなり、航海士は視線を外殻へ戻した。

入口の縁には白い輪があり、輪の中に立ったまま止まっている影が二つあった。若い顔。腐敗の匂いがない。胸部の裂け目が乾いたまま止まっている。二人とも両腕で紙束を抱え、紙束の角度が同じだった。観測員が紙束の端をつまもうとして手を止める。つまめば吸い付く。吸い付けば離れない可能性がある。離れないなら、ここで動けなくなる。観測員は手を引っ込め、代わりに紙束の端の擦れだけを見た。擦れの位置が、さっき自分の手袋を縫い直した位置と同じ高さにある。高さを言葉にしようとしてやめた。高さが同じと言うには測らなければならない。測る手順は増える。

航海士は船体の脇を通り、潰れた右舷の裂け目を覗き込んだ。内部は暗い。暗いのに、形だけが分かる。ブリッジの計器の配置が、記憶と一致しすぎている。一致しすぎているのに、どこかが違う。計器の一つが少し高い。手摺の曲がりが僅かに違う。違いはある。違いがあるから別物と言えるはずなのに、別物と言い切るための言葉が足りない。足りないまま胸が固くなる。固い胸のまま身体が沈む感覚が戻り、航海士は覗く角度を変えてすぐに離れた。

溝の刻みは船体の影を抜け、さらに暗い方へ続いていた。観測員はロープの摩耗を確かめ、布を巻き直して結び目を締めた。締めても緩まない。航海士は油を補給し、火が戻るのを見た。二人は船体に入らない。入ったところで戻る刻みは増えない。増えないなら、止まる理由だけが増える。だから止まらない。刻みに足を置き、下へしか動けない手順に身体を預けて、また降り始めた。吐いた息が白く割れて弾ける。泡のようにも見えるが、掬えない。掬えないものは確かめられない。確かめられないまま、同じ形が増え、違いが減り、言葉にできない部分だけが残っていった。

刻みを踏んで下へ進むたび、足の重さは増えるのに、動作だけは単純になった。止まる、離す、沈む、下へ戻す。胸が固くなるのは変わらないが、固くなった胸をどう扱うかを考える余地が消えていく。航海士はランタンの光を床へ落とし続け、観測員は腰のロープの張りを一定にした。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は残らない。残らないものは確かめようがないから、二人は刻みと結び目だけを確かめて進んだ。

溝が長く続いたあと、刻みの縁が一度だけ途切れ、金属の板が露出した地帯に出た。板は平らで、傷が少ない。反響が伸びず、足首のあたりで止まる。板の端に白い輪が並び、輪の間隔が揃っている。揃っている輪の上に、倒れていない影がいくつか残っていた。立ったまま止まり、腐敗の匂いがない。若い顔。乾いた胸の裂け目。観測員は喉元へ触れない。触れなくても分かるものを確かめる手順は増やさない。

板の中央に、低い台が置かれていた。棚ではなく、台だけだ。台の上に紙束が二つ並び、どちらも開いた角度のまま止まっている。風がないからではない。落ちるはずの角度で落ちない。航海士は手を出さず、光の角度だけを変えて図を拾った。細長い円筒がいくつも描かれ、それぞれが右側で潰れている。潰れの角度が少しずつ違う。違うのに、並びが揃っている。各円筒から矢印が伸び、矢印の先は一つの点に収束している。点の横に太い単語があり、拾える部分だけが見えた。「centre」。観測員はそれを読めてしまい、読めた分だけ胸が固くなるのを感じたが、息は続く。息が続くなら次の刻みに足を置ける。

もう一つの紙束の端に、揃った形式の数字欄があった。観測員が視線だけで拾う。「1866」の形が混じり、その隣に「prochain」がある。次、という語の意味だけは拾える。拾える語が増えても、下へ戻る手順は増えない。航海士は紙束に触れず、台の周囲の床を見た。白い輪の濃い線が一本だけ伸び、線の先が板の縁へ向かっている。板の縁の向こうは刻みが再開し、暗さの濃い方へ落ち込んでいた。

