17「わたしのために裁判しないで〜っ///」
目を瞑る。
「これから皆さんに幻術を掛けます。聴覚と視覚です。罵声は控えるようお願いします」
魔女がざわつく。アモルとヴァイスの息遣いを感じる。心臓の鼓動を感じる。
もう、魔女たちのボヤは、わたしには、聞こえない。
ち、ち、とシンバル替わりのネズミの声がする。心臓が爆発しそうにうるさい。私は聴覚以外の体の感覚を全て消した。
アモルが歌い始める。きっと私の背中には汗が伝っていた。
2泊目からシンセサイザー、わたしの頭から流す記憶の残滓を魔女に渡す。
その場で実際に流れているベースやシンバル、チョップ替わりの他は見つからなかった。
メロディーやエレキギターはわたしの脳みそから直接明け渡すしかない。もちろんステージも、ライトも。私の記憶から。
15にんの魔女に。
3曲、たった3曲。10分だ。
なにかがぽた、と落ちた音がした。
衣擦れの音、ステップを踏む足、カラスの低い歌声に合わせて、私だけ緊張で先走らないように。みんなに合わせて。
あ、やばい、いま多分頭がガクってした。ひゅんって音したもん。
次の曲。目の奥が強いフラッシュを炊かれたみたいに熱い。
でも…。
楽しい。ヴァイスの声も、歌いながら少しずつボーカルを支えるヴァイスの声も、息遣いも。
3曲、め…。し、しぬ…。もはや動物たちの音には意識を割いていられなかった。
目の見えない真暗闇、アモルとヴァイスの歌が私のしるべとなり、私はそれにふらふらとついていく。
あ、やば、あとすこし、あといちフレーズ…な、の……に……
***
魔女会はこれまでに無いくらい大議論になった。ある者はこれまでに無いくらい不快だと怒り、ある者はこれこそ私たち魔女の苦しみだと涙した。
処刑する、処刑しない、処刑する、処刑しない。
何よりなんだ、今見せられたのは。
不快極まりない、聞いた事のない音楽だった。景色だった。自分たちは魔女焼きのような眩い光に晒され、暗闇から人間を見上げている。
それ以上に、聞いた事のない歌詞だった。幼子がぽろりと零すように飾り気がなく、それでいてくたびれた老人のように老成した歌詞だった。
なにより、こんな白熱した議論なのに当の魔女が気絶しているではないか!にへらと笑って!最後伴奏の前に気絶していただろう!
「…メロディア?」
眼帯をつけた人間の男が息を切らしながら当確魔女に駆け寄る。
もう1人…白い色の意志はこちらをまっすぐ見て微動だにしない。
「はぁ…」
私はこれをどう処理すべきかこめかみを抑えた。隣のメロディアなる裏切り魔女の師匠を見ると、ファンデーションに透けた頬が紅潮している。
「…」
私は呆れた。
この魔力、引き連れた意志、この文化。魔女の手本のような優等生だ。なのに、なぜ私たちを捨てるような真似をしたのか。
…魔女の気持ちが分かるのなら、なおさら。
私は歯を食いしばっていたことに気がつき、慌てて咳払いをした。
あの曲たちは…伴奏は不快であったけれど。はぐれ者として何百年も前、故郷から逃げざるを得なかった私たちに刺さってしまった。
だから不快なのだ。だからこそ裏切りを許せないのだ。
だから共感して泣きじゃくる者もいるのだ。何百年と生きてきても。赤子のように。
「ローザリッテ様…?」
「…よい」
泣いている魔女に感化され、アイラインが滲んでしまうことをおそれた。
「メロディアを叩き起しなさい」
「!」
ぎ、と睨んできたのは白の意志だ。
ああ、どうしてそんな生物のスープのようなものを侍らせている。
「…人間ら。動物たち。メロディアを起こしなさい。それの生死にかかわることです」
は、と眼帯をつけた人間の男はメロディアを揺さぶった。
「メロディア!頑張って起きて!」
「ゆ〜?あんこーりゅ…」 起きる気配がない。
パンっと乾いた音がした。
白の意志がメロディアを、平手打ちした。
どよめきが起こる。
「メロディア、寝ている場合じゃない」
動物たちが盾つこうとしたが、白の気迫に蹴落とされている。
「いった〜!!!殴ったね!」
「ああ、殴った。民衆にも殴られまくった頬を」
「…」意味不明なやりとりに目眩がする。
「はっ!ライブは!?アモル、ヴァイス、生きてる!?ってなにこの空気!」
やかましい。思ったこと全部言わないと気が済まないのか。
…そうか。魔女は、民衆に馴染めなかったもの達だが、その私たちにも馴染めなかったのか。
ひとは…一括りにはできまい。
「静まれ」
威圧すると魔女たちは押し黙った。
「私は、もうその魔女は知らぬ」
「…!」
処刑派の魔女がなにか言いたげだ。
「私はこの議論から降りる。それが私の意思だ」
隣にいるメロディアの師匠が息を飲んだ。
「よって、お前たち14人で徹底的に話し合え。魔術は禁止。結論をひとつ出すまでここから退出することを許さぬ」
メロディアが両頬に手を当ててどうしてこんなことに、と言いたげな顔をした。
私はまたため息を吐いた。場は白熱していく。
こういう場にしたのはお前だろうが。
***
わたしのために…ッ!争わないで〜ッ!と言いたい。声を大にして。そんなことしたら石投げられそ〜。
くらくらする頭に女性の低い怒鳴り声やすすり泣き、甲高い声などもろもろが響く。
「メロディア…頬、大丈夫…?」
「うん、むしろ起こしてもらえて助かった。」
へにょりと座りながら魔女陣の混沌とした話し合い…怒鳴り合い…泣きわめきあい…?を見ている。
「私は受け入れられない!あれは異端すぎる!」
「でも…魔女らしかったし…」
「徹底的に監視したら?人間界との関わりを絶たせるの。殺すのはもったいないわ…」
「ぬるい!あいつは裏切り者だ!それにあの人間を人間界に放流させているらしいではないか!私たちの存在が芋づる式にバレてもいいのか?それを防止するための今までの処刑では無かったのか!」
あーくらくらします。ちらり、とローザリッテ様を見ると目を瞑って足を組み、俯いていた。
まじ?これこのまま一生、魔女以外が老けて死ぬまで話し続ける感じ?
