40※ユイカ視点2
ユイカが案内されたのは豪華な迎賓室だった。
侍女数人がこれから彼女の専属となるようで、鈴を一つ用意され呼び出せばなんでも言いつけをきいてくれるらしい。
綺麗なドレスや宝石が次々と運び込まれ一つ一つ丁寧に並べられ気に入ったものを聞かれる。出された紅茶を飲みながらそれを優雅に選ぶのだ。
そして選んだ物を試着し、侍女達の手によりヘアセットやメイクも施されていく。
ユイカはお姫様のような扱いに大いに満足した。
「ユイカ様、王太子殿下がいらしております」
一息ついた頃、侍女がそんなことを言ってきた。
ユイカは意識的に瞬きを繰り返し小首を傾げる。
「王太子殿下? それってつまりヴァルさんの甥っ子ってこと?」
「左様でございます。今すぐお会いなさりたいそうなので、お通し致します」
「分かった」
侍女が扉を開けると忙しない様子で少年が一人入室してきた。
その彼はまさに王子様というに相応しく、サラサラの金髪を靡かせピンとした背筋の張った気品のあるイケメンだ。
やはり顔立ちもヴァルと似ており大層好みではあるが、残念ながら彼はユイカのストライクゾーンの年齢から少し逸れていた。
彼女は年上の男に貢がれ甘やかされるのが好きなのだ。
————うーん、中学生くらいかな。年下は好みじゃないんだよねぇ。でもヴァルさんと同じで凄いイケメンだし王子様なんでしょ? キープしとくのも悪くないかな。王子様の愛人とか楽しそうだし。
脳内で王子様への接し方を決めたユイカは、恥じらうようにはにかみながら彼を迎えた。
そんな様子に見惚れたのか彼女を見て王子様は一瞬動きを止めたが、すぐさま綺麗な礼する。
「突然の訪問申し訳ない。叔父上が迎賓室へ黒髪の女性をお連れしたと耳にし、知り合いかもしれないと思いつい伺いも立てずに来てしまった」
王子様はそこで一旦切り、目をそっと伏せる。それはどこか憂いを帯びて紅顔の美少年感を更に増幅させ、ユイカの目を釘付けにした。
「私は王太子のルーカス。貴女の名は?」
「あ、私はユイカって言います。よろしくね」
「失礼だが貴女はどちらのご令嬢だろうか。初めて見る顔だと思うが」
「実は私、異世界から召喚された勇者ってやつみたい」
「異世界の勇者?」
知的そうだった顔をポカンとさせたルーカス。その様子にユイカは大人っぽさを意識した笑みを浮かべる。
「それで魔物に攫われたヴァルさんの婚約者を取り戻す手伝いをして欲しいって頼まれちゃってて」
「魔物に攫われた叔父上の、婚約者……」
顎に手を当て何か考え込むルーカスだが、ふいにユイカに必死さの窺える強い視線を向けてきた。
「その婚約者とはどのような者だろうか? 叔父上は婚約者がいつ頃攫われたか言っていたかい?」
「え? さあね。まだ詳しいことは聞いてない。ヴァルさんは私を気遣って今日はゆっくりしてくれって言ってたし」
思わずムッとしてしまう。
何故ユイカが異世界の勇者であることではなく、ヴァルの婚約者についてそこまで喰いつくのか。
それにまさか甥であるルーカスから叔父の婚約者について尋ねられるとは思わなかった。
まさかルーカスが知らないということはないだろうし、質問の意図が全く見えない。
ユイカが気分を害している間もルーカスは思考を忙しなく頭の中で巡らしているようだ。
「……フゥディエ」
「え?」
小さ過ぎて聞き取れなかったルーカスの呟き。
「少し急用を思い出した。不躾な来訪申し訳なかった。ゆっくりと休んでくれ、それでは」
ルーカスは早口で捲し立てると、慌てた様子で部屋から出て言ってしまった。
一体なんだったのだろうか。
全くアプローチが出来なかった上に、意味が分からなかった。
ルーカスは少し変わった少年なのかもしれない。
呆れながらも席に座り直し、紅茶に口を付ける。
しかしその紅茶はルーカスのせいですっかり冷めてしまっていた。
