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11.店長と林檎

 「シンさん!」


 ルーが倒れているシンに駆け寄る。


 「ルーか…」

 「やっぱりフニャードで怪我してたんですか⁉︎」

 「少し目眩がしただけだ」

 「ホントですか?顔色悪いですよ」

 「それは生まれつきだ、棚の瓶を取ってくれ」


 近くの棚を見ると瓶が置いてある。中には昨日シンが食べていたチョコが入っていた。


 「これだけじゃ栄養無いですよ」

 「そうかもな」

 「ご飯食べましょう。最近美味い食堂が出来たんですよ!」

 「飯か…久しく食べてないな」

 「エルフってあんまり食べないんですか?」

 「…そんなことはないと思うが」

 「とにかく行きますよ」


 母の事を問いただすつもりだったが、倒れている姿を見てとてもそんな気になれない。ルーはふらついているシンを背負って、街の食堂に向かうことにした。


 「どんな食堂なんだ」

 「天才料理人のお店です」


 なんでも王都から、天才と呼ばれる料理人がこの街にやって来て店を開いたらしい。そこのメニューはどれも画期的で、少し値は張るが若者から人気だそうだ。


 ルーはそこに、客としても配達員としてもよく顔を出すため、店主と仲が良いらしい。


 「俺はあそこのまぜ麺が一番好きですね。ちょっと辛くて、柑橘類の皮が入ってるんです」

 「美味そうだな…。俺にまだ味覚が残っていればの話だが」


 大通りに出るとルーの背中から降りたシンが、懐に入れていたテールの眼鏡をかけた。


 「なんで眼鏡なんですか」

 「目が赤いからだ」


 シンの目は紅い。眼鏡は薄い青のレンズが入っていて、かけると目の色がわからなくなる。


 「かっこいいじゃないですか、赤」


 「…俺もそう思う。だが誰しもがそうじゃない、お前もそのうち隠すことになるだろう」


 「俺が?なんで隠すんですか」

 「狼男は目が黄色いからだ」

 「だから違いますって、あ!後で必ず話は聞かせてもらいますよ!」

 「わかったわかった」


 二人が店の前に着いた。大きな看板には「味開拓」と書かれている。店名らしい。だが人気という割に行列などはできていない、というよりそもそも明かりがついていない。


 「やってないぞ」

 「おかしいですね。定休日かな」


 そこに荷物を抱えた男が近づいて来た。


 「あれ?ルーくんじゃないか」

 「店長!」


 男はここの店長。歳のほどは三十代半ば、背はルーより少し低い小太りの人間の男性。


 店は店長の用事があったので休みにしたと言う。


 「えー残念ですー」


 「でもせっかく来てくれたんだ!ちょっと待たせちゃうかもだけど、何か作らせてよ!」

 

 「ホントですか⁉︎全然待ちます!やったー!」


 お得意さんということもあったのか、特別に店を開けてくれるらしい。三人は店内に入った。


 「休みのところ悪いな、店主」

 「いえいえ、お客様あっての食堂ですから。どうぞお好きな席に」

 

