氷河期世代の友人
最近、またしても氷河期世代に批判的な記事を見ました。努力が足りない、というのが主な主旨のようです。
努力と聞いて思い出してしまうのは、友人のケンジン(仮名)です。今はもう連絡もつかないですが、時おり思い返してしまうのですよね。そんなわけで、今回は彼のことを書かせていただきます。
まず、ケンジンの家は母子家庭でした。さらに、彼の兄と妹は知的障害者だったのです。特に兄の方は症状がひどく、よく奇声を発しながら街中を徘徊していました。そのため、ケンジンはちょくちょく兄の世話をさせられていたようです。今でいうヤングケアラーでしょうね。
妹の方は、まだ症状が軽かったようですが……それでも、障害があることに変わりはありません。その兄妹の存在は、彼の人生にのちのち深い陰を落としていくのですよ。
ちなみに、息子のゲーム機を壊したことで有名なバイオリニスト兼タレントさんの姉だか妹だかも障害者であり「その姉妹をバカにした者に喧嘩を売っていた」という武勇伝をテレビで語っていたと聞きました。が、その某タレントの住んでいた地域は、はっきり言うと「いいとこの子」ばかりが住んでいる場所です。ケンジンの住んでいる場所とは、まるで事情が違うのですよ。
某タレントの住んでいた場所は、子供たちもおとなしく、障害者を見かけても優しく接するよう教育されている者が大半でしょう。イジメといっても、せいぜい笑いものにするくらいが関の山と思われます。凄い剣幕で怒鳴れば退散、そのレベルでしょうね。
ケンジン(私も)の住んでいた地域は、はっきり言うとドヤ街に近い状態でした。住んでいる子供も乱暴者ばかりです。障害者の子供など見かけようものなら、サンドバッグ代わりに殴ったり、取り囲んでエアガンで撃ったり、裸にして池に突き落としたり……そんな場所でした。障害者の兄弟も、立ち向かおうものなら、一緒にエアガンの的にされるのが当たり前だったのです。
おまけで付け加えますと、私の地元では知的障害者がカツアゲに遭うことが日常茶飯事でした。もちろん、正常な兄弟姉妹がいようがお構いなしです。
さらには、わざわざ自宅まで来て「お宅の子供がウチの弟のファミコンカセットを壊した。弁償しろ」的な恐喝をするチンピラもいました。ケンジンの家にも、何度か来たそうです。
これだけで、私の地元では大きなマイナスですが、まだあります。
ケンジンの母親は、とある新興宗教に入っていました。今さらボカしても仕方ないのですが、最初(一話『ちょっとだけ嫌な実話』)に登場させた時に仮名にしてしまった関係から、今回も仮名でいきます。
ケンジンの母親は、あちこちで訪問勧誘をしていたとか。ケンジンも、幼い頃はその訪問勧誘をやらされたそうです。
ここまで揃えば、私の地元では無事で生きられるはずがありません。ケンジンは、小学生から中学生まで、ずっとイジメに遭っていたそうです。高校でもイジメられ、結局は中退してしまいました。一時は、私とつるんで街を徘徊していた時期もありました。
しかし、ここからケンジンは生活を改めます。自分の事情を知る者のない環境に行ったのが良かったのでしょうか。バイトから正社員になり、同僚の女性と付き合い始めました。本気で結婚も考えていたようです。ひょっとしたら、ケンジンにとってこの頃がもっとも幸せだったのかもしれません。
正社員になった……などと簡単に書いていますが、この当時ケンジンは中卒扱いです。さらに氷河期世代でもあります。それが、バイトから正社員に採用されたのは、やはり努力の賜物でしょうね。
ケンジンは根は真面目でしたし、障害者の兄や新興宗教にハマった母親との生活、さらにはスラムのごとき街で生きてきた中で、常人離れした我慢強さを身につけていました。そこもまたプラスに働いたものと思われます。
ちなみに同じ頃、私は高校を卒業した後は十年近くブラブラしてました。途中バイトの経験はありましたが、ケンジンに比べ圧倒的に不真面目だったのは間違いありません。
そんなこんなで、二十代後半になった辺りでしょうか……ここから、ケンジンの転落が始まります。
ケンジンは、何を思ったか彼女と別れてしまいました。さらに仕事も辞め、私と同じ無職生活に突入します。
