第三章 『“なかよし動物園”でかくれんぼ』⑧
リンゴは、動物達と同じ世界の住人だった。
そして、“又田病院”で彼女に会った時、サンゴは一度それに気づいてもいた。
「君が、この世界に僕を呼んだのか?」そうたずねようとして、やめたのだ。
それは、リンゴに恋心を抱いていたから。リンゴのことを大好きになっていたから。だからサンゴは、彼女が自分とは別の世界の住人であることを忘れ、ともに行動したのである。
だが、そのために彼は、リンゴに告げたかった一番大切な言葉を、伝えそこねてしまった。
「大好きだ!」自分の心の真ん中にあった、その真心を。
レオが言っていた「挨拶をしておかないといけない者には、最後にきちんとそれをすませてから出発するんだ」との言葉。あれは、ラビ先生ではなくリンゴのことだった。
何故なら、自分の先生に向かってレオは、「挨拶をしておかないといけない“者”」などという表現をする動物ではないからである。
最後の最後で、サンゴはそれに気づかなかった。失敗したのだ。
大きな後悔を胸に抱きながら闇を落ち、今、サンゴはあの神社へと帰ってきた。
「リ、リンゴ!」
そう叫び、サンゴはその体を起こした。
次の瞬間、ゴンッと音を立て、木の板に頭をしこたまぶつける。
「痛っ!」
その痛みで、彼は一気に現実へと引き戻された。
ここは拝殿の床下。どうやら居眠りをしてしまったようだ。
「それにしても、リアルな夢だったな」
つぶやきながら痛む頭を右手でなで、血が出てないかと手の平を見て確認する。
「あ!」
サンゴは、思わず声を上げた。そこに、“先に行け!”の文字を見つけたのである。
「ということは、リンゴも……」
サンゴの胸が、にわかに期待で高鳴り始めた。
こちらの世界に帰る時、リンゴは一緒にこなかった。彼女が向こうの世界の住人であるのは間違いないだろう。しかし、この神社で、サンゴは二度も彼女に会っている。
もし、リンゴが、二つの世界を往き来できるのだとしたら……。
「リンゴ!」
床下から這い出し、サンゴは神社の境内に出た。
そんな彼の耳に、微かに少女の声が聞こえてくる。
「もういいよ」
リンゴの声だ。
すかさずサンゴは言った。
「もういいかい?」
すると、
「もういいよ」
再び返事が。リンゴの声は、どうやら拝殿の裏側から聞こえてきているようだ。
サンゴは、そちらへと向かってかけ出した。
拝殿の裏にあったのは、本殿と呼ばれる建物だった。
拝殿が参拝をする場所であるのに対し、本殿はその神社の神様、ご神体が安置してある場所だ。
その本殿に向かって、サンゴはあの言葉を投げかけた。
「もういいかい?」
「もういいよ」
聞こえた。リンゴの声は、確かに本殿の中から聞こえてきたのである。
そっと扉に近づき、それを開く。
サンゴは、本殿の中へと入り、その狭い室内を奥へとゆっくり歩いて行った。
部屋の最奥。そこにあったのは、この神社のご神体だった。
長い髪に大きな瞳が特徴的な、リンゴによく似た木彫りの少女像である。
少女像の前に立ち、サンゴは言った。
「リンゴ、見ぃつけた」
その呼びかけに応えるように、少女像は淡い光を放ち始める。
「間違いない。リンゴだ」そう思い、サンゴは語りかけた。
「ねぇ、リンゴ。約束どおり、教室でできなかった返事をするよ」
言葉の続きを待つように、少女像がその光を増していく。
サンゴは、告げた。
「僕は、リンゴが大好きだ!」
次の瞬間、少女像は、まばゆいほどに赤く光り輝いた。
真っ赤な光に照らされながらサンゴは、満面に浮かぶリンゴの笑みを確かに見た。
ご訪問、ありがとうございました。
今話で第三章が終了。次話の終章で物語の全てが完結します。
次回更新は、9月22日(金)を予定しています。




