2.実行
……私は今日、人殺しに加担する。何だか不思議な事に恐怖は感じない。殺す相手が嫌いな奴だからだろうか。これから殺す男は端的に言うとクズだ。村長の息子という立場や周りのやつより大きい図体。それのせいでこの村という狭い環境の中で、まるで自身が王様であるかのように振舞っている。
私の役割はアイツを禁足地の近くまで誘導すること。
雪に言われるまでは盲点だったけど、あそこは犯行にも死体を隠すのにも最適な場所だった。あそこは村の誰も近ずかない。だから、一番の懸念点はアイツらが外部の警察を呼ぶことだ。でも、過度に排他的なこの村の奴らは、果たして警察を呼ぶのだろうか。雪が言うには、雪の家族が行方不明になった時には警察は呼ばれなかったらしい。村の事を勝手に調べられるのが嫌なのだろうか。人が行方不明になっているというのに有り得ない行動だ。それが、私のこの村に対する気持ち悪さを加速させていった。
放課後、私は彼に声を掛けた。周りには誰もいなくて、絶好のチャンス。
「今日さ、一緒に隣街行かない?」
「うーん……いいよ、行こっか。」
彼は私のことを品定めする様な、舐め回すような目で見て、何かを考えてから私の誘いを承諾した。さすがは女性蔑視の古臭い感性の残るこの村の村長の息子だ。あの一瞬で、私の顔や身体を見て誘いに乗ることにしたのだろう。私が思いどうりになると思っているのだろうか。これから死ぬというのに、気楽なやつだ。そう考えると、愉快な気分になった。昨日まではあんなにも人殺しに怯えていたのに、今日は不思議と気分が良い。決意をしたからなのか、コイツが元々好きではなかったからなのだろうか。
その後、私たちは隣街で映画を見た。別に、夜になるまで時間を潰せれば何をしても良かったのだけど、コイツと2人きりになる場所、カラオケなどに行くのは怖いし、かと言ってショッピングだけでは夜になるまで持たないと思ったからだ。映画は面白かったけど、すぐ近くから感じる舐め回すような視線のせいで、その良さを十全に感じることは無かった。
時刻は9時。今から村に戻ればおそらく村は真っ暗だ。雪にはもうメッセージを送ったし、準備は万端。あと30分程で、私は戻れなくなる。人殺しに加担して、もしかしたら捕まるかもしれない。でも、この時の私はどうかしていたのか、引き返すという選択肢が浮かばなかった。
しばらく歩いて、禁足地の近くまでやってきた。あともう少し歩けば雪が待ってる。
「宮塚はさ、なんで今日誘ってくれたの?」
「……一緒に映画見たかったから。」
「ふ〜ん。それって、俺の事好きって言って事だよね。」
……は?何を言っているんだ、コイツは。私がお前の事を好きなわけがないだろう。お前の無駄にでかい身体。他人を下に見たような話し方。気持ち悪い視線。その全てが嫌いだ。
「なぁ、ヤらせろよ。俺の事好きなら良いだろ?」
「えっ、嫌だけど。」
「はぁ?俺に逆らったらどうなるか分かってんの?」
私はあまりの恐ろしさに、思わずその場から逃げ出した。追いかけてくる彼。無駄にでかい体のせいで、アイツはものすごい速さで追いかけてきた。怖い。凄まじい形相でこちらを追いかけてくる彼。徐々に距離が近づいていくほど、私の恐怖も大きくなっていった。
私は、100mも離れていないところでアイツに捕まった。力強い腕に捕まれ、押し倒される。下から見上げるその顔は、興奮しているのか、今までに見たことの無い程気持ち悪いものだった。
「誰か助けて!」
そう叫んでも、この辺に家はない。ああ、犯罪をしようとした罰なのだろうか。神は私を見捨てたんだ。私が全てを諦めようとしたその時、鈍い金属音がなった後、彼は私の胸の上に倒れ込んできた。
「大丈夫、琴葉!?」
「ゆ、雪!?ありがとう、助かった。」
私を助けてくれたのは神様ではなく、私をこの道に引きずり込んだ疫病神の雪だった。私はひどく安心して、雪の胸に飛び込んだ。
