54話 大切なものは
彼らの輪から抜けたことで、リリアーヌを寝室に連れて行かないという思考に切りかわる。
しかしその前にジェシカロロシーの話を聞かなければいけない。
リリアーヌはジェシカロロシーとノーラの間に座っていたから、どちらにせよ向かう方向は同じなので、忘れないように頭の片隅に置いておく。
女性陣が座っているテーブまであと数歩という距離で、ジェシカロロシーと目が合った。
「あ、きたわね」
ジェシカロロシーは持っていた木杯をテーブルに置いて、そばにきた俺を見上げる。
「なんか叫んでいたようだが、俺に何か用か?」
見た限りジェシカロロシーの表情は普段通りに見えたので、俺は普段通りに接した。けど、なにかを言われる前提で心の準備はしておく。
自分に心当たりがなくても、相手が負の感情を持っているならそれなりに理由があるはずだ。
「あんたがあそこからなかなか抜けてこないから、一芝居しただけよ。さっき侍女を呼んで、リリアーヌを部屋へ連れて行ってもらったわ。欠伸して、眠たそうな顔をしていたから」
ジェシカロロシーの隣に目を移せば、座っているはずのリリアーヌの姿はなく席は空いていた。
「リリアーヌちゃん、アレクシスの方をちらちら見てたよ。お兄様早く戻ってこないかなって感じで」
ほろ酔いのローザが、リリアーヌの様子を教えてくれた。
「けどあたしが就寝の時間を過ぎてるいなら寝た方がいいって言ったのよ。別に二度と顔が見られないわけじゃないし」
ジェシカロロシーはリリアーヌに半ば強引に席を立たせたという。
リリアーヌは広間から出る直前まで俺のことを気にしていたと話す。
「ありがとう」
一芝居と聞いて俺はほっとした。そしてジェシカロロシーたちの気遣いに感謝した。
「俺がいない間、リリアーヌの様子はどうだった? あまり外に出歩けない分、外の世界には興味をもっているから、色々聞かれたと思うが」
「ずっと目を輝かせて聞いていたわよ。とくにあたしの最後の一撃を放った時ね!」
ジェシカロロシーの顔は満足気だ。
「私たちの冒険の話もね。『まあ!』とか『すごいです!』とかもう興奮気味で」
「あんな風に聞いてくれると、こちらも話がいがあります」
ローザやヘルミーネも嬉しそうだ。
俺はその時のリリアーヌの姿が容易に想像できて、思わず笑ってしまった。
海を渡った先の大陸の話など、リリアーヌにとっては物語に等しい。
空を自由に飛んでいる鳥を見て、羨ましいと言っていた時があった。だから鳥のように行きたいところに行って、やりたいことをしているジェシカロロシーやローザたちに、羨ましいという気持ちや憧れをもって聞いていたと思う。
「アレクシスさんのお話を聞いているときは、表情がころころ変わっていましたよ」
ノーラも楽しそうな表情を見せた。
ノーラは俺がはじめて誘った仲間だ。彼女はリリアーヌに俺の仲間になった一人目だったことと、ジェシカロロシーの家に招かれたところまでを話をしたそうだ。
「カタリーナの酒場で働いていたときの話をしたら驚いていたわね」
「お兄さまの前掛けをした姿なんて想像できませんって言ってた」
「厨房に立つのは料理人や使用人だからな」
市井の人々を見たことはあるが、生活までは想像できなかったのだろう。
もう少し体力がついたら社会勉強として、朝の市場に連れて行くのもいいのかもしれない。
ジェシカロロシーたちの話を聞いて、リリアーヌの体調や気分が悪くなるようなことはなかったようなので安心した。
戦闘狂たちと飲んでいたときは、できるだけ気にしないようにしていた。俺は当主で、みんなをもてなす側だ。いくら妹の身が心配でも、もてなす側に気を遣わせてはいけないからな。
「そろそろ見に行ってあげたら?」
「そうだな」
ジェシカロロシーに促された俺はリリアーヌの寝室へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
静かにリリアーヌの部屋へ入ると中は暗かった。
付き添っていた侍女はリリアーヌの容態が急変したときすぐに気づけるよう、壁際に置かれている一人用の椅子に座って眠っていた。
俺は足音を消すように寝台まで歩いて覗き込む。
