11「真剣な話し合い」
「自分だけの独占ステージもいいけど、推しを皆に認知してもらえる、ってのもいいなあ」 工房でひとり、現代風のキラキラ衣装案を書き出しながら、自分の呟いた言葉に青ざめた。
「ど、毒親じゃん……わたし……」
アモルが涙を流すほど嫌がっていたのに。 いや、酒場の皆に褒められた時、声が嬉しそうに聞こえたのは気のせいだったんだろうか。
すべて目に映るのはわたしのレンズで見た世界だから、わたしの望みが多少、影響しているだろう。
わたしの、「アモルを認めてほしい!」というわがままが先行して、現実を歪めて認知して、アモルが嫌がっていたことに気付けなかったのかも…。 「はあ」
「幸せが逃げる、メロディア」
ああ、もうびっくりしない。どれだけ神出鬼没でも、ヴァイスは森の精霊さん(仮定)だもんね。
ため息を押し込めようとわたしの口に手のひらを当てようとする、ヴァイスの腕を退けてわたしは腕を組んだ。
わたしって本当に失敗してばかりだな。うっかり自分の意識を消し飛ばすなら、まあ自業自得だけど、他人にまで深く影響を与えてしまうなんて。害だよ。
なんだろう、ほんとに、毒親確定だよね。リズもモニカももしかして……レジェロも……。
教えてよ誰か、育児って難しいよ。
いやだめだめ、育てるって決めたのはわたしで、他人の力を借りられないなんて最初からわかっていたことで。
「メロディアは悪くない」
大将軍が決定を家臣にを下すがごとく、ヴァイスはそう言いわたしを見下ろした。何歳やっちゅうねん。言葉の重さと貫禄がすごいんだよ。
「ああ~はいはいありがとう」
「アモルは4つ目の欲求、承認欲求とメロディアへの執着で葛藤を起こしているだけ。メロディアは悪くない」
「はいはい…って待って、承認欲求?」
それって、確か現代のわたしの知識の、心理学の知識だよね。5つの心理欲求といって、生理的欲求がしっかり満たされると次は安全欲求、社会所属欲求と、欲求が段々ステップアッブする、って…。
「ヴァイスってもしかして、天才?」 心理学専門の先生が研究して発表したそれを、自分で解けてしまうなんて。
…それとも、心を見透かされてたりしないよね。仮に森の精霊、なんて心の中で茶化してきたけど、なかなか真実味を帯びてきたぞ。
「天才はメロディア」
ヴァイスはいつもの無表情。
「そっかあ」
うーん、森の精霊(仮称)に懐かれるような事なんかしてないし、そもそもヴァイスは人間の頃から赤ちゃんだ。わたしが育てたから間違いない。考えすぎだろう。
ところで、彼の言うとおりなら、兄弟から見て、5つの欲求のうち3つはクリアしているということだ。生理的欲求、安全欲求、社会的欲求…。
すべてが5つのステップ通りにいくとは考えてないけれど、アモルが承認、または尊厳欲求を求めているとしたら、彼は社会的欲求が満たされていることになる。
それなら、嬉しい。
「ヴァイス。ヴァイスからしてさ、アモルは…どうしてわたしから精神的に分離できないのかな。別に突き放そうって事じゃ、ないんだよ…」
わたしは目を瞑り、椅子の背もたれに上半身を預けた。キイ、と木が音を立てる。ちら、とヴァイスを見ると、小首をかしげながら、彼はわたしの言葉の続きを静かに待ってくれていた。
「もし、彼が人間界に向かう意志があって、周りが歓迎してるなら。アモルは結構特殊な事情があるし、彼が望むならわたしはサポートするよ。でも、アモルは嫌なんだね。きっと。ヴァイスの推察とわたしからの印象を混ぜると、確かに彼の中に対立する2つの望みがあるの」
ああ、とヴァイスは相槌を打った。頭に、子供にカウンセリングなんかの真似事させて、負担を強いてるんじゃないか、今こそ毒親行為じゃないか、と懸念が浮かぶ。でも今はそのどっしりとしたヴァイスの肩に、少し、ほんの少しだけ寄りかかりたい、そんな気分だった。
「なにか、理由があってさ。わたしから離れる事をすごく恐れてる。したい事があるけど、それは実行するとわたしと離れる事になると思ってる。だから、混乱して泣いてしまったのかもしれない」
アモル、お酒に弱いしね。そう思い出して、すこし困りながらもはにかんでしまった。泣き上戸か…。可愛いなあ。
「なんで、アモルはわたしからそんなに離れたくないのかな?」
反抗期も、一応あったはあったんだけど…『精神的離乳』、わたしのせいで精神的に大人になれていないとか?