「ちょっと琴葉、血着いちゃう!」
「今くらい良いでしょ」
「……怖かった?」
「怖かった。すっごい怖かった。でも、雪が来てくれて安心した。……ありがと」
それから私たちは死体を禁足地まで運び、その死を確実にするために雪がもう数発、バットで体全体を叩く。そして、雪が今日掘ったという穴にそれを放り込んだ。
とりあえず、体を洗わないといけないので、私達は雪の家に向かうことにした。
「そういえばさ、匂いとか大丈夫なの?」
「う〜ん、多分?」
多分って……雪はおそらく何も考えてないのだろう。私に何かあったらどう責任を取るつもりなのか、私は彼女を睨む。
「竹には消臭作用あるから大丈夫でしょ」
「そんな適当な……」
雪の家に付き、私はお風呂を借りることになった。
こういうところは準備万端で、既にお湯が張ってある。なんでその計画性を犯行に生かせないのかな……
シャワーを浴び、目を閉じる。浮かんでくるのはあの時の光景だ。襲われる恐怖、他人の血の感覚、生臭さ。そのどれもが今この時感じられてるかのように思われる。その回想を遮るかのように扉の向こうから声がした。
「入っていい?」
「はぁ!?」
雪はそういうと、私の許可を得ずに扉を開け、入ってきた。
「まだ入ってるんですけど!?」
「流石に私もあのままでいるのは気持ち悪くて、良いでしょ?それに私、家主だよ?」
「まあ良いけどさ……」
雪と一緒にいると、何だか安心する。一人だと感じていた恐怖も、雪の雰囲気に飲まれて、もう何も感じない。だから、私はそれを許可した。
身体を洗い終え、私は湯船に浸かる。……雪の身体、綺麗だな。って、私は何を考えてるの!?さっきまでは目を閉じていたけど、今は自然と雪に目がいってしまう。
「そんなに見ないでよ。恥ずかしいでしょ?」
そう言う雪は全く恥ずかしそうではなく、むしろその透き通った真っ白な肌を見せびらかしているように感じた。
「わかった。目、瞑るよ。」
おかしい。女の子の体を見てそんな事を思った事は無かったのに。今までだってプールとかで人の体を見る機会はあったけど、そんなことを思った事は無かった。今日はあんなことがあったから、どうにかしちゃったのだろうか。
「琴葉、足、邪魔」
そう言って、雪はお風呂に入ってきた。浴槽は二人で入るには狭くて、だけどそれが私に人肌を感じさせ、一層安心させてくれた。
「……雪は今日の事、どう感じた?」
「う〜ん、気持ち悪いなーとしか。アイツの行動とか、アイツの血とか。全部が不愉快だったけど、まあスッキリしたかな。」
「……私も。私もね、スッキリしたんだ。」
「ふ〜ん」
人を殺すと聞いた時はあんなにも恐怖して、それを止めようとした。でも、いざやってみると、なんだかスッキリした。気に食わないものを壊すというのは気持ちいい。そんな事はみんな知ってる。今回はそれが人だったというだけで、同じことなのだから当然気持ちいいのだ。
「結構怖かったけどさ、昔みたいに雪と一緒に遊べたみたいだったし、楽しかった。」
「人が死んでるのにそんな事言っちゃっていいの?」
「あはは、確かに。こんなの雪にしか言えないよ。」
「……変わったね、琴葉。今の方が私は好きだよ。」
「そう?ありがと。」
私、変わっただろうか。まあ、あんな事をしたんだから、何らかの変化はあって当然か。
予め買っておいた同じ服に着替えてから、私は家に帰った。あまり遅いと親に怪しまれると思ったけど、その日両親は家にいなかった。
「そういえば、村の人と飲むって言ってたっけ。」
独り言のように呟く。確かに昨日そんなことを言われた気がするけど、昨日は突然の事が多くて、その事を忘れていた。だけど、それは私にとって非常に都合が良かった。これで親が私の事を怪しむ事はないだろう。そう思うと、何だか安心した。明日からの生活はどうなるのだろうか。私はそれを少し考え、疲れていたせいか、すぐに眠りについてしまった。




