↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちゃんと戻る、っていう希望  作者: 科上悠羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
124/167

風に渡さない言葉

 「誰がなんと言っても」


 その言い方って、強い。

 強すぎて、使い方を間違えると刃物になる。

 でも僕らは最近、強い言葉を刃物にしない練習をしている。

 背中を押す鈴にする。

 風に飛ばされない錨にする。


 朝、僕が白湯を飲んでいると、千紗がスマホを見ながら「うわ」と言った。

 その“うわ”は、僕のブザーを呼ぶやつだ。


「来た?」

 僕が聞くと、千紗は画面を見せた。

 グループチャット。

 千紗の昔の友人たちが、久しぶりに集まろうという流れになっている。

 それ自体はいい。むしろ良い。

 でも、そこに一行だけ、変な色の言葉が混じっていた。


『千紗ってさ、最近“彼氏に合わせてる感”あるよねw』


 wが、余計に刺さる。

 軽い冗談の顔をした刃。


 千紗の表情は笑ってない。

 でも怒ってもいない。

 ただ、ソコハカトナク、空気が硬い。

 僕の胸の奥で「チッ」が鳴りかけた。

 舌打ちじゃない、ブザー。


 チッ=ブザー→凹凸→一手。

 凹凸。刺さったときの手すり。


「凹凸」

 僕が言うと、千紗は少しだけ頷いた。

「凹凸」


 アンは椅子の上で丸くなって、しっぽの先で空気を測っている。椅子。第三の動き。

 猫は“誰がなんと言っても”を気にしない顔で、でもちゃんと部屋の温度を見ている。


「……嫌?」

 僕が聞くと、千紗は肩をすくめた。

「嫌っていうか、めんどい」

「めんどいの中に、痛いが混じってる」

「混じってる」

 千紗は短く言った。素直の虹みたいに、色を分ける。

「青。ちょっと寂しい」

「黄は?」

「黄は……あなたと暮らすの、楽しい」

 言ってから、照れたみたいに咳払いした。


 僕の中で炭酸が跳ねた。

 嬉しいの炭酸。

 でも今日は、炭酸を議長にしない。

 ここは白湯だ。落ち着いて、運用。


 千紗が冷蔵庫の扉に貼り紙を増やした。貼り紙の忍者。

 太い字でこう書いてある。


「誰がなんと言っても=錨

 強い言葉は“理由一行”を添える

 鈴で終わる

 線/スリット/椅子

 チッ→凹凸→一手

 最後にシャク」


「理由一行」

 僕が読み上げると、千紗は鍵の鈴をちん、と鳴らした。

「さぁ。刃物にしないための条件」


 僕はスマホの画面を見直した。

 もし僕がここで「誰がなんと言っても千紗は俺のもの」とか言ったら、最悪だ。

 “守る”の顔をした“奪う”になる。

 離せない、を痛くない握り方に直したばかりだ。ここで逆走したくない。


 だから、一手。

 一手は、椅子。第三の動き。

 立ったまま戦わない。


「座ろ」

 僕が言うと、千紗は頷いてテーブルに座った。

 座ると、言葉が丸くなる。


「内なる五人、呼ぶ?」

 僕が聞く。

 千紗は少し考えてから頷いた。

「呼ぶ。今、炭酸が勝手に立ち上がってる」


「白湯:落ち着け」

「紅茶:礼儀を守れ」

「ほうじ茶:温めながら」

「コーヒー:具体にしろ」

「炭酸:やり返せ!“うるせぇ”って言え!」


 千紗が笑う。笑えたら、暗く沈みにくい。

「炭酸は観客席」

 千紗が言って、鈴をちん、と鳴らす。

「議長は白湯」


 白湯議長。

 僕も白湯を一口飲んで、息を吐いた。吐くのが先。クロール。

 そして、線。


「返事、線で作る?」

 僕が言うと、千紗は頷いた。

 僕は紙に一本線を引き、左に“現実通り”、右に“素直”と書く。

 さらに線に小さな切れ目。スリット。通気口。完全に閉めない。


「現実通りは?」

「最近、彼氏と暮らしてる。それだけ」

「素直は?」

「私、合わせてない。選んでる」

 千紗が言い切った。

 その言い切りは強い。

 でも刃物じゃない。自分の足の言葉だ。


