第07話:凍えるビキニと氷の魔女
季節は冬。
王都の街並みは、一面の銀世界に包まれていた。
行き交う冒険者たちは厚手の防寒具を着込み、白い息を吐きながら歩いている。
そんな中、明らかに季節感を間違えている集団がいた。
「んー! 空気が澄んでて気持ちいいね!」
大剣使いのモアが、大きく伸びをしながら言った。
彼女の装備は、夏と変わらぬビキニアーマーだ。
剥き出しの肌が、寒風に晒されている。
見ているだけで鳥肌が立ちそうだ。
「そう……。気温の低下は、思考の鋭さを向上させる……」
魔術師のマホが同意する。
だが、その唇は紫色に変色しており、言葉の端々が震えていた。
「頼むから服を着てくれ」
俺は分厚いスカーフに顔を埋めながら懇願した。
俺自身はシャツの上にセーター、その上にコート、さらにマフラーという完全防備だ。
それでも寒い。
「俺が見てるだけで凍えそうだ」
「何言ってんのアスク。これくらい平気だよ!」
モアが強がるが、鼻からは透明な液体が垂れている。
「それに、今回の依頼は私たちにしかできないんでしょ?」
そうなのだ。
今回、俺たちが呼び出された理由は、まさにこの寒さにあった。
***
依頼主は、冒険者ギルド。
内容は、北の山脈にある『凍てつく峰』の調査と、そこに現れた氷の魔女の討伐だ。
『凍てつく峰』は、万年雪に覆われた極寒の地。
普通の冒険者では麓にたどり着く前に、凍傷で動けなくなるという。
そこで白羽の矢が立ったのが、寒さを精神論で克服した俺たち変態騎士団だった。
俺たちは吹雪の中、雪山を登っていた。
視界は白一色。
猛烈な風が肌を切り裂くように吹き付ける。
「うおおおお! 寒い! 痛い!」
モアが絶叫しながら雪を掻き分けて進む。
彼女の肌は真っ赤になり、所々が白く凍り始めている。
凍傷だ。
「アスク! 回復!」
「『エリア・ヒール』」
俺は無感情に杖を振る。
魔法の光が二人を包み込み、凍傷を一瞬で治癒する。
だが、数秒後にはまた凍り始める。
「よし、治った! 次!」
凍傷になる。治す。また凍傷になる。
その無限ループだ。
「……なあ、これMPの無駄遣いじゃないか?」
俺はぼやいた。
服を着れば済む話だ。
だが、マホが冷ややかな目で反論する。
「計算してみた……防寒具を着て動きが鈍るのと、回復魔法でリセットして全力稼働するのを比較すると……後者の方が15パーセントほど効率的」
「その計算に、俺の精神的疲労は含まれているのか?」
「含まれてない」
即答だった。
こいつらは、俺を回復マシーンか何かだと思っているに違いない。
「あ、頂上が見えてきたよ!」
モアが指差す。
吹雪の向こうに、切り立った崖と、その上に佇む人影が見えた。
氷の彫刻のように美しい女性。
透き通るような肌に、冷ややかな瞳。
氷の魔女だ。
「よくぞここまで来たわね、人間たちよ」
魔女の声は、風の音よりも冷たく響いた。
「だが、ここで終わりよ。この極寒地獄で、そのように肌を晒すとは……愚かにも程がある」
魔女が手を掲げる。
周囲の空気が一瞬で凍りついた。
「凍え死になさい。『ダイヤモンド・ダスト』!」
魔女の魔法が発動する。
無数の氷の結晶が、暴風となって俺たちに襲いかかった。
絶対零度の嵐。
触れるもの全てを瞬時に凍結させ、砕く、必殺の魔法だ。
だが、それより早く、二人が飛び出した。
「うおおおおお!」
モアが大剣を振り回し、氷の嵐を強引に切り裂く。
全身が凍りつき、氷像のようになっている。
だが、動いている。
「なっ……!?」
魔女が目を見開く。
「なぜ……なぜ動けるの!? 全身の筋肉が凍結しているはずでしょう!」
「筋肉の……熱で……氷は!! 溶ける!!」
意味がわからない。
だが、モアは氷を砕きながら突進する。
「私も行く……」
マホが杖を構える。
「さ、寒い……! でも、身体が凍結して動かないなら……」
彼女が杖を下に向ける。
自身の足元だ。
「外部からの推進力で……強制的に加速させればいい……!」
ドカーン!!
マホの足元で爆発が起きた。
自爆だ。
だが、その衝撃波に乗って、氷像と化したマホが弾丸のように射出された。
「あ、ありえない……! 貴方達、寒くないの!?」
魔女が悲鳴に近い声を上げる。
それに対し、飛んでくる二人は顔色の悪い満面の笑みで答えた。
「命を燃やせば寒くない!」
「……爆発で体もあったまるから……大丈夫」
ガシャーン!
先行したモアの大剣が、魔女の氷の盾を粉砕した。
無防備になったそこへ、マホが杖を突きつける。
「『エクストラファイアボール』」
至近距離からの爆発魔法が炸裂した。
「きゃあああ!」
魔女が雪原に倒れ込む。
勝負ありだ。
「こんな……変態に……負けるなんて……」
魔女の言葉に、俺は深く頷いた。
***
こうして、氷の魔女討伐は完了した。
街に帰還した俺たちを待っていたのは、驚愕と称賛の嵐だった。
「見ろ! 雪山帰りなのにビキニだ!」
「寒さすら克服したのか……」
「もはや生物としての格が違う!」
人々は口々に噂し、『熱血の変態騎士団』という新たな二つ名が加わった。
嬉しくない。
そして翌日。
俺はベッドの中で唸っていた。
「……ごほっ、ごほっ」
風邪を引いた。
あれだけ厚着をしていた俺だけが、高熱を出して寝込んでいた。
精神的な疲労が限界を超えたのだろう。
「アスクは……貧弱」
マホが冷たいタオルを額に乗せてくれる。
「栄養つけなきゃダメだよ! はい、お肉!」
モアが肉の塊を差し出してくる。
二人は相変わらずビキニ姿だ。
室内は暖炉で暖かいとはいえ、その姿は目の毒すぎる。
とても心を休められるような環境じゃない。
「……頼むから、少し静かにしててくれ」
俺は布団を頭から被った。
冬の寒さよりも、彼女たちの存在の方が俺の体に堪える。
そんなことを思いながら、俺は意識を手放した。