二人が板の縁へ近づくと、そこにまた円筒の影があった。今度は一つだけではない。倒れた円筒が短い距離で並び、潰れ方が段階になっている。遠い方は潰れが浅く、近い方は潰れが深い。深い方のハッチ位置は、今の自分たちの船の記憶とほぼ同じ高さに見えた。見えた、という言い方しかできない。測っていない。測る手順は増やさない。観測員は船体の外殻に手袋越しに触れ、冷たさの戻り方が馴染むことだけ確認して手を離した。馴染むという感覚が、何度も繰り返されているのが一番嫌だった。

深い方の円筒の影の下に、布切れが引っかかっていた。布切れはただの破片だが、縫い糸の色が自分たちが今使っている糸と同じ色に見えた。見えた、で止める。引き剥がさない。引き剥がすと、手順が増える。手順が増えれば止まる理由が増え、止まれば身体が沈む。沈んだ身体を戻せるのは下だけだ。観測員はロープの結び目を握り直して張りを一定に戻し、航海士は刻みの再開点へ足を置いた。

刻みは板の縁から下へ落ちていた。上へ向かう刻みはない。航海士が一段だけ上へ足を置こうとして、膝裏が張った瞬間にやめた。張りと同時に胸が固くなり、固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。足を下へ戻すと動ける。動ける方へしか動けないという手順が、ここでは一番確かだった。二人は声を出さず、台の紙束も円筒の列も背後に残し、刻みに身体を預けてまた下へ降りた。

降りるほど、外へ出る裂け目が減り、均一な通路が増えた。棚も椅子もない区間が続き、白い輪と固定された影だけが一定間隔で並ぶ。固定された影の近くには、紙束が一つ置かれていることがある。置かれているが、拾わない。拾えば指が吸い付く。吸い付けば離れない可能性がある。離れなければ、そこで動けなくなる。動けなくなると沈む。沈んだ身体を戻せるのは下だけだ。だから、拾わない。光の角度だけ変えて、拾える語だけ拾い、手順を増やさずに進む。

通路が再び外へ抜け、灰色の平面に出た。溝が走り、刻みが並ぶ。遠方にまた円筒の影が見えるが、今度は遠方のまま固定されている感じが薄い。近づくほど一致が増えるのではなく、近づくほど「違い」が先に目に入る。潰れ角が少し違う。ハッチの縁の厚みが僅かに違う。違いが見えるのに、違いを言い表すための概念がない。概念がないまま、胸が固くなる。固くなった胸のまま立ち止まると沈む。沈むと下へ戻すしかない。下へ戻すと動ける。だから二人は止まらず、刻みを踏み替え、溝の暗い方へ進み続けた。違いが減り、同じが近づいていくのに、それを呼ぶ語だけが増えないまま。

溝の刻みはまた均一になり、しばらく外も内部も区別がつかない区間が続いた。灰色の面が続いているのに、地面は砂でも岩でもなく、踏むと硬い反発だけ返る。航海士はランタンの光を足元に落とし、観測員はロープの張りを一定に保った。足を置けば止まる。止まった足を離そうとすると遅れ、その遅れで胸が固くなる。固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。下へ戻せば動ける。二人は同じ手順だけを繰り返し、吐いた息が白く割れて弾けても、口元を拭わずに進んだ。

溝が急に途切れ、平面が広がった。平面の中央に、円筒が一つだけ刺さっている。倒れているのではなく、斜めに突き刺さった形だ。右側が潰れている。潰れの角度が、さっきまで見たものよりさらに揃っている。近づくと、ハッチの縁の欠け方が自分たちの記憶と同じ位置に見えた。見えただけで止める。測らない。測ると手順が増え、手順が増えると止まる理由が増える。止まれば沈む。沈めば下へ戻すしかない。

入口の縁に白い輪が並び、輪の濃さが入口へ向かって増えていた。紙束は置かれているが拾わない。観測員は光の角度だけを変え、端の数字欄を拾う。揃った形式の中に「1866」の形が混じり、その隣に「prochain」がある。次。拾える語が増えても、戻る刻みは増えない。航海士は紙束から目を外し、入口の周囲を見た。輪の近くに、短い木片が落ちている。木片は船内の小道具に使う材質と同じ色で、端が削れている。削れ方が、刃物の癖に近い。近いのに、同じと言い切るための手順がない。

