飛んで火にいる
「っていうことをしたんだよ」
「なんていうか、中々えげつない事をするのね、貴女」
「自分の武器をしっかり理解してるだけだよ。それに、ヒーローの敵なのにそれだけで済ませたんだから、感謝して欲しいよね」
魔法少女学校の一室でお茶をしながら、エンプレスに先日の出来事を話す。
アイリスの事について報告だけしないとと思い訪れたのだが、部屋に着くなり男との諍いについて、本当に身体を求められたのかと聞かれたのだ。
まぁ、サファイア辺りから大体の話は聞いた上での確認なのだろうが、連盟の盟主がわざわざ確認するような話なんだろうか。
それとも、もしかしたらこういった下世話な話が好きなのかもしれない。人は見掛けによらないしね。
「何か、失礼な事考えてない?」
「いやいや。エンプレスってゴシップが好きなんだなって」
「やっぱり失礼じゃない。当事者が丁度来訪したから、どれが本当の事か確認する為に聞いてるのよ。貴女はすぐ帰っちゃったって聞いたし。男の話を聞いても支離滅裂で、何ら根拠もない妄言を吐き散らしていたみたいだし。貴女の話が嘘じゃなかったらどうしてくれようかと思ったくらいよ。まぁ、ああいった手合いは何処にでもいるものなんだけどね」
「どこにでもいるんだ。反吐が出るね」
あの男がそこらじゅうにいる事を考えると、台所に突然出現する黒いあんちくしょうよりも背筋が冷える思いだ。
「力を持つ者に対して非難が集まるのは、どんなことでも変わらないものよ。その力の良し悪しに関わらずね。世界中に魔法少女についての詳細が発信されたわけだけど、『ワンダラー』は人類だけでなんとかすべきで魔法少女に好き勝手させるなっていう団体だったり、女性と子供の人権を守るべきという名目で魔法少女を排斥しようとする団体が集まったりと、まぁ色々あるわよ」
「僕の言語理解能力が低いのか心配になるくらいは、意味がわからないね。魔法少女は人類だし、女性と子供の人権を守るために、なんで魔法少女が排斥されないといけないのさ」
「不思議な力を持つ人間だけじゃなくて、予防薬を使うだけで人類と認めない人達はこの世に沢山いるわよ?人は産まれたままでいるべきなんて主張は珍しくないもの。後者に関しては、私も理解できない、というかしたくないわよ。『魔法少女が普通の子供なら戦わせるべきじゃない』っていう、額面だけならマトモな主張を元にしてるんだけどね」
「戦わせるべきじゃないっていうのは、まぁ分かるけど。でも、連盟って無理矢理戦わせたりしてないでしょ?クォーツだって、魔法少女の活動を辞めるって選択肢もあったみたいだし」
「よく知ってるわね。勿論、魔法少女としての力を手に入れたとしても、私達が強制的に戦わせるようなことなんてしないわ。むしろ、国がそういうことをしようとした時に、亡命先としての役割を担ってるくらいだもの。でもね、そういった人達に、『魔法少女は自分の意思で戦っている』と説明しても、まったくの無駄なの。彼らがしたいのは、普通の少女達を戦わせるべきじゃないって言う主張を盾に、魔法少女という得体の知れない存在を排斥したいだけなんだから」
「嫌な話ばっかでお腹いっぱいになってきた。もう全部ヒーローの敵なんだし、滅ぼした方が簡単なんじゃないかな」
余りにも不快な話を聞いて口が苦々しくなってきたので、お菓子を口に詰め込んで甘い紅茶で流し込んでお口直しをする。マフィンおいしい。
ヒーローの敵は『ワンダラー』という怪物だけじゃないのは理解しているが、それにしても醜悪すぎる。
いつものように記憶ごと削除することもできるだろうが、思想というのは簡単に変えられるものじゃないだろうし、どの程度までを悪意と判断するかも難しすぎる。
まぁ、こういうのは好きなだけ議論させた方がいい方向へ転ぶこともあるだろうし、魔法少女を本当に守ろうとする人達が手を組むきっかけにもなりうるので、出来る限りノータッチでいきたい。
とはいえ、人の悪意という物は際限がないだろうし、好んでしたいわけではないが、止むを得ないと判断した時は僕は容赦をしないぞ。
「そういった人達が全てじゃないんだから、お願いだから辞めてね?貴女が本気だしたら、記憶だけじゃなくて存在まで消してしまいそうだから。話を戻すけど、そういったこともあって、昨日貴女が出会ったような男がいたとしても、本来ならそこまで気にすることじゃないのよ。ただ、やっぱり何か隠してるようでね。あれだけの大金を何に使うかも、はっきりしなかったようだし。何か心当たりある?」
「あー。最初は魔石を買わせて欲しいってことで話掛けられたんだよね。ただ、それを断ったら怒り出して、さっきの話に繋がるってこと」
ゴシップが聞きたいのかと思ってたから男が騒ぎ出したところから話したのだが、元はと言えば魔石欲しさに近づいてきたところからだったはずだ。
その前にはアイリスについて聞いてきたが、関係あるのだろうか。
「魔石をねぇ・・・。そう考えると、やっぱりその男は研究所の人間で間違いなさそうね」
「研究所?アイリスもそんなこと言ってたけど、どこかの組織の名前?」
名前的には人体実験をしていたという所と関連性がありそうだがどうなんだろうか。
「ちょっと待ちなさい。アイリスに会ったの?」
「会ったよ。それを報告する為に来たんだし」
「先に言いなさいよ!!それで、なんて言ってたの!?」
「いや、先に研究所の話からしてよ。気になるじゃんか」
「うううぅ・・・!」
