02.侵入者と白髪頭
ドアノブを握ると内側からガチャッと音がした… 様な気がしたが、降りしきる雨粒が大きくてよく聞こえない。覚悟を決めて押し込む。
鍵がかかっていなかったのか、軋む音と共に扉が開いていく。
屋敷の中は暗いが、外観通りの広い空間があり、奥には二階へ向かう大きな階段といくつかの扉も見えた。
「玄関が俺の部屋より広い…」
驚いたことに中は綺麗だった。埃っぽいのはあるが、床は腐っておらずカビの匂いもない。住人がいても不思議では無い様子に、恐怖心が薄れていく。
しかし何か懐かしい、独特な甘い匂いがする。
(これなんの匂いだっけ)
それに導かれて、ルーは屋敷に足を踏み入れてしまう。入ると扉が勝手に閉まり、それと同時に鍵がかかった。
「これは…自動扉だ!」
人が通った後自動で施錠する術式が刻印された扉。自動扉は防犯の観点から優秀だが、魔石と呼ばれる魔力を宿した石を動力源とすることから、コストの問題で貴族達や一部の商人の間でしか普及していない代物である。
この様に人や石の魔力を動力とし、術式を発動させる物を魔道具と呼ぶ。魔力さえあれば魔術を覚えなくても使えるため、さまざまな魔道具が人々の生活に定着してきている。
(所長が領主の邸宅には自動扉があったって言ってたけどこれか!もしかしてここも凄い屋敷なのか?)
ルーは昔から魔術や魔道具という物に強い憧れがあった。
自動扉に興味を惹かれて緊張感を失う。
木箱を置いて扉を開けたり閉めたりしていると、すぐ後ろから声がした。
「どうやって入った?」
振り返ると、痩せた白髪の男がこちらを睨んで立っていた。
「あっすいません荷物を…」
ルーが言葉を言い切る前に、白髪の男は凄まじい勢いで掴みかかってきた。首を掴まれ玄関の壁に押しつけられる。
男の身長はルーよりいくらか高いが、身体の線は細い。しかしそのスラっとした四肢からは想像もつかないほどの腕力で、ルーの体を左腕一本で押さえつけていた。
「ちょうどいい、死ね!」
そう言うと男は、やけに鋭い爪をした右手をルーの顔面に向けて来た。
(ヤバい!殺される!)
そう思った瞬間ルーはパニックになり、男の左腕を掴み返して力の限り投げ飛ばし叫んだ。
「お前が死ねぇ!!」
投げられた男はふわりと、木の葉が舞うように着地した。
さっと顔をあげ、こちらを睨み問いただす。
「その怪力、ただの人間では無いな?何者だ」
男の歳のほどは三十前後だろうか、黒いボロ布を身体に巻きつけ、髪は老人のように白く、前も横も後ろも同じ長さで揃えられている。顔は髪に負けじと蒼白で、目は少しだが、赤く光っている様に見えた。
投げ飛ばしたルーは自らの行いに更にパニックになる。
「ゲホッ!違うんです!ただの配達員です!」
「配達員?」
男は眉間に皺を寄せて追求する。
「勝手に家に入って来て、死ねと叫びながら俺をぶん投げたお前の、どこが配達員なんだ!」
正論をぶつけられさらに焦る。
「俺違うんですっ!ただの荷物なんですぅ!」
支離滅裂。
しかし男の追求は続く。
「どこから入った」
「玄関です!」
「嘘をつくな!」
「違うんです!」
「何が違うんだ!」
ルーが錯乱していて会話にならない。
あまりの緊迫感からか、ルーは背中を内側から掻きむしられる様な、味わった事のない異常な感覚に襲われていた。
答えの出ない問答をしていると、白髪の男が急にうめき声を上げながら膝をつき、うずくまった。
「うぅ…」
この顔色だ、体調が良く無いのだろう。
それを見たルーは逃げるなら今しかないと思い
「お荷物でしたぁ!」
わけのわからない元気な挨拶をして、屋敷を飛び出して行った。
「待て…」
扉の鍵が自動で閉まる音が響く。
侵入者は逃げてしまった。少し間を置いて、白髪の男はふらつきながら立ち上がり、屋敷の中をしばらく見て回る。
(どういうことだ、窓も扉も術式は破られていない… 魔石もちゃんとはまっている。それにあの怪力…)
「あいつどこから…」
酷い頭痛と吐き気を抑えながら分析するが、答えは出ない。
「これは何だ?」
侵入者が置いていった大きな木箱に目をやる。
釘の打たれた蓋を慎重に開けると、中身は確かに自分が以前旅先で注文した品だった。
頼んだのがずいぶん前だったため、すっかり忘れていた。
「本当に配達員だったのか」
一方逃げたルーは大雨の中を全力疾走していた。
(ヤバかった!人がいた!殺されかけた!)
しばらく走って冷静になり、状況を整理する。
届け先に人がいるか確認する為とはいえ、勝手に屋敷に入って、そこの人間に暴力を振るったのだ。
(先に襲いかかってきたのはあっちだし、でも家に勝手に入ったらそりゃ怒るよなぁ…。どうして入っちゃったんだろう)
殺されかけ、雨でずぶ濡れ、背中に残る妙な感覚。掴まれた首筋の痛み。ルーは頭の中がまとまらないでいた。
しかし一つ思い出す。
「そう言えば、なんか懐かしい匂いがしたんだ、たしかあれは…」
「父さんの匂いだった」




