第30話:投石バトル!
故郷への帰省を終えた俺たちは、ついに魔王城へと向かう『死の荒野』を歩いていた。
草木の一本も生えない、岩と砂だけの殺伐とした大地。
その先には、常に雷雲を纏う禍々しい巨城、魔王城がそびえ立っている。
ラストダンジョンに相応しい雰囲気だ。
「空、なんか変じゃない?」
先頭を歩くモアが、空を見上げて呟いた。
彼女の視線の先には、鉛色の空が広がっている。
だが、よく見ると黒い点がいくつも浮遊し、不気味にうごめいているのが分かった。
鳥? いや、あんなにデカい鳥はいないだろう。
「……動体反応多数。魔力反応あり。種類を特定……ガーゴイル」
マホが杖を掲げ、冷静に分析する。
ガーゴイル。
石像に擬態し、侵入者を空から排除する魔法生物だ。
その数は数十匹……いや、百匹はいるだろうか。
完全に包囲されている。
「来るよ!」
モアの警告と同時だった。
上空の黒い点が一斉に動き出し、何かを落としてきた。
ヒュオオオオオオ……!
空を切り裂く落下音。
それは雨ではない。
人の頭ほどもある巨大な岩石の雨だ。
ドカッ! ズドン! ガガガッ!
激しい衝撃音と共に、地面がえぐれる。
土煙が舞い上がり、視界を遮る。
「ぐわっ!?」
あろうことか、その一発が俺の頭をかすめた。
目の前に星が飛ぶ。
「アスク! 大丈夫!?」
「……生きてはいる」
二人が駆け寄ってくる。
俺は血の味のする唾を吐き捨て、すぐに『ヒール』をかけた。
ズキズキする痛みが引いていく。
「直撃してたら死んでたな……!」
「きゃー! すごいねアスク! 石がいっぱい降ってきたよ!」
彼女は降ってくる岩石を、大剣の腹で器用に弾き飛ばしている。
カーン! コーン! と軽快な音が響く。
まるでバッティングセンターだ。
「見てアスク! これ、いい特訓になるよ! 動体視力が鍛えられる!」
「遊んでないで反撃しろ! このままだとジリ貧だぞ!」
俺は叫んだ。
今は防げているが、ガーゴイルたちは安全圏から一方的に石を落とし続けている。
こちらの攻撃手段は限られている。
モアの剣は届かないし、マホの魔法も射程ギリギリだ。
何より、相手は空を自在に飛んでいる。狙い撃つのは至難の業だ。
「うーん、届かないなぁ。石を投げ返しても避けられちゃうし」
モアが剛腕で石を投げ返す。
鋭く風を切る剛速球だが、空中のガーゴイルはひらりと翼を翻して回避した。
向こうは完全に舐めきった顔で、石像のくせに嘲笑うかのように石をパラパラと落とし続けている。
腹が立つ。
あのニヤニヤした石面を粉砕してやりたい。
「……効率が悪い。投石では決定打に欠ける」
マホが呟く。
そうだ、もっと強力な一撃が必要だ。
何か追尾してくれるような、便利な魔法が……。
「私が直接モアを届ける」
「は?」
マホが杖を構える。
その切っ先が、なぜかモアのお尻に向けられた。
ミスリル製の極小ビキニが、砂漠の太陽に照らされてキラリと光る。
「え、マホちゃん? 何するの?」
「モア、飛んで。私が推進力を与える」
「推進力?」
「……『エクスプロージョン・バースト』」
マホが詠唱を始めた。
それは爆発魔法の詠唱だ。
しかも、指向性を高めた一点集中型。
それを、仲間の尻に向けて撃とうとしている。
「ちょっ、待て! それ人間大砲じゃねーか! 死ぬぞ!」
俺は慌てて止めようとした。
だが、マホは真顔で答える。
「大丈夫。計算済み。モアのビキニアーマーは不壊。そしてお尻の筋肉密度なら、衝撃に耐えられる」
「そういう問題じゃねえよ! 首がもげるわ!」
「アスクが空中で回復すればいい。……いくよ!」
聞く耳を持たない。
マホの杖の先端に、赤い魔法陣が展開される。
「よっしゃー!」
ドォォォォン!!
