10.オオカミとコウモリ
街に着く前にシンが目を覚ました。
「…ここはどこだ」
「おはようございます。もう少しで街ですよ」
「何があった」
自分は鬼熊に敗れ、トドメを刺される寸前だっはず。なのに今は石棺と共に荷車で運ばれている。この状況を理解できないシンが尋ねる。
「俺にもわかりません。気づいたら、熊もゾンビもいませんでした」
「他には何もいなかったか?とても邪悪な…何かだ」
「邪悪?特に邪悪なものは見てないです」
「そうか」
「でも棺は無事ですよ」
「よく持ってこれたな」
棺があるならフニャードに来た目的は達成している。だがイレギュラーが多すぎた。
「お前、逃げなかったのか」
「逃げたんです。でも俺ゾンビに捕まっちゃって、気づいたら目の前でシンさんが倒れてました」
「服が破れているが、怪我はしてないか?」
「何箇所か噛まれたと思ったんですけど、怪我は無いですね。シンさんこそ血塗れですけど、大丈夫ですか」
「問題ない。…すまなかった、ルー」
シンが謝った。当然だ、墓場の浄化は切れていて、ゾンビと骸骨が大量に出てきた。その上鬼熊の出現。今こうしているのが不思議なくらいの修羅場だった。
「いいですよもう。二人共生きてるんですから」
「いや、俺の考えが甘かった」
「ははは。シンさんって意外と真面目ですね。それより報酬期待してますよ」
ルーは明るく報酬の話をすることで、落ち込んでるシンを慰めた。シンにもルーの気持ちは伝わっている。
「そうだな。次回からは気をつける」
「えっ次回⁉︎もうやりませんよ!」
「それは報酬を見て決めろ」
ルーは、こんな目にあってまだ次をやらせようとしていることに驚いたが、少しシンの元気が戻ったようで安心した。
荷車をひたすら引いて街に着く。シンが治療は必要ないと言ったので、二人は屋敷に戻ってきた。
「このあたりでいいですか?置きますよ」
「ああ頼む」
ルーが荷車から石棺を下ろして裏庭に置いた。
「俺配達があるんでそろそろ行きますね」
「今からか?」
「はい。昨日の分の荷物もありますから」
「そうか。体力があるな」
ルーは昨日の昼過ぎに屋敷に来て、そこから三里離れた村で墓荒らしをし、棺とシンを載せた荷車を引いて帰ってきている。その上で今から仕事らしい、常人では考えられないスタミナだ。
「体力だけが取り柄ですから」
「流石は狼男だな」
「ありがとうござい…っえ?」
シンが聞き慣れない単語を発した、間違いかと思って聴き直す。
「なんて言いました?」
「ん?」
「今変なこと言いましたよね」
「何のことだ?俺は『体力があるな、流石は狼男だな』と言っただけだ」
シンがもう一度繰り返すが、聞き間違いでは無かった。
「狼男?俺がですか?」
「ああそうだ」
「俺は狼男じゃないですよ」
「いや、狼男だ」
「違いますって」
「あーあれか?最近は人狼って言うんだったな」
「呼び方の問題じゃないですよ」
なかなか認めないルーにシンが更なる新事実を投下する。
「隠す必要は無い。テールが狼男だったんだから、お前も狼男だ。人間社会でやっていくのは大変だったろう」
「は?」
ルーはシンが何を言っているのか理解できず、何かの食い違いかと思い、まず狼男について聞いてみる。
「狼男ってあの、絵本に載ってる奴ですか?満月の夜に毛むくじゃらの怪物になるあれですか?」
「いや、月から力を得るのは本当だが、満月でなくとも変身はできる。だがだいたいは耳が尖って、牙と爪が伸びる程度だな。お前が読んだ絵本の狼男は、相当強い狼男だ」
「俺はほんっとにただの人間ですよ。というか父さんは狼男だったんですか?」
「そうだ、テールは狼男だった。そして狼男は高い確率で遺伝する」
やっと理解したルーは呆気に取られる。シンは父が狼男だと言う。故に自分も狼男だと。だが「高い確率で遺伝する」なら、低い確率で遺伝しないということ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。それなら仮に父さんが狼男でも、俺はそうじゃない可能性があるじゃないですか!」
「それはない、お前は両親ともに狼男なんだぞ」
「はぁ⁉︎」
「母親は女だから狼女か?とにかく人狼だ人狼」
驚きっぱなしだったルーだが、母の話でスイッチが入る。
「母を…俺の母を知ってるんですか!人狼だったんですか⁉︎」
「すまん。これは口止めされてるんだった。配達があるんだろ?気をつけてな」
「配達はたった今無くなりました!知ってることを全て話してください!」
「またお前が戻ってから話そう」
「ダメです!誰に口止めされてるんですか!」
「後で必ず話す。だから、今は休ませてくれ」
鼻息を荒くしたルーが一度深呼吸する。
「…わかりました。必ずですよ」
ルーはシンと約束すると、預けてあった郵便所の制服を受け取り、荷車を引いて屋敷を後にした。
そこから一度家に帰って水を浴び、何か食べようとしたが何も無い、先日家の物を手当たり次第食べたのを忘れていたのだ。
「くそ、食べ物をもらってくればよかった」
ルーは腹を空かせて出勤した。
郵便所に着くと土で汚れた荷車や、また痩せ細っていることなどについて所長やおばちゃんに色々聞かれたが、なんとか誤魔化し通せた。
だが郵便所の保存庫は、昨日ルーが食べ尽くして空だった。なので配達の途中食堂に寄り、銀貨五枚分の飯を食べ満腹になり仕事に戻る。
溜まった二日分の荷物は想像以上で、昨日の朝から寝ずにゾンビと追いかけっこまでして、疲労困憊のルーには苦行だった。だが今日が終われば明日と明後日は休み、丸二日間あの白髪エルフを問い詰められる。
「洗いざらい吐かせてやる」
ルーは力の限り荷車を引いた。
夕方になり、配達を終わらせたルーは屋敷の前まで来ていた。扉を開けてシンを呼ぶ。
「ルーですー!帰りましたー!」
何の反応も無い。声だけが反響している。屋敷の中を探そうかと考えていると、そこに一匹のコウモリが飛んできた。
「うわっ!」
それを腕で払おうとする。しかしそのコウモリが首輪をしていることに気づいた。
「お前飼われてるのか?」
コウモリがルーの右腕にしがみついたのでじっと観察する。
「…よく見るとかわいい顔してるな」
例えば、野良犬が走ってくると恐怖を感じるが、それが誰かのペットとわかると、急に愛らしく思えてくる。今のルーはそういう感情だった。
そのコウモリはルーの肩まで登ると、右側の翼膜を広げて奥の廊下を指した。
「何?こっちに行ったらいいの?」
「チュイー!」
「よしわかった」
肩に乗せたコウモリが道案内をする。よく考えなくとも変な状況だが、最近は変なことしか起こらないため、ルーは手紙鳥みたいなものかとすんなり受け入れた。
廊下を歩いていると、途中の扉の前でコウモリが鳴いた。
「チュッ!」
「ここ?開けるよ?」
扉を開けるとシンがうつ伏せで倒れていた。




