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第二話「前に進むための武器」-2

 その日の午後、鍛冶屋を名乗るドワーフがログハウスを訪れた。

 身長こそ低いものの、胸元まである立派な赤茶色の髭を揺らしながら歩く様は尊大だ。身体は傷だらけで、両手には鉄製の義手をはめている。

 その近寄りがたい、いかつい見た目は、どう見ても鍛冶屋というより歴戦の戦士だ。


 聞いていたよりも早い来訪に、フィーリアたちは慌ててログハウスの片付けや飲み物の準備をしていた。

 手伝おうとしたが、左足を怪我していては思うようには動けない。俺にできるのは、みんなが慌ただしく片付ける様子を見ていることだけだった。


 …ようやく準備が整うと、男はログハウスに悠然と入ってきた。


「こんにちは、ブルクハルトさん!わざわざ村からお越しいただいてすみません。事前に来訪する日を教えていただければ、荷物運びを手伝いましたのに」


「なに、この程度も運べないのではドワーフの名折れよ。こちらこそ突然押しかけてすまんな!」


 フィーリアの出迎えに、男は背負っていた工具袋を置いて応じた。その目は真っ直ぐに、部屋の奥にいた俺を見据えていた。


「わしはブルクハルトだ。ラスラ村で鍛冶屋を営んでおる。お前さんが、左足を怪我した若造だな?名はなんと言う?」


「クラウスだ。今日はよろしく頼む」


 威圧感に気圧され、生真面目に挨拶をすると、ブルクハルトは髭を揺らして豪快に笑い飛ばした。


「ガハハ!そんなにかしこまらんでよい。おぬし、なかなか鍛え上げた身体をしておるな。きっと剣の腕もなかなかのもんじゃろう?

 わしは今日は義足の型を作りに来たが、普段は武器を作っておってな。動けるようになった暁には、ぜひ村にある鍛冶屋まで立ち寄ってくれい」


 では早速と、ブルクハルトは義足の型作りに取り掛かった。

 足の採寸から始まり、包帯を巻き、石膏で型を取るまでの一連の流れは手際よく行われた。その手捌きは、義手とは思えないほど滑らかだ。


「失礼を承知で聞くのだが、あなたは普段武器を作っているのに、どうしてこんなに義足の型を取るのが上手なんだ?村ではそんなに頻繁に、義足の依頼が来るのか?」


 気になって問いかけると、ブルクハルトは穏やかな笑みを浮かべた。


「鍛冶屋ってのは何も人を傷つける道具だけを扱ってるわけじゃない。農具や工具、生活用品も含む幅広い鉄製品を扱ってんのよ。

 わしは武器以外も作れるこの腕を買われて、戦場で様々な道具を作った。そん中の一つが義足ってわけだ」


 ブルクハルトは作業をしながらも、どこか遠く、過去を見つめているようにみえる。


「戦場で足を片方失ったら致命的だろう?回復魔法は万能じゃない。大抵は回復が追いつく前におっちんじまう。だが、それでも生きようともがいてるやつらはいる。

 人族に一矢報いようと必死に足掻くやつ。故郷に残した恋人や家族のために、気合と根性で傷を治そうとするやつ。仲間の頭が目の前で吹っ飛ばされたトラウマで心の病を負っても、命だけは手放さんとするやつ…。

 わしはな、そいつらに『前に進むための武器(あし)』を作ってやった。少しでも生き抜くための力になればと思ってな」


 そう語るブルクハルトの横顔は寂しげで、戦場で見送ったであろう無数の命への哀悼が滲んでいた。


「色んなやつを見てきたから一目でわかった。おぬしは迷いながらも前に進もうとしとる。その助けとして、微力ながらわしの作る義足が役立てば、鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ。

 …よし、型作りはこれで終わりだ。数日中には試作品を持ってくる。一週間も経てば完成品を見せられるはずだ」


「そんなに速く作れるのか」


「ったりめえよ」


 ブルクハルトはそう言い放って道具の片付けを始めた。



 来たときと同じように悠然とした足取りでログハウスを去る彼を、皆で感謝の言葉を述べながら見送った。

 続々と皆がログハウスに戻る中、俺とシャルだけはいつまでも夕陽に赤く染まる森を見つめていた。


「とても強かで芯のある、優しい人だな」


 彼の姿が森の奥に消えて見えなくなった頃、俺は独りごちた。


「ブルクハルトさんは若い頃、大陸の各地を回っては、ああやって困っている人のために無償で道具を作っていたのよ。ただ…戦場で雇われていた時、『人族のために武器を作った』という罪状で、両手を切られてしまったらしいわ。

