ヒーローとは
エンプレスが立ち去ってしまい、サファイアと2人残されて静寂だけが漂う空間。
サファイアは僕の隣に椅子をずらし、机すら挟まないで彼女と正面に座り向き合うことになる。
非常にまっすぐ済んだ目でこちらを見られると、緊張感からか手が震え、自然と背筋がピンッと伸びてしまう。僕の苦手な雰囲気だ。
「騙し討ちのような手を使った事は申し訳ありませんでした。しかし、こうでもしないと、貴女は捕まってくれないのも事実です。エンプレスがせっかく用意してくれた場ですので、少しでいいので話を聞いてください」
「はい」
『はい』以外何を言えばいいというのだろうか。この状況で、肯定以外の返事など、出すことはできない。
拘束されているわけではないので、逃げ出そうと思えば簡単に逃げ出すことは出来るだろうが、サファイアが放つ射貫くような視線は、否が応でも僕を椅子に縛り付ける。
「貴女が私を苦手としている、というよりも、嫌っている事はもう分かりました」
「いや、そんなことは」
「あるでしょう?貴女みたいな自由奔放な子に、私みたいなのは嫌われるというのは理解しています」
「いや、あの」
「ですが、例え貴女に嫌われたとしても、言わせてください」
「・・・はい」
確かに、彼女のような芯が通っていて正しさに溢れている子は僕にとっては苦手な部類であり、いつ何を咎められるのかと不安になってしまうので、できることならあまり関わりたくないというのが本音ではある。いや、そういうのが嫌っているということなのだろうか。よくわからない。
「貴女が、あの男に襲われかけたと泣いて叫んだ時、心配しました。裸になれと脅されたと聞いたとき、思わずあの男に手が出てしまいそうになりました。しかし、あれは嘘だったという事でいいんですよね?」
「はい。あの、申し訳ありませんでした」
あの男を破滅させた後、事情聴取やらなんやらで時間が取られるのが嫌だったので逃げてきてしまったのだ。まぁ、そもそもブラックローズは謎の存在でいるべきなので、警察の厄介になることは出来ないわけだが、サファイアには説明をしておくべきだったか。
サファイアは淡々と話しながらも、いつも以上に眉をひそめている。
「嘘も方便という事は承知しています。あの男が語った捏造話に対抗しようとした事も理解していますし、初めに貴女を疑ってしまった私が何かを言う権利はないでしょう。ですが、そういう時は、どうか一人で解決しようとせず、頼って下さい。貴女は確かに魔法少女としての力を手に入れ、普通の人よりも強大な力を持っています。しかし、精神の方は子供と変わりませんし、そういった心に付け込む人は世の中に大勢います」
「えっと、はい・・・」
「私達魔法少女委員会は、そういった悪意からも魔法少女を守るために存在しています。例え、今は強大な力を持っていたとしても、いつその力が失われるかも分かりません。貴女の言った嘘が、本当の事にならないとも限りません。もっと自身の身を、大切にしてください」
「・・・はい」
僕の身を案じてくれての発言なのだろう。
話を聞いている内に段々と申し訳なくなってしまい、肩身が狭くなるが、それ以上に、サファイアの声色が段々と弱くなっていき、目には涙を浮かべ始めてしまった事により、頭の中がパニックになってしまう。
こういう時にどうすればいいかなんて知らないが、泣かせてしまった原因が僕にあるということは明白なので何か言わないとと思ってはいるのだが、うまく言葉が出てこない。
「私の言葉が、貴女を不快にさせてしまったのなら謝ります。私は、いまだ未熟の身ですが、そんなに頼りないでしょうか。貴女の言う通り、増長して、天狗になってしまっているのでしょうか」
「い、いや。それは言葉の綾というか売り言葉に買い言葉というかちょっとした挑発というか」
サファイアの感情が段々とエスカレートしていき、嗚咽を漏らしながら訴えかけてくる。
本心で言った訳ではなく、挑戦半分、からかい半分のつもりで吐いた言葉だが、そんなことは彼女には関係ないだろう。
ただ言える事は、僕の言葉で彼女が傷ついた。それだけだろう。
こういう時にどういった行動するのが一番の正解なのかは分からないが、間違いを犯したならまずすべきこと理解している。
椅子から降りて床に膝を付いて、頭と手を付き謝罪の体制に入る。
「私はただ、魔法少女の皆に傷ついて欲しくないだけなんです」