ユイカは部屋の隅に待機している侍女に新たな紅茶を淹れさせるべく、小さなベルを鳴らしたのであった。
召喚から数日経過したが、大きく変化したことはなく常にのんびりと過ごしていた。
ヴァルは毎日顔を見せに来るが、どうやら忙しいようであまり長くは居てくれない。
「マーサさん〜やっぱり難しい。私には無理みたい」
噛り付いていた机から羽ペンを投げ捨て降参のポーズを取ると、控えていたマーサが首を横に振った。
「いえいえ、これだけ出来ればご立派です。寧ろ無理などして体調を崩す方がいけません。さぁお茶にしましょう」
「えへへ、そうだねぇ」
マーサはユイカに付けられた侍女の責任者で、聞けばヴァルの乳母だった人物だという。
ピンと伸びた背筋やかっちりとした侍女服の着こなしに、キツそうな中年女性という印象が強く初対面で真っ先に苦手意識を持った。
しかし実際にはユイカにとても甘くて優しい。
常に無表情ではあるものの、退屈しのぎに文字を覚えたいと言ったユイカに根気強く教えてくれる。
ダンスを習いたいと言えば細かく手解きをしてくれ、絵を描きたいと言えばすぐさま立派な画材セットを用意してくれる。
どれもこれもすぐに投げ出してしまうが、怒ったりはせずにユイカを励ましてくれる。
「あーあ、でも退屈だな。庭は昨日散歩し終わったし、今日はもうヴァルさんも来ちゃったしなぁ」
淹れてくれたお茶を飲みながらボヤくと、マーサが街に出てみてはどうかと提案をしてきた。
「え!? 街に行っていいの!?」
「はい、護衛を離れたところから付けますのでどうぞお気の向くままお出かけ下さい」
「わぁ、何着て行こうかなぁ」
街に行けることを素直に喜んだユイカは、準備に数時間を潰しようやく支度が整った。
案内の侍女を一人伴い街をキョロキョロと見渡す。
日本のようなビルなどは当然建ち並んではいないが、異世界の街も意外と賑わっており興味を引く店も沢山並んでいる。
一軒一軒見て回り、欲しいものを次々に購入。
金を気にしなくていい買物というものは本当に気持ちがいい。
晴れ晴れとした気分で水を得た魚のように店内を動き回る。
店を出る度にお付きの侍女の手荷物はカサを増していき、前も見えなくてフラフラになった頃であった。
「おい! 捜したんだぞ!」
「きゃあ!? 何!?」
突如後ろから手を引っ張られる。
慌てて振り返ると、そこには男が一人いた。
「な、なんですかあなた?」
おどおどと戸惑いを見せ男に問いかける。
その際には上目であることも忘れてはいけない。
何故なら男の容姿がとても良かったから。
甘くて軟派な雰囲気は老若問わず女に好かれそうだ。
当然ユイカもイケメンは大好きだ。
「あ……いや、ごめん。人違いだ。てっきり知り合いかと」
「ちょっとビックリしたけど大丈夫ですよ。その知り合いの人と逸れちゃったんですか?」
ユイカとその知り合いを間違えるということは、当然知り合いも女なのだろう。
恋人の可能性が高いが、それは逆に面白い。
「ああ、居なくなって結構経つんだけど、髪の色が君と似てたから。間違えてしまった」
「そうなんですか…見つかるといいですね。恋人ですか?」
消沈している男に対し、小さく首を傾げ気遣わしげに眉を下げる。
「いや、まだ違うんだけど」
真っ赤になって口ごもる男。
見た目から恋愛経験は豊富そうだと思ったが意外とウブなようだ。
これなら楽勝そうだとほくそ笑む。
「良かったら私も捜しますよ。どんな方なんですか?」
「どんな? そうだな……根暗で友達も一人もいないボッチで貧相で要領も悪くて自己主張しないダメな奴、かな?」
一体それのどこがいいのか。
魅力の欠片もない女ではないか。
「多分誰も嫁になんか欲しがらないだろうから俺が貰ってやるんだ。最近は金も溜まって来たし……」
そう話す男の顔は夢を語る少年のように煌めいていた。




