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8話 魔法使いジェシカロロシー

「これでも百年は生きているのよ! 失礼ね!」


 冒険者ギルドの施設内で少女の声が響き渡った。

 少女は二人組の成人男性の冒険者と向き合い、眉を吊り上げていた。

 少女は冒険者に依頼する仕事を提示している掲示板に立っている。小人族と間違えてしまうくらい背が低いが、彼女は小人族ではなくエルフ族だった。

 なぜエルフ族だとわかったのかというと、特徴的な細長い耳が、魔法使いが被る三角帽子からはみ出ているからだ。


「あたしはね、魔法使いクレメンティアの孫娘よ! 冒険者なら知っているでしょう?」


 エルフの少女は知っていて当然よと言わんばかりの顔で、手を腰に当てて胸を張っていた。


「魔法使いクレメンティア?」

「知らねえなぁ」


 二人組の成人男性たちはエルフの少女をからかっていた。


「あの冒険者たちは暇なのか?」


 俺は隣にいるノーラに聞いた。

 今は午前中を知らせる鐘楼の鐘が二回鳴った後である。

 今日は協力者してくれそうな魔法使いがいないか、先日ノーラの相談を聞いてくれた受付嬢に聞きに来た。


「この時間帯にいる冒険者は昨日の依頼を報告しに来たか、受付嬢を口説きにきたかじゃないでしょうか。活動するなら準備してもう街を出ているはずですから」


 ノーラは依頼がもっとも多く掲示板に張り出される時間は朝だと教えてくれた。


「あたしはいつか、お祖母さまよりも凄い武勇伝をつくるんだから! 覚えていらっしゃい!」


 背の低いエルフ族の少女は頬を膨らませて魔法使いのマントを翻し、二人組の冒険者に背を向けた。

 俺はエルフ族の少女とすれ違いざまになる。

 エルフの少女はずんずんと足音がしそうなほどの踏み足でギルドを出て行った。

 俺の第一印象は勝気な性格。


「お祖母さまよりも凄い武勇伝か。目標が高くていいことだ」


 俺はにやりと笑って、賛同を求めてノーラを見た。


「そうですね。アレクシスさんの事情からすれば、神々に感謝したくらいの良い出会いかと思います」


 ノーラは俺の事情を知っている。苦笑いして賛同した。


「よし。じゃあ仲間に引き入れよう」



  ◇◇◇◇◇◇



 俺とノーラは尾行して、エルフの少女の後をついて行った。辿り着いたのは二階建ての三角屋根の家だった。三角屋根には蔦が絡まっていて絵本に出てくるような、年季を感じさせる家だ。


