その後 那由多の兄と日葦の妹
※那由多青宵、日葦真矢 視点です。
あの大告白大会はなんだったのか、あの娘も弟も、なんで正式な婚姻はおろか手すら繋がないんだろう。
ふとした時に手と手が触れるだけで、両者とも頬を染めるありさまだ。
お互い好きあっているのは最初からわかっていたのに。
本当に面倒くさい連中だ。
サヤヒメには告白もしてないのにフられた気分だけど、あの娘はどうも憎めないから、いいか。
出来上がった絵を額に入れて、壁にかけた。
うん、この世界にはまだ写真技術がないので鮮明な画が残せなくて残念だけど、上等な絵師に描いてもらえたので、満足だ。薄暗い部屋にも花が咲く。
那由多家はお金だけはあるからね。不思議と、人も財産も、豊原から零れたものはここへ行きつくようになっているらしい。
絵を見ていると、初めて咲いたこの花を見せに来た、あのヒメのきらきらとした笑顔を思い出して、笑んでしまう。
本来なら、部屋から無理矢理出されるのも嫌だし、部屋に踏み入れられるのだって、弟以外には許さなかったのに。許すことはないと思っていたのに。
わかっていはいたけれど、実際会ってみると不思議な女の子だ。
この花の咲かない比良坂の地で、彼女なら花を咲かせることができるだろうとは、思っていた。
だってあの娘は、大日神であるアマテラスの現身だから。
太陽の光を地上にもたらし、天地をヒトのために繋ぐ使命を持った存在。
どうやら本人も、見出した弟も気付いていないようだけれど。
このことは比良坂でも豊原でも、未来が見える僕だけが知っていることだ。
あの子のために毎年雨が降るのは、天がヒトの地へ向けて涙を流すから。
呪いではなく、祝福のあかし。
本人に伝わっていないのが、少し笑えてしまうところだ。
神々というものは古来より、案外子供っぽく、嫉妬深い。
彼らは大事な大事なアマテラスを、ヒトの地へ産まれ落ちてしまった仲間をさっさと自分たちのもとへ戻そうと躍起になった。
神々がそうやってやんちゃしたせいで、彼女はヒトの世であんまりな仕打ちを受けることになったのだ。
その因果の糸を断ち切ったのが、弟だ。
僕は、ただ口出ししただけ。「ヒメが欲しいなら糸を切ってしまえばいい」と。
素直な弟は、迷うことなく僕の甘言に乗った。
那由多は神代の時代、神に唯一逆らった一族なのだそうだ。
きっと、肩書だけ長子の僕には、その性質が弟よりも色濃く受け継がれているのだろう。
それにしても、アマテラスがいなくなって、豊原はどうなっただろうね。知ったことじゃないけど。
豊原の人間に見つからないように、彼女が比良坂に来てすぐに結界を張った。
もともと、比良坂は豊原では「冥府」とか「黄泉口」だとか言われてここまで探しに来る人間も来ないだろうけど。念のため。
これでもう、大皇でも彼女を見つけることは出来ないはずだ。
日神を失ってしまっては、もうあの地に雨は降らない。日も差さない。
大地は腐り、作物は枯れ、ヒトは育たなくなる。
そろそろ、自分たちのしでかしたことの大きさに気付く頃だろうけど、
今頃気付いても、もう遅いさ。
僕も弟も、彼女をもう、離す気はないからね。
* * *
ねえさまがいなくなった日、私の祝言の翌日から、ずっと空がどんよりとしている。
雨が降らないだけましだとみんなは言っていたけど、こう続くといやになるわ。
どうして、晴れてくれないのだろう。
私が外へ出る日は、いつだってお天道さまが笑いかけてくれた。
生まれたときからずっとそうだった。
だから私はみなに愛され、雨を降らせるねえさまは嫌われた。
幼い頃はその背についてまわったものだけど、「呪児」だと一緒に指をさされるのが嫌になり、いつしか指さす方へ回った。
ねえさまは陰気で、気持ちの悪い黒い髪で見目もいまいちで、土蜘蛛の呪児だから。
一族に不幸をもたらすって、とうさまもおばあさまも言ってたもの。
「沙矢はアマテラス様の生まれ変わりだ。あの子がいなくなったから、空はもう晴れることはない」
先日、おばあさまから届いた文にそう書かれていた。
わたしたちはおしまいだ、と最後に締めくくって。
おばあさまは耄碌ておしまいになったのだろう。
ねえさまが死んだあとから奇行が増えたそうだから。きっと呪われた孫に同情でもして、罪の意識でおかしくなったのだ。おかわいそうに。
