【3.過去の出来事】
【3.過去の出来事】
【1】
香月事務所に戻ると、すでに真由香が座っている。
「もう来ていたのか?」
「早めにつきすぎちゃった。愁、出会ったのって偶然だったの?」
「……」
俺をこちらによこした祖父さんは、なぜ、あの場所を選んだのか?
その理由を聞いた事がない。いきなり、こちらに何の理由も聞かせずに落としていたのだ。
後から『組織』から理由を聞いた事には、祖父さんは「力」に関係者だったようで、周囲の欲にくらんだ者たちから狙われていたようだ。俺にまで危害を加えさせないように、こちらに落として安全を確保したかったと聞かされた。
それをただの偶然だったのか?と質問されても、俺にも本当のところは分からない。
「…偶然だろう」
「そう?」
「あぁ」
「そうなの?」
「あぁ」
彼女は、まだ納得しきれていない表情を浮かべている。
さっきはそう言ったが、ただの偶然だとも言いきれない。なぜなら、何かつながりがあるから、その場所につながる事もあるからだ。何もないところにつながるというよりも、縁があるところにつながるように世の中はなっているものらしい。
「…そうなのね」
「……」
「それで、俺は何をすればいいですか?」
遠慮がちにルカが質問してきて、ルカに視線を向ける。
「こっちに来て、電話が鳴ったら出てくれ。それと、陸には手伝ってほしい事があるから、こっちに来てくれ」
「分かった」
ルカはそのまま机に来ると、電話が置いてある席に座った。コップを流しに置いてきた陸は、ソファーに腰かける。
「何?」
「大体のところは、話を聞いたと思うけど・・・まずは、記憶の蓋をあける必要がある。蓋を壊すのを手伝ってくれないか?」
「それはいいけど、『組織』に連絡をとらなくていいの?」
「それは、必要ない。神野には電話で話しておいた。もう「力」は、数年前に上に還っているし、上からこちらにわざわざ追いかけてくるような動機もなくなっている。それに、祖父さんも元気に過ごしているようだしな」
「…そうですか」
神野がこちらに落とした「力」は、数年前に上に還す事ができている。こちら側で生まれる力に関しては、どうなるのかは分からないが、祖父さんが狙われていた理由はもうなくなっている。
「じゃあ、記憶の蓋をとる事を始めるな」
そう言うと、蓋をとるために呪文を唱え始めた。
【2】
記憶を完全に消し去る事ができないのはなぜだろう?
人間にとっての記憶とは、物質である脳が記録している電気信号だ。科学の力でも蓋をする事は可能だけど、それでは説明のつかない事実も存在している。記録媒体ではないと言われている臓器を移植した時に、ドナーの記憶をもっていると思われる事例も存在している。
目に見えないものを否定するのは、科学で証明できないものだからどうしても我々の存在は否定されてしまう。しかし、証明できるとするならどうだろう?
今の科学で証明できなくも、確かに存在しているのならば、いつの日にか人間は、それを証明する事ができるのかもしれない。だからこそ、ただの物であるのに思いを重ねる事ができると、目に見えない大切な力がこもる。時にその思いは、自我さえ芽生えさせる事もあるのかもしれない。
「……どうだ?」
記憶の蓋をとる呪文を唱え終わると、ゆっくりと目を開けた彼女に声をかける。しばらく、ぼんやりとしていたが、閉じこめられていた記憶があふれ出してきているようで、涙を流している。
「思い出せた。愁と出会ったのは、夜の公園で夜桜が舞う季節だったね」
「そうだな」
「嘘つき」
「?」
「ううん、なんでもない」
明るく笑って彼女は言うと、ルカに紅茶のおかわりをお願いした。
陸は珈琲をお願いすると、そのまま愁と真由香の二人を見る。
「今日のところは、ここまでにしましょうか。記憶が戻ったばかりで整理するところまでいかないだろうし、少し時間を置いてから探した方がいいかも」
「そうだな、そうしよう」
美味しそうに紅茶を飲んでいる彼女を見てそう思った。
「うん、本当に優しい味がして美味しい。ね、これからも出張して」
「これからは「ブルー・ムーン」にお越しください」
苦笑を浮かべてルカが言うと、不満そうな表情を彼女たちは浮かべる。
中性的なルカを見ながら、魂の個性というのは肉体性別など隠してしまうものかもしれないと感じる。
「……本当に、愁は嘘つきね」
この時、小声でつぶやいた陸の声に気づけなかった。
【3】
