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跳ね癖の続編は“道”を手に入れる

 翌日、千紗は帰宅してすぐに、靴を揃えた。

 昨日より丁寧。

 丁寧さは鎧じゃなく、手順として戻ってきている。


「ただいま」


「おかえり。……今日はどうだった、ラビットマンII」


 俺が言うと、千紗は玄関で一度だけ笑って、でもすぐ真面目な顔に戻った。


「今日、IIだった。

 昨日のうさぎ、耳が伸びた」


「耳が伸びた」


「うん。

 跳ねたんだけど、今日は“跳ねる理由”が聞こえた」


 受信機が、ピッと点灯する。

 今日の千紗は“刺さり”より“分析”の声が先に来る。

 それは回復の兆しだ。


「詳しく」


 千紗はコートを脱いで、テーブルの端に置いた。真ん中じゃない。

 生活の真ん中に外の気配を置かない配置。いい。


「午前中、また来たの。

 『これ今日中』『あれ今すぐ』『ついでにこれも』の三連ぴょん」


「三連ぴょん」


「うん。でも昨日みたいに跳ねなかった。

 私、言えたの」


 千紗は胸の前で小さく拳を握って、鈴を鳴らす仕草をした。

 昨日の合図が、体に入っている。


「何を言った?」


 千紗は息を吸って、短く言った。


「『速く出すために、優先順位だけ確認させてください』」


「出た。ラビットマン対策班」


「うん。

 そしたら上司がさ、最初ちょっと嫌な顔して、

 でも次の瞬間、『あ、じゃあ先にこれ』って言った」


 “嫌な顔”は来る。

 でもそれで終わらないのが大事。

 現実はいつも、一拍目が怖い。


「で?」


「で、私、思った。

 上司もラビットだった」


「……上司も?」


「うん。

 上司の『今すぐ』って、不安の叫びだった」


 昨日の言葉が、今日の千紗の中でちゃんと生きている。

 受信機が、相手の叫びを拾う装置として動いた。


 俺はテーブルに鈴を置いて、ちりんと鳴らした。

 武器。背中を押す合図。


「さぁ。IIは“マップ”を手に入れる回だな」


「マップ?」


「うん。

 Iは着地を覚えた。

 IIは、跳ねる前に“どこに跳ぶか”を決める地図」


 千紗は頷いて、リビングの椅子に座った。

 座れる。着地できる。

 スーツうさぎのキーホルダーは、今日もテーブルの端に置かれた。


「今日のラビットマンII、何が刺さった?」


 千紗の眉間に、薄い線。

 線は握れる。いい線。


「午後ね。

 後輩がミスして、私に泣きながら来たの。

 昨日のミス・リグレットの続編みたいに」


「うん」


「私は助けたい。

 でも私も締切がある。

 で、また跳ねそうになった。

 “今すぐ助けるか、今すぐ仕事するか”の黒か黒か」


 来た。BLACK or BLACKの変奏。

 ここで“椅子”が効く。


 チッが舌の裏に浮いた。

 俺は歯の裏で止める。今日は千紗の話を丁寧に受ける。


 チッ=ブザー。凹凸。


「凹凸」


 千紗も小さく言った。

 自分で手すりを掴めた。IIだ。


「で、どうした?」


 千紗は少し照れた顔をして、言った。


「“椅子”置いた」


「具体的に」


「後輩に言った。

 『今、三分だけ話して。泣きながらでいい。

 そのあと、私は十五分だけ自分の締切に戻る。

 戻ったら一緒に確認する』って」


 ……それ。

 助けるか断るかじゃなく、助け方の形。

 優しさ=線+手すり。

 ここまで繋がってる。


「後輩、どうだった」


「泣きながら『はい』って言った。

 たぶん、“見捨てられてない”って分かったんだと思う」


「千紗も?」


「私も、折れなかった。

 跳ねそうだったけど、着地できた」


 俺は冷蔵庫からりんごを出してきた。

 今日も食感で割る。確認の儀式みたいに。


「シャク、いる?」


「いる」


 千紗がかじる。


 シャク。


 音が、今日の午後の黒か黒かにスリットを入れる。

 薄い隙間ができると、黒は扱える黒になる。


「じゃあ、ラビットマンIIの取扱説明書、更新しよう」


「また手順」


「手順は地図」


 俺はメモを出して書き足す。


『ラビットマンII(マップ版)

 A) 跳ねる前に“次の着地点”を決める(1歩だけ)

 B) 三分の受信→十五分の戻り(椅子)

 C) 優先順位を聞く(線)

 D) “相手の今すぐ”は不安の叫び(受信機)

 E) 合言葉:着地/凹凸

 F) 合図:さぁ

 G) 食感:シャク』


 千紗はメモを覗き込みながら、ぽつりと言った。


「ねえ。今日、うさぎの耳が伸びたって言ったけどさ」


「うん」


「耳が伸びたら、跳ねなくて済む瞬間が増えるんだね」


「そう。

 跳ねるのは、聞こえてないから怖い。

 聞こえたら、選べる」


 千紗は少し黙ってから、スマホを取り出した。

 画面を見て、でもすぐ裏返した。真ん中じゃなく、テーブルの端に置く。

 “メッセージ”の回の手順が生きている。


「今日ね、上司から既読ついた」


「お」


「既読ついた瞬間、私、ちょっと嬉しかった。

 でも同時に、怖かった」


「怖い?」


「既読がつくと、“今すぐ返さなきゃ”って思う癖がある。

 また跳ねそうになる」


 うさぎは、外にも内にもいる。

 だから地図が必要だ。


「既読ラビット対策も入れよう」


「既読ラビットって言うな」


「ダサいのが効く」


 千紗が笑いそうになって、止めた。寄せすぎない。いい。


「対策はこう」


 俺は短く書く。


『既読ラビット対策:

 ・返信は“即”じゃなく“着地してから”

 ・一言返しで椅子:「確認します。◯分後に返します」

 ・凹凸→さぁ→返信』


 千紗はそれを見て、うなずいた。


「……『確認します。30分後に返します』なら、言える」


「言える。それが地図」


 千紗は鈴に指を伸ばし、ちりんと鳴らした。


「さぁ」


「さぁ」


「ねえ」と千紗が言う。「ラビットマンII、最後に合言葉増やしたい」


「いいね。短いやつ」


 千紗はりんごをもう一口。シャク。

 そして言った。


「……『マップ』」


「そのまま?」


「うん。

 跳ねそうになったら『マップ』って言う。

 どこに跳ぶか、先に決める」


「最高。合言葉、マップ」


「マップ」


「凹凸」


「凹凸」


 俺は鈴を鳴らした。ちりん。


「さぁ」


 スーツうさぎは、今日もテーブルの端で静かに座っている。

 跳ねないうさぎ。

 跳ねる心を責めないうさぎ。

 耳が伸びて、地図を持って、迷いながらも着地できるうさぎ。


 続編はいつも、前作の痛みの上に立つ。

 でもそれは暗い続きじゃない。

 “できた”が一つ増えた続き。

 ラビットマンIIは、跳ねながら迷わない。

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