それにしても、もういないねえさまのことを思い出してしまうのは、きっとこの空のせいだ。
陰鬱な色。ねえさまの髪そっくり。
いっそ雨が降ってくれたらいいのに。
私には日神さまのご加護があるのだもの。
ねえさまのせいで雨が降った日だって、私が出ればすぐに晴れた。
雨さえ降れば、きっと私ならすぐに晴らせてみせるわ。
「お前は日神の加護日女ではなかったのか!一日も早く……今日にでも天を晴らさないと、日葦家は取り潰す!!よくも偽物を寄越してくれたな!この大皇を謀った罪は重いぞ!!」
大皇様が先日、突然大声で私をなじった。
その後もずっと、アマテラスがどうとか、ナユタがどうとか、ブツブツひとりごとを言っている。
家を取り潰すなんて言われて、とうさまもおじいさまも真っ青になってしまった。
皇子はかばってくれたけど、どうしてそんな、わけのわからないこと言うようになってしまったのだろう。祝言の日はお優しかったのに。
大皇様も、おかしくなってしまったのだろうか。
とうさまが以前、わたしにだけこっそり教えてくれたことがある。
「皇家が代々、この日葦宗家の長女を娶ってきたのには理由がある。宗家の日女は何代かに一人、アマテラスの生まれ変わりが顕現する」
それはお前のことだよ、と続けて。
そうよね、だから大丈夫。
大皇様はおかしくなってしまったけれど、じきに皇家は皇子が、私の夫が継ぐわ。そうしたら何もかもうまくいく。
皇子は祝言の翌日から、空と同じように体調が悪くなってしまった。こんなに体の弱いひとだとは思わなかったけど、大皇を継いでしまえば問題ない。
「そうだわ皇子さま、わたし、お買い物へ行きたいの。おかげんがよくなったら、行ってもかまいません?」
ぐったりと寝台に横たわっていた皇子が、私の顔を見て身を起こす。
このひとはいつも、わたしを見ると微笑んでくれる。わたしのことが好きなのだ。
新しい飾り帯が欲しいの、と続けて言うと、やはり力なく笑んだ。
昨日、作らせた帯が届いたのだけど、刺繡が大嫌いな青色だった。
よりにもよって青なんて、気持ちの悪い。選んできた織物屋は、全員クビにしてやった。
わたしの希望どおり作れなかったのだから、当然よね。
「君は……まだそんなことを。これはね、呪いだよ。よくなるものじゃない。君は自分をアマテラスの生まれ変わりだと言ったね。おそらく、違う。君は土蜘蛛の呪いを受けているんだ。君が虐げていたなにかが、この雲を出させているんだ。私の体を蝕むのも、君が纏うこのどす黒い雲だろう」
「な、なにをおっしゃっているの?そんなわけないわ。だって、」
私が産まれた日は、ねえさまと違って晴れていたのよ?
「見えないのか、その雲が」
「くも……?」
皇子はわたしの後ろを指さす。
なんだろう、くも?壁に蜘蛛でもいたのかしら。
彼は「はあ」と大きく息を吐くと、寝台にそのままうずくまった。
細くなった手指で頭を抱える。
「君には姉が……宗家には真の長女がいたんじゃないのか?その者が妹のために空を晴らしていたんだ。君は宗家長女だと言ったね。なら、真の日女はもう、死んでいるのか……」
ああ、と皇子は泣き崩れる。肩を震わせて。
なによそれ、ねえさまのわけないじゃない。
あの愚鈍で役立たずで、疫病神のねえさまが、真の日女とか、アマテラスの生まれ変わりなんて、そんなわけないじゃない!
だれかに求められるわけないじゃない!
お日さまに、神さまに選ばれるわけなんて、ないじゃない!
私はねえさまとは違う。
みんなに、天に愛されてるんだもの。
すぐにこの天だって晴れるわ。
そうしたら全部もと通りよ。
ねえさまなんかいらない。
もし、亡骸が見つかっていないねえさまが万が一、まだ生きているのなら、
それでも呪われるのはねえさまよ。
ねえさまが私のかわりに呪われるべきなのよ!
呪われろ、呪われろ、
そう願い、呪うたびに雲は濃く、空を埋め尽くしていく。
そのことを彼女はこの先も、気づくことはない。
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現在、長編の和風ファンタジーを連載中ですので、もしよければ、こちらも読んでいただけたら嬉しいです。
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