ルドーとの死闘、そして走馬灯
ルドーの虚ろな叫びが空に響き渡る。
俺は柱に挟まれた自分の足を見て、万事休すだと思った。強力な魔力反応装甲で守られたルドーは、モナカの魔力では歯が立たず、肉弾戦で倒すしかないという。
だが見上げるほどに巨大なルドーは、片手でバハラティを振り回せるほどの膂力の持ち主だ。室伏広治か吉田沙保里レベルのハイパーアスリートでなければ相手にならないだろう。
「まずは何とか逃げ出すことですぞ」
モナカが言った。
「分かってるよ。けど、どうすればいいんだ?ルドーの奴はこっちに熱い視線を送ってるぞ」
「確かルドーは目が悪かったはずです」
「目が?」
俺はふと思い出して、また裏コマンドを入力した。
目の前のルドーのパラメータを呼び出す。
「くそ、視力みたいな細かい能力値までは見られねえのか」
「いえ、間違いないですぞ大王。ルドーは極度の近眼で、ぼんやりとしか標的を見定められないはず。だから、こちらが動きさえしなければ……」
次の瞬間、ルドーが巨大な槌を振りかぶって叩きつけてきた。
目にもとまらぬ素早い動き。俺たちは悲鳴を上げる暇さえなかった。
「うわああっ!」
俺は絶叫した。槌は間一髪、俺たちの数十センチ左に置いてあった家具をバラバラに破壊していた。
ルドーが槌をゆっくりと引き上げると、顔の前に近づける。
「あ……あれは何をしてるんだ」
「血の匂いを嗅いでいるのですぞ。目が悪いルドーは獲物を仕留めたかどうか、見て判断することが出来ない。だから叩き付けた槌に我らの血がこびりついていないか、確認しているのです」
俺はぞっとした。
ルドーが目をつぶったまま恍惚とした表情で槌を嗅いでいる。田崎信也がワインをテイスティングする時とまったく同じ表情だった。
「くそ、ここで動かずじっとしてても同じだ。あいつは手当たり次第に、俺たちをぺしゃんこにするまで槌で叩き続けるぞ」
言うと、俺はエムベブの屋敷で買ったバッグを探った。事態を打開するための魔法の道具が無いか探すために。
最初に手に取ったのは、透明になるマントだった。
「これを被れば、透明になってルドーから見えなくなる」
「大王、それは無意味ですぞ。ルドーには最初から我らが見えていないのですから」
続いて俺は、蛇に変化する杖を手に取った。
「この魔法の杖は蛇に変化するんだ。これでルドーの気を引けないかな?」
「いいでしょう、やってみましょう」
俺は短く呪文を詠唱すると、杖を空中に放り投げた。
ボン、と音がして、杖が蛇に化ける。体長五センチほどの小さな蛇だ。
「あれっ、何か小さくね?」
「あの手の杖は、術者の魔力に応じて蛇の大きさが変わるのですぞ」
「そういうことなら、最初に説明してよね……」
高坂ソータローの魔力では、大きな蛇を作り出すことは難しい。蛇はスルスルとルドーの方へと向かって行ったが、あまりに小さ過ぎて気付かれることさえなかった。
「くそ、どうすればいいんだ」
俺は自問しながらバックに手を突っ込んだ。手に触れたのは、魔法のノートだ。
「そうか、これだ!」
「どうしました大王」
「この魔法のノートは凄いぞ」
「名前を書くと、その相手が心臓発作で死ぬのですか?」
「違う、絵を描けば数分だけ実体化させることができるんだ」
俺はペンを手に取ると、ノートにさらさらと絵を書き始めた。
「大王、それは何を描いているんですか?モダンアート……?」
「何を言ってる。俺様だよ。俺様を描いて、身代わりにするんだ」
「でも、その絵はとてもとても大王には見えませぬぞ。だって、目が四つもある」
「馬鹿、これは眼鏡を表現してるんだ」
「腕が……十本もあるんですか?」
「これは指だよ」
モナカと言い合いながら俺は自画像を描き上げた。俺の絵は魔法のノートから飛び出して、囮となってルドーの注意を引きつけてくれるはずだった。
だが……。
「おかしいな、実体化が始まらないぞ」
魔法のノートはうんともすんとも言わない。俺はノートを手にもってブンブンと振り回す。
「大王……おそらくですが、大王の絵が下手くそ過ぎて、ノートも何を実体化していいか分からなかったんだと思います」
「何だと?そんなバカな。高坂ソータローは引きこもりニートで、部屋に籠って漫画ばかり描いていたから絵は上手いって設定だったはずなのに」
実際、ソータローの部屋のパソコンには美少女を描いたイラストが大量に保管されていた。
なのにこいつは、自画像さえ描くことができないのか。
その時俺はハタと気付いた。
描けないのではなく、描く気がないのではないか?
