ルドーとの契約
ビスコが盛大に悲鳴を上げたのは、俺のパンツに美少女アニメの登場人物がでかでかと描かれていたからだ。
それも主人公ではなく、悪役でもなく、三番手くらいのマイナーなキャラクター。
そんなキャラのパンツをわざわざ履いているという事実が、高坂ソータローが筋金入りのオタクであることを示している。
しかもトランクスだったらまだダメージは少ない。だが俺のパンツはぴったりとフィットするタイプのボクサーパンツであり、美少女アニメのキャラクターの顔は、生々しいフォルムにそって歪んでいた。
このパンツを世間様に晒すことだけが、俺の中の懸念だった。
「こっち来んな!」
無事、ルドーの振り下ろす槌の軌道から逃れた俺様に向かってビスコが叫んでいる。さっきまで、早くこっちに来いと叫んでいたくせに。
「大王、どうしますか?」
脇に抱えたモナカの生首が問うてきた。
「いったん、この場を離れますか?」
「いや、そんな暇は無い。こいつが俺の居場所を見つけ出して襲ってきたということは、いずれ残りの五人もやって来るだろう。この進撃の巨人を止める方法を見つけなければ」
「止める方法ですと?」
「俺がルドーを作った際に、かりそめの生命を吹き込むため古代魔術を使った契約を交わしているはずなんだ。そこに書かれている内容が分かれば、奴を止める方法も判明するはず」
「しかし、大王。古代魔術の契約内容は、魂魄へ直接に記述されているはずですぞ。書類としては残されていない」
「そうだ。まるで安い開発会社に無理やり作らせたシステムを引き継ぐがごとく混沌とした状況なわけだ。だがな、ルドーの魂魄領域へ接続確立することができれば、中を覗いて仕様を探ることができる。ヤーブローの古代魔術なら、それができるんじゃないかと考えたんだ」
「大王、それでしたらヤーブロー師の秘術を使わずとも、ボクにも可能です」
「えっ?」
「本来であれば、接続確立のためには契約者同士で設定した鍵が必要になります。しかし、ルドー兄弟は大王が作られて以降、誰もメンテナンスしていないので、鍵は初期設定のままなのです」
「マジかよ。何で誰もアップデートしなかったんだ?」
「再起動するのに時間がかかるからです。彼らにやらせている作業を全部いったん停止する必要があり、旧王家の面々はそれを面倒くさがったのです。そのためルドーの魂魄のバージョンは古いままで、何度か重大な欠陥が指摘されています」
「何てこった……どんだけセキュリティ意識が低いんだ」
そう言った後で俺は、そもそもパスワードを変更してないのは自分の怠慢だと思い当たったので口を塞いだ。
「大王、少し時間をください。各種プロトコルを確認します」
モナカの生首が目をぎゅっとつぶった。
「ちょ、マジか」
ルドーへの接続を試している間、モナカは意識を失ったように見えた。俺は生首を抱えたまま、パンツ一丁の姿でビスコたちの方へ駆け出した。
「だから、こっち来んなって!」
ビスコが涙目になって瓦礫を投げつけてくる。俺はジョー・モンタナのように華麗なステップでそれを避けると、仲間たちのもとへ駆け寄った。
「モナカが、あのデカブツを止める方法を探している」
「何ですって?」
シャトレーゼが眉根を寄せた。
「ルドーの魂魄領域に接続確立して、中を確認しようとしてるんだ。呪文構成を解析すれば、止める方法も分かるって寸法だ」
「そんな……接続確立には鍵が必要なはず」
「それが、ルドーの鍵は初期設定のままだってモナカが言うんだ」
「ええっ!」
シャトレーゼが珍しく声を荒げた。
「そんな、鍵を初期設定のままって本当ですか?passwordとか1234とかAdminとかにしてたってことですか?」
「落ち着け、シャトレーゼ」