轟音。
そして噴き上がる爆炎。
マホの杖から噴射された爆発エネルギーが、モアの強靭な臀部を直撃した。
次の瞬間。
「ぎゃああああああああああ!」
モアの絶叫が空に吸い込まれていく。
彼女の体はロケットのように垂直に打ち上げられた。
凄まじい加速だ。
一瞬で音速を超えたのか、空中に白い衝撃波のリングが発生した。
「……発射成功。高度上昇中」
マホが満足げに頷く。
俺は口をあんぐりと開けて見送るしかなかった。
「アスク、追撃支援! 回復を!」
「あ、ああ! くそっ、無茶苦茶しやがって! 『ロング・レンジ・ヒール』!」
俺は慌てて空中の点に向けて回復魔法を飛ばした。その点はモアだ。
爆発のダメージと、急加速によるG負荷、そしておそらく鞭打ちになっているであろう首を瞬時に癒やす。
すると。
空中で姿勢を立て直したモアが、ガーゴイルの群れのど真ん中に到達していた。
「よくもお尻をー! 熱かったんだぞぉぉぉ!」
理不尽な怒りを込めて、モアが大剣を振るう。
空中で自由が利かないはずなのに、彼女は腰のひねりと筋肉だけで回転し、竜巻のような斬撃を繰り出した。
モアは落下するガーゴイルの残骸を蹴りつけ、上空に留まりながら暴れまわる。
ドガッ! バキッ! グシャッ!
ガーゴイルたちが次々と粉砕されていく。
彼らにとっても想定外だっただろう。
まさか地面から生身の人間が、砲弾となって飛んでくるとは。しかも半裸だ。
パニックを起こし、逃げようとするガーゴイルたち。
「すごーい! アスク見て見て! 私、鳥になったみたい!」
血と破片を撒き散らしながら、モアが無邪気に笑う。
鳥というか、迎撃ミサイルだ。
ビキニ姿のミサイルが、空を蹂躙している。
「……重力制爆発ベクトルを計算した完璧な弾道」
「確かに、これしかないかもな……」
俺は頭を抱えた。
だが、確かに効果は絶大だ。
上空の制空権は、いまや完全にモアのものとなっていた。
「よし、次は第二弾。アスクの番」
マホが杖をこちらに向けた。
俺の背筋が凍る。
「は?」
「モアだけだと、手数がたりない。討ち漏らすと後で面倒だから……アスクも飛んで」
「ふざけるな! 俺は回復役だぞ! それに俺のケツは爆破に耐えられない!」
「大丈夫。死なない程度に威力は抑えるから……いくよ」
「えっ、ちょ……やめろぉぉぉぉぉ!!」
ドォォォォン!!
再びの爆音。
俺の視界が反転する。
内臓が押し潰されるような圧迫感と、尻への熱さが同時に襲ってくる。
「ひぎゃああああああああ!」
俺も飛ばされた。
視界がぐるぐると回り、風圧で顔が歪む。
空中で死にかけながら、必死に自分にヒールを連打した。
回復魔法のエフェクトを纏いながら、俺は人間ロケットとなって空へ昇る。
端から見れば、光り輝く天使の飛翔に見えるかもしれない。
実態は、尻を焼かれて叫ぶおっさんだが。
「アスク! こっちこっち!」
上空でモアが手を振っていた。
彼女はガーゴイルの背中に乗り、サーフィンのように滑空している。
楽しそうだなお前は。
「くそっ、どうにでもなれ!」
俺はやけくそで杖を構えた。
目の前に、逃げ遅れたガーゴイルが一匹。
「おりゃあ!」
俺は加速の勢いを乗せて、杖をガーゴイルの脳天に叩きつけた。
バキィッ!
石の頭が砕け散る。
石像のくせに、空を飛ぶためか意外と脆い。
「……へへ、やったか……?」
俺は空中で体勢を崩し、きりもみ回転しながら落下を始めた。
地面が迫ってくる。
死ぬ。
これ絶対に死ぬ。
「マホぉぉぉ! なんとかしろぉぉぉ!」
「『エクスプロージョン・バースト』」
「ぐぁああああああああ! 『ハイ・ヒール』!」
俺は空中でマホに再加速されながら、目の前に現れたガーゴイルを一心不乱に殴り続けた。
数分後。
上空のガーゴイル部隊は全滅した。
地面には無数の石礫と、砕けたガーゴイルの残骸が散乱している。
俺たちはその中心に立っていた。
「ふぅ……。いい運動になったね! 空中戦も悪くないよ!」
「……対空戦闘データの収集完了。人間カタパルト戦術、実用性あり」
二人は涼しい顔だ。
俺だけが酔ってフラフラになり、地面に這いつくばっていた。
「もう……勘弁してくれ……」
俺は涙目で呻いた。
空を見上げる。
もう黒い点はひとつもない。
鉛色の空だけが、静かに俺たちを見下ろしていた。
そして。
目の前には、巨大な魔王城の城門がそびえ立っている。
門は、まるで今の騒ぎを嘲笑うかのように、音もなく開いていた。
中からは、どす黒い闇の気配が漂ってくる。
いよいよだ。
いよいよ、このふざけた旅の終着点が近づいている。過酷な旅でもあったが。
「……行くぞ」
「うん!」
「……了解」
俺は震える足で立ち上がり、最後のダンジョンへと足を踏み入れた。