親が過干渉だったり、酷い親だったりで、子供に反抗期が無かったら精神的離乳を完遂できない事がある。
「やっぱり原因はわたし?」
不安を隠して笑みを浮かべると、ヴァイスは(普段の無表情から比べると)苦々しい顔をした。
「秘密」
「相談に乗ってくれるんじゃなかったの!?」
なんでよー、とヴァイスをじっとり見上げれば、彼は露骨に目を逸した。
「原因……そうとも言う」
「そうとも…」
やっぱり、未熟なわたしが子育てなんて、実力不足だったのか。くらくらして、机に突っ伏した。
「メロディア」
「いいの。正直に言ってくれてありがとう」 ヴァイスはテコでも森から出ないとして、アモルは人間界を望んでいる。そこで、わたしのせいで見捨てられ不安が起こり、彼を葛藤で苦しめているんだ。わたしの罪だ。償いをしなければならない。
つまり、今後の目標は、彼の精神的な親離れ!実際親離れするかは、彼が決めることだからね! わたしはガバッと頭を起こした。
「ヴァイス、ゆっくり、ゆっくり彼をアイドルにしよう、そうしよう」
「いきなり、何」
現状維持では、だめだ。彼に気づかれないように、ゆっくり。彼に、わたしの保護化にいると安心感を抱かせつつ、周りに認められる喜びを教えていくんだ。わたしがいなくても生きていける、安心できる、そんな新しい心の安全地帯を探させるんだ。
「いくぞ!アモル・アイドル化計画!」
びしっと天井に人差し指を指す。
「メロディアが元気になったなら、いい」
ヴァイスはやれやれと首を降ったのだった。
***
「この前は、ごめんね。メロディア」
記憶がはっきりとはしてないんだけど、そう前置きして、アモルは素直にわたしの目を見てそう言った。
彼は本当、ルックスライク、爽やかお兄さんだ。その爽やかさを口の中のお茶と共に飲み込んで、コップをテーブルに置いた。
暗い森小屋の中でも、髪や瞳、肌までもが煌めいて見える。いや、別にオイリーってわけじゃないんだけど、なんていうの、ハリっていうの?内側から輝くすりガラスの様な、キメの細かい肌が…待って待って、アモルの肌は置いておいて。
「わたしこそごめんね。アモルに心細い思いさせたよね」
アモルはゆるく首を振った。
「僕、酒癖が酷いね。もうお酒は控えるよ」 「そう…?わたしは気にしないけど」
またアモルは首を振った。情けないね、と呟く。 「僕は、どうしても子供のままみたいだ。情けないよ…。それだけじゃない、このままじゃ君に甘えた『ニート』じゃないか」
「えっ」
ドキっとした。ニート、それはわたしでは?ていうか引きニートだけど。育児中なら専業主婦だったけど、今なんかはアモルに家事をしてもらって、毎日アイドルについて考えて遊んでるじゃん!いやヴァイスもか。ヴァイスはヴァイスで掃除してたな〜!
