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スイッチは二択じゃない

 僕は、スイッチが苦手だ。

 オンかオフか、どっちかに寄せると、反動で逆に飛ぶ。

 頑張る日が続くと、突然ぷつんと切れて何もしなくなる。

 そして何もしない自分を見て、「冗談じゃない」と自分に言いそうになる。

 最悪だ。自分に刃物を向けるやつ。


 朝、千紗が冷蔵庫の扉に貼り紙を追加した。


「switch=段付きスイッチ

 0/100は禁止

 20/50/80で持つ

 チッ→凹凸→一手

 最後にシャク」


「段付きスイッチってなに」

 僕が白湯を飲みながら言うと、千紗はマグを二つ並べて頷いた。

「調光。明るさを三段階にするやつ」

「部屋の照明か」

「あなたの心の照明」

 千紗は真顔で言う。

「あなた、オンにすると全点灯で、オフにすると真っ暗。だから目がやられる」

「目がやられる、現実通りすぎる」

「現実通りに直す」


 アンが椅子の上で丸くなって、しっぽの先だけ動かした。椅子。第三の動き。

 猫のスイッチは滑らかだ。眠い→起きる→食べる→眠い、の調光。0と100がない。


「今日、切り替えが必要な用事ある?」

 千紗が聞く。

 僕はスマホを開き、予定を見た。

 午前は片付け。

 午後は友人の集まり。

 夜は、僕の企画の中火タイム。

 そして“家の時間”もある。

 全部が一枚の板に乗ると、僕のスイッチは壊れる。


 胸の奥で「チッ」が鳴る。

 ブザー。

 チッ=ブザー→凹凸→一手。


「来た?」

 千紗が言う。

「来た。予定見ただけで鳴った」

「凹凸」

「凹凸」


 合言葉で手すりを出して、僕は一手を探す。

 一手は、“段を決める”。

 オンオフじゃなく、20/50/80。


「じゃ、今の段どれ?」

 千紗がペンを持って、僕の方を向いた。

 ペンがあると、僕は答えやすい。道具にすると強い。


「……今、20」

「理由」

「朝だし。まだ目が開ききってない」

「いい。錨にしよ」

 千紗が言って、鍵の鈴をちん、と鳴らす。

「錨:20」

「理由:目と心を守る」

「固定。はい、次」


 千紗は紙に、四つの枠を描いた。


1)家(朝)

2)片付け(午前)

3)人(午後)

4)自分(夜)


「それぞれの段を決める」

「段って、決められるの?」

「決められる。決められないと、勝手に100になって壊れる」

「……現実通り」


 1)家(朝)

 僕は言った。

「20のまま。白湯と、アンと、静かに」

 千紗が頷く。

「朝は調光が正義」


 2)片付け(午前)

 僕は一瞬、100にしたくなった。

 片付けを一気に終わらせたい。

 終わらせたらスッキリして、その勢いで午後も行けそう。

 その“勢いで”が危ない。


 胸の奥で「チッ」。

 ブザー。

 凹凸。

 一手。


 一手は、スリット。線。椅子。第三の動き。

 片付けを“全部”じゃなく“線で割る”。


「……50」

 僕が言う。

「全部じゃなくて、キッチンだけ」

「最高」

 千紗が笑う。

「スイッチが壊れない片付け」


 3)人(午後)

 友人と会うのは好きだ。

 好きだけど、好きだからこそ100にしてしまう。

 盛り上げ役をやって、帰ってから倒れる。

 倒れると自分に刃物を向ける。

 ダメだ。


「……80」

 僕が言う。

「盛り上がるけど、帰りの余力を残す」

「80の運用、具体」

 千紗が言う。

「何をする?」

「滞在は2時間。帰りは寄り道しない。帰ったらシャク」

「いい。最後にシャクは、80を80で終わらせる」


 4)自分(夜)

 ここは中火の情熱。

 強火は10分だけ。

 その後は中火。

 段は……50くらいがいい。


「夜は50」

 僕が言う。

「企画は中火。焦がさない」

「完璧」

 千紗が言って、でもすぐ言い換えた。

「現実通り」


 紙に段が並ぶだけで、僕の中の“切り替え怖い”が薄くなる。

 スイッチは押すものじゃなく、つまみを回すものになる。

 受信機のつまみと同じだ。僕が握る。


 午前。

 僕は50でキッチンだけ片付けた。

 皿を洗って、シンクを磨いて、床は磨かない。

 床は罰ゲーム化するから禁止。

 線を引く。

 止める笛。

 CALLED GAME。


 途中で「もっとやれそう」が来た。

 胸の奥で「チッ」。

 でも今日は、貼り紙がある。

 0/100は禁止。

 段を守る。


 僕は椅子に座った。第三の動き。

 白湯を飲んで、息を吐いた。

 吐くのが先。

 そして千紗に言った。

「ここで笛」

「うん。笛は勇気」

 千紗が鈴をちん、と鳴らした。

「さぁ。午後へ切り替え。80」


 午後。

 友人たちと会った。

 笑った。喋った。

 僕は自分が100に行きそうになるのを、何度か感じた。

 そのたびに、心の中で“段”を触る。

 80。80。

 そこから上げない。

 上げないのが、楽しいのを続けるコツだ。


 帰り道、コンビニの前でふと立ち止まった。

 甘いものを買って、気分を上げたくなる。

 でも上げると100になる。

 だから椅子。第三の動き。

 僕は買わずに帰った。

 代わりに、帰ってシャクをする。

 後で割る。


 家に着くと、アンが玄関で待っていた。

 猫はいつも通り。

 いつも通りは刃物じゃなく、手すりになれる。

 “誰のいつも通りか”を間違えなければ。


「おかえり。段、守れた?」

 千紗が聞く。

「守れた。80で帰ってこれた」

「最高」

「最高って言うと、また100にしたくなる」

「じゃあ言い方変える」

 千紗が笑って言う。

「ピース」


 夜。

 僕は50で、自分の企画を少し進めた。

 強火は10分だけ。タイマーで。

 ピピピが鳴ったら中火。

 その運用が、なんだかゲームのルールみたいで楽しい。

 でも勝ち負けのゲームじゃない。

 生活の続くゲーム。呼ばれたら止める笛が鳴るやつ。


 最後に、りんご。

 シャク。

 音が、今日の段の切り替えを全部“よし”にしてくれる。


「スイッチってさ」

 僕が言う。

「オンオフじゃなく、調光なんだね」

「うん」

 千紗が鈴をちん、と鳴らした。

「さぁ。明日も20から始めよ」


 アンが椅子の上で丸くなって、目を細めた。

 猫のスイッチは、いつも滑らかだ。

 僕もそれを、真似していく。

 暗く沈まないために。

 そして、ちゃんと続くために。

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