三笠浪士組 Part2
「そういや、藤堂さんはあんたの門下だったな。彼は京に残ったよ」
「藤堂は弟子じゃない。私はただの師範だ」
「もう違う。だろ?じき水戸に仕える伊東家の娘さんを娶られて、六十人からの弟子を抱える道場の主だ」
その言葉には、大蔵の手段を選ばない上昇志向に対する揶揄が込められていた。
「ずいぶん、私のことにお詳しい」
道場の主、伊東誠一郎が長患いの末この世を去り、密葬を終えたのはつい先日のことだ。
誠一郎の死によって、伊東家はなし崩しに大蔵を跡継ぎとして選んだ。
幕末には、いわゆる「末期養子(死に際の養子縁組)」の規制はずいぶん緩くなっていたものの、法的には「本人の意思」が必要だったため、今回のような場合、建前上「主はまだ生きているが危篤である」という体裁で「急養子願」を提出し、受理された後に死亡を公表した。
しかし、大蔵はまだはっきりした返事をできないでいる。
「その、藤堂さんに聞いたんだ。もっとも彼は、あんたを崇拝しているから、その栄達ぶりをまるで英雄譚のように語るがね」
大蔵は道端に咲く紫陽花に視線を落とし、その皮肉をまるで聞こえなかったかのように受け流した。
「平助は元気にやってますか」
「それはもう。元気が有り余って京へ向かう道中など、水戸の連中と喧嘩ばかりで手に負えなかったよ」
大蔵は藤堂平助が京に旅立つ当日、道場に立ち寄った時のことを思い起こした。
「ふふ、そうですか。あいつらしい」
大蔵はそう言い残すと、中沢に背を向けてまた歩き出した。
中沢は、大蔵の背中に向かって声を張り上げた。
「あなたは、それだけの腕と才智を秘めながら、まだ世界に背を向け、傍観者に甘んじるつもりか!」
大蔵は立ち止まって、ゆっくりと振り返った。
なにも答えようとしない大蔵に、中沢の追求はさらに踏み込んだ。
「あの大獄で失ったひとが、あんたをこの街に縛り付けてるのか?」
江戸にとどまる理由。
半年前、藤堂平助が奇しくも同じことを聞いた。
大蔵はその問いを黙殺した。
「清河さんを斬って捨てるのは容易いかもしれない。が、尊攘激派のような手合いは、殉教者の血に気を逸らせ、さらに手が付けられなくなるでしょう。ゆめゆめ見縊らないことです。あんな風に首から下だけで川下りをしたくなければね」
意味深長な忠告を残し、大蔵はまた歩き出した。
「傍観者」という言葉が、彼の胸をチクリと刺した。
が、今はどうでもいい話だ。
大蔵は東海道を西へ向かい、そして高輪に差し掛かったところで街道から東禅寺の山門を見上げた。
この寺院はイギリスが公使館として使用しており、攘夷激派から二度に渡る襲撃を受けている。
文久元年に起きた最初の討ち入りは、まさに大蔵が士官することになるであろう水戸藩から脱藩した浪士たちによるもので、同じ“日本人”による固い警備に阻まれ、目的のイギリス公使に辿り着くことなく果てた。
討ち入った十四名のうち、三名が討ち死に、三名が切腹。
逃げ延びた者は、翌年の坂下門外の変、その翌年の天誅組の変など、さらに過激な活動に身を投じていったが、幕府の鎮圧によりいずれも目的を遂げることなく捕らえられ、獄死や斬首の憂き目にあっている。
イギリスは、これらの不祥事について幕府に賠償金を求める一方、高輪に公使館の建築を計画したが、こちらも完成間近の文久二年十二月に長州の志士高杉晋作らの焼討ちによって全焼している。
イギリス公使ラザフォード・オールコックは、とうとう物騒な江戸を避けて、横浜に公使館を置くことを選んだ。
つまり文久3年、横浜にいるのが、この国の本当の敵なのだ。
アメリカやイギリスという共通の敵を持ちながら、なぜ日本は一つにまとまることが出来ないのか。
それどころか、あの寺田屋で薩摩藩士が演じた同志討ちのようなことが、近い将来、水戸藩にも起きるかもしれない。
京に残った浪士組の残党には、水戸藩の人間も多く含まれ、それは決して杞憂などではなく、すぐそこにある現実的な危機だった。
「横浜港で、異人を、黒船というものをこの目で見てみたい」
それが大蔵の目的の一つだった。
一方、浪士組本陣に帰った中沢は、広間が騒がしいのに気づいて真っすぐそちらに向かった。
いかにもガサツそうな浪士たちが集められて、清河八郎ら幹部から何やら薫陶を受けている。
「みな聴いてくれ。我らは今、再び江戸の土を踏んだ。『大樹公の警護はどうした』と謗る者もあるが、我らが京都へ赴いたのはなにも徳川の尻拭いをするためじゃない。見よ、この江戸の有様を。横浜の海には黒船が浮かび、高輪には異人の公使館が居座って、我らが神聖なる国土を土足で汚している。
我らは京で、天子様(孝明天皇)より直々に『勅諚』を賜った。 いいか、これは幕府の役人の指図ではない。帝が、我ら名もなき浪士に『日本を守れ』と命じられたのだ!」
清河を中心とした群衆の一番外側から背伸びをして聴き耳を立てていると、
妙に体格のいい初老の男が中沢の隣に身体を押し込んできた。
その男には見覚えがあった。
大きな鼻と口、つぶらな眼の奥には強い意志を感じさせる光が宿り、一言でいうなら人好きのする容貌をしている。
一度見たら忘れられる顔ではない。
窪田治部右衛門といって、浪士組立ち上げにも関わった旗本である。
隊が上京したのちも、この本所三笠町屋敷に取締役として留まり、いわば浪士組の江戸本部長を務めていた。
清河のアジテーションは続いている。
「然るに、神戸と岡田は、己が欲望のために『尊王攘夷』という大義を汚した。
彼らの死を嘆く必要はない。二人は、我ら浪士組の正義にその血を捧げたのだ。
我らは神兵なり。大名が日和るなら、我らが魁となるべし。ともに、回天の偉業を成し遂げようではないか!」
窪田が勢いづく清河のことを快く思っていないのは明らかで、ガヤガヤと騒々しい雰囲気に眉を顰めながら毒を吐いた。
「ふん!京見物をして帰ってきたと聴いたが、まるで凱旋気取りじゃないかね?」
隣に立っていた中沢は、なんとなく意見を求められた格好になって戸惑ったが、やがて苦々しげに答えた。
「…如何んせん天子様の思し召しなれば、江戸への帰還も詮方なしか、と…」
そこまで言って、中沢は思い直したように鬱屈した気持ちを吐き出した。
「しかし…あのような専横を許していいものでしょうか。率直なところ私は気に入りません!」
窪田は、改めて中沢の顔をしげしげと眺め、面白そうにうなずいた
「ふむ…。おまえ、名前は?」
「上州、中沢良之助と申します」
窪田治部右衛門は眉間に深い皺を寄せ、中沢を品定めした。
「ちょうどいい。中沢、しばらく彼奴に張り付いて、動向を報告せよ」
「は。」
願ってもない指令だった。
これで堂々と公務を抜け出し、清河を探ることが出来る。