「アモルは、家事という立派な労働をしてるんだよ。家事はスキルだし、仕事だよ」
「そう、かな」
「そうだよ!いつもありがとう」
でも、これはチャンスだ。彼は現状を憂いている。わたしはアモルを向かいの椅子に座らせた。
「でもさあ…、もしよ?もし、アモルが、家事以外をしたい、と思うなら…」
言い方をしっかり考えなければいけない。彼を不安にさせないよう、言葉を選んで話す。 「わたし、アモルが歌手として成功する所を、傍で支えながら見たいな。わたし、アモルの楽しそうに歌う姿が好きなの」
アモルはピク、とわずかに下まぶたを寄せた。
う、綱渡りみたいで怖い。
「わたしの、我儘なんだけどね。アモルはわたしの自慢の子どもなんだから、皆に知ってほしいの。もちろん、アモルが嫌なら、他に道を探すとか。家事もすごく助かるし!」
「子ども…うん、自慢のね。ありがとう」
アモルは困ったように眉を下げて笑った。やっぱり子ども扱いは嫌なのかな。そういう意味の子ども、じゃないんだけど。
わたしが相槌代わりに微笑みを見せると、アモルは軽く目を伏せて、話を続けた。
「そっか…ごめんね、気を使わせて。でも理解できたよ。メロディアは、僕のこと、大切に思ってくれてる」
賢いアイだから、わたしの言葉が嘘偽り無いことはわかってくれていると思う。ただ、感情が…。 その表情や、幼い頃の言動から察するに、感情が思考を引っ張ってしまうんだ。頭では理解しているのに、気持ちが追いつかない。彼は感受性も感情も豊かだから、思考でそれらの手綱を握るのに苦労しているだろう。だから、お酒を飲んだときに思考のタガが外れ、感情が溢れだしてしまう。
アモルはわたしの目を見つめた。
「僕、メロディアの期待に答えたい。あ、それだけじゃないよ」 柔らかく彼は微笑んだ。
わたしは穏やかに相槌を打つ。
「僕も、自立したいんだ…その、難しいな。メロディアに守られてばかりじゃ、そもそも越えられそうにないしね」
「なにを?」
アモルはくすっと笑って、口の端をチェシャ猫の様に吊り上げた。
「子どもの壁」
壁……?
ところで、魔女のわたしが溜め込んだ、魔術の知識や素材、魔具に金銀財宝はもはやチート、それにまあ役立つかはわからないけれどわたしの現代知識もこの世界ではチートになる。
それらをもってしても、難しいこと、できない事はある。例えば、ファスナー。アイドル早着替えに役立つかなあ、と作ろうとしたけれど、再現できなかった。
なんとなく、スライダーが金具を引っ掛けたり引き離したりしているのはわかる。
けれど、あんな細かい物なんか魔術を駆使してもわたしの技術では作りようが無いし、そもそも仕組みをよく知らない。
暇な時に筆箱のファスナーを眺めた事はあったけれど、スライダーの中ではああなって、金具は実はこうなっていて、なんて普段の生活では考えもしなかった。金具職人さんになる予定も無かったし。
反対に、職人技としても、ガラス瓶は作れる。熱源は魔法、コネコネするのも遠隔魔法。流石に美しい美術品レベルは作れないけれど(センスも無いし)、普段ポーションを詰める瓶はわりかし簡単に作れる。
大勢の精神に影響を与える事もできない。魅了、魔法による意識改革、価値観の変更。わたしの道徳に反する上、物によっては技術的に難しい。
例えば、酒場に先日訪れた。もし、魔女バレしたとかで、その場にいた人達の記憶を消すことはできる。ただ、あの場にいる人数を一気に、しかもわたし達の記憶だけ消すというと、困難を極める。
そして、その後の影響。酒場にいた人達の一定時間の記憶が無くなった。段々と気がつくはずだ。気が付くと食べ進んでいる食事、街の人たちとの記憶の食い違い、だんだん激しくなる違和感…まさに魔女の仕業、と記憶が無いなりに騒ぎが起きるだろう。そうすれば、魔女狩りが起きる。
この深い森に隠れてわたし達は無事だとしても、罪もない街の女の人が犠牲になってしまう。
そんなの、そんな事は決してあってはならない。してはならない。
…と言うことで、魔術でできる範囲が限られる中、わたしがすべき事。魔女だとバレない様に振る舞って、かつアモルをサポートしつつ、その義眼と義足も周りに知られないよう誤魔化す。また、現地からして違和感のない音楽を提供する。加えて、演奏家達を雇う。
また、雇う金がどこから来た?と怪しまれない様に設定強化。さあ、これから大変だ。 …でも、すごく楽しみ。いくぞ、アイドルプロデュース!