「ソータロー!」
ビスコが悲鳴交じりの声を上げる。振り返った俺は、ルドーの血に塗れた鎚が襲ってくるのを目にした。
※※
これまでの記憶が走馬灯のように浮かんだ。
生まれてきたばかりの俺を抱き上げ、嬉しそうに微笑み両親。
親戚一同に囲まれ、誇らしげにハイハイをする俺。
幼稚園でのお遊戯会で、主役であるこぶとり爺さんを見事に演じる俺。
いや、これは俺の記憶じゃない。
高坂ソータローとしての記憶だ。
死の間際に見る人生の記憶に、邪神時代のものは含まれないんだなと、俺は漠然と思っていた。
やがて記憶は小学生の運動会でピラミッドの頂上に立って誇らしげにする俺や、絵画コンクールで金賞をもらって照れくさそうにする俺から、中学の体育館で女子からチョコレートをもらう俺に切り替わった。
何か……おかしいな。
俺は漠とした違和感を感じながら走馬灯を眺める。
幼少期の記憶に出てくる高坂ソータローと、現時点でのソータローのイメージが全く合わないのだ。
引きこもり童貞ニートの面影が、まるで無い。
周囲から愛され、クラスの人気者で、才能に満ち溢れている。
「しまった、他の人間の記憶を覗き見てしまったのか」
俺はポツリとつぶやいたが、その想像は外れていた。
中学の後半から、景色が変わってきたからだ。
たった数年で、人生とはこうも大きく切り替わるものなのか。
十代の後半戦、すなわち現状に近づくにつれ、景色は固定されてきた。すなわち、散らかった自室ばかりが続くようになった。高坂ソータローはどこへも出かけることなく、ひたすら引きこもってゲームとネットとマンガに明け暮れる日々を続けたのだ。
どうすればこんなに簡単に人生を転落できるのだろうか。ずっとチートな邪神をやってきた俺には想像すらできない。
走馬灯の最後は、画面にノイズが走って明瞭に見ることができなかった。
だがそれは、部屋いっぱいに飛び散った血飛沫のように思えた。
突然のグロ画像に慄然とする俺。
「何だ、これは……」
そこで走馬灯が途切れた。
「大王!」
「ソータロー!」
二人の女の声で俺は我に返った。
高坂ソータローの人生を振り返っている場合ではない。
振り返った俺は、ルドーの血に塗れた鎚が襲ってくるのを目にした。
「あれ?」
俺はつぶやく。
「このくだり、さっきもやらなかったか?」
「大王、早く!」
シャトレーゼが叫ぶ。
「ルドー兄弟の周囲だけ、時間の流れを遅くする状態異常の魔法をかけています。この隙に逃げてください」
「状態異常……そうか」
ルドーの魔力反応装甲は、直接的な攻撃魔法に反応して威力を相殺するが、間接的に状態異常を起こさせる魔法であれば、そもそも反応しないのだ。
「いいぞ、シャトレーゼ」
俺は言うと、再び柱の下に挟まった脚を引き抜こうともがく。
「大王、一回脚を切り離してみたらどうですか?」
モナカが言った。
「そうだな、切り離してここから抜け出して、後からアロンアルファでくっつければ……って馬鹿、俺はお前みたいな魔導人形じゃないんだ……」
そう言い終えた俺は、一つのアイデアを思いついていた。
「なるほど、そうか!」
キラリと閃いた思いつきを胸に、俺はガチャガチャとベルトを外しはじめる。
「ちょ、何やってんのよソータロー!」
ビスコが喚いた。
「うるさい!こうなったら背に腹は代えられん」
俺はベルトを外し終えると、ズボンを脱ぎ捨てる覚悟で脚を引っ張りぬこうとした。脚にかかる圧力から、柱に挟まれているというよりも、ズボンが引っかかってるだけのような気がしていたからだ。
たった一つだけ懸念していることがあったが、こうなったら仕方がない。
俺は雄叫びを上げ、脚を引く。
迫りくるルドーの攻撃
「きゃああ!」
ビスコが悲鳴を上げた。
つづく




