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ちゃんと戻る、っていう希望  作者: 科上悠羽


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27/30

五象が背中を押す

 その夜、僕は“ゴゾウ”に囲まれていた。


 囲まれていたと言っても、怪しい宗教ではない。

 もっと生活に密着した、逃げられない種類のやつだ。


 リビングのテーブルの上に、五つのマグカップ。

 中身はそれぞれ違う。

 白湯、紅茶、ほうじ茶、コーヒー、そして謎の炭酸水。

 誰の趣味か、説明するまでもない。


「よし、集合! 今夜は相談会を始めます!」


 千紗が宣言した。

 宣言の声が、妙にステージっぽい。

 彼女の背中には見えないギターケースが背負われている気がした。

 僕の受信機が鳴る。これは……来る。今夜は“フェス”だ。


「相談会って、何の」


 僕が聞くと、千紗は満面の笑みで指を立てた。


「あなたの“踏み出せない案件”」


 ぐさっと刺さる。

 でも刺さり方が、痛めつけるやつじゃない。

 救急箱の中の針みたいな刺さり方。刺して、膿を出すやつ。


 僕には最近、踏み出せない案件があった。

 会社で、新しいプロジェクトのリーダー候補に名前が上がっている。

 嬉しい。

 でも怖い。

 怖いから、返事を保留している。

 保留は便利だ。

 便利すぎて、人生の棚が保留札で埋まる。


「今日のテーマは、これ!」


 千紗がホワイトボードを出した。どこから出した。

 書かれた文字は大きい。


 “YES か NO か、いったん決めろ”