うなされている様子もなく、規則正しい寝息をたてているリリアーヌの寝顔を見て安心した。
今夜はジェシカロロシーやノーラとたくさん話せてきっと楽しかっただろう。
ぐっすり眠っていることが確認でたので、静かに寝室を出た。
広間に向かう廊下を歩いる途中で立ち止まり、ふと窓から夜空を見上げた。
ひとつひとつの星がきらきらと光を放ち、夜空が美しい。
あの時ノーラに誘ってもらわなかったら、こうして星祭りの夜もこんなきれいな夜空だったなと思い出すこともできなかっただろう。
あの時の俺は、ささやかな時間も楽しめないほどリリアーヌを助けたい気持ちでいっぱいで余裕はなかった。
「アレクシスさん」
廊下の向こうからゆっくりと歩いてくるのはヘルミーネだ。
ローザやエルナの姿はなく、彼女一人だ。
足取りはしっかりしていて、酔ってふらふらとここまで歩いてきたようには見えない。
「どうしたんだ?」
「私たちはこれで失礼します。それから、明日タンザへ帰ります」
「そうか。本当に世話になった。ありがとう。これぐらいしかできなくて悪い」
「十分ですよ。あの賑やかさをみればわかるでしょう」
笑ったヘルミーネが言い終わった後、遠くで戦闘狂の声が聞こえた。続いて男性陣の数人の声も聞こえ、また場が盛り上がっていることが伝わってきた。
「ははは。確かに。……こんなに賑やかで騒がしい夜は、きっと人生に一度しかないだろうな」
はじめは顔も声も明るかったが、だんだんと寂しさが混じっていった。
彼らや彼女たちとは家族でも友人でもない。
ともに戦場で双頭の水竜と戦った関係としか言い表せない。
貴族と冒険者だ。それぞれの国で一生を過ごす。
だから本来なら、出会うことなどなかったはずだ。
昔から続く文化と双頭の水竜が、俺と彼ら彼女たちとの縁を結んだ。
不思議だなと感じた。
「なに寂しいことを言っているのですか。カタリーナの酒場にくれば、いつでも賑やかでうるさいですよ」
「ははは。違いない」
俺はお金を稼ぐために働いていた酒場を思い出して笑う。
ヘルミーネの言う通り、あの酒場はいつも冒険者たちの自慢話や笑い声で賑わっている。
終わったからといって、永遠の別れではない。
船に乗る乗船料と時間さえあればいつでも会える。
「あのお店はいつでも人手不足です。いつでも歓迎してくれますよ」
「皿洗いがけっこう大変だったな。本当に困った時は頼らせてもらう」
どこまで本気なのかわからない会話をして、お互いに笑った。
ここで会話が途切れて、少しの間沈黙が流れる。
「話しそびれたといいますか、帰る前に言っておこうと思いまして」
ヘルミーネが少し真面目な口調で言い出した。
どうやらここまで歩いてきた目的を話すようだ。
俺は話の先を待った。
「あれを追求することはやめたほうがいいですよ」
最後に新国王陛下に聞いた話です、とヘルミーネに言われて思い出した。
「地下神殿のことか。俺は貴族といっても端くれだ。真実を知ったところでどうこうしたいわけではないんだが……」
「ここからは私の独り言ですが。ウィードランデ国から私たちの住んでいるタンザの街までは、三日月のようにぐるりと陸地続きになっています。大陸が海を三方で囲う形をしているので、海流の出入口は一方向しかありません。だから海流の流れも一年を通してあまり変わらない……」
ヘルミーネは一呼吸置いた。
「そしてウィードランデ国は良質な塩を輸出することで有名な国です。良質な塩は『白い金』と言われ、香辛料と同等の価値があります。もし水竜が百年に一度現れることで海流の流れが一時的に大きく変わり、それが良質な塩の採掘に関係しているなら――。一国を支えるほどの莫大な国益が千年以上続いているなら、損得で考える王族がいてもおかしくはありません」
ヘルミーネは落ち着いていた。彼女も貴族の世にいる人なので、一定の理解はできるのだろう。
しかし俺は苦いものを感じた。俺も貴族の世にいるが、妹を失いかけた家族としては抵抗がある。
嫌な話だと思ったが、この国に住んでいる全ての民も貴族もその恩恵を受けてきた。当然俺も含まれる。そして今さらそのことを棚に上げることはできない。
