56話 取り戻した日常
ノーラやジェシカロロシーたちと別れてからひと月が経った。
俺とリリアーヌは住居を王都から領地へと移した。
それからは毎日、俺は執務室で書類仕事をしている。
先王陛下から告げられてからリリアーヌを取り戻すまでのあの日々は悪い夢だったのでは思うほど、今の生活は落ち着いている。
いつもなら夕方まで執務室にいるのだが、今日は予定があるので午前中に終わらせた。
「出かけてくる」
「いってらっしゃいませ」
俺は支度をし、執事に告げて馬車に乗る。
目的地は領地の中心街に店をかまえる本屋だ。
店の前に馬車が止まり、馭者が扉を開ける。
俺は馬車から下りて、戸口を引いた。戸口の鈴が鳴り、来客を知らせる。
「いらっしゃいませ」
店の奥に木目調で厚みのあるカウンターがあり、店員が笑顔で出迎える。
「受け取りの連絡をした、アレクシスだ」
「アレクシスさまですね。少々お待ちください」
俺が名前を告げると、店員は壁にそって作られた棚から四角い箱を手に取る。頭一つ分の大きさの箱がカウンターに置かれた。蓋と本体に控えめの装飾が施されている。
次に茶色の皮表紙の本を一冊置いた。
領主なら屋敷を出ずとも、店の店長に商品を持ってこさせることもできる。
しかしこの商品は、送り主に渡す寸前まで知られたくない。驚かせた後、喜んでほしいという思惑がある。よって俺はわざわざ店まで受け取りにきた。
「お待たせしました。こちら二点になります」
「ありがとう。支払いはもう済んでいると思うが、念のため確認してくれないか」
注文したのは先王陛下から呼び出しされる前だ。もし支払いの手続きが終わっていないと目の前にある商品が受け取れない。
俺は店員が帳簿を取り出し、ページをめくる手を目で追う。
「代金は十カ月前にお支払いいただいております」
店員が笑顔で商品が入った箱を差し出したのを、俺は内心ほっとしながら受け取った。
目的が済んだ後はこのまま屋敷に帰る予定だが俺は思い立って、馭者に街中を一周するように頼んだ。
俺は受け取った箱と本を椅子に置いて、小さな窓から街をのぞく。
路地の端に干されている洗濯物は、風に吹かれてゆらゆらと動いている。
その横を木の棒を振り回している子供たちが気合いの声を上げながら、騎士の真似をして通り過ぎる。
買物途中で知り合いとばったり会った主婦たちは雑談に花を咲かせている。
商品を納めに訪れた農夫は荷馬車を引いている。真上から射す陽光が熱いのか額にじんわりと汗をかいているようで、袖で顔を拭った。
平穏な景色が俺の目に映る。
市井の中で生きる人々が、災難や災害によって辛い思いをせずに生活している様子が見てとれて安心した。
屋敷を出る前に伝えた時間よりも大幅に遅れての帰りだったが、執事は馬車が門に入る瞬間を見逃していなかったようで玄関で俺を出迎える。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
「リリアーヌはどこにいる? 部屋か?」
「陽射しが暖かいので、お庭に出て紅茶を飲んでいらっしゃいます」
執事は言いながら、俺が本屋で購入した箱と本を受け取る姿勢を見せる。
「いや。すぐに渡すからいい」
俺は断って、箱と本を持ったまま庭へ向かう。
屋敷の外壁の角を曲がると、常緑樹の木陰に白い円卓と白い椅子が数脚見えた。
リリアーヌは幹寄りの椅子に座り、隣の椅子にお気に入りの白うさぎを置いている。俺が誕生日の贈り物として渡したぬいぐるみだ。お気に入りの桃色のドレスを着させている。
リリアーヌの近くには、世話と見守りを兼ねて侍女が一人控えていた。
「ただいま」
俺が声をかけると、リリアーヌは顔を上げた。
「お兄さま、お帰りなさい」
白い円卓に白色の封筒が二通置いてある。その一通は自分宛だったようで、手紙を読んでいたようだ。
「誰からの手紙だ? ノーラか?」
「いいえ。セリーナ様からです。お兄さま充てのお手紙もありますわ」
俺は箱と本をテーブルに置き、空いている椅子に座って、リリアーヌから手紙を受け取った。
ペーパーナイフで封を切って手紙を読む。
お決まりの挨拶から始まり、普段通りの生活に戻ったことが書かれていた。読み進めると花嫁修業を頑張っていることやリリアーヌの体調を心配していることなど身近な話題が中心だ。
次に王都の街の様子が書かれていた。
セリーナ姫がお忍びで、侍女を連れて城下へ行った最近の話だ。
精神的にも落ち着きを取り戻したセリーナ姫は城下が気になり、自身の目で確かめたいと思った。