「自宅か?」

「そうじゃないかと」

「ちょっとなんの用?」


 俺とノーラが姿を隠すように塀でひそひそ話をしていたとき、エルフの少女が塀からひょっこり顔を出した。

 エルフの少女は半眼で、俺とノーラを品定めするように目を上下に動かす。


「ひゃ⁉」

「なんで驚くのよ。後をついてきたくせに」

「す、すみません!」


 エルフ族の少女は半眼のまま、ノーラに突っ込みを入れた。

 突っ込まれたノーラは反射的に謝る。


「こんにちは。俺はアレクシスという。彼女は治療師(ヒーラー)のノーラだ」

「は、はじめまして。ノーラです」


「はじめまして。わたしは魔法使いのジェシカロロシーよ。で?」


 俺が自己紹介をすると、エルフ族の少女ジェシカロロシーも自己紹介を返してきた。

 門前払いにするつもりなら名前を名乗ることはしないだろう。とりあえず話を聞いてくれそうなので、俺は言葉を続けた。


「聞き耳をたてるつもりはなかったんだが、さっきギルドで武勇伝をつくりたいって君が言っていたのを見て」

「そうよ」

「とっておきの話があるんだ」


 俺が笑顔で言うと、ジェシカロロシーは疑いの眼差しを送る。


「今日が無理なら明日でも明後日でもいいんだ。時間をくれないか?」


 俺は表情を改めて真面目な顔で言った。


「別にこれからでもいいわよ。予定ないし」


 俺が冷やかしや冗談で言っているのではないとわかってくれたようだ。

 ジェシカロロシーはそう言って塀門を開けてくれた。




 三角屋根の家の中は一階が食事用の円卓と椅子と台所などの水回り。

 壁際には長机と棚が置かれていて、長机には乾燥した草花や鉱石、使いかけの瓶に小道具が置かれている。

 棚には皮本で括られた分厚い本、不思議な色合いの液体が入った硝子瓶など魔法使いならではの物品が陳列されていた。

 二階は書斎と寝室らしい。


「は? 水竜を倒す? あなた勇気と無謀は違うのよ?」


 ジェシカロロシーは本気で言っているの、と俺に聞き返してきた。

 聞いてきた彼女は三角帽子とマントを外している。三角帽子をかぶっていないと小柄さが目立つ。人にたとえると十二歳くらいに見えた。

 俺はここに来た経緯、国王から呼び出されて妹が『海の乙女』に選ばれた所から現在までの話をした直後の反応だ。


「指摘されなくても無謀にも等しい話だとわかっている」


 俺は真剣な表情で答えた。酔狂でそんな話をしているわけではない。妹の命がかかっているのだから。

 ジェシカロロシーと俺とノーラは絨毯が敷かれた上に座っている。中心には彼女が淹れてくれた紅茶が三つ置かれた木盆。

 なぜそうなっているのかというと、円卓と椅子が家の主の分一脚しかないということと、高さと大きさが家の主の体格に合わせ家具だから俺とノーラには低いのだ。

 だから結果、こうなった。


「わかってない。わかってないわ! あなた、水竜を舐め過ぎよ」


 ジェシカロロシーは首を左右にふる。


「水竜と戦ったことがあるのか?」

「いいえ。あたしはお祖母から水竜の恐ろしさを聞かされたわ」

「君は武勇伝を手に入れたいんじゃないのか? 君のおばあさんは有名な魔法使いなのだろう? 自慢できる大冒険の一つや二つ経験しているんじゃないか?」


 この雰囲気だと断られる可能性があるな、と思った俺はそれを回避するために、祖母を引き合いにだして彼女に問いかける。


「ええ。いくつもあるわ。私のお祖母さまは偉大な魔法使いよ。あたしはその孫娘。背が低い私は同期から散々馬鹿にされてきたの。私はお祖母を越えたくて、この街に来て冒険者になったのよ」


 過去を思い出したのか、ジェシカロロシーの語気が強くなる。


「背が低い?」


 それだけで、とよくわからない俺は首をかしげる。


「背丈が低いってことはその分、的までの射程距離が他の人よりも長いのよ! 腕の長さと一緒! 例えば本棚よ。あんたみたいな身長だったら難なく届く段でも、あたしは梯子を使わないと手が届かないわけ。腹立つわよ! 威力では誰にも負けないのに!」


 ジェシカロロシーは癇癪を起すかのように大きな声で言った。そして、自分を落ち着かせるために紅茶を一口飲んだ。さすがに初対面の人に感情を出し過ぎたと思っているのだろう。

 ばつの悪そうな顔をしている。

 なるほど、と俺は思った。才能も威力もあるのに自分の外的要因がそれを邪魔している、と。

 たしかに腹が立つことだろう。


「確かに射程距離だけをみたらそういう考えになると思う。しかし俺は逆に有利だと思った。低いってことは大きい奴からしたら的が小さい。俺のように前線で戦う奴から見たらやりづらい相手だ。知らぬ間に物陰に隠れて、魔法を連発で放たれたら驚くし、どこにいるのか探すのが大変だ」

「まあ、そうでしょうね」


 俺の一理にジェシカロロシーの溜飲が少し下がった。表情が少し柔らかくなった。


「水竜を倒せば確実に武勇伝が手に入るぞ。さっきも説明したが俺の妹が『海の乙女』に選ばれた。半年後には生贄にされる。俺にとって妹は唯一の家族だ。協力して欲しい」


 俺は話を本題に戻し、真剣な表情で訴えた。

 泣いても笑っても半年後には妹の未来、結末を俺は受け入れなければならない。

 絶対に後悔はしたくないし、泣きたくない。

 俺が纏う切実な空気に押されたのか、ジェシカロロシーは黙考した。

 そして、円卓に立てかけていた杖を握った。杖を振りながら呪文を唱え始めた。

 すると二階へ続く階段から、一冊の本が浮遊してジェシカロロシーの膝の上まで降りてきた。


「⁉」


 俺とノーラは驚いた。


「魔法使いならこれくらいはできるわよ」


 驚きが引かない俺とノーラに、ジェシカロロシーはそんなに驚くほどじゃないわと笑う。


「そうなのか」

「初めて見ました」

「この魔法は中級よ、と言ってもあなたたちには基準がわからないでしょうけれど」

「俺の国には騎士になるための学校がある。魔法もそういう学べる所があるのか?」

「あるわ。入学に年齢は関係ないわ。入学試験があって、それに合格できないと入れないの。学べる最低限の知識と技術がないと教科書を開く意味がないってわけ」


 話がそれちゃったわね、と言ってジェシカロロシーは本を開く。


「その本には何が書かれているんだ?」

「この本はモンスター辞典みたいなものよ。魔法使いといったらモンスターを倒すっていう印象が強いみたいだけど、杖とかそこの棚にある魔法道具を作ったりもするわ。魔法道具の種類にもよるけれど、材料の中にはモンスターの体の一部が必要なものもあるの」

「へえ」

「たしかこのあたりに……。あった」


 ジェシカロロシーは水竜の姿絵が描かれているページを俺たちに見せる。

 左側には文章が書かれていて、右側には海と水竜と思われる絵が描かれていた。しかし、書かれている文字がジェシカロロシーの母国語で書かれているので、俺とノーラは読めない。

 そんな俺たちに、ジェシカロロシーは書き出しの文章をなぞるように指をあてて読み始めた。


11月29日魔導士から魔法使いへ修正しました。



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