船体の右舷の裂け目の下に、ロープの切れ端が絡んでいた。切れ端の結び目は短い。短い結び目の締め方が、観測員が今使っている締め方と似ている。似ているだけで止める。引き剥がさない。引き剥がせば指が吸い付くかもしれない。吸い付けば離れないかもしれない。離れなければここで動けなくなり、動けなくなれば沈む。沈んだ身体を戻せるのは下だけだ。

平面の端へ回り込むと、溝の刻みが消えていた。下へ向かう刻みがなく、代わりに入口の縁から内側へ刻みが続いている。外を避けて進む手順がここで切れる。航海士は足を止めずに入口へ向き、観測員はロープを短くして張りを渡した。吐いた息が白く割れて弾ける。弾けた粒は残らない。残らないものは確かめようがないから、二人は刻みの方向へ足を置き、船体の内側へ入った。

内側の空気は外より硬い。吸えるのに胸が固くなり、固い胸のまま身体が沈む感じが強い。刻みは下へ続き、上へ向かう刻みはない。通路の壁には白い輪が続き、輪の上に若い死体が点在していた。腐敗の匂いがない。胸部の裂け目が乾いたまま止まっている。衣服の時代が混じっていても、若さだけは揃っている。観測員は喉元に触れない。触れなくても分かるものを確かめる手順は増やさない。

短い通路の先に、ブリッジが見えた。配置が一致しすぎている。計器盤の並び、手すりの曲率、床の傾き。だが、ひとつだけ違う。真鍮のレバーの位置が指二本ぶん高い。高いのに、そこに手が届く範囲として成立している。成立している違いは、偶然として片付けにくい。航海士は近づかず、ランタンの光で足元だけ拾った。床に工具箱がある。箱の蓋の凹みが、自分たちが落としたときに付けた凹みと同じ形に見えた。見えた、で止める。開けない。開ければ中身を確かめる手順が増える。

ブリッジの奥、船長席の位置に椅子がある。椅子には死体が固定されている。胸部の裂け目、乾いた血、腐敗の欠如、若い顔。固定具の位置が同じ。椅子の足元に白い輪が濃く残り、輪の濃さが床の刻みへ伸びている。空の椅子はない。空がないことが、逆に重い。観測員は椅子を見て止まらず、床の端へ視線を移した。そこに、ランタンの補給に使う小瓶が置かれている。瓶の口の欠け方が、航海士の瓶と同じ位置に見えた。見えた瞬間に胸が固くなり、観測員はロープの結び目を握り直して張りを一定に戻した。

二人はブリッジを通り抜けた。内部の通路は下へ続く刻みで繋がっている。戻る刻みはない。上へ足を置く動作を考えるだけで胸が固くなる。固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。下へ戻すと動ける。動ける方へしか動けない。その手順が、さっき見たものを「違う」と言い切るための手順を奪っていく。

通路の裂け目から外へ出ると、灰色の平面がまた続いていた。溝の刻みは再開し、暗い方へ落ちている。航海士は油を補給し、火が戻るのを確認した。観測員は布を巻き直し、結び目を締め直した。締めても緩まない。緩まないなら使える。二人は、内部で見た一致と違いを言葉にせず、刻みの向きに身体を預けてまた下へ降り始めた。

刻みは外へ出た直後より深くなっていた。靴底が止まりやすい代わりに、足を離す動作が遅れる。遅れた瞬間に胸が固くなり、固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。下へ戻せば動ける。航海士は光を足元に落とし続け、観測員は腰のロープの張りを一定にした。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は刻みの陰で見えなくなる。残らないものは確かめようがない。

溝の両側に散る死骸は薄くなり、代わりに金属片が増えた。宇宙船の外殻とも違う。ノーチラス号の鉄板とも違う。どちらにも似た冷たさで、どちらにも似ない反射の遅さがある。航海士は拾わない。拾えば手順が増える。手順が増えれば止まる理由が増える。止まれば沈む。沈んだ身体を戻せるのは下だけだ。観測員も同じで、足元の刻みとロープの摩耗だけを見て進んだ。