「じゃあ“誰がなんと言っても”を錨にするなら」

 僕が言う。

「一語+理由一行+鈴」

 千紗は頷いて、短く言った。


「錨:現実通り」

「理由:私は“合わせてる”じゃなく“選んでる”」

 僕が指で鈴の代わりにテーブルをちん、と叩く。

「固定」


 固定された。

 この固定は、相手を殴るためじゃない。

 自分の足を地面に置くため。


「じゃ、返信文」

 僕が言う。

「短く、明るく、刺さりすぎない」

「うん。ギャグ寄せすぎない」

「でもちょっと笑えるくらい」

 千紗は息を吐いて、指を動かし始めた。


『合わせてるってより、普通に楽しく暮らしてるだけだよ〜!

私は私で選んでるのでご心配なく◎ みんな元気?』


 ◎が、良い。

 シンプルシンボルみたいだ。

 ○の受け取り。

 △の守る。

 ◎は“丸ごとOK”に見える。


「送る?」

 僕が聞くと、千紗は少しだけ迷った。

 ここで迷うのは、言葉の風圧を知ってるからだ。

 そして千紗は、指を止めて僕を見た。


「……ねえ」

「うん」

「“誰がなんと言っても”って、言ってほしい?」

 その問いは、甘えじゃなく確認だった。

 言葉を武器にする前に、必要かどうか確かめる。

 それがうちの運用。


 僕は正直に答えた。

「言ってほしい。でも、刃物じゃなく」

「じゃあ、家の中で言う」

 千紗が笑って、スマホを置いた。

「外に向けると、硬くなるから」


 家の中。

 たまり場。

 戻る場所。

 ここでなら、強い言葉も柔らかく置ける。


 千紗は僕の手の甲に、指先だけを置いた。痛くない握り方。

 そして言った。


「誰がなんと言っても、私は今日の私が好き」

 ……一瞬、意味が追いつかない。

 僕は目を瞬いた。


「え、僕じゃないの?」

「あなたも好き」

 千紗は即答して、でも順番を守る。

「でもまず私。私が私を好きじゃないと、他人の言葉で揺れるでしょ」

「……確かに」

 強い。

 でも優しい。

 これは錨だ。風に飛ばされない。


「僕も言う」

 僕は白湯を置いて、短く言った。

「誰がなんと言っても、千紗が“選んでる”って言うところが好き」

「理由一行、偉い」

 千紗が鈴をちん、と鳴らす。

「さぁ。これで外の風はスリットにする」


 千紗はさっきの返信を送った。

 送信音が、ちいさく鳴る。

 線の向こうに言葉を渡した。

 でも錨はこっちに打ったまま。


 しばらくして、グループチャットに返事が来た。


『え、普通に良いじゃんw じゃあ今度彼氏も連れてきなよ〜』

『ごめん、変な言い方した!元気そうでよかった!』


 軽い。

 軽さが救いになる時もある。

 千紗はふっと笑って、肩の力を抜いた。


「そっか○」

 僕が言うと、千紗は頷く。

「○。受け取った」

「で、△は?」

「△はね」

 千紗は鍵の鈴をちん、と鳴らした。

「今度集まる時、あなたは来なくていい」

「え」

「私の友だちは私が処理する。あなたは家で“戻る”してて」

 千紗の目がまっすぐだ。

 自分の足。

 選んでる人の顔。


 僕は少しだけ寂しくなって、でもすぐ理解した。

 離せない、を痛くしない握り方。

 ここでついていったら、また傘で視界を塞ぐ。

 だから手袋。触れないで守る。


「分かった」

 僕は言った。

「家を戻り口にする」

「うん」

 千紗が笑う。

「誰がなんと言っても、うちは戻れる」


 最後に、りんごを切った。

 シャク。

 音が、他人の言葉の棘を“生活の外側”へ押し戻してくれる。

 内側に残すのは、錨と、鈴と、受信機と、僕らの選んだ言葉だけ。


「ねえ」

 僕が言う。

「“誰がなんと言っても”って、強いのに明るいね」

「うん」

 千紗が頷く。

「強さは暗さじゃない。守り方が上手いだけ」

 そして、ちん。

「さぁ」


 外の風がどんなに吹いても、僕らは手すりを握って、スリットを作って、錨を打てる。

 誰がなんと言っても。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。