「本当に申し訳ございませんでした」
「貴女と争いたくだって、ないんです」
「申し訳ございませんでした」
「私を、嫌わないでください」
「ごめんなさい」
「お酒も、やめてください」
「はい」
「......」
「...」
それからは、泣きながら感情をぶつけてくるサファイアにただただ謝り、そして段々とネガティブになっていき悩みや失敗にどんどん落ち込む彼女に、普段の頑張りを褒めて励ましながら、3時間程彼女との対話が続いた。
「僕ってヒーロー向いてないのかな」
自宅へ帰り、録画したヒーロー達の活躍をぼーっと眺めながら、ぽつりと口から零れ落ちる。
隣にいるもきゅが美味しそうに飲んでいるお酒を恨めしく思うも、お酒に罪があるわけじゃなく、呑まれた自分や調子に乗りすぎていた自分が悪いのは明々白々なので、それを思い返す度に意気消沈してしまう。
「サファイアから言われたこと、気にしてるっきゅ?」
「気にしない訳ないでしょ。ヒーローなのに、女の子を泣かせちゃったんだよ。それだけで、ヒーロー失格じゃん・・・」
現実的なことを言うならば、誰かを泣かせずに済むなんてことは不可能だし、そもそも考えてはいない。
だがしかし、今回の件に関してはそういう問題ではないだろう。単純に僕がしたいことをし続けた結果なのだから。
自分自身の自分勝手さについては重々理解をしているが、だからといって、その結果起きたことは気にしないでいられるという訳でもない。
今にして思えば、あの時の僕はどうかしていたとしか思えないくらい理性のタガが外れていた気がするが、そんなこと今更言ったって無駄だろう。
「元から理想のヒーローになれないなんて分かってたはずっきゅ。まぁ、ローズの場合はそれ以前の問題で、対人技能が壊滅的に悪いっきゅ。もきゅからすれば、ヒーローの素質はこれ以上ないけど、人間としては失格かもしれないっきゅ。どちらかといえば、妖精の方が向いてるっきゅ」
「そこまで言わなくてもいいじゃんか!!」
胸に抱いていたもふもふの枕をもきゅへ投げつけるが、もきゅは器用にそれをキャッチすると自身の下に敷いて話を続ける。僕の枕だぞ返せ。
「少なくとも、アニメや特撮を参考にするのはやめた方がいいっきゅ。あれは理想も理想っきゅ。そういったシチュエーションに興奮するのは理解できないでもないけど、わざわざ自分から作り出すものじゃないっきゅ。偶然や巡り合わせによって生まれる、いわば交通事故みたいなものっきゅ。ローズがやってるのは轢き逃げみたいなものっきゅ」
「分かるけど、分かりたくないー」
ヒーローアニメや特撮は、言ってしまえば僕の人生のバイブルだ。それを活用する時が現在のヒーロー生活だというのに、捨て去るなんて。
勿論、現実に持ち込むなんて馬鹿げているという理性だってちゃんと残っているのだが、僕の本能がそれを邪魔してくるのだ。
「現実を見るっきゅ・・・。ローズの参考にしたもので、役に立ったのなんてどれくらいあるっきゅ。もきゅとしても、そういった状況になった時は楽しむのが一番だと思うけど、調子に乗りすぎて視野が狭くなるのはローズの悪い癖っきゅ」
「だって・・・理想のシチュエーションだったんだもの・・・それに、なんだか気分が良くなっちゃってつい・・・」
「自称勇者よりはマシとはいえ、病気の種類としてはあまり変わらないっきゅ。するなとまでは言わないけど、程々に抑えないとまたサファイアを泣かせることになるっきゅ」
あの暴れまわっていたメープルと一緒だと言われてしまえば、流石になんとかしないといけないだろう。それこそ彼女の言う通り、魔王になってしまうかもしれない。
そして同じ間違いを再び犯してサファイアを泣かせることはできない。
「まぁ、決めるのはローズだから、もきゅはこれ以上言わないっきゅ。ローズがどういう選択をするにせよ、もきゅはそれについてくっきゅ。ただ、いつも願っていたヒーローになれて嬉しいのは分かるけど、そんなに焦る必要はないと思うっきゅ。まだまだ人生はこれからだし、魔法少女の力が失われるなんてことないっきゅ。ローズだって他の女の子たちと一緒で、完成されたヒーローじゃなくまだまだ成長途中なんだから、もっとゆっくり楽しむっきゅ」
「うん・・・」
隣に座っていたもきゅを抱えて顔をうずくめながら、よくわからなくなってしまった頭を冷静にしようとしているうちに、いつの間にか意識は真っ暗になっていた。
「飯田部長。これ、いつ終わるんですか」
