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25話 俺と老人

 洞窟内にある牢の中で一人になった俺は緊張を解いて、ふうと息を吐き出した。


「……っ」


 痛みに耐えて、なんとか上半身を起こす。

 こんな場所じゃ、あれから何日経過しているのか、まったくわからないな……。

 俺はあらためて周囲を見まわした。

 ここは太陽の光が届かない場所。壁掛け灯などはなく、空気に冷えは感じない。

 鉄格子の向こうは常闇に包まれているようでうすら怖く感じる。

 意識を失っている間にどれくらいの距離を移動したのだろうか?

 ここはノーラたちがいる国なのか、祖国へ連れ来られたのか判断材料はなく、聞こえてくるのは波の音。


 荷物も剣も取り上げられたから、なにもできないな。命があっただけましか。

 俺はそう納得して、自分の衣服を見おろした。

 着ていた外套は奪われ、チュニックの上に上着をきた姿。どこも土汚れがひどい。

 鎖につながれているので動きが制限されているが、手で触れる範囲で触診をしてみる。

 足で蹴られた頭に出血はなかった。殴打された頬と腹部はまだ鈍痛が続いている。足に深手の負傷は見当たらないのはよかった。しかし、手当てができないのは辛い。

 だめもとでアーネウスに言えばよかったと思いながら胸元に触れた時、硬い物の触感があった。

 痛みに耐えてゆっくりと出したのは、ロケットペンダント。

 ここには微笑むリリアーヌの肖像画が入っている。

 ふたを開けても洞窟内は暗いのではっきりと見えない。けれど、何度も見ているので思い浮かべることができた。


「リリアーヌ……」


 俺の唯一の家族。いつも近くにいた、俺の心の支え。

 お互いにこれだけ長い期間、離れたことはない。ひとりぼっちで寂しい思いをしているだろう。慰めてあげられないことがもどかしい。

 ここで力尽きて、死ぬわけにはいない。

 生き延びてリリアーヌを助ける。

 そのためには体力が必要だ。

 俺はお椀と硬そうなパンが置かれている方角を見やる。

 腕を伸ばして手探りで掴み取り、ますは毒や怪しい薬が入っていないか確認するため、椀に入っている水を少量口に含む。

 苦みやしびれは感じなかった。

 店主からもらったサンドイッチ、もう少し味わって食べればよかった。

 まともな食事が店主に作ってもらったサンドイッチとは悲しすぎる。


 ノーラとジェシカロロシーは手紙を読んでくれただろうか。

 ふと、みんなの姿を思い浮かべる。

 今の俺の希望は、あの二人と戦闘狂と金の流星たちだ。

 アーネウスは俺をすぐに死なせるつもりはないようだから、きっと逃げる機会はあるはず。

 俺は冷えた硬いパンを水につけてふやかして、かぶりついた。

 質素な食事をすませたあと、俺は体力を温存するため、ゆっくりと体を横にして睡眠をとった。

 瞼を閉じると地面のごつごつした触感が気になったが、疲労の蓄積により睡魔がすぐに襲ってきた。




 いつの間にか眠りについていた中、俺は人の気配を感じて目が覚めた。

 じっとして耳を傾けると、遠くから足音が聞こえる。

 やがて明かりがだんだんと近づいてきて、牢を照らした。

 足腰の悪い老人が片手に吊下灯を持ち、片手に食事を持って運んできた。

 老人が鍵で扉を開けると、錆びた鉄同士が擦れる嫌な音が洞窟内に響く。水の入った椀をこぼさないように慎重に置いて、それからパンを一つ置いた。そしてすぐに牢の扉が閉まった。


