押し売りエルフは歓迎されず
「どうもこんにちは。僕はコルといいます」
ここは街の片隅にあるゴミ置き場。
そこで俺は、この場所を根城にしている十数人の孤児たちの前で、うさんくさい慈善家のような笑みを浮かべていた。
なおアルテアはいつになく不機嫌そうな顔のまま、いつもより力強く俺の首にしがみついている。
「本日は皆さんにご相談したいことがありまして、こうしてお話の機会を設けて頂きました」
「帰れ」
「おや、にべもない」
「ニハルをどうやって騙くらかしたか知らねーが、こっちはオメェみてぇなオジョーヒンなお坊ちゃんなんざと話すこたぁ、いっこもねぇーんだよ」
孤児たちの中ではいくらか年長である、赤褐色の髪をしたリーダー格の少年が、険しい顔でそう吐き捨てた。
その後ろで所在なさげに立ち尽くしている兎耳の子供──ニハルに視線を向けて俺がにこりと笑うと、彼女はびびびっと耳を震わせて、目を泳がせながら少年に向かっておずおずと口を開く。
「だ、だって、そいつが、なんか、わーって喋りよるし、あと顔が、すごい、なんか、近くて、びかびかで、もう、わけわからんごとなりんした……」
「ちなみにですけどそうやって相手の理解が追いつかないうちに話を畳みかけて要求を通そうとする相手は大抵わるいやつなので信用しないほうがいいですよ」
「どの口が抜かしやがる」
ニハルが最初から焦りでだいぶ混乱していたのを良いことに、急な性格最悪俺フェイスからの至近距離エルフ顔面で思考を消し飛ばし、立て板に水のごとき舌先三寸で判断力をぐちゃぐちゃにして要求を押し通したこの口である。
いや、ニハルには前回顔を見られてるから、ただの美少年よりはちょっと一ひねりインパクト欲しいなと思って本性フェイスをチラ見せしたのだが、やりすぎたかもしれない。
一度見た程度で効果がなくなる柔な顔面じゃないのだから、普通に美少年ムーブだけで押し切ればよかった。オーバーキルだった。
こうなると俺がだいぶ外道のようだが、いや別に外道でもいいんだけど、ピピリマとやらの治療を対価にこちらが要求したのはひとつきりだ。さほど不当な取引でもないだろう。
「オメェに言われるまでもなく分かってっさ。おれらみてぇなゴミに自分から近寄ってくるやつぁ、悪人か偽善者だってことくれぇはな。そんで? オメェはどっちだ、お坊ちゃん」
「『あなたの仲間に引き合わせて欲しい』。僕がニハルさんに頼んだのはそれだけですよ。騙すつもりはありません」
教養も伝手も元手もない孤児が、本当にただ一人で生き延びることは困難だ。不可能に近いと言ってもいいかもしれない。
だからニハルも、この街のいずれかの孤児のグループに属している可能性が高いと踏んだ。
弱い生き物は、生き抜くために集団を作る。
たとえ一人あたりの取り分を減らしてでも、弱者にとっては基本的に多数であることのメリットのほうが多い。
数の力を団結させるにしろ、強者に狙われたときに全体の生存率を上げるために一部を捨て石に使うにしろだ。
そこまででなくとも孤児同士で多少は横の繋がりがあるだろう、と見込んで話を持ちかけたわけだが、結果はご覧の通りである。
「そんでおれらに会って、かわいそうだって見下して、自分はああじゃなくてよかったって安心して、きたねぇガキどもにちょいと恵んでやって、良いことしたっつー気分にひたりてぇって?」
少年が嘲るように笑う。リーダー格とされている様子なだけあって、口も頭もよく回るようだ。
なるほど、わるくない。
そういう半端に知恵をつけている悪ぶった生き物は、理屈で動かない下手な善人より、時によほど御しやすいものだ。
「いえいえ。僕はあなた方と、対等な立場で話し合うためにきました」
「対等! 対等ときたかよ! そんな言葉を使うやつほど、んなこたぁこれっぽっちも考えちゃいねーんだ。本当に対等だと思ってる相手には、わざわざ対等なんて言わねぇんだろ」
「まぁ確かに、思っていないからこそ不自然に強調する場合もありますよね。でも僕の言う“対等”はあなたの思うような、こちらが上に決まってるけどあなた方の足元にも踏み台を置いてあげよう、というおやさしい意味ではなくて」
