ヘッドショット
「ゴー!」
アリスが元気よく言った。
今からスタートして、アリスがここまで来る時間は……。
マサムネは頭でざっと計算する。姿を現すタイミングを間違わなければ、充分に勝機はある。
「ちゃんちゃ~らチャラララ~♪」
BGMのつもりだろうか、アリスは鼻歌を歌っている。
カートはある程度スピード調節ができるから、正確に到着を予測することはできない。しかし、スナイパーのアリスが最高速で走ってくるとも思えないし、それならば音を拾えるようになってからでも間に合うだろう。アリスの到着を待ち侘びてコースを覗き見る必要もない。
ヘッドセットには周囲のアトラクションの音と、アリスのなんとも気の抜ける鼻歌BGMが流れる。
別にそれを嫌ったわけではないが、
「でも……」
とマサムネは口を開く。
「確かに楽しかったよな。お前と一緒だったあの頃は」
カートの音はまだ聴こえない。もしかしたら、一番低速で走っているのかもしれない。
「朝のかったるい登校も、勉強も部活も放課後も、全部が一貫して楽しく感じられた。今はそんなことないもんな。楽しいって言っても、せいぜいが友達とバカ話してる時ぐらいだし。なんてーか、あの頃と違って今は勉強も部活も、全部個人プレイっていうか……。誰かと何かをやってても、それはそれ、これはこれって、どこか最後の一枚で隔てられてる……みたいな」
「そっちは今、そんな感じなんだ」
アリスが言う。
「そっちはそうじゃないのか?」
「どうかな……」
指で机でも叩いているのか、耳にコンコンと音が流れる。
「でも、うん、そうだね……。彼氏ができてからは、全部が恋愛のための礎って感じにはなったかな」
「どんだけ好きなんだよ、そいつのこと」
マサムネが言うと、アリスは「フフッ」と笑う。
「今だから言うけど、俺だって好きだったんだからな、お前のこと」
「えっ、なに? 聴こえなーい」
「ふざけんな」
「うそ。本当? そんな気配ぜんぜんなかったよ」
「出してたよ、気配。ちょこちょこアプローチしてたじゃんかよ」
「冗談でしょ? それが本当なら、全然弱いよ。私にちっとも届いてなかったなー」
「はいはい、わかってるよ。どうせ俺は踏み込んでないってんだろ?」
「いい? 恋愛はヘッドショットだよ。強烈な一発で脳天ぶっ飛ばさないと」
「ハートショットじゃなくて?」
なんともスナイパーのアリスらしいと、笑いながらマサムネ。
「ヘッドショット。それで相手は何も考えられなくなる。ハートなんて、所詮は血液循環のためのポンプだもん」
「すっげー」
マサムネは笑う。
「そこまで言い切れるんなら本当だな」
「私をものにしたかったら、考えないと。本当に二丁拳銃なんかで大丈夫?」
「うるせえ。俺には俺の戦い方ってのがあんだよ!」
「へぇ……。じゃあ、お手並み拝見」
「ああ」
それで会話が途切れる。
しかし、静寂を避けるように、すぐにカートの音が耳に聴こえ始めた。
アリスを乗せたカートは低い音で近付いてくる。
マサムネが待機しているのは、コースのおよそ七割を通過した地点。
さすがのアリスもそろそろこちらを警戒して集中していることだろう。
マサムネは飛び出すタイミングを間違えぬよう、呼吸を落ち着ける。
音はゆっくりと大きくなっていく。
だがそこで、突然カートの走行音が激しくなった。
アリスが急にスピードを上げたようだ。
それに、マサムネの指がびくりと反応する。
思わず反射的に飛び出しそうになった。
アリスはこちらの位置を読んでいるのか、それとも単にかまを掛けるためにランダムにそうしたのか。
高速で走るカート。
パッと頭で計算するに、あと二、三秒で射程範囲に入る。
ひとつ息を吸って、マサムネは神経を集中させる。
一思いに飛び出した。
タイミングはずばりだった。絶好の位置にアリスがいる。
そして、アリスは虚を突かれた。ライフルの銃身が一瞬泳いだのが見えた。
マサムネは狙いを定める。狙うはアリスの……。
一気に銃弾を撃ち放つ。
お互い、声は上げない。
アリスは激しく身を躍らせた。
一発でも弾が急所に当たらぬよう、一発でも多く弾を食らわぬように。
マサムネの放った弾が次々にアリスにヒットする。──だが。
すれ違った。
カートは高速でマサムネの横を走り抜ける。その上で、アリスはまだ生きている。
マサムネが振り返る。
するとそこで、一瞬早く振り返っていたアリスと対面する。
マサムネが何かを思うよりも早く──
ライフルの吼えるような音が一発、ヘッドセットから耳に響き渡った。
トイレに行くと言って、アリスがしばし席を離れた。
さすがに今の戦いはアリスも肝を冷やしたんじゃないだろうか。今し方の戦いを振り返って、マサムネは一人愉悦に浸った。
結果としては負けだが、後一歩のところまで追い詰めることができた。アリス相手に自分がまったくの無力ではないことを実感できただけでも大収穫だ。
ところが……。
「やってくれるよね」
戻ってきたアリスの口調は、どこか怒っているようだった。
「どういうつもり?」
「どういうつもりって?」
マサムネが聞き返す。
「どうして頭部を狙わなかったのよ?」
「……気付いた?」
「気付くよ! マサムネがあの距離で狙えないわけないもん!」
アリスは思いのほか憤慨しているようだ。
それにマサムネは、どうしたものかと思う。
もちろん頭部への狙いを外したのは確かだが、マサムネもアリスがした揺さぶりに動揺して、仕留めるはずだったのが失敗した恥ずかしさがある。
ハートショットは一発も決まらなかった。
「か……、かま掛けたんだよ」
出た言葉はそれだった。
「かま?」
「俺だってバカじゃない」
そう言うと、アリスは少し大人しくなる。
「ふーん……」
アリスが唸る。
それから少しの間、互いに思案するように時間が置かれた。
「あと三戦だよ」
アリスが言った。
「ああ」
「次はね、メリーゴーランドがいいな」
「いよいよか」
マサムネは画面をぐるりと動かす。
夕暮れだった世界はいつしか夜へと変わり、空には星空のテクスチャと月のオブジェクトが貼られている。
園内は一気にライトアップされ、光り輝く舞台へと変貌した。
ゲームは終盤戦。
マサムネは手に汗が滲むのを感じた。




