新たなる脅威
“すまいるランド”は坂の上にある。沼地と呼ばれる公園から数百メートルの場所だ。
俺はすまいるランドに到達するまでの短い道すがら、チューテツから事のあらましを聞いていた。
「何でこんな重大なことをお前が忘れてんのか、ホンマに理解に苦しむけどな」
チューテツはぷりぷりとした口調だった。
「いや、本当ごめん。だけど何でだか、さっぱり記憶が無いんだよね」
「お前ホンマに過去に時間旅行にでも行って来て、何か過去の重要な事件をいじくったんやないやろな?その結果、自分でも理解できん出来事が起きてるんとちゃうか」
「馬鹿なこと言うなよ。本当に過去に旅行できるんなら、もっと変えてしまいたいことは山ほどある」
そう、例えばこの高坂ソータローのどうしようもない社会的立ち位置とか。
童貞無職ニートなんて初期設定は、社会的ハンデキャップなんてもんじゃない。一人だけカート無しでマリオカートに参戦してるようなもんだ。
「すまいるランドは、立ち退きの憂き目にあってるんや」
チューテツは深刻な表情で言った。
「立ち退きって……もしかして商売が上手くいってないのか?」
「それも忘れてしもたんか……」
チューテツはがっくりと肩を落とした。
「迫り来る少子高齢化時代、頼みの綱のテレビゲームはネット配信が主流となりつつあり、町の玩具店は青息吐息や。奇跡のように訪れたトレーディングカードブームで一瞬息を吹き返したが、所詮は瀕死の患者に与えられたカンフル剤に過ぎん。リアル書店、駄菓子屋と並んで、玩具店は町から失われようとしている風景の一つ何や」
「つまり、潰れかけてるってことだろ?」
「簡単に言うなや!“すまいるランド”はおまえと俺にとって聖域。だからあの店を守るために俺らは“すまいる 十字軍”を結成したやないか!」
「聖域の次は十字軍か……。そういう安いネーミングからは負け犬の匂いしかしないな」
俺はつぶやいたが、チューテツは聞いていなかった。
「どうせ時間旅行のせいで記憶を失ったお前は、これがすまいるランドだけの問題と思ってるんやろな」
「えっ?違うの?」
「お前はホンマに、寝起きに食べるスニッカーズばりに甘いわ!」
憤りをこめてチューテツが言い放った。
「問題はこの町の全域に及んでるんやで?再来年にどでかい国道が開通することが決定してるから、イヲンが東日本で最大級のショッピングモールを作ろうと計画してるんや。潰されるんはすまいるランドだけやない」
「へえー」
俺は鼻の穴をほじった。
「イヲンできんだ。便利でいいじゃん。フードコートに銀だことか入るといいな」
「おっ、おまえ……」
「だってさ、イヲンあれば玩具屋も入るだろうから、すまいるランドいらないじゃん。そりゃあマイルドヤンキーとかは集まってくるだろうけど、それさえ我慢すれば快適になっていいんじゃないの」
「お前、イヲンをなめてるな?」
「どういうこと?」
「今度作られるショッピングモールの延べ面積は二十万平米を越えるから、この町のほぼ全域が飲み込まれることになるんや」
「えっ?まじで?そんなマクロスみたいに巨大な店作ってどうするつもりだよ」
「知らん、経営者のエゴやろう」
言うとチューテツは鼻の穴をほじった。
「とにかく、奴らはあの手この手でこの町の人間に立ち退きを迫ってる。ある者は買収され、ある者は体よく言いくるめられ、ある物は汚い手段で脅迫を受けている。イヲンのやり口は悪辣で非人道的やが、わしらに対抗する術はない。何せ日本最大級の流通企業で、経営者の血縁が国会議員やからな」
「……こんな小さな町なんか一発で踏み潰せるってわけか」
「そうや。奴らは完全にチートなんや」
「チート?」
俺は眉をひそめた。チューテツの言い振りが気に食わなかったからだ。
チートってのは、そんなレベルのことを言わないはずだ。
鼻を鳴らして言う。
「いやいや、たかがその程度でチートって呼ぶのはおこがましいな。所詮はただのスーパーじゃねえか」
チューテツは目をぱちくりする。
「どうしたんや、いきなり闘争心をむき出しにして」
「いやいや、ちょっと気が変わったんだよ。イヲンのやつらに一発かましてやるのも悪くは無いと思い始めてきたんだ」
「ええ心構えや。そうしたら、その調子で頼むで」
チューテツは俺の肩を強く叩いた。
「敵はすまいるランドにチンピラを送り込んでるからな。負けんといてや」
「えっ?」
俺は言葉を失った。
※※
店頭のショーケースに並んでいるのは、日に焼けて色あせたプラモデルの箱だ。
もう何年もこの場所から動かされていないのだろう、箱の端っこがめくれて反り返っている。
すまいるランドは二階建ての家屋の一階にあった。
狭い入り口を入ると、人の背の高さほどの棚にぎっしりと玩具が並んでいる。所狭しと商品が並んでいるせいで通路は狭く、すれ違うこともできない。
