モナカの正体
「大王、もしかしてご機嫌ななめですか?」
モナカの赤い瞳がキョロキョロと俺を追いかける。俺は苛々と部屋の中を歩き回りながら、散らかった荷物をひっくり返し、目当ての品を探していた。
「そんなわけないだろう、モナカ。俺はまたお前に会えてうれしいぞ」
「そのわりには、鬼瓦みたいな形相ですけど……」
「いやなに、このくっそみたいに散らかった部屋の中から、お前の身体をつなぎとめているネジを探し出すのは至難の業だからな。後何時間探せばいいのか考えると、思わずこんな表情になるわけだ」
「痛い!ソータロー、あたしのことを踏んでる」
ビスコが苛々した声を出す。
「あたしがテーブルの下を探してるんだから邪魔しないでよ」
俺たちは総動員でヤーブロー師の部屋をひっくり返していた。部屋は無数の魔導書、実験のための鉱物、動物の骨、干からびた薬草やキノコの類で満杯で、年季の入った引きこもりニートである高坂ソータローの部屋よりも遥かに散らかっていた。
「おいシャトレーゼ、本当にあと一本ネジが足りないってのか?もうかれこれ五時間も探してるのに見つからないんだぞ」
苛立ちながら俺がそう言うと、部屋の隅でマニュアルを読んでいたシャトレーゼが、ついと顔を上げた。
「間違いないですわ。彼女が持参していた説明書によれば、モナカ・ヤーゼンスキーは1/1マスターグレード・モデルの魔導人形、すなわち古代魔術語で言うところのガンムラン(自律的な)・プラオテナス(傀儡)ですから、その肉体は魔装品で構成されています。そして説明書にはレベル四魔導メッキの皿ねじが六百八十八本使われている書かれているのに、今は六百八十七本しか見当たらない」
俺は無数のキノコが並べられた標本棚のあたりをひっくり返しながら毒づいた。
「くそ、モナカが魔導人形だったとはな」
「大王、もしかしてモナカが魔導人形であったことをお忘れだったのですか?」
「そんなバカな。覚えてたさ。忘れるわけないだろう」
心のこもらない返事をしながら、直径四十センチを超える百日紅を後ろへ放り投げる。その下から、大ぶりの乾燥キノコが多数、姿を現した。
「ボクはここで、魔力を充填していたのですぞ」
モナカは言った。
「魔導人形には魂が無いので、自分自身で魔力を生成することができないのです。ボクはバハラティの後を追って城壁を飛び越えたものの、魔力が急速に低下したことに気付いたので、慌てて師匠の館へ向かったのです」
相変わらず生首を天井から吊るされた状態のまま、モナカがそう言った。
「ああ、そうだな。確かそうだったよ、そんな設定があったはずだな」
俺は言いながら手にしたキノコをポイポイと放り投げ始めた。
「くそっ、何でこんなにキノコばっか集めてんだよこのじじいは」
「ある種の菌糸類は、幻術を用いる際の素材となりますからね」
シャトレーゼが平然とした様子で言う。モナカの説明書を眺めるばかりで、肉体労働を手伝う気はまるで無いようだった。
キノコを放り投げていた俺は、奇妙に硬い手ごたえを感じた。掴んだそれを引き出すと、銀色とオレンジの毒々しい色合いをした、円筒形の物が出てきた。
「……こ、これはTENGAじゃねえか!何でこんな物がここにあるんだ!」
驚いて放り投げる。
驚きの次に湧き上がってきたのは、憤りだった。
「くそ、もう我慢ならんぞシャトレーゼ。近くに東急ハンズは無いのか。つかそもそも、ネジの一本が足りなくたって、何とか組み立てることはできるだろうよ」
「それは難しいですぞ、大王」
吊るされたままのモナカが口を開く。
「別の部品を使って私を組み立てるとなれば、再起動が必要になります。そうなるとボクのこれまでの記憶は抹消され、モナカ・ヤーゼンスキーの人格は消滅してしまう」
「そういうことですわ、大王」
シャトレーゼが長い黒髪をかき上げた。
「泣いても笑っても、この屋敷をひっくり返してでも、モナカ・ヤーゼンスキーのネジを探し出す必要がある。銀行では、例え一円でも勘定が合わなければ、行員総出で捜索して、見つけ出すまで業務終了しないでしょう?あれと同じです」
「そうか」
俺は暗澹たる思いで捜索を続けながら、ふと思った。
「あれ?」
何やら違和感があった。
「シャトレーゼ……」