 店長は準備があると言って厨房から奥へ入っていく。店の中は壁が赤く、いかにも辛い料理を出して来そうな様子だ。二人は席に着く。


 「昨日は大変でしたね」

 「昨日というか今日だがな」

 「ところで、ミドビルさんはまだあのままですか?」


 持ち帰ったミドビルの遺体入りの棺についてルーが尋ねる。


 「ああ」

 「俺、屋敷に戻ったら新しいお墓作るの手伝いますよ」

 「…気にするな。俺がやる」

 「そうですか、出来ることがあったら言ってくださいね」


 ルーは心根が優しい。そのせいで墓荒らしに巻き込まれてしまったが、ミドビルの再埋葬も手伝うつもりだった。


 「そういえばあの鬼熊?って熊はどこ行ったんでしょうね」


 「足跡か血の跡は見たか?」


 「見てません。早く帰ろうと必死だったんで。怪我を負わせたんですか?」


 「奴の右眼を刺した。現場に戻れば痕跡を辿れるかもしれんが、メリットは無いな」


 「絶対やめた方がいいですよ。眼を刺したって、そういえば昨日持ってたあの光る剣はなんですか?」


 「あれはレイピア…」


 そこまで言ってシンが何もない空間に手を突っ込んでゴソゴソする。


 「村に落としてきたみたいだ」

 「えっ!あのかっこいいやつ失くしたんですか!」

 「そのようだな」

 「取りにいきましょうよ!」

 「馬鹿か、鬼熊が出たら今度こそ終わりだぞ」

 「えーもったいない」


 「大丈夫だ。あれは俺が作ったものだ、まだ予備がある」

 「あんなもの作れるなんて凄いですね」


 「いや、オリジナルが存在する。俺は模倣して劣化品を作ったにすぎん」


 「そのオリジナルってまさか」

 「神器だ」

 「やっぱり!それ持ってるんですか?」

 「…お前には関係ないだろ」

 「教えてくださいよ!」


 二人が魔道具のことで盛り上がっていると、厨房から店主が出て来た。


 「待たせちゃったね。お水どうぞ。ご注文は」

 「まぜ麺一つください!シンさんは?」

 「俺もそれを一つ頼む」


 「はいまぜ麺二つゥ!」


 誰もいない厨房に向かって、店長が受けた注文を叫ぶ。店の習慣なのだろう。そしてまた戻っていった。


 「レイピア一つくださいよ」

 

 「あれは中に特殊な結晶が入っていてな、それに魔力を流すことで刀身が出る仕組みだ。お前には使えんぞ」


 ルーは魔力がないため。魔石なしでは魔道具が扱えないのだ。


 「えー。でもかっこいいじゃないですか」


 「扱えたとしたらどうするつもりだった?お前も戦ってくれるのか?」


 「俺は…俺は臆病者です。正直ゾンビを見ただけで腰が抜けそうでした。ましてやあんな大きな熊とは絶対に戦えません」


 「…そうか、怖い思いをさせて悪かったな」


 シンが少し残念そうに謝ってコップの水を飲んだ。


 「お腹すきましたね」

 「ああ」


 どこか気まずい空気になってしまった。無言の時間がどれくらい続いただろうか、それを破ったのはルーだった。


 「俺、子供の頃冒険者になりたかったんです」

 「ほう」

 「じいちゃんは危ないことをするなってよく言ってました」

 「それで、諦めたのか?」


 「いえ、…怖かったんです。だからじいちゃんの言いつけを守ってるフリをして、逃げてました」


 「怖いのに冒険者になりたいのか」


 「魔物と戦うだけが冒険者じゃないでしょ。遺跡の調査をしたりもするじゃないですか」


 「知らないようだが、遺跡の中は魔物だらけだぞ」


 「えっ」


 「だいたいの遺跡は魔力を溜め込むように造られている。だから魔力を好むタイプの魔物が、遺跡の中にも外にも多数いるのが普通だ」


 「初めて知りました」


 「故に遺跡専門の冒険者は戦闘力を求められる。お前の父は研究者だったが、それでもそこそこ戦えたぞ」


 「あの父さんが、戦ってたんですか…」


 ルーは驚く、優しくて穏やかだった父が、そんなことをしていたとは想像がつかない。もう少し父について聞こうとしたが、店長が厨房から出てきた。


 「まぜ麺二つお待ちどうさま」


 「うわー良い匂い!」

 「確かに美味そうだ」


 ズルズルズルッ!