「ああ……怒りのあまり卒倒しそう。なんで世の中の馬鹿どもは、パスワードは使いまわすな、三ヶ月ごとに変更しろ、英数字混合のランダムな記述にしろと繰り返し言ってるのに分かってもらえないのかしら」
「パスワードじゃない、魂魄領域に接続確立するための鍵の話だ」
「自分たちのセキュリティ意識の低さが、管理部門にどれほどの迷惑をかけているのか、理解して欲しいわ!」
俺はシャトレーゼのあまりの激昂ぶりに、パスワードを初期設定のまま放置していたのは自分だとは言い出せなかった。
「大王!」
脇に抱えたモナカが口をきいた。
そしてカッと目を見開くと、真紅の瞳は緑色になっていた。
「接続確立しました!」
「うむ!」
俺は裏コマンドを使って編集モードを起動させると、ルドーの魂魄領域に記述された呪文構成を読み込んでいく。
無数のルーン文字が画面を躍った。
「ふむ……ふむふむ」
俺は画面をスクロールさせながら呪文構成を目で追った。
「これは……マズいな」
「どうしました、大王」
シャトレーゼの問いかけに俺は振り向いた。
どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
「だめだ、シャトレーゼ」
「いったい、どうしたというんです?」
俺は泣きそうな顔で言った。
「何が書いてあるのか、さっぱりわからん……」
※※
魔術の仕組みとは、一般的には呪文と呼ばれる特殊な力を持つ構文を、魔力の拠り代となる魔装品に記述することから始まる。
基本的には魔道書や巻物など、文字を記述するべき道具を用いることが覆い。そこに術者の魔力を送り込み、魔術を実行させるのだ。
なので術者は呪文を書く知識と、それを実行させるための魔力が必要になる。
俺は高坂ソータローという人生急転直下型の童貞ニートひきこもりに転生したため魔力を失ったが、同時に呪文に関する知識も失っていたのだ。
「だめだシャトレーゼ、俺の代わりに呪文構成を解析してくれないか」
その言葉にシャトレーゼが目を剥いた。
「他人の書いた呪文なんて、地雷だらけに決まってるじゃないですか!あたしには無理です。責任もってリリースすることができません」
「そこを何とか」
「無理です!」
二人が言い争っている間に、ルドーがグングンと近づいてくる。
「大王!早くしないとルドーが……」
俺たちは振り返った。いつの間にかシャトレーゼの状態異常の効力は切れていて、ルドーが目の前に迫っていた。
振りかぶられる巨大な槌。
危うし、高坂ソータローこと、邪神オー。
若干、引っ張り過ぎな感のあるここのくだり、いよいよ主人公の死を持って終わりを告げるのか。
俺がそう思った瞬間。
ルドーがガクリと膝をついた。巨体の重みで地面が揺れる。
「な、何だ!」
その時俺は、編集モードの画面に変化が起きたのに気付いた。特定の記述の前後に、それまでは無かった記号が追加されたのだ。
「大王、ルドーの足を見てください!」
俺はモナカに言われた通りに目をやる。そこには、体長五センチほどの小さな蛇の姿があった。
「あ、あれはさっきの……杖の蛇。もしかして……」
小さな蛇は、ルドーの足にはっしと食らいついている。
「あれは毒蛇だったのか?」
「そうです、大王。おそらく神経毒の一種が、ルドーを麻痺させているのですぞ」
ごく小さな蛇だったが、毒は強烈だったようだ。ルドーは痺れて動くことが出来なくなっている。
脇に抱えたモナカが感嘆の声を上げた。
「さすがですぞ、大王。サイズは小さいですが、男は大きさではありませんからね」
ビスコも手を叩く。
「凄いわソータロー。短くて小さいけど、ずいぶん早いのね。……毒が回るのが」
シャトレーゼが微笑んだ。
「あっという間に果てましたね。早過ぎると言っていいくらいです」
俺は腕を組むと、憮然とした表情でつぶやいた。
「何か、あんまり褒められてる気がしないな」
つづく