父からのお願い
火曜日の夜。ソラはベッドの上でゴロゴロと転がっていた。美術部の出し物やメイド服のことで忙しくしている時は良かったのだが、こうして一息つくと浮かび上がって来る問題が一つある。
「銀次のお父さんと明日会う。うぅ、胃が痛い……」
桃井家ににて久しぶりに帰って来ると言う桃井父と明日会うのだ。
大幅に改善してきたとはいえ生来の人見知りであるソラは、上手く話をできる自信が全くなかった。
「無口な人でテツ君に似ているって聞いたけど、実際どうなんだろ? そうだ老師に相談しよう」
相談できる相手として他に当てもないので、恋愛老師(彼氏無し)こと友達のスズにメッセージを送るとすぐに返事がきた。
『マ!? すでに親と会うまで進んでんの!? ゴールインなの!!』
ちなみにスズはソラは奥手だと思っているので、予想以上に進んでいることに驚きを隠せないようだ。
『違うし、銀次のお父さんって普段出張に行くことが多いから、家に帰った時に会いたいって話だし』
『もう公認じゃん。まぁ、ソラちなら大丈夫じゃね?』
ちょうど風呂上がりで髪を乾かしていたスズが実際に想像してみる。……前に遊んだときに経験したけど帽子取ったら人が集まるレベルの美少女、絵の才能もよくわからないけど多分すごい。普段のやり取りから料理を作ることもしっている。尽くす性格なのは間違いない。なんなら家も金持ちっぽい。……許せねぇ銀次。なぜか銀次に対する怒りが湧いてくるスズである。
『そうだったらいいなぁ』
『私が銀次のパパならバンザイするよ』
『ホント?』
『本当だってば、自信を持つのじゃ』
『老師!』
そんなことを話しながら、スズから指導を受けるソラなのだった。
そうしてあっという間に翌日の放課後になる。
「うっし、帰るか。今日は俺が飯作るから楽しみにしてろよ」
気楽な感じでそう提案する銀次だったが、ソラは銀次の袖を掴み引き寄せる。
「その前に……一旦、家に戻って着替えてもいい?」
「何でだよ?」
「ちゃんとした服で会った方がいいかなと、お、お化粧もしたいし」
少し伸びた髪を手櫛で整えながら、上目遣いでそんなことを言うソラ。
「制服なんだからちゃんとした服だろ。緊張するなとは言わないが、もうちょい肩の力抜いていいと思うぜ」
「わ、わかった。じゃあ直接行くけど。お父さんもう帰っているのかな?」
「多分な」
「ドキドキだぁ」
「まっ、あったらすぐに落ち着くさ」
帰りにスーパーに寄って買い物をすると、いよいよ桃井家に到着。
「ただいまー」
「お、お邪魔しまーす」
銀次の背に隠れながらソラが中を覗くと。銀次と哲也の母である燈花が仁王立ちをしていた。
日焼けした肌に茶髪を雑にまとめ、Tシャツにカーゴパンツといったラフな格好である。
「おかえり!!」
「声がでけぇよ……」
「お、お久しぶりです」
背中から出てきたソラがペコリとおじぎをすると、次の瞬間には燈花は裸足まま土間に降りてソラを抱き寄せ、そのまま頬ずりをし始める。
「ソラちゃーん。会いたかったよー。なによ、お邪魔しますなんて。ただいまでいいんだからね!」
「わわ、ぎ、銀次ぃ」
柔らかな感触に手をバタバタと動かすが、カマキリに掴まった蝶のごとく抜け出せないソラ。
「ナイスだソラ。そのまま母さんを引き付けとけ」
「あんたもだよ銀次。ほれハグ―」
「止めろって!」
結局銀次も抱きしめられてしまう。燈花を引き離そうとする銀次としがみ付く燈花、その後ろにいるソラが居間に入ると、ちゃぶ台の前に人影があった。読んでいたスポーツ紙を几帳面におってその人が三人に向き直る。
「久しぶりだな。親父」
「……ん」
応じたのは作務衣を来た壮齢の男性だった。短く揃えた短髪に額の右に微かに傷跡があり、精悍な顔つきでその三白眼は確かに銀次や哲也に通じる。座り姿には芯が通っており昭和の銀幕の中にいても違和感のない独特の雰囲気を纏う人物であった。
「紹介するよソラちゃん。この人がアタシの旦那、この家の大黒柱の桃井 金一さっ」
固まるソラの肩を抱いて、笑顔で夫を紹介する燈花に銀次はため息をつき、ソラは焦りながら正座をして三つ指をつく。
「は、初めまして。桃井君とお付き合いさせていただいている髙城 空と申します!」
「……ご丁寧にどうも。銀次の父、金一です」
表情を変えることはないが、その低い声音は不思議と穏やかでソラの緊張が幾分か和らぐ。
「なぁにぼさっとしてんだい銀次、お茶でも淹れといで」
「はいよ」
ソラが置いてかないでと視線を送るが、銀次は台所へ行ってしまう。
「ささ、ソラちゃんもこっちに座りなよ。金一もいつまでそんな堅苦しい姿勢してんだい」
「……」
「あっはい」
ソラがちゃぶ台の前に座り、金一が足を崩すと燈花が待ちきれないとばかりに喋り始める。
「どおぉおおおおだい。金一、銀次のやつ大した子を連れて来ただろう。ソラちゃんはこんなに可愛いのに料理も上手なのさ。アタシゃ初めて見た時は目を疑ったね! テレビとかに出ている子よりもベッピンじゃないか!」
「……」
ちらりとソラを見て、燈花に視線を移動させる金一。
「だろぉ! そう言うと思ったよ!」