別れた原因は何なのか、本人は語らなかったし私も聞きませんでした。ただ、ケンジンはボソッと「俺の子供は、障害者になりやすいDNAらしい」と言っていました。
ひょっとしたら、兄と妹のことを彼女に伝え、それが原因で「結婚は無理」となったのではないかと……真相は不明です。正直、どうなのかはわかりません。
まあ、無職くらいで済めば良かったのですが……この後、ケンジンは致命的なミスを犯します。
中学の時の同級生に、ヤクザとかかわっていたパコ(仮名)という男がいました。こいつはどうしようもない奴で「俺は昔、百人の子分がいた」「山に死体を埋めた」などと、ホラばかり吹くのです。ヤンキーないし元ヤンキーにありがちなタイプですね。
このパコですが、覚醒剤の依存症……いわゆるポン中でした。また、ヤクザから買った覚醒剤を小分けし、友人たちに高く売りつける(元値の数倍)というセコい真似をしていたようです。
ケンジンは、よりによってこのパコとツルむようになったのです。彼は、たちまち覚醒剤にハマりました。金欲しさに、闇バイトのようなこともやっていたようです。ちなみに、当時も闇バイトのようなものがありましたが、知人からの紹介がほとんどでした。強盗や窃盗のような直接的な犯罪は少なかったようです。
今にして思えば、ケンジンにとって現実はシラフで生きるにはあまりにも辛すぎたのでしょう。なろう系作品ごときでは、その辛さを癒やすことはできなかったようです。無論、だからといって薬物をやっていい理由にはなりませんが……。
ほどなくして、ケンジンは逮捕されました。覚醒剤取締法違反です。ただ、この時は執行猶予で済みました。
これで懲りないのが、ケンジンという男です。彼は、その後も覚醒剤をやり続けていました。今も覚えていますが、目の下は真っ黒で腕には数か所のシャブ痕が常にあり、しかも顔の肉は削げ落ちた状態です。ガリガリで、体重は五十キロあるかないかだったと思います。
そんな姿で、平気で外を出歩くケンジンを見ているうちに、私にもある思いが生まれたのです。
ある日、ケンジンに電話をかけると、明らかに様子がおかしい状態でした。私は、出来るだけ冷静に言いました。
「お前なあ、いい加減にしろよ」
「何が?」
ケンジンは、とぼける気のようでした。私は腹が立ち、電話にて怒鳴りました。
「またシャブやってんだろうが! 今度パクられたら刑務所だぞ! お前、川越少刑に行きてえのか!?」
一応、説明します。川越少刑とは川越少年刑務所のことです。イジメが凄く運動もキツい量をやらされ、上下関係も厳しくリンチもちょいちょいある……と、当時のヤンキーたちから恐れられていた場所です(今は知りません)。
とにかく、私はケンジンに立ち直ってほしかったのてす。ところが、これは逆効果でした。
「うるせぇんだよ! てめえに関係ねえだろうが! だいたい、シャブやったこともねえお前に何がわかんだよ!?」
怒鳴り返してきたケンジン。そのテンションは、一瞬にして上がっていました。これ、ポン中の特徴なんですよね。
私は、怯みながらも言い返しました。
「お前、このままたと人生めちゃくちゃだぞ! それでいいのか!?」
対するケンジンは。さらにとんでもないことを言って来ました。
「俺の人生はな、生まれた時からめちゃくちゃなんだよ! てめえ、今度会ったら絶対に殺すからな!」
これで電話は切れました、細部は違っているかも知れませんが、ほぼ記憶通りのやり取りです。
その後、別の友人から連絡があり、「ケンジンの奴、お前をブッ殺すって言ってたぞ。あいつ本当にやりそうだから気をつけろ」と言われました。ビビった私は、しばらく外出を控えました。
その後何年かして、ケンジンは逮捕されました。またしても、覚醒剤取締法違反です。執行猶予は切れていましたが、実刑判決を受けたとか。
ちなみに、私がポン中に対し「シャブやめろ!」と言ったのは、後にも先にもケンジンのケースだけです。このエッセイの一五四話『シャブ山シャブ子』にて登場したエピソードが、ケンジンとのやり取りです。
その後、ケンジンとは会っていません。何をしているのかはわかりませんが、立ち直っていることを祈るばかりです。