その通路から、真っ赤なジャケットを着た男が出てきた。
赤いジャケットなんて、ルパン三世の他に着る人間がいるんだ、というのが最初の感想だった。
「あかん、多古組の奴らや」
俺の背後に隠れたチューテツが、小さな声で囁く。
「先回りされたみたいや。くそ、最上のおっさんがもうハンコついてしもうてなけりゃええけどな」
「ハンコ?」
「立ち退きの同意書や。多古組の連中はイヲンの意を受けて、ここいら一体の商店主を脅して立ち退きを迫ってるんや」
「マジか?イヲンがそんなことをヤクザになんか依頼したら、大問題に発展すると思うけど」
「アホ、多古組は暴力団やない。建設会社や。せやけど言動はヤクザもビビり倒すほどに荒っぽいけどな」
そうなのか、と思いながら俺は赤ジャケットの男の顔を見た。
髪をオールバックにし、くちゃくちゃとガムを噛む男。
どこかで見た記憶があった。
「ん……あれ?あいつは確か、山賊の頭領の……」
「おい!馬原!馬原!」
店の中から声がして、馬原と呼ばれた男は振り返った。
「何ですか、おやっさん」
ドスのきいた声だった。
「おまえ、こっち来て社長のこと可愛がったらんかい!」
「いいんすか?これ以上、骨をへし折ったらえらいことになりますぜ」
「口答えするな!」
その台詞に俺とチューテツの足がすくむ。
「なぁ……チューテツさん。奴ら本当にヤクザじゃないのか?骨をへし折ったとか言ってるぜ」
「せやな……自信がのうなってきた」
俺たちは真っ直ぐすまいるランドに向かっていた足をとめ、近くにあるポストの裏に身をひそめた。
「そもそもチューテツさん、すまいるランドに乗り込んでどうするつもりだったんだ?俺たちは客だけど、それ以上の関わりは無いんだろ?」
「それはそうやけど、店主である最上のおっさんを励ましてやれるかと思うたんや」
「でも、さすがにヤバイ雰囲気だし、いったん出直した方がいいんじゃないか?」
俺がそう言った瞬間、新たに厄介な出来事が発生した。
ポストに隠れている俺たちとは反対の方角から、最上ビスコが現われたのだ。
※※
最初に考えたのは、なぜビスコがここにいるかと言う事だった。
ビスコとは象牙の塔のエレベーターで離れ離れになったが、もしも俺と同じタイミングで時空を越え戻ってきたのなら、何らかの形で俺と行動を共にしているはずだ。
だが向こうから歩いてくるビスコは女子高の制服を着ていて、俺と一緒にいた時のラバースーツは着ていない。
時空を越えるという行為には、まだまだ色んな謎がありそうだ。
俺がそう考えた次の瞬間だ。
ビスコが飛び蹴りを食らわした。
赤いジャケットの男にだ。
不意打ちを食らった赤いジャケットの男は、横倒しに吹っ飛ばされて数メートルも転がり、隣の薬局のケロヨンに頭から突っ込んだ。
俺とチューテツが、唖然として口を開けた。
「いっっっ痛えっ!!」
赤いジャケットの男がドスのきいた声で喚きながら立ち上がる。
「手前!このクソ女!」
だがビスコは全くひるまなかった。馬原に向かって怒鳴り返す。
「ウチに近づくなって言っただろ!どチンピラ!」
俺はあんぐりと口を開けたまま、ビスコと馬原のやり取りを見守っていた。
「そっちこそ、あんまりなめた真似してると容赦しねえぞ!」
馬原は立ち上がるとビスコに食ってかかった。互いの鼻と鼻が触れ合うような距離で、歯をむき出しにして威嚇しあう。
「待て待て、馬原」
声がして、店の奥から髪をオールバックにした背の低い男が姿を現した。背が低い割に肩幅はやたらと広く、Tの字のような体型をしている。髪は真っ黒だが、顔は皺だらけで六十近い年齢になっているように見えた。
「あれが多古組の番頭格の猪狩や。あの恐面で近所の商店主を脅し上げてるんや」
チューテツが俺の耳もとで囁く。確かに猪狩はやたらと大きな鼻と横に広がった口をしていて、見るだけで恐ろしげな容貌をしている。
猪狩はそのガラガラとした声を張り上げた。
「馬原、そんな女子高生相手に騒いでどうした」
「こいつがいきなり蹴っ飛ばしてきやがったんです」
「ほう……」
猪狩はそれを聞いて、ニタリと微笑んだ。
「親が親なら子も子だな。ちょっとばかり、痛めつけてやる必要がある」
「その通りですぜ、おやっさん」
言うと馬原はボキボキと指を鳴らし始めた。
「やばいで……」
チューテツが引きつった声を出した。俺は無言でうなずく。この場を何とかしたかったが、本来チートな邪神であるはずの俺は未だに単なるニートだったし、ヴィシュラ王国で引き連れていたモナカやシャトレーゼといった仲間もいない。
そこまで考えた俺は、はたと気付いた。
肩から提げているバッグの存在にだ。
「これは……」
俺はバッグの中に手を突っ込む。
手に触れたのは、魔法のマントだった。
つづく