 それ以来自作の義手をはめて、こんな辺境の村で鍛冶屋を営んでいるのよ」


「人族に武器を…?そんな裏切り行為をするような人には見えなかったが」


「ええ。文字通りの武器ではないわ。あの人は魔族だけでなく、負傷した人族のためにも義足を作ったのよ。

 そのことが発覚した時点で即打首のはずだったんだけど、彼に救われた人たちや職人仲間が必死に懇願して…。

 それで二度と物を作れないようにって、職人にとって命の次に大切な両手を切られたの。だからきっと、あんたの義足を作るのにも並々ならぬ感情があるはずよ」


 そんな壮絶な過去があるとは露知らず、俺はもう一度、彼が消えた森の暗がりに目をやった。


 彼は戦場で、人間と戦って傷ついた仲間をたくさん見てきたはずだ。それなのに、なぜ敵である人間のために義足を作ったのだろうか。

 人間に脅されたのか?いや、あの誇り高きドワーフが、人間に脅されて渋々義足を作る姿は想像できない。


 まさか、本当に純粋な善意で人間を助けたというのか?

 俺だったら人類の敵である魔族を助けようなどとは思えない。

 父親の命を奪ったのは、魔族なのだ。たとえそれが戦争のせいであり、故意ではなかったとしても、その事実だけは揺るがない。

 そいつらに手を差し伸べることなんて、今の俺には到底できない。


 一体なぜ、ブルクハルトは敵を助けたのだろう。

 そして、両手を奪われてなお、なぜ人のために物を作り続けられるのか。その原動力はどこから湧いてくるのだろう。



 ふと、自分もまた彼と同じような逆境に立たされているのだと気づいた。

 片足の一部を失い、剣を振るう理由さえ見失いかけている。

 国に戻れても、片足が義足ではもう勇者パーティの最前線には立てないかもしれない。


 それだけではない。魔族の手を借りて戻ってきたことが知られたら、国のお偉い方はどう思うか。職人でない俺は、両手を失う程度では済まないかもしれない。


ー『前に進むための武器(あし)』ー


 ブルクハルトは、義足のことをそう表現した。だが、「前に進む」にはどうすればいいんだ?一体どう行動するのが正解なんだ…。



「クラウスさん、顔すごく怖いですよ?」


 突然、すぐ後ろから声がかかった。驚いて声の主を見やると、いつのまにかラズリが心配そうにこちらを見つめていた。


「悪い…。ちょっと考え事をしてて」


「これ、よければ食べて元気出してください!フィーねぇと二人で作った自信作です!」


 差し出されたラズリの両手には、小さな編みバスケットがあった。中からは、山のように盛られたクッキーが顔を出している。

 ラズリの後ろではフィーリアが微笑んでおり、ブルクハルトが義足の型をとっている間に焼いたのだと教えてくれた。


「ありがとう。じゃあ一ついただこうかな」


 俺はバスケットからクッキーを一枚つまみあげた。香ばしい匂いが鼻をくすぐり、食欲をそそる。


(毒は…いや、よそう。確認しなくても、入っていないことはわかる)


 迷わずクッキーを口の中に放り込んだ。

 

 たちまち、表面はほろほろと崩れて、香ばしさが鼻を抜ける。中身は甘く柔らかく、舌の上で溶けて口全体に味が広がった。


「このクッキー、すごくうまいな…!!」


「ほんと!?あ、ほんとですか!?嬉しいです!」


「お昼過ぎから時間をかけて作ったもんね〜。まだまだあるから、遠慮しないでたくさん食べてね!」


 フィーリアに勧められて、俺はもう一枚頬張った。

 横から見ていたシャルも美味しそうねと表情を和らげ、一気に二枚手に取って口に運ぶ。


 魔族が作る焼き菓子が、こんなに美味しいとは思いもしなかった。

 余所者である俺を—魔族の姿に見えているとはいえ—ここまで温かく迎え入れてくれていることには、感謝してもしきれない。


 ーーだが、いつまでもここにいるわけにはいかない。義足が完成して、自力で歩けるようになったらすぐにここを出なければ。

 ここを出て真っ直ぐに国に帰り、勇者パーティの仲間たちに再会して、生きて帰れたことを喜び、祝杯をあげて……。そのあとは…?


 クッキーを味わいながらも、俺の心はどこか上の空だった。

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