そこで俺は被っていたフードの端にすいと指をかけて、外した。
「最底辺のゴミカス同士で、取り引きしようって言ってんですよ」
「…………!」
なお、この『いないいない美少年』をやるためにここに来る前に一度フードを被りなおして、改めてファサ……するというバカみてぇなことをまたやっているわけだが、相変わらず効果はてきめんである。
後方で粗大ゴミの隙間から様子を伺っていた他の孤児たちがざわめき、ニハルは勢いよく顔をそむけたが、その垂れ耳がせわしなく揺れていた。
リーダー格の少年は一瞬呆気にとられたように目を見開いていたが、すぐにハッとしてこちらを睨み付ける。
しかし視線はややずらし気味だ。慣れないと直視に堪えないよな、エルフ顔面。わかる。
「そんなツラで……高そうな服着て、なにが底辺……!」
「現状の生活水準で比べるなら確かに僕のほうが上でしょうね。でもそんな僕よりも、今、確実にあなた方のほうが上回っているものがあります」
「あるわきゃねぇーだろ、んなもん」
「ありますよ」
さてここからだ。
俺はもったいぶってゆっくりと顔の横に立てた人差し指を、くるりと回して見せた。
「情報です。僕のような余所者、かつ商人ギルドの人間では決して手に入らない、“ただのこの街の情報”。あなた方はそれをよくご存じだ」
「情報、ったって」
「なにも誰もがあっと驚く一大ニュースを教えろと言ってるんじゃありません。厳重に管理された機密を盗み出せという話でも無い」
エルフ顔面の精神的自白剤が聞いてる間に畳みかけるべく、一歩、また一歩と少年に近づいていく。
「あなた方にとっての日常。あなた方が見たもの、聞いたこと。今日漁ったゴミの中身から、昨日した仲間内での馬鹿話。三日前の盗みの成果から、五日前に投げかけられた罵倒まで。ここ最近に起きた思い出せるかぎりのありとあらゆる記憶をよこせ、と言ってるんです」
そうして人差し指の先を、彼の胸元にトンと突きつけた。
「あなた方は話すだけ。僕がそれを“情報”にする。勝手にね」
観察と思考。結局のところ、俺に出来るのはそれだけだ。
集めた情報が使えるとも限らない。仮に役立つ情報を得られたところで、地位も力もない俺に出来ることはたかが知れている。
でもまぁ。やれることがあるうちはやってみようじゃないか。
ご存じの通り、何の解決にもならない状況を引き延ばして引き延ばして、いつか潮目が変わる可能性に賭けてみっともなくすがりつくのは、俺の十八番なのだから。
「……おれらがその話を受けなきゃどうする? 悪人らしく脅すか? それとも偽善者らしく被害者面で泣き落としてみせるか?」
「何もしませんよ。というか何かするほどの力が僕にはありませんので、あなた方が取り引きを望まないというのであれば、ここでお別れしておしまいです。ああ、もちろんニハルさんとの“商談”はすでに果たされていますので、ピピリマさんの治療は可能な限り手を尽くさせて頂きますが」
「ただ」と俺は場に集まっている孤児たちにざっと目を滑らせてから、再びリーダー格の少年に視線を合わせて、にこりと微笑んだ。
「港の封鎖と雷雨のせいで、このところ随分と実入りが少ないのでは? 皆さんほとんど食べられない日が続いていると、ニハルさんに聞いていますよ」
「ニハル……」
「だ、だ、だって、そいつ、ゥウ……ごめんなんしょ……」
「この顔面で迫られてよく耐えたほうだと思いますよニハルさんは」
「どのツラ下げて抜かしやがる」
大の大人も容易に正気を吹き飛ばす美の化身面を引っさげてである。
いや実際ニハルはいらない情報を吐かないように、よく頑張って耐えていたと思う。
けれど対人コミュニケーションに慣れていない子供が、エルフ顔面ショックに耐えながら回避できるほど、俺の口車も甘くはないのだ。
とにかく孤児たちの一部は、船からの荷下ろしなどの雑用を手伝うことで小遣いを貰っていたそうなのだが、港が封鎖されてからはそれも出来ず、通行人からのスリなどで金や食糧を得ていた孤児も、続く雷雨で人足が途絶えているせいで獲物がおらず、とくればそうもなる。