「いったん決めるの、怖い」


 僕が言うと、千紗が頷いた。


「うん。だから、ゴゾウを呼びました」


「ゴゾウ?」


「五人の自分。五つの声。五回叩くと背中は動く。ロックです」


 ロックはよく分からないが、勢いは分かった。

 そして、テーブルの奥から人が現れた。

 いや、現れた気がした。


 まず一人目。

 白湯を持った“落ち着き担当”。

 背筋が真っ直ぐで、眼鏡の位置が正しい。

 ふたつ目。

 紅茶を揺らす“優しさ担当”。

 笑顔がやわらかく、相槌が上手い。

 みっつ目。

 ほうじ茶をすすりながら睨む“怒り担当”。

 眉間にシワ。正義感が武器。

 よっつ目。

 コーヒー片手にニヤつく“野心担当”。

 言葉が速い。目がギラつく。

 いつつ目。

 炭酸水を振り回す“遊び担当”。

 テンション高い。星柄の靴下を履いてる。誰だお前。


 五人は、同時に言った。


「「「「「決めろ!」」」」」


 うるさい。

 僕は笑ってしまった。笑うと少し楽になる。

 楽になると、今日のフェスが成立する。


「じゃあ、順番に喋ってください」


 僕が言うと、千紗が手を叩いた。


「MCは私。はい、まず落ち着き担当!」


 白湯担当がマグを置き、淡々と言った。


「情報整理をする。

 リーダーの業務量、裁量、評価指標、支援体制。

 不明点を質問し、数字で確かめる。

 決断は、情報が揃ってからでも遅くない」


 正しい。

 この人がいると、僕は呼吸できる。


「次、優しさ担当!」


 紅茶担当が微笑んだ。


「怖いって言っていい。

 怖いのは真面目に向き合ってる証拠。

 あなたは頑張りすぎる癖があるから、支える約束を先に作ろう。

 “凹凸”の合言葉、仕事にも持ち込んでいいよ」


 仕事に凹凸。

 変だけど、助かりそうだ。


「次、怒り担当!」


 ほうじ茶担当が眉を吊り上げた。


「そもそも、今まで“便利な人”として使われてきたのが腹立つ。

 だからここで、ちゃんと条件を出せ。

 『引き受けるならこの範囲、これ以上はやらない』

 守られないなら断れ。

 怒りは境界線だ」


 境界線。

 それは僕が一番苦手な武器。

 でも武器屋で鈴を買った僕は知っている。武器は刃物だけじゃない。


「次、野心担当!」


 コーヒー担当がニヤリとする。


「チャンスだろ。

 やりたいことがあるなら、ここで舵を取れ。

 怖いのは当たり前。

 怖くない挑戦なんて、ただの作業だ。

 で、成功したら給料交渉な」


 最後、そこ。

 でも嫌いじゃない。

 野心は、たまに僕の背中を蹴ってくれる。


「最後、遊び担当!」


 炭酸担当が立ち上がって、謎にエアギターをした。


「リーダーになったらさ、会議の開始音を鈴にしよう!

 チン! って鳴らしたらみんな笑う!

 笑ったら雰囲気良くなる!

 雰囲気良くなると仕事早い!

 つまり勝ち!」


「何の勝ちだよ」


 僕が突っ込むと、炭酸担当は胸を張った。


「生活の勝ち!」


 千紗が大笑いした。

 笑い声が部屋に広がると、五人の輪郭が少しだけ薄くなる。

 たぶん、これ全部、僕の中の声だ。

 僕が普段、聞こえないふりをしている声。


 千紗が僕の前に座り、真面目な顔になった。


「で、ゴゾウの意見をまとめるとこう」


 ホワイトボードに書く。


 1) 質問して情報を揃える(白湯)

 2) 支える約束を作る(紅茶)

3) 境界線を言語化(ほうじ茶)

 4) チャンスとして舵を取る(コーヒー)

5) 雰囲気を守る遊びを混ぜる(炭酸)


「……全部やるの、無理じゃない?」


 僕が言うと、千紗が首を振った。


「全部やらなくていい。

 今日は“どれを主旋律にするか”を決めるだけ」


 主旋律。

 ロックっぽい言い方だ。

 僕はしばらく考えた。

 今の僕に必要なのは、勢いか、整理か、境界線か。


 答えは意外とすぐ出た。


「白湯」


 僕が言うと、千紗が頷いた。


「うん。まず白湯。

 あなたは情報が揃うと強い」


 僕はマグカップを手に取って、白湯を飲んだ。

 温かさが喉を通る。

 喉を通ると、言葉が出る。


「明日、上司に聞く。

 業務範囲と支援体制。

 あと、残業の想定」


「それが言えたら、次は?」


 千紗が聞く。


「……ほうじ茶」


 境界線。

 怖いけど、必要だ。


「で、最後にコーヒーで背中蹴る」


「炭酸は?」


「……余裕があったら」


 千紗が笑った。


「余裕がなくても、炭酸は入れよう。

 あなた、楽がないと燃える」


 それは図星だった。

 僕は苦笑して頷いた。


 その夜、僕はメモを作った。

 上司に聞くことを箇条書き。

 言うべき境界線を一文に。

そして最後に、炭酸担当の案を小さく書いた。


 “会議開始はチン”


 馬鹿みたい。

 でも馬鹿みたいなことが、背中を軽くする日がある。


 翌日。

 僕は上司の席へ行き、質問をした。

 声は震えた。

 震えたけど、言えた。

 上司は意外と真剣に答えた。

 境界線も、言えた。

 全部は言えなかったけど、一つ言えた。

 一つ言えたら、次は二つ言える。


 帰宅すると、千紗が玄関で聞いた。


「どうだった、ゴゾウ☆ロック」


「五回叩いたら、背中動いた」


 僕が言うと、千紗は満足そうに頷いた。


「じゃあ今日はアンコール」


 テーブルに並ぶ五つのマグカップ。

 僕は笑った。

 ヒーローは一人じゃない。

 僕の中の五人が、今日も騒がしい。

 でも騒がしいのは、生きてる証拠だ。


 そして僕は、五回目の小さな合図を鳴らした。

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