第26話:吸血鬼の王
王都から離れたダンジョンを探索し終えた俺たちは、王都への帰路についていた。
すっかり日が暮れてしまったため、今夜は森で野宿だ。
「ふあぁ……おやすみ、アスク」
「おやすみー」
俺たちはテントを張るのも面倒がって、焚き火の周りにそのまま寝転がった。
満天の星空の下、ビキニアーマー姿の美女二人が無防備に手足を投げ出している。
普通のパーティーなら見張りを用意するところだが、このパーティーにその必要はない。
大きな生き物が近づいてくれば、モアの野生の勘か、マホの結界が反応するからだ。
普段こき使われている分、ここでしっかり働いてもらわないと割に合わない。
俺も疲れていたので、泥のように眠りに落ちた。
深夜。
森の静寂を破るように、一匹のコウモリが舞い降りた。
(ククク……愚かな人間どもめ)
そのコウモリの正体こそ、魔王軍四天王最強の男、吸血鬼の王である。
彼は静かに、獲物を品定めしていた。
(見張りも立てずに爆睡とはな。余裕か? それともただの馬鹿か?)
吸血鬼の視線が、月明かりに照らされたモアの肌に吸い寄せられる。
無防備に晒された白い首筋。
規則正しく脈打つ血管。
(美しい……。なんと食欲をそそる寝顔だ)
彼は舌なめずりをした。
抵抗も、恐怖も味わわせることなく、安らかな眠りの中で吸い尽くしてやろう。
それが彼なりの慈悲であり、美学だった。
(まずは、この大剣の女からだ)
コウモリは音もなくモアの首元に着地した。
鋭い牙を剥き出しにし、柔らかな皮膚に突き立てる。
ガブッ。
ジュルッ。
(……!?)
一口吸った瞬間、吸血鬼の目が見開かれた。
芳醇な鉄の味と共に、強烈な熱が喉を駆け抜ける。
(あ、熱い!? なんだこの血は!?)
それは、まるで酸を飲み込んだかのようなダメージ。
長年にわたりアスクの回復魔法を受け続けたモアの血液は、アンデッドを焼き尽くす聖水そのものに変質していたのだ。
(ぐぅっ……! 喉が、焼ける……!)
吸血鬼は慌てて離れた。
モアは「んごぉ……」と豪快な寝返りを打つだけで、起きる気配はない。
(お、おのれ……体に毒でも塗っていたのか? ならば、そっちの魔術師だ!)
ターゲット変更。
彼はマホの二の腕に噛みついた。
ガブッ。
ジュルルッ。
(ギャアアアアッ!!)
今度は、激しい電流のような衝撃が走った。
魔力が高いマホの血液は、さらに純度の高い回復属性を帯びていたのだ。
(死ぬ! 浄化されるぅぅ!!)
吸血鬼は痙攣しながら地面を転がった。
(ば、馬鹿な……四天王最強の私が、たかが食事で……!)
決定的な一撃だった。
限界を超えた回復属性ダメージにより、もはやコウモリの変身すら維持できなくなる。
ボフンッ、という音と共に、彼は本来の蒼白な貴公子の姿に戻り、白目を剥いて力尽きた。
***
翌朝。
チュンチュン、と小鳥に起こされ、俺は目を覚ました。
「ふわぁ……よく寝た」
最高の目覚めだ。
やはり野宿は開放的でいい。
「……ん?」
「キャアアアアアア!」
先に起きたモアの悲鳴が響いた。
「どうしたモア! ……って、うわあああっ!?」
俺たちの寝床のど真ん中に、見知らぬ男が死んでいた。
貴族のような服を着た、蒼白な肌のイケメンだ。
口から泡を吹き、完全に事切れている。
「だ、誰だこいつ!?」
「いつの間に!」
「服装からして、どこかの貴族……?」
3人で死体を囲んでざわつく。
俺は恐る恐る死体を観察した。
口元に血がついている。
そして、鋭い牙。
(……吸血鬼、か?)
俺はチラリと、モアたちの肌を見た。
蚊に刺されたような赤い痕がいくつかある。
状況から推測するに、夜中に俺たちの血を吸おうとして、何らかの理由で死んだらしい。
(まさか、こいつらの血を吸って……食中毒を起こしたのか?)
俺の回復魔法が染み付いた血は、アンデッドにとって猛毒だったということか。
哀れすぎる。
「ねえ、どうするこの人?」
「口元が汚れてる……。何か変なものでも拾い食いした……?」
彼女たちの認識はその程度だった。
俺は心の中で合掌しようとして、ふと既視感を覚えた。
「……待てよ。こいつ、どこかで……」
俺は鞄の中から、以前街でもらった手配書の束を取り出した。
パラパラとめくり、一枚の紙で手が止まる。
『魔王軍四天王・吸血鬼の王。極めて危険。出会ったら即逃げること』
手配書の似顔絵と、目の前の死体を見比べる。
完全に一致していた。
「……マジかよ」
「えっ、なになに? ……うわっ、ほんとだ! 四天王じゃん!」
「すごい。寝てる間に四天王を倒した」
モアとマホが驚愕の声を上げた。
俺は天を仰いだ。
まさか、最後の四天王がこんなマヌケな死に方をするとは。
「どうするアスク? 埋めてく?」
「いや、さすがに四天王ともなれば、ギルドに報告しなきゃマズいだろう。死体を持っていけば証拠になる」
それに、懸賞金も出るはずだ。
俺は溜息をつきながら、死体を担ぎ上げる準備をした。
「よし、王都まで運ぶぞ。……なんだか、英雄の凱旋って雰囲気じゃなくなってきたな」
死体を担いでの帰還。
それはまるで、事件現場からの撤収作業のようだった。
魔王軍四天王は全滅した。
残るは魔王ただ一人。
俺たちは死体を担いで、王都への道を歩き出した。