だがその違和感について、確かめる暇は無かった。
二階から、バハラティが血相を変えて降りてきたからだ。
「お、おい!ガチやべーぞ!」
「どうしたバハラティ」
「目、目が合った!」
俺とシャトレーゼ、モナカとビスコは顔を見合わせる。山賊の言っている意味がまるで理解できなかったからだ。
「すまんな、バハラティ。お前が何を言いたいのかまるでわからんのだが」
「だから、目が合ったんだ、あいつと!」
だから、それは誰のことだと俺が問おうとした時のことだ。
轟音とともに、巨大な拳が屋敷の壁を突き破った。
巨大な拳はバハラティの脚をわしづかみにすると、親に取り上げられそうになったTENGAを取り戻すがごとく勢いで、屋敷の外へと引きずり出した。
「ぎゃあぁぁーーー!!」
バハラティの悲鳴が響き渡った。
※※
「今のは、何だ!」
俺が叫ぶのと同時に、再び巨大な拳が襲って来た。轟音とともに、屋敷の壁を突き破る。
シャトレーゼが間一髪のタイミングでその拳をかわす。
「大王!こいつは」
何かを言いかけたが、屋敷の底から聞こえてきた、太く響くうめき声にかき消された。
パワー型ボスモンスターに特有の、知性の欠片も感じられないうめき声だ。
「くそ、みんな屋敷の外に出ろ!」
俺が叫ぶと、シャトレーゼとビスコが弾かれたように玄関へと向かった。俺はモナカの生首に近づくと、鎖を外して小脇に抱える。
「だ、大王!私の体が……」
「後だ、モナカ。いったんここから離れないと……」
ドキバキメシャーーーッ!っとひどい音がして、凄まじい振動とともに頭上からバラバラと、建物の破片と粉塵が降り注いできた。ボスモンスターが、力任せに屋敷の二階部分を吹っ飛ばしたのだ。
俺はモナカの生首を抱えてその場にしゃがみこむ。
倒れてきた柱が俺を押し潰そうとしていた。
「ソータロー!」
屋敷の外に脱出したビスコが俺の名を呼んでいるのが聞こえる。
くそ、何てこった。
倒れてきた柱は壁にぶつかり、おかげで俺は完全には押し潰されなかった。だが、地面と柱の間に下半身を挟まれ、身動きが取れない。
俺は上体を捻って背後を見た。
虚ろな目をした巨人と目があった。
上半身裸で、つぎはぎだらけの作業ズボンを履いた巨人。身長は四メートルを超えているだろう。肌は青白く、ぶよぶよと張りが無い。髪はパサパサと脂気の無い白髪。右手には茶色いシミで汚れた大きな槌を持ち、左手にはぐったりとしたバハラティを抱えている。
そして黒目の無い虚ろな眼球がこちらを見ていた。
「こいつが……ルドーか」
「そうですぞ、大王。元七神将のひとりです」
脇に抱えたモナカが言った。
「何故だ。こいつは何故ここにいる。ルドー兄弟は第二城壁を守ってるんじゃなかったのか」
「誰かが、大王の居場所をしらせたのでしょう」
「余計な真似を」
ルドーはゆっくりと俺の方を見定めると、左手に持ったバハラティを放した。
こっちが本当の獲物だと気付いたのだ。
「モナカ、魔力の充填は終わっているのか?」
「八割くらいなら、いけますぞ」
「よし、あいつをぶっ倒すんだ」
「大王、今何とおっしゃいました?」
「だから、ルドーをぶっ倒すんだ。うなじの下あたりを精密に切り取る必要があるんなら、そうしたっていいんだ。好きなようにやれ」
「いえ、大王。それは無理ですぞ」
「えっ?」
モナカが不思議そうに眼をぱちくりさせた。
「正攻法で私がルドー兄弟にかなうはずがありません。彼らに強力な魔力反応装甲を授けたのは、他ならぬ大王ではありませんか」
「魔力反応装甲だと?」
「自分にかけられた魔力に反応し、それを相殺する組成の魔力を発生させて無効化する能力です。私程度のレベルの魔法では、まるで歯が立ちません」
モナカのレベルは400近かったはずだ。それほど高位の魔術師の魔法ですら無力化するとは……。
俺って、何てチートだったんだろう。
自分が憎い。
脇に抱えたモナカの方を見た。
「だとすると、奴を倒すには……」
モナカの赤い瞳が、俺を見た。
「肉弾戦しかありませんね」
こちらの話が聞こえていたわけではあるまいが、ルドーが左腕をぐっとまげて、二の腕に力瘤を作って見せる。
そして、あの知性の欠片も無い咆哮を再び上げた。
「肉弾戦だと……!?」
俺は絶望的な思いでつぶやいた。
つづく