「!?」
いや、今喋ってないじゃん! と困惑するソラである。
「母さん、落ち着いてくれよ。ほれお茶」
銀次がお盆の上から麦茶を入れたコップを全員の場所に置いて、ソラの横に座る。
「改めて紹介するぜ親父。こちらが彼女のソラだ」
「は、はい」
顔を真っ赤にしながらソラもまっすぐに金一を見る。一度ソラを見た金一は視線を強めて銀次を見る。
「……半端はするなよ」
「おう、わかってる」
「……」
ソラから見れば親子でメンチを切っているようにしか見えないが、燈花は横で頷いている。独特ではあるがこれでコミュニケーションがとれているのだろう。そんなことをしていると玄関から音が聞こえてくる。
「……ただいま」
控えめな声量のただいまに燈花がすぐに反応した。
「テツっ、おかえりー! あんた、通信簿見たよ! 良いことしか書いてないじゃないか。このこのー! 流石アタシの子だねっ!」
「……やめて」
玄関で熱烈なハグを受けているテツを見て苦笑しながら銀次は立ち上がる。
「おかえりテツ。んじゃ、俺は飯作って来るぜ」
「俺も手伝う。……父さん、お帰り」
「……ん」
「兄貴、俺も手伝うよ」
母親を引き剥がしながら哲也も逃げるように台所に入って手を洗い始める。
「頼りにしてるぜ。母さんは居間で待ってろよ」
「あんた達の料理を腕を見させてもらうよ!」
「自分は料理からきしなくせに何言ってんだか……」
え? このまま銀次のお父さんと二人きり?
とソラが銀次に視線を送ると、銀次はアイコンタクトを受けて『大丈夫そうか?』と心配気な視線を送って来る。思わず『助けて』と返しそうになるが、ソラは首を横に振った。そして『大丈夫!』と視線で返す。
銀次はニヤリと笑みを浮かべて頷き、台所の奥に引っ込んだ。
そして、ちゃぶ台を囲む金一とソラ。
「……」
「……」
無言、圧倒的無言。大丈夫と返したものの、どうすればいいのかわからないソラである。
「野菜の皮なんて包丁で剥けんのかい? あっ、その醤油美味しいって銀次が言うから暑中見舞いに取引先に送ったら大好評でねぇ」
「うるっさいんだよ! 母さん、集中できないから黙って見るか、あっち行けよ!」
「銀次、母親に向かってその口の利き方はなんだい? アンタも言うようになったじゃないか、アタシもアンタくらいの時には単車を乗り回して――」
「……本当にうるさい」
台所からは騒がしい(主に燈花が)声が聞こえてくる為にこちらの静けさに変な汗が出そうになるソラだった。なんとか切り込もうと昨日老師と考えた会話デッキを脳内で並べていると金一と目が合う。
こうしてみると、確かにテツ君に似てる。と会話デッキを選ぶ前に感想が浮かんでくる。
「……髙城さん」
「は、はいっ!」
先手を取られた。とここからの展開を頭の中で組み立てるが。
「……」
「……」
え? ここから無言とか想定してない。
「……銀次がいい顔していた。君のおかげだ」
独特のタイミングで金一が話し始める。
「えと、いい顔……銀次はいつもボクのことを助けてくれて……いつもカッコいいです」
な、何を言っているんだボクは! つい思いついたことを口に出してしまった。
言った後に顔を真っ赤にするソラに金一は無表情のまま続ける。
「あれは、燈花さんに似て誰かの為に頑張ることができる子だ。……その分、自分のことを後回しにする」
「わ、わかります。銀次はもっと自分を褒めてあげればいいと思います」
「……昔からそうだ。家が苦しい時は仕事を手伝うと言って反対しても聞かなかった。否定しているが高校で野球を止めたことも無関係ではないだろう」
不況の折り、肘を壊した相棒のリハビリをしながら家の手伝いをしていたと銀次が言っていたことをソラは思い出す。鼻の奥がツンとした。
「あ、あの銀次は……」
胸が一杯になって言葉が上手く出てこない。
「……」
「……」
奇妙な沈黙が流れる。先に口を開いたのは金一だった。
「いつからか、銀次は私達の前で弱音を吐かなくなった。哲也の前でもそうだろう。だから、もしよければ……」
「銀次はボクが幸せにしますっ!」
言葉を遮って膝立ちになっての宣言。沈黙で溜め込まれた言葉が噴水のように出てきた。
そこそこの声量で叫んだ為に、当然隣接した台所にもしっかりと聞こえてしまう。
「ソラ……急に何言ってんだ!?」
「……兄貴、ここはいいから行ってあげて」
「金一、よくやったね!」
エプロンを外しながらの銀次と燈花が居間に戻ってソラを囲む。
「親父、ソラに何言ったんだ? ソラ、おい大丈夫か?」
「……プシュー」
オーバーヒートしたソラの頭から湯気が出て、それでもしっかりと銀次に抱き着く。
「……」
「なるほど、そんな話を……」
無言かつ無表情な金一の横でうんうんと頷く燈花。
「いや親父喋ってないだろ!」
あっ、銀次も金一さんの無言を読み取れないんだ。と銀次に抱き着きながら他人事のような感想を抱くソラなのだった。
次回の更新は月曜日です。
いいね、ブックマーク、評価、していただけたら励みになります!!
感想も嬉しいです。皆さんの反応がモチベーションなのでよろしくお願いします。