真由香が帰った後、食器の後片付けをルカはしている。陸は、携帯音楽プレイヤーで音楽を聴きながら、外の景色を見るともなしに眺めていた。
俺は彼女の探している『何か』とは何なのかを考えていた。
心当たりは何もない。記憶がないだけならば、記憶が戻りさえすればそれで解決するだろうと感じていたからだ。
「……なぁ、ルカ」
「何ですか?」
手際よく作業をしながら、ルカは視線をちらりとこちらに向ける。
「彼女は「何」を探しているんだろうな?」
「分かりません。ただ…」
洗った食器を拭いて片付けていきながら、慎重に言葉を選んで片付けていく。
「過去の記憶は、それだけじゃないですよね。ただの記憶というより、その時に感じた想いや温もりがあります」
ルカは食器をすべて片付け終わると、俺の席の前に歩いてくる。正面から、俺を見た。
「上手く言葉にできないですけど、ただ映像や音だけを記憶と呼ぶのならDVDやCDだっていい。だけど、音楽の場合には、録音された完璧なものよりも、生演奏で目で見て音で聞いて、生の空気感を五感を通して感じ取った雰囲気が現実にあった事だと実感できる。その実感があるから、思い出と言うんじゃないですか?」
「上手く言えているじゃない」
それまで聞いていた陸が、途中で口をはさむ。
「「思い」を「出す」から、「思い出」なんて」
「…俺はしがない表現する事が好きな愚か者ではあるから、そう感じるのかも」
苦笑をルカは浮かべている。
「だから、彼女が探しているモノは、物ではないかもしれないですね。思い出せた事で、その何かは自然に見つかっているかもしれない」
「……ひどく曖昧なんだな」
「そういうモノよ、人間の感情なんて」
含みのある笑みを有紀は浮かべていた。
ズボンのポケットにしまってある携帯がメールの着信を告げた。開いてみると彼女からのメールだった。探していたものが見つかったと書かれている。
「そういうものか…ルカを呼んで正解だった。そういう感覚の部分が。俺にはよく分からなくてな」
「役に立てて嬉しいです」
「・・・愁、僕少し出かけてくる。夕方には戻るから」
そう言うと、陸は出かけて行った。いつも、彼女はふらっと外に出かけていく。必要な用事がある時は呼び止めてはいる。
【4】
家に帰宅した真由香は、リビングに置いてある桜の花弁が挟まっている栞を手にした。
いままで、なぜこれが家にあるのか分からなかった。でも、ひどく懐かしくて大切な物のように感じていた。彼と出会ったのは、もっと以前から会っていたような気もしていた。
実際に以前から、出会っていた。
そして、記憶を消すという『組織』の人間が来たときに、承諾したのは記憶が思い出せなくなっても、また、彼を好きになる確信があったからだ。詳細な過去を思い出せなくなったとしても、たぶん、私はまた彼を好きになるという確信はどこからくるのか分からなかった。
この感情は本能に近いのかもしれない。理性で理由をいくら見つけようとしても、上手く言葉にならないのと同じだ。
そっと、栞に触れた。
彼は、嘘つきだった。
夜桜舞う数年前の季節よりも以前に、私は彼と出会っていた。
今まで、過去世の記憶なんてものは存在していないと思っていたのに、自分で断片がよぎっていくと、認めるしかないと思えてしまう。
以前に出会っていた事があるから、確信をもつ事ができたかもしれない。あの時、彼はあの公園に現れたのかもしれない。きっと、私は何度出会ったとしても彼を好きになると・・・。
彼との本当の出会いは、こことは違う、あの世等のいろんな呼び名のある世界でだった。
かなり前の事だから、断片的にしか思い出せない。だけど、ルカと愁が一緒に居たのは覚えている。
その頃の私は、彼らに仕えていた執事で、もう一人仕えていたの者はどこか陸に似ていた。
今とは違って、その頃の私は、かなりしっかりした性格の持ち主だったようだ。
傍にいながら、もっと上手く対応すればいいのにと感じながら、それでも好きだという気持ちや不器用でも自分の意志をまっすぐに持っている彼らの事が、人として好きだった。
それは、こちらの世界に生まれ変わった今でも同じかもしれない。
もしかしたら、彼をこちらに送った祖父は、私がここにいる事を知ってあの公園を選んだのかもしれない。
事の真相は、もう確かめる事ができないけれど、そう考えるとしっくりとくる。ポケットに入れていた携帯が鳴る。
メールを開くと、愁からのもので私は笑みを浮かべた。




