第3部 流浪のヨーロッパ編 エピローグ「海外ドライブがジンセイを変えた?」
ー流浪のヨーロッパ編 エピローグー
「海外ドライブがジンセイを変えた?」
2007年頃? 大阪
2004年当時、苦労して再就職したものの
自分に合わない仕事で1年ほど?で
辞めてしまった宮本君は
俺とのヨーロッパ旅行の後、
3ヶ月間の契約社員として
アメリカで勤務することになった。
エンジニアかなんか機械関係の職種
やったと思う。
帰国後2、3回契約を更新して
アメリカの別の街へ行ったり戻ったり、
3ヶ月間や半年ずつ合計1年半くらい勤務。
その数ヵ月後、いつものバイク仲間
男女7、8人の飲み会で
久々に岐阜から大阪に出てきた彼が
酔っ払って俺にアツく語ってきた。
「ボクねえ、ほおーーんとにあの旅行に
行ってよかったなって思ってるんよー。
それまで家族以外とそんなに長いこと
一緒に過ごしたことなかったし、
初めての海外旅行やから
すごく不安やったんやけど、
誘ってくれて嬉しかったし、
レオさんと一緒なら絶対楽しいと思って。
ほんとに毎日いろいろあって
めちゃめちゃおもしろかったよねー。
どん兵衛食べたいのにどーうしても
熱湯が手に入らなくてやっと食べれて即興の
”喜びのどん兵衛オペラ”を歌ったり、
わけわからんジイさんに車を当てられたり、
ガタガタの石畳でスーツケースの
ホイールがダメになって外れて
コロコローって転がっていくたびに
追いかけていったりしてね、、、。(遠い目)
あの後、契約社員でやけど
アメリカに行ったでしょ。
実はね、面接で最後に
”海外で運転をされたことはありますか?”
って訊かれて、
”はい、この間友人と2人でヨーロッパに
旅行しまして、イタリアでプジョーの
ミッション車をレンタルして
2日間走りました。”
って答えたら、
”じゃアメリカでもすぐ運転できますね。”
って言われて即採用されたんよ。
ほんとにレオさんが
”絶対えー経験になるから
向こうでレンタカーで走ろ。
国際免許用意しときや。”
って勧めてくれたからなんよね。
あれでボクの運命が大きく変わったんよ。
ほんとにありがとうねえ。」
あの旅行の前には長い間思うような
仕事に就けずに暗い目をしていた
彼のことばが胸にグッ!ときた。
「うわー、それってなんかスっゴイよなあ!
いやあーホンマによかったよかった!」
周りで聴いていたヨッパライメンバーは
皆コーフンして宮本君に明るく声をかけた。
俺は赤い顔の彼とガシッ!と固く握手した。
その後しばらくして契約社員か
なんかわからないけど、宮本君は今度は
マレーシアに勤務することになった。
2023年現在。
彼とはもう10数年連絡が途絶えて
しまっている。
バイク仲間も気にはかけていると思うけど
今はどこで何をしてるのかなあ?
あの刺激的なヨーロッパ旅行を経験して
ある面で別人のように逞しく、
積極的で明るくなった宮本君。
いつかまたみんなで集まって
いろいろ話を聴かせてほしいな。
「世界はオモロイ3部作」を長々と
100回余りも連載してきたけど
楽しんでもらえたならウレシイです。
遠い遠い昔の出来事を思い出して
それを文章として他人に伝えるというのは
メチャ難しいんやけど、
リアルな空間と状況の描写、
そこで自分がどんな風に感じたか?
をわかりやすく表現することを
いつも意識して書くようにしています。
もし感想など頂けたらカンゲキですう〜!!
今までノンフィクションしか
書いたことないけど、知識の浅い自分にでも
できるのならいっぺん短編小説も
書いてみたいなあ。
今のところは現在連載中の、
高校で保健の講師をしていた時の
ハチャメチャな体験「講師生活奮戦記」を
終了した後はノンフィクションシリーズ
「不死身??」数話、
「あいつとララバイ症候群」数話、
「マニアックなレオ」数十話を
連載しようかと考え中です。
それにしても、、、
やっぱり「世界はオモロイ」っ!!
ー海外渡航歴ー
アメリカ4回、ニュージーランド2回、
カナダ、イングランド、スコットランド、
オーストリア、ドイツ、イタリア3回、
ポルトガル、スペイン、韓国、グアム、ハワイ