溝が緩く曲がり、先の暗さが一段濃くなったところで、白い輪の列が途切れず現れた。輪の位置は刻みに揃っている。輪の上に影が点在し、姿勢のまま固定されている。若い顔。腐敗の匂いがない。胸部の裂け目が乾いたまま止まっている。観測員は喉元に触れない。触れなくても分かるものを確かめる手順は増やさない。航海士は輪を踏まない位置だけ選び、刻みを踏み替えた。輪の上は靴底がわずかに吸い付く。吸い付けば動作が遅れる。遅れれば胸が固くなる。固くなればさらに遅れる。

輪の列の先に、低い段差があり、その上に紙束が置かれていた。紙束は開いた角度のまま止まり、風で散らばらない。観測員は拾わず、光の角度だけ変えた。端の数字欄は揃っている。その揃った欄の中に「1866」の形が混じり、隣に「prochain」がある。観測員はそこで視線を止めず、紙束の図だけ拾った。細長い円筒が斜めに刺さり、右側が潰れている。潰れの角度が小さく、今まで見たものより“浅い”。浅いという形容の前に、胸が固くなる。固い胸のまま立ち止まれば沈む。沈めば下へ戻すしかない。観測員は視線を外し、ロープの張りを一定に戻した。

段差の向こうに、また円筒の影があった。今度は一本ではなく、同じ向きで三本が並んでいる。三本とも右側が潰れているが、潰れの深さが段階になっている。いちばん遠い個体は浅く、真ん中は中ほど、いちばん近い個体は深い。深い個体のハッチの位置が、記憶の高さにほぼ揃っている。揃っているのに、揃っていると言い切るための手順がない。測っていない。測る手順は増やさない。増やしたところで上へ戻る刻みは増えない。

航海士は三本の外殻を見比べ、リベット列のずれを拾った。遠い個体は一列ずれている。真ん中は半列。近い個体はほとんどずれない。ずれないのに、完全一致でもない。完全一致に見える箇所ほど、指一本ぶんの違いが残る。残る違いは小さい。小さい違いほど、言い表しにくい。言い表しにくいまま胸が固くなる。固い胸のまま立ち止まれば沈む。沈んだら下へ戻すしかない。

観測員が近い個体の影の下を覗き込むと、工具が落ちていた。レンチだ。冷たさの戻り方が馴染む。馴染むのに、柄の端に付いた削れが今持っているレンチの削れと同じ形に見えた。見えた、で止める。拾わない。拾えば握って確かめる手順が増える。増えた手順は足の重さを戻さない。観測員はロープの結び目を握り直し、結び目の向きを確かめてから手を離した。結び目の向きと、落ちたレンチの向きが揃って見えたが、揃っていると言い切る前に視線を外した。

航海士は近い個体の右舷の裂け目を覗き込まず、裂け目の縁を一周して出口側へ回った。出口側の床に白い輪が濃く残り、輪の中心にうつ伏せの影があった。若い顔。腐敗の匂いがない。胸部の裂け目が乾いたまま止まっている。両腕の間にロープの切れ端が挟まっていて、切れ端の結び目が短い。短い結び目の締め方が、観測員の結び方に近い。近いのに、同じではない。結び目の返しが一回少ない。少ないという言い方ができるほど、観測員は結び方を覚えている。覚えているのに、ここでそれを言葉にすると止まる理由が増える。観測員は視線を外し、ロープの張りを一定に戻した。

三本の円筒を越えると、溝の刻みが再び下へ落ちていた。上へ向かう刻みはない。航海士が一段だけ上へ足を置こうとして、膝裏が張った瞬間にやめた。張りと同時に胸が固くなる。固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。足を下へ戻すと動ける。動ける方へしか動けないという手順が、さっき見た三本の違いを“偶然”として扱う余地を削っていく。

溝の刻みを踏み直して少し進むと、今度は紙束が置かれている場所が増えた。置かれているが拾わない。拾えば指が吸い付く。吸い付けば離れない可能性がある。離れなければ動けなくなる。動けなくなれば沈む。沈んだ身体を戻せるのは下だけだ。だから拾わない。光の角度だけ変えて、図と数字と拾える短い語だけ拾う。「prochain」が続く。「centre」が続く。拾える語が増えるのに、歩く手順は増えない。