「なあ爺さん。今日はいつなんだ?」

「……」

「体内時計も狂って時間もわからない。教えてくれ」

「……」


 老人は聞こえないふりをした。

 この老人はアーネウスと背の高い大男以外で、俺が声をかけられる人だ。

 質素な服装からして農民だろうと思う。アーネウスに金で雇われているだろうとは想像がつく。


「頼む」


 俺は切実な声を出した。

 太陽の光が届かない場所で生活するということは、規則正しい生活がおくれないということ。今が朝なのか、昼なのか、夜なのかわからない。

 耳をすませば波の音は聞こえるが、外からの光は俺のいる牢までは届いていない。

 鉄格子の向こうは変わらず、暗闇に包まれている世界のように見える。

 ここでは情報がまったく手に入らない。

 この老人は定期的に、俺の食事を運んでくる。

 俺にとって、この老人は頼みの綱だ。だから俺はめげずに声をかけている。

 妹が王宮で監禁されていることも、俺がアーネウスに捕まってここに閉じ込められていることも、一方的に話した。

 俺は老人を見つめながら、なにか言ってくれと心の中で祈る。


「水……」


 老人は独り言のように呟く。


「波……」


 また独り言のように呟いた。


「水と波?」


 俺は続きを待ったが、老人はゆっくりと歩いて去った。



  ◇◇◇◇◇◇



 アーネウスは数日に一度、俺のもとを訪れては勝ち誇った顔で見下ろしてくる。

 背負わせようとしている罪状を拒むたびに、俺は背の高い大男に一方的な暴力を受けた。

 最後には決まって、リリアーヌに会ったことを自慢げに話してくる。


「一昨日は薄紫色のドレスを着ていた。まるで、葡萄畑から出てきた妖精のようであった!」

「リリアーヌは、可愛いから……何色のドレスを着ても、似合う」


 俺は背の高い大男に蹴られた腹部の痛みに耐える。

 こいつがリリアーヌを語るのは腹正しいが、会うことすらできない状況にいる俺としては貴重な情報源なので、憎たらしく思いつつも会話につき合う。


「そう! そうなのだ! あの可愛らしい姿はなにを着ても似合う! 第一王妃の王女にも劣らないあの可愛らしさは、宝石よりも価値がある!」


 アーネウスは興奮しているようで、演説するように両手をあげて叫んだ。

 第一王妃と聞いて連想したのは占術師。

 そもそもリリアーヌが王宮に閉じ込められたきっかけは、第一王妃が召し上げた占術師の発言から始まっている。

 第一王妃のお気に入りらしいが、どれだけの腕前なのか会ったことのない俺は知らない。

 直接会って問い詰めたい。根拠がないとわかれば、向こう側に非があることを認めさせられるのに。

 占術師は王宮にいる。会うためには王宮に入り込まなければならないが、今の俺にはとても難しい現実だ。


「そういえば、お前はリリアーヌに気持ち悪いほど、執着しているが……あの占術師を、なんとも思っていないのか?」


 占術師はもともと王都で路上占いをしていた人だ。それが今は、政にも影響を与える立場になっている。

 見栄っ張りで矜持が高く、リリアーヌを嫁にしたがっているアーネウスが快く思っているはずがない。


「ネラ殿か」


 先ほどの興奮は収まって、アーネウスの表情が消えた。

 視線が俺から外れて、あさってのほうを見る。


「儀式が終わった後、リリアーヌと結婚すると言っているが、よく占術師が口を挟まなかったな。……占術師の面目が潰れたら……第一王妃の面目も、潰れるだろう?」

「リリアーヌが選ばれたときはなんて残酷なことを言うお方かと思った。しかし、父上が掛け合ってくれたのだ。第一王妃も納得しておられる」


 アーネウスの視線が戻って俺を見下ろす。


「その代わりがお前だ」


 手提灯の明かりで、悪役が嘲笑うような顔に変貌した。


「だったら、はじめから、誰でもよかったということか? リリアーヌは、なんで選ばれた?」

「知らぬ」

「聞けよ。それが無理なら、調べろ。父親頼みでこれからも、生きていくつもりか? 他力本願のお前に、リリアーヌは守れない!」

「私には心強い友人たちがいる。付き従う者たちもいる。問題ない」


 アーネウスはお前とは違うのだ、と言って去った。

 アーネウスが去った後、俺は脱力して深いため息をついた。

 心強い友人も、付き従う者たちもアーネウスではなく、その背後にいるアーネウスの父親を意識しているからだ。

 アーネウスの人格に惹かれてそばにいる者は、ほとんどいないだろう。

 幼いころからアーネウスはちやほやされて育ってきた。

 だからなのか、冷静に客観的に物事を見ることができないようだ。

 だから俺はリリアーヌをお前に渡したくないんだ、と心の中でつぶやいた。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

今後もよろしくお願いします。

次話24日20時ごろ投稿予定です。

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