港の封鎖のほうはなんとも言えないが、おそらくこのまま雷が止めば、間もなく人出はそれなりに戻るだろう。
しかし一般人にとっての“間もなく”を待つ余裕もないのが、その日暮らしの彼らだ。
「僕と手を結んで頂ければ、少なくとも今日の食事は手に入りますよ。あなたも仲間たちを飢え死にさせたくはないでしょう?」
「それは脅しじゃねえのかよ」
「まさかそんな。でもこうして不安を煽って足元見てくる相手はあまり信用しないほうがいいですよ」
「どの口!!!」
少年が肩を怒らせて怒鳴る。
わざわざ怒らせて平常心を乱そうとしてくるやつも相手しないほうがいいぞ、とは言わずにこれ幸いと話を詰めていく。
「一時矜持を捨てて僕と手を組み、今日を生きながらえるか。一時の誇りを守って、明日の仲間を殺すか。さあ、どうします?」
「……このドカスが」
「そうですね、極端な言葉を並べて時間制限のある二択を迫ってくる相手も基本疑ってかかったほうがいいと思います」
「ほんっとうに……どの口……!」
そもそもなし崩しにしろ、こうして俺との対話に応じてしまっている時点で彼のほうにも迷いというか、現状への危機感があるはずだ。
どうにかしたいがどうにもならない。けれどどうにかしなければいけない。そうした明確でありながらも漠然とした不安や焦燥感こそが、俺みたいな輩にとって最高の付け入る隙となる。
親の仇を見るような目つきでこちらを睨む少年と、余裕ぶった笑みを浮かべる俺を、ニハルが落ち着かない様子でちらちらと見る。
俺というトラブルを持ち込んできてしまった負い目と、彼女の大元の目的であったピピリマの容態が心配なのもあるのだろう。
板挟みにしているのは申し訳ないが、この大一番を超えないことには俺にも後がない。結果はどうあれ治療はしっかりするつもりなので、もう少し待っていただきたい。
「…………」
目の前の少年の瞳に、様々な感情が浮かんでは入り交じる。
周囲に相談する素振りがないところからして、この集団の決定権はすべて彼に委ねられているらしい。
さもありなんというところだ。
彼以外の子供はほとんどが十歳未満で、彼自身もせいぜい十代前半、俺の見た目と同じぐらいだろうか。小学生の集団を率いる中学生みたいなもんである。
彼の立場からしてみれば、仲間は守る相手ではあっても頼る相手にはなり得ないだろう。
子供たちにとってもまた、彼は年上で頭も回る頼もしいリーダーであり、肩を並べて責任を分け合う相手ではない。
へたに我を出して揉めるよりは、おとなしく彼の庇護下にいたほうが生きやすいと判断したのか、もしくは単に結果として人の言うことを聞ける、自己主張の控えめなタイプが残ったのか。なんにせよ。
追従。それも正しく弱者の生存戦略だ。すばらしいことである。
であれば俺は、それを正しく悪用しよう。
すなわちこの集団においては、彼さえ納得させればいい、ということだ。シンプルな話になったじゃないか。
短い沈黙の末、静かに息を吐いた少年は、妙に凪いだ瞳でこちらを見据えた。
「おれらは対等だって、オメェ言ったな」
「ええ」
「……そんなら」
少年はくるりと身を翻して一度ゴミ捨て場の奥に姿を消したかと思うと、さほどもしないうちに、片手に何かを持って戻ってきた。
そして俺の前で、その何か……汚れて欠けた大きめのマグカップを掲げてみせる。
「おれからの“杯”。オメェは当然、」
飲めるよな、とか、断らないよな、などという言葉が続くはずだったのだろう。
しかし俺はそれを待たずして彼の手からカップをひょいと取り上げ、そのまま中身を確認することなく──その場で、一気に飲み干した。
「……な」
少年が絶句する気配が伝わってくる。
それを尻目に最後の一滴、最後の一粒まで全てを喉の奥へ流し込んでから、俺はゆっくりと傾けていた顔を戻す。
「結構なお点前で」
そうして俺は、からになったカップの持ち手を指の端に引っかけて揺らしながら、ぺろりと口の端を舐めてみせた。