「さあな。怪物対策省の発表をすれば、こうなる事は事前に言ってあっただろ。人数も大幅に増えたんだし、仕事量としては前よりは楽になったもんだ」
「いつまでも終わらないんじゃ、あんまり変わりませんけどね」
魔法少女委員会のオフィス。部長である飯田五郎と主任である沢田優子は、鳴りやまない電話に耳をやられながらも、今上ってきている問題やこれからの方針を纏めながら、着々と仕事を進めていく。
政府が本日発表した怪物対策省に対する反響は当然ながら凄まじい物があり、おぼろげながらその影を知っていた人々にでさえ震撼を与えるものだった。
そして、『ワンダラー』という怪物に対して何らかの対策を建てているだろうと予想をしていた人達も、魔法少女という不思議な存在が政府直下のヒーローであるという事実に安心をし、怪物に立ち向かっている子達が年端もいかない少女達であるという事実に、衝撃と怒りを抱えることとなった結果が、目の前の光景である。
鳴り響く電話を取り、説明をし、詳しい事はこちらへとこの日の為に用意したWEBサイト等に誘導し、電話を置いた瞬間また鳴り響く。
未知の存在であった魔法少女が明らかになったというだけでなく、自分たちの子供すら戦わなければいけなくなるのかという不安や、子供たちに戦わせるのかという怒りの連絡が、かれこれ10時間以上に渡って続いている。
「ここで出来る説明なんて、ホームページに載っているくらいの事しかできないんですけどね・・・」
「それでも、電話を取らん訳にはいかんだろう。新しい魔法少女の情報や、自分の子がそうかもしれないって報告だってあるんだ。きちんとこっちから正しい説明をせんと、不気味だから捨てましたなんてことにもなりかねん。そんなことになったら、魔法少女委員会の存在意義が崩れるぞ」
「分かってますって。だからこうして手を動かしているんでしょ。それにしても、ガーネットが来てくれて助かりましたよ。サファイアで御せない子達も、ガーネットには従うようですし」
「適材適所という奴だろうな。高校生という一番の年上という事で先頭に立ってくれるし、口調からは考えられんほどしっかりしている。教師枠に入ってくれるのは非常に助かったな。まぁ、子供たちが真似するから、もう少し柔らかい言葉にして欲しい所ではあるがな」
基本的に魔法少女達は、誰かを助けたいと思っていたり、正義を胸に秘めている子が多く、そういった子達から見たサファイアは非常に頼りになる先輩であり、教師として慕われている。
しかし、そういった子達がいる反面、魔法少女達の中には、縛られたり抑圧されたりする事に反発する子供もおり、そういった子達とサファイアは相性があまりよくない。
いままでは、そういった子達を導く役目として沢田が行っていたのだが、まとまりのない子達の教師をするのは簡単ではなく、またメンタルケアの役目や慢性的な指導者不足によって、満足のいく体制を取れていなかった。
「贅沢は言ってはいけませんよ。それに高校生ともなれば、あれくらいは普通のことですよ。飯田部長、おじさん臭いですよ」
「これがジェネレーションギャップというものか・・・」
おじさんが若い者を注意しても、無意味どころか逆効果だという事を知っている飯田は、話を切り上げて仕事へと戻る。
「部長。研究部からWMLの協力要請の件について紙面が届いてますが、これどうするんです?」
「どうするっていったってなぁ・・・」
WMLは沢山の国が集まって、共同で魔石の研究や『ワンダラー』や魔法の解明をしようとしている組織である。その組織から、日本にも一枚噛んで欲しいという要請があり、それぞれの部署からの考えや承認を求める書類が届いたのだが。
「エンプレスの話を聞く限りだと、あまり賛同できるものじゃないですけど」
「そうはいってもだ。どこまでが事実かは分からんし、WML全てがそうであるという訳でもないだろう。証拠もなければ、WMLの理念自体はどこの国でも掲げている物でなんらおかしいものでもない。日本だけじゃ、魔石の利用方法すらほとんどうまくいってないのも事実だ。俺らがどうこう言おうとも、利益を考えたら承認しない選択肢はないだろうな」
「どう転ぶにせよ、魔法少女の安全だけは、守らないといけませんね」
世界が大きく揺れ動きそれぞれの思惑が絡み合う中、それでも電話は鳴り続ける。
ブックマーク、評価。モチベになります、感謝します