第三章 『“なかよし動物園”でかくれんぼ』⑦
教室に元どおり動物達が戻った。サンゴとリンゴも一緒である。
突然人間の言葉を奪われ、動物園の檻や柵の中に入れられた動物達は、ある者は泣き、ある者は怒り、それはそれは大変な騒ぎになっていた。
その怒っている側の一匹、ミケコが、ラビ先生に言った。
「先生、ひどいと思います。私達に何も教えてくれずに、あんなことをするなんて」
だが、ラビ先生はひょうひょうとして答える。
「まぁ、いいじゃないの。サンゴ君とリンゴちゃんのお陰で、こうして無事に帰ってこられたんだから」
「でも……」
「いいからいいから。それより、サンゴ君の裁判の判決、皆に意見を聞かなくていいの?」
「聞きますよ! 聞けばいいんでしょ、聞けば!」
まだ怒り鎮まらぬ様子でそう返事をするとミケコは、教室の動物達へと体を向け直し、裁判官の仕事を再開した。
「それでは、最後の判決です。私は絶対に反対なのですが、サンゴ君の死刑に反対の方は、挙手をお願いします」
結果は、言うまでもなかった。
ミケコとコーリーまでも含めた三十二の動物達全員が、手を挙げたのである。
「皆、……ありがとう」
サンゴが、動物達に頭を下げる。
そこに声をかけたのは、検察官のコーリーだった。
「サンゴ君。お礼を言わないといけないのは、僕達のほうですよ。貴方の勇気に、僕達は助けられたのですから。本当に、感謝しています」
差し出されるコーリーの手とサンゴは握手を交わした。
鳴りやまぬ拍手と歓声の中、ミケコが告げる。
「判決を言い渡します。被告人、青井サンゴは無罪! 以上、閉廷します!」
こうして、摩訶不思議な世界でのサンゴの裁判は終わった。
晴れて無罪となったサンゴが、教室の机の間を通り、タイガの前に立つ。
「あの、タイガ君……」
そう何かを告げようとするサンゴを、大きな肉球のついた手で制し、タイガは言った。
「礼ならいらねぇぞ。俺も、お前に助けられたんだからな。それより、動物園の檻の中でお前の話は聞いてた。まぁ、俺みたいになるのは無理でも、それなりの男にはなれるかも知れねぇな」
「うん、がんばるよ」
にやりと笑うタイガにそう答えると、サンゴは、廊下側の席へと足を向けた。
レオの傍へと行くと、動物園での約束どおり彼は伝えた。
「レオ君、最初から最後まで、本当にありがとう」
それに小さくうなずいて見せ、レオは口を開いた。
「サンゴ。もうお前は大丈夫だ。教室を出れば、元の世界に戻ることができる。だが、挨拶をしておかないといけない者には、最後にきちんとそれをすませてから出発するんだ。忘れるな」
「うん、分かったよ」
そう返事をし、サンゴはレオに別れを告げた。
レオが言った「挨拶をしておかないといけない者」のこと。それは、彼にも分かっていた。
サンゴは、ラビ先生の前に立った。
「あれ? どうしたの? サンゴ君は、もう元の世界に帰っていいのよ」
相変わらずの優しい口調で、彼女は話す。
「それが、最後に先生にどうしても伝えておかないといけないことがあって」
「へぇ、何かしら?」
ラビ先生は、きょとんとした顔をサンゴに向けた。
「先生が、動物達を動物園に移し言葉を奪ったのは、裁判を終わらせるためだったんでしょう?」
「あら、どうしてそう思うの?」
「謎となる部分が、“又田病院”の時と比べて簡単だったんです。まるでそれは、かくれんぼだと言いながら、見つけられるのを望んでいるかのように」
くすりと笑って、彼女は答えた。
「私は、別に易しくしたつもりはないわよ。だけど、もし、サンゴ君がそう思ったのならば、それは、その時点で君に十分な勇気が備わっていた証。そう、それこそ、裁判なんてする必要がないほどのね。まぁ、私は裁判には参加できないし、こうするしかなかったというのは事実だけど」
「でも、そのせいで、先生が悪者になってしまいました。すみません」
「何を言ってるの。先生というのはね、子供達が“大切なこと”に気づこうとしている時には、悪者にだってなる必要があるの。そして、その中で、今回の彼らは“助け合いの心”を学んだわ。全ては、サンゴのお陰よ」
「そんな、僕は何も……」
首をふるサンゴの前でラビ先生は、自分の口元に手を当てて続けた。
「あ、でも、このことは、みんなには内緒よ。子供達を知らないうちに学ばせる、気づかないうちに成長させる。それが、教師のやるべき本当の仕事なんだから」
「はい」
「それでは、もう行きなさい。貴方のいる場所はここじゃないわ。元の世界に戻って、たくさんの友達を作って、たくさん遊ぶの。もう二度と、ここにこなくてもいいようにね」
「はい。……さようなら」
「元気でね、さようなら」
手をふるラビ先生に背を向けると、サンゴはリンゴに向かって言った。
「リンゴ、帰るよ。元の世界に帰るんだ」
「う、……うん」
ミケコと話をしていたリンゴが、少しためらいがちにそう返事をする。彼女も、教室の皆との別れが惜しいのだろう。
「それは僕だって同じだ。でも、帰らないと」そう自分に言い聞かせ、サンゴは教室の引き戸へと歩いた。
それに気づいたリンゴが、急ぎ足で彼の隣に並ぶ。
「ねぇ、ミケコちゃんと何の話をしていたの?」
そうサンゴが問うと、リンゴは、
「私の態度は大きくない、って怒られてた」
と、つぶやくようにそう答えた。
「ミケコちゃん、意外と根に持つタイプだったんだな」そんなことを考えるサンゴに、今度はリンゴがたずねた。
「ねぇ、サンゴ君。私のこと、好き?」
「え? あ、あの、それは……」
あまりにもいきなりでストレートな質問に、サンゴは大きく動揺した。
もちろん、答えは頭の中に浮かんでいる。
だが、大勢の動物達の前でそれを告げるのが恥ずかしかった彼は、
「その返事は、元の世界に帰ってからするよ」
と、何とかその場をごまかした。
「そう。じゃあ、お願いね」
いつもの澄んだ瞳でリンゴが微笑む。
「うん。約束するよ」
サンゴは、彼女の手を取り、指切りをした。
それからそっとその手を離し、ゆっくりと引き戸を開く。
二人の前に、あの真っ暗な空間が現れた。
「サンゴ、向こうの世界でもしっかりな」、「助けてくれてありがとう、サンゴ」彼を見送る動物達の声が、教室のあちこちから聞こえてくる。
それに笑顔で応え、サンゴは、
「行くよ。リンゴ」
とひと声かけてから、暗闇へとその身を飛びこませた。
ところが、
「ど、どうして……」
落ちゆく体を反転させながら、サンゴが教室の引き戸を見上げる。
そこには、こちらへと向かって大きく手をふるリンゴの姿があった。
ご訪問、ありがとうございました。
次回更新は、9月19日(火)を予定しています。