早くアイリスの事を聞きたいのか、エンプレスが手をわなわなとさせて落ち着かなくなる。
とはいえ、話は逃げるようなものじゃないので、大人しく僕の疑問に答えてからにして欲しい。
しばらく見つめ合ったが、僕が話し出す気がないと理解できたのか紅茶を飲んで一度落ち着くと、早口で研究所について話し出す。
「研究所というのは、魔法について研究しているWMLという機関の通称よ。いくつかの国が合同で動かしている機関で、魔法だけじゃなく『ワンダラー』についても色々研究をしていて、その不思議な力の解明をしようとしているみたいなの。アイリスが国に売られたって話をしたけど、その取引先がこのWMLよ。向こうはその国が勝手にやったことだと否定しているんだけどね」
「ふーん。その研究所の人間が、魔石欲しさにあんな馬鹿な真似したってこと?」
「どうなんでしょうね。ただ、『ワンダラー』が現れる場所に同じように研究所の人間が現れて、魔法少女から魔石を買い取ろうとした事例がいくつかあるの。だから、今回も同じケースだとは思うわ。さぁ、研究所の話はこれくらいでいいでしょ。アイリスの話を聞かせて頂戴」
アイリスの事が気になって仕方ないのか、研究所の話をそそくさと切り上げると、早く話せと急かせてくる。
もう少し細かい話を聞いていたかったのだが、話さないと渡さないとばかりに、紅茶とお菓子を人質に取られてしまったので仕方ない。
「はいはい。取り合えず、連盟が保護の体制を整えてあるって話はしたよ。ただ彼女からは、まだやることがあるからって断られたけど」
「こ、断られたの・・・?貴女が何か余計なことをいったの?」
「流石にそりゃ失礼じゃないかね、エンプレス君」
頼まれごとをこなしてきたのだから、お褒めの言葉の一つや二つあってもいいだろうに、いきなり僕のせいにするのはどうかと思う。
「いえ、ごめんなさい。少し動揺してしまって。私の名前は出さなかったの?」
「いや、出したよ。少し悩んでたみたいだけど、君の元だと、やるべきことが出来ないからって」
「そう・・・そうなのね・・・」
一瞬悲しそうな顔をした後、目をつむり大きくため息を吐いた後、仕切り直すように毅然とした表情になり、何事もなかったかのように話し出す。
「話は分かったわ、ありがとう。アイリスの事は残念だけど、後の事は委員会に任せることにするわ。まぁ、彼女が何を考えているのかは分からないけど、もしかしたら貴女のように自由にやりたいだけなのかもね。貴女のように」
「何か含みのある発言だね・・・?」
「別に?」
にっこりと笑顔で繰り返されれば、嫌味で言っているのだと馬鹿でも分かる。
これ以上ここにいると、鋭い言葉の刃でズタズタにされてしまうかもしれないので、用事も終わったし早い事退散してしまおう。
「それじゃ、僕はこの辺で失礼するね」
「ちょっと待って頂戴。この後、何か用事はある?」
「いや、特にはないけど、あるかもしれないなーって」
「ないってことね。ちょっと手を見せて貰ってもいいかしら?」
「えー・・・何するつもり?」
未だに笑顔のエンプレスからは何やら悪戯めいたものを感じるが、手のひらを出して早くしろと急かされるので、恐る恐るその上に自身の手を乗せる。
手首をスッと軽く掴まれる。
「・・・あの?なにこれ?」
「捕まえたわよー」
突然エンプレスが、僕の後ろに向かって声を掛ける。
何が起きたのかは分からなかったが、後ろから聞こえる声色を聞いて、ようやくと理解した。
「作戦があるといってましたが、こういうことでしたか。エンプレスがブラックローズと既知の仲だとは思いませんでした」
「仲良しこよしよ。まぁ、私が呼ぶ前に向こうから来てくれたんだけど」
「こういった騙し討ちのような手は好ましくないのですが。それと、友人を売るような真似をするのは辞めた方がよろしいかと」
「相変わらず真面目ねー。別に取って食おうというわけじゃなくて、少しお話するだけでしょう?そんな目くじら立てなくてもいいじゃない」
「不義理はいつか身を滅ぼしますよ」
「人を選んでやってるから問題ないわよ」
これは、罠に嵌められたという奴だろうか。いや、罠に飛び込んだというのが正確なのだろうが、そういう問題ではない。
状況がやっと把握できたので急いで逃げるべく、掴まれている手を振り払おうとするが。
「貴女が強く振り払ったら、私は怪我しちゃうかもね?」
「自分の身体を盾に使うなんて卑怯じゃない!?」
「あら。私は自分の武器をしっかり理解してるだけよ?諦めなさい?」
そこまで強い力で掴まれている訳ではないが、そう言われてしまっては振り払うのを躊躇ってしまう。魔法少女がその程度でどうにかなる程柔じゃないということは十分理解しているが、見た目だけは華奢な細腕は、確かに力を入れたら折れてしまうのではないかという錯覚をしてしまう。
エンプレスとそんなやり取りをしている内に、背後の人物がそっと肩に手を置いて逃げ場を塞ぐ。
「それじゃ。後は二人でごゆっくり」
「待って!置いていかないで!」
手をひらひらと振りながら部屋の外へ出ていくエンプレスを、首を回して見送るしかできない。
エンプレスが見えなくなったと同時に、背後にいたサファイアと目が合う。
「逃げないでください、ブラックローズ」
「・・・・・・はい」
まわりこまれてしまった。
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