だからこそ、今後は新国王陛下がおっしゃたように時代とともに変わっていく必要がある。
「今回セリーナ姫を貴方の婚約者にしたことでまだ正式ではありませんが、あなたは王族の親戚です。身内であることをいいことに、都合の悪いことは口止めされますよ」
「それは想像がつく。わかっている」
「新国王陛下は三十手前とはいってもまだ二十代です。年の差を考えても、リリアーヌさんを娶ることもできますね?」
「は?」
急に話の方向が変わり、思わず間の抜けた声になった。
「王妃という体のいい人質として、王宮に召し上げることもできるという話です」
ヘルミーネは平然たる態度で言った。
いやいやいや、それは困ると俺は首を横に振る。
「リリアーヌは体が弱い。王妃なんて無理だ」
「王族の男性は複数の妃をもてます。寵妃という体なら第三、第四の王妃あたり――」
それでもだめだ、と俺は強く反対する。
「後宮は教養があっても家格で見下されて、なじられるような世界だって聞いているぞ。常に場の空気を読めとか、うまく立ち回れとか、今のリリアーヌにそんなことはできない。それに王宮への印象は悪いままだ。余計に体が悪化する。無理だ」
真面目な顔で言った俺に、ヘルミーネはあくまでも手段と可能性の一つですと言う。
「ヘルミーネが言うと現実味があって怖い」
「意地悪する気はないのですが」
「わかっている」
俺は止めていた足を動かす。ヘルミーネが隣に並ぶ。
広間に向かいながら、俺はまだ残っている疑問を口にした。
「今さらこういう話もなんだが……。俺とリリアーヌに告げた時期がどうしてあの時だったのかわからない」
もう直接問いただすこともできないので、余計にもやもやした感情を抱えている。
「双頭の水竜の生贄としてセリーナ姫とリリアーヌを差し出す。先王陛下の気持ちは本気だったはずだ。確実に実行したいなら、告げるのはぎりぎりでもよかったはずだ」
ヘルミーネは俺の隣を歩きながら少し考え、口を開いた。
「あくまでも私の想像ですが。アレクシスさんが何かしら行動することを予想して、あえて時間をもうけたのではないでしょうか。後ろめたい貴族なら叩けばいくらでもほこりは出てくるでしょう。しかし目をつけられたアレクシスさんはそうではなかった。自分たちの正当性を強く押し出すためには、アレクシスさんに反逆罪のようなものを押しつける必要があった」
「!」
「叩けばほこりが出てくる貴族にすればよかったのに、と思いますが。まあそこは誰かの都合なのでしょう」
その誰かの都合は体調不良を理由に面会を拒否した王妃か、それとも国政に影響を与える人影と化した占術師か。
ヘルミーネが言いながら脳裏に浮かべた人物像がどちらなのか、または全くの別の人なのか、俺にはわからない。
俺はふと双頭の水竜が神殿の上に倒れたことで、崩壊した神殿と地下神殿の出入口を思い出した。
かつて神殿だった場所の半分以上は、焼け焦げた双頭の水竜の身体から頭部が占めていた。
敷地の隅には神殿の残骸が積み上げられ、山となっていた。
彫刻が彫られた荘厳たる神殿の屋根だった一部、仰がなければ見えなかった石柱の柱頭などだ。
この惨憺たる光景を目にした民はなんてことだと悲しむ者や、目を見開き驚く者であふれていた。
世間では新国王陛下は嘘にはならない程度で情報を市井に流し、民を納得させている。それでも俺が知っている半分以下だ。
当事者でない限り触れられないであろう真相部分は、崩壊した神殿と地下神殿に封じ込めるように闇の中へ消えていくだろうなと思った。
しかし――。
「色々ありましたが、結果的には私たちの勝利です」
月光が窓を通り抜け、ヘルミーネの顔を照らす。
いくつもの困難を乗り越えてきた一流の冒険者としての、勝ち誇った微笑みを浮かべていた。
「そうだな」
俺もつられて笑った。
「経緯も大事ですが、一番大切なことを忘れてないでください」
「わかっている。今とこれからの日々だ」
今の俺にとって何よりも大切なのは、リリアーヌとの平穏な日常に他ならない。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次回、最終話の予定です。