心配する第三王妃を説得して、侍女を連れて街中を歩いた。
市井の台所とよばれている市場は活気があったそうだ。その後は双頭の水竜によって神殿が破壊された場所に向かった。天へ旅立った人へ捧げる献花がいくつも置いてあったという。
祈りを捧げる場所がなくなっても、国王の交代があっても人々の生活は変わらないように見えると侍女が全体的な感想を述べたことも書かれていた。
そして最後に国産品である塩について少し触れていた。今のところ塩の売買に影響はないという話を新国王陛下から聞いたという。
読み終えた俺は、ぼんやりと手紙を見つめる。
そもそも市井に生きる人々は双頭の水竜との直接の関りはない。
やはり自身に降りかかる災難でない限り、俺やリリアーヌ、セリーナ姫のように生活が変わることはないのだろうな、と思った。
関わりがあるとしたら塩を商品として扱っている商人や、料理の店をかまえている人たちだろう。
もしヘルミーネが言った通り、双頭の水竜の出現と良質な塩を得ることが関わっていたなら、少しずつ売買に変化が見えるだろう。
「どのようなことが書かれていましたか?」
リリアーヌの声に、俺ははっとして顔をあげる。いつの間にか思考に沈んでいた。
「王都の様子や、リリアーヌの体調のことを心配している内容だったよ」
俺は手紙の最後については伏せた。塩に関しては確証がないので、ヘルミーネの推測の域だ。
リリアーヌに余計なことを考えさせたくない。
「私は大丈夫ですわ。最近は怖い夢もあまりみなくなりました」
王都から領地に移ってからは夢見が悪い日が減ってきて、リリアーヌの顔色は日々よくなっている。
食欲がもどってきたこともあり、透明感のある白い肌と桜色のふっくらした唇は血色がよい。
ウェーブがかかった長い髪は艶やかで、大きな碧眼の瞳は元気さがあった。
本来の愛らしさも取り戻している。
「……お兄さま。その箱は何ですか? どなたかへの贈り物ですか?」
リリアーヌはじっと箱を見ている。
蓋と本体に控えめの装飾がされているので、個人的な私物ではなく贈り物用の箱だと見抜いたようだ。
一体誰に贈るのか気になるらしい。
「遅くなってごめん。誕生日プレゼントだ」
俺はどうぞ、と箱を渡した。
「誕生日プレゼントですか? わたくし化粧箱をいただきましたわ」
リリアーヌは頭に疑問符を浮かべて、俺と箱を交互に見る。
「これも渡そうと頼んでいたんだよ。けど前日に入荷が遅くなると連絡がきて、あの日に渡せなかった」
「そうなのですね。ありがとうございます」
リリアーヌは嬉しそうに箱のふたを開けて中身を取り出して、ぱっと咲いたような笑顔を見せた。
「まあ! 魔法使いの黒うさぎだわ!」
椅子に座らせている白うさぎよりも背丈が低い黒うさぎのぬいぐるみ。
服装は長袖に長ズボン。そして魔法使いの特徴であるフード付きのローブを着ている。
漆黒の耳に、朝日に照られた夜空を連想させる青い目がとても綺麗だ。
「可愛い!」
リリアーヌは笑顔でぎゅっと黒うさぎのぬいぐるみを抱きしめる。
その笑顔に、俺もつられて微笑む。
「本もどうぞ」
「ありがとうございます。まあ、新刊だわ!」
俺が渡した本は、先ほどの黒うさぎを主人公にした物語が書かれている。
嬉しそうに本を開く姿に、俺も侍女たちも優しい眼差しを送る。
俺はふと、タンザの星祭りでノーラと並んで願ったことを思い出した。
――そういえば、叶ったな
俺は星まつりの夜に、寄り添うように輝く兄妹星として知られている二つの星座『イフ』と『ネフ』を見上げて、一緒に生きていたいと願った。
秋が過ぎれば、冬が来る。
氷のような冷たい風が吹きつけても、リリアーヌがそばにいて暖炉があれば寒くはないし、寂しくもない。
これから先、一年二年とともに年を重ねられたらと思う。
今日のような何気ない会話と日常が、俺の人生にとって大切なものになっていく。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
これにて「可愛い妹が海の乙女にされたので、俺は仲間を集めて水竜を退治する」は完結となります。
多少なりとお楽しみいただけたなら幸いです。
長い物語を書くこと自体、人生ではじめてでした。
手探りの中最後まで書き続けられたのは、皆さまのおかげです。
ここまでお付き合いいただいたけたこと、読者の皆さまに深く感謝いたします。
ブックマーク、★★★★★評価してくださった読者さま、とても励みになりました。
本当に、ありがとうございました。