「あの!発言許可願います!」
「ローザリッテ様は我々14人に話せと仰った!お前に発言権はない」
「話し合うにも情報源がいると思って…」
むす、としたショートカットの魔女が言った。
「手短に。」
「私はこの歌で、この踊りで、世界を支配します」
沈黙が降りた。あり…?
「か、価値観の侵食ですよお。つまり、貴方たちが共感したこの音楽を、普遍的な物にじわじわしていくんです」
「価値観の…侵食?」
そんなぞっとされても…。悲しい。
「人間、全員が魔女になることです!」
ざわざわ、ひそひそ。そうだよね。まだ16人しか居ないもんね、この国に。魔女って。
「あなたたちは人間です。」
殺気を感じた。魔女的には人間呼ばわりは頭にくるらしい。
「わたしも人間です。どう足掻いたって人間の女の腹から生まれたものが今まで生きているだけで、わたしたちは人間です」
おおう、魔術禁止をローザリッテ様が命じてなかったら今ここで死んでそう。めちゃくちゃ睨まれている。
「今、ここで意見が割れたように、人間も意見が割れる。ええとややこしくなってきたな…」
まだ頭がポヤポヤしている私にヴァイスが平手打ちの準備をしている。まずいまずい。
「貴方たちは本当に人間の群れに戻りたくないのですか」
「つまり…あんたを生かせば人間に戻れるって?馬鹿馬鹿しい」
「どうやって」
「そもそも戻りたいなんて一言も言ってないけど」
言い方、古のツンデレか。
「わたしの処刑に関しては、私は異論ありません。ただ、待って欲しいのです。せめて愛する者を看取るまで活かして貰えませんか。その後はどんなに残虐に殺していただいてもかまいません。監視も是非ください。皆様の存在をバラしそうになったら即殺してください。」
「メロディア…!」アモルが私の肩を掴む。
「しー、アモル」
「たかがあと50年程度。短いでしょう?ここで延々と時間を食い潰すより、各々の時間を生きた方が効率的です」
しん、としてから、ぽつり、ぽつりと各々が独り言を言う。
「正直、家に帰りたい人〜!」
師匠と…ん!?ローザリッテ様も手を挙げた。
みんな釣られて手を挙げていく。
最後のひとりが怒り心頭な様子で手を挙げた。
ん、おけです。
「では、お騒がせいたしました。宜しければ、2人組アイドルユニットアンダンテをご贔屓に!」
「あんだん…」
「て…?」
手紙の封を閉じた。
煙が舞い、わたしたちは自宅に戻っていた。手元にはもう手紙がない。
「メロディア…!」
「あっまってアモルあとヴァイス平手はやめて、なに?好きになっちゃった?平手」
「馬鹿」
そうだよ馬鹿だよ、とアモルは涙目だ。
「でも、わたしの価値観では、あの場所で無駄にふたりの時間を奪うことが、よっぽど馬鹿な行為だったよ」
「…」
なんか三者面談みたいだな。あ、ドアをノックする音。
「はあい」
「ネグルです」
あ、カラス形態から戻ってきたんだ。ドアを開ける。
「メロディア様…。メロディア様にとって50年はあっという間です。森の意思は今酷く同様しています」
「だろうねー」実感がわかない私は呑気に答える。
あ、ヴァイス手を構えるのやめて。やめて怖い。
「でもさ…リズの子供がリズの孫を産んだら、まだ生きていたくなるんだろうな」
「なら!」アモルは私に縋り付いた。
「でも、今が一番大事なの。50年後の未来が、とかはどうでもいい。今と、少しの先が大切で大切で堪らないの。」
私の目はきっとキラキラしているだろう。毒気を抜かれた顔をした皆は、それぞれ呆れたように笑ったりため息を着いたり眉間に皺を寄せたりした。
「今と、少しの先?」ネグルが繰り返す。
「うん、少しだけ向こうで語ったよね。最終的には価値観を侵食しますって」
しん、とみんなが黙った。え?そんな人道から外れたこと言ってんの?私。
「と、ゆーわけでアンダンテ結成!おめでと〜!」
むりやり場を盛り上げてみる。だめだ。視線が冷たい。
「ヴァイスは、やれるだけやるけど」
「は、はぁ…!?僕だって頑張るけど!?」
「喧嘩しなーい」
まあ仲良くなってきた気がするわ。親の前で仲いいフリするより、断然。のほほんと見守る中、2人の喧嘩と共に夜はふけていった…。