溝の先で低い開口に入ると、内部は短い通路で、すぐにまた外へ抜けた。外に出た瞬間、円筒が一本だけ刺さっている。さっきの三本の“いちばん近い個体”と、潰れ角がさらに揃っている。ハッチの縁の欠け方が、記憶と同じ位置に見える。床に転がる小瓶の欠け方も、記憶と同じ位置に見える。見える、で止める。測らない。拾わない。確かめない。確かめれば止まる理由が増える。止まれば沈む。沈めば下へ戻すしかない。

航海士はランタンの油を補給し、火が戻るのを確認した。観測員は布を巻き直し、結び目を締め直した。締めても緩まない。緩まないなら使える。二人は似すぎた円筒を避けずに通り過ぎ、溝の暗い方へ向かって刻みを踏み替えた。違いは残る。残るのに、残る違いほど言葉が足りない。足りないまま、同じ形だけが増え、同じ形の中で自分たちの手順だけが拾われ続けていった。

溝の刻みを踏んで進むほど、紙束の置かれ方が揃ってきた。風で散らばらないのではなく、散らばるという結果が最初から許されていない置き方だった。航海士は拾わない。拾えば手順が増える。手順が増えれば止まる理由が増える。止まれば沈む。沈んだ身体を戻せるのは下だけだ。観測員も同じで、拾える語だけを拾い、足元の刻みとロープの摩耗だけを見た。吐いた息が白く割れて口元で弾ける。弾けた粒は残らない。残らないものは確かめようがない。

溝が折れ、低い開口をくぐると、外は消えた。内部の通路が長く続く。壁面の溝は浅く、指を差し込んでも支えになりにくい代わりに、床の刻みが深い。深い刻みに靴底が引っかかり、止まる。止まった足を離すと遅れる。遅れた瞬間に胸が固くなる。固い胸のまま力を入れると身体が沈む。沈んだら下へ戻すしかない。下へ戻すと動ける。二人はその差だけで歩いた。白い輪が続き、輪の上に若い死体が点在する。腐敗臭はない。胸部の裂け目が乾いたまま止まっている。観測員は喉元に触れない。触れなくても分かるものを確かめる手順は増やさない。

通路の先で空間が開けた。棚も椅子もない。床が広く、中央に細長い台が一本通り、台の上に紙束が短い間隔で並んでいる。紙束はどれも同じ厚みで、同じ角度で開いて止まっていた。台の左右に白い輪が並び、輪の上に人影が等間隔で残っている。立ったまま止まっている者もいるが、倒れない。倒れないのではなく、その姿勢で固定されている。若い顔。腐敗の匂いがない。胸部の裂け目が乾いたまま止まっている。航海士は輪を踏まない位置に足を置き、観測員はロープの張りを一定にした。止まる理由が増える場所だと分かったから、二人は止まらないまま台に沿って歩いた。

台の紙束の端に、揃った数字欄が何度も出た。「1866」の形が混じる回数が増え、隣に置かれる短い語の種類は増えない。「prochain」が繰り返され、「centre」が繰り返され、「retour impossible」が繰り返される。観測員は拾える語だけ拾い、拾った語を口にしない。口にすれば整理が始まる。整理が始まれば確かめが増える。確かめが増えれば止まる。止まれば沈む。沈んだ身体を戻せるのは下だけだ。だから拾っても言わない。航海士は紙束の図だけを見る。細長い円筒が斜めに刺さる図が繰り返され、右側の潰れ角が少しずつ変わる。変わるのに、並び方は揃う。揃うという事実が、偶然として扱える幅を削っていく。

台の終端に、低い椅子が一つだけあった。通路の途中に置かれていた空の椅子ではない。椅子の背は高く、肘掛けの位置が船長席のそれに近い。空ではない。死体が固定されている。胸部の裂け目。乾いた血。腐敗の欠如。若い顔。固定具の位置が揃っていて、揃っていることが分かるほど、航海士はその位置を何度も見てきた。椅子の足元の輪は濃い。濃い輪が台へ伸び、台から床の刻みへ伸びている。線が下へ続いている。上へ続いていない。上へ続かないから、ここへ来たものはここで止まらずに下へ落ちた。その形が、紙の矢印と一致しすぎている。


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