 「長く生きたが、こんな味は今まで無かった」

 「辛いけど美味いでしょ」


 辛くて濃厚な麺を柑橘系の香りが引き立てる。繊細な暴力を受けたような味わいに、二人は引き込まれていった。



 食べ終えると、見計らって店長がやってきて近くの席に座った。


 「店主。最高だったと言わざるを得ないな」

 「ほんと美味しかったです!ずっとこの街にいてくださいね!」


 「二人は強いの?」


 各々が料理の感想を述べたが、その会話を無視する店長が質問してきた。


 「俺は役立たずですけど、シンさんは強いですよ」


 ルーの返答を聞いて、店長が質問のわけを話す。


 「盗み聞きするつもりは無かったんだけど、ちょっと聞こえちゃって。シンさん?は、鬼熊に勝ったの?」


 「勝っていない。なんとか生き延びただけだ。それよりなぜ鬼熊を知っている?あれは相当珍しい魔物のはずだ」


 「王都の大書庫で読んだんだ。僕は料理人だから珍しい食材があれば、それが魔物でもどんな味なのか、どこで獲れるのか、新しい発見を求めて色々調べるんだ」


 「そうか…お前にとって鬼熊は食材なのか…」

 「直接見たことはないよ?あくまで僕は料理人だからね」


 普通の料理人ならそういうことはしないだろうが、彼は天才料理人なので料理のために魔物の味まで調べるらしい。


 「鬼熊と相対して生きているシンさん、いえシン様を見込んでご相談があります」


 「…なんなんだ」


 いきなりかしこまった店長に、シンは嫌な予感がして、顔をしかめる。


 「僕の依頼を受けてください」

 「却下だ」


 厄介ごとの匂いがするため内容も聞かず即断る。流石は三百年生きている男。これが長生きの秘訣か。


 「そんな…話だけでも!」

 「そうですよ!話だけでも聞きましょうよ」

 「冒険者ギルドに聞いてもらえ」


 「もう行った…王都の冒険者ギルドにも、この街のギルドにも!さっきも誰かが依頼を受けてくれてないか見に行ってたんだ!でもダメだった」


 「それは残念だったな。行くぞルー。店主、会計を頼む」


 店長を無視してさっさと店を去ろうとするが、シンは突然連れ出されたので財布を持ってきていなかった。


 「…財布がない」

 「誘った俺が払いますから、もっと店長に優しくしてください」


 そう言ってルーが財布を出すが、昼に銀貨五枚の大食いをしたため中身が空だった。


 「すいません。すっからかんです」


 ……


 「店主!依頼だったな話を聞こう!」



 偉そうなのは変わらないが、状況を見てシンが態度を変えた。


 「よかった!どうぞ座って!飲み物を持ってくる」


 涙を流した店長が厨房に戻ると、二人はコソコソ話し始める。


 「シンさん酷すぎますよ!休みなのに店をあけて、あんなに美味しい料理まで作ってもらったのに」


 「お前はわかってないだけだ。このままじゃ面倒なことになる。下手すれば衛兵に突き出されるぞ」


 「面倒?話を聞くだけですよ?それよりなんで財布持ってないんですか?」


 「急に連れ出すからだ!お前こそ金も持たずに店へ行くな!」


 店長が戻ってくると二人は静かになった。彼は持って来た水の容器をルー達のコップに注ぐ。


 「僕はね、最高の一品を作りたいんだよ」


 そう言って店長は話し出した。


 彼は二十代の頃から天才と持て囃され、王都で出した店はどこも行列が途切れなかった。料理人としては最高峰だろう。


 だが店長はある時から考えるようになった。時代が進めば料理も進化する。人間の自分はどれだけ長くても後百年は生きない。後の時代の料理人に追い抜かれて、歴史から消えてしまうだろう。そうならないよう、誰にも超えられない最高の一品を作りたくなったのだ。


 「王都には僕の店が三つあって、そのことで手一杯になる。ならばと全ての店を弟子に譲った。そしたら次は貴族達から、専属にならないかとほとんど脅しのように声がかかり続けた。だから全部捨てて来た。レシピ作りに没頭するために!この店も最低限の金を稼ぐためにやってるだけだ」


 店長には戦闘能力は無いだろう。だが凄まじい圧を出していた。これを熱というのかもしれない。


 「シンさんお願いだ。僕に協力してください」


 シンは悩む。これほどの意気込み、王都の冒険者ギルドでもダメだった依頼。とりあえず内容を聞くことにした。


 「どんな依頼だ」

 「ある果物を取ってきて欲しいんだ」

 「果物?」


 「そう果物。【金の林檎】を取ってきて欲しい」

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