53話 未開地の脅威
この転落した場所をダンジョンと仮定して行動をすることにした。ホーンラビットは想像を遙かに上回るステータスで、複数出現すれば対抗するのは困難だろう。
あの兎が強いのかこのダンジョンの魔物が強いのかは分からない。だが、侵入者の無い閉鎖空間で魔物が淘汰され、より強い者が生き残る環境ならば生息している全ての魔物が脅威となる。この場所は危険だ。一刻も早く脱出をしなければ生還への望みが薄れてゆく。
休息を減らしてでも先を急ぐか、しっかりと体調を整えて撃退しながら進むのか。どちらが正解なのかも分からない。そんな環境の中、俺達は静かに進む。
「シロ、ラミ。とにかく脱出までの行動方針を決めるのにセーフゾーンのような魔物が出現しない場所を探してくれ。その場所で、一度、休息を取りながら行動方針を決め、その内容を検討しよう。」
「そうだね。一気に進むか、警戒しながら安全に進むか。どっちも微妙だね。」
目先の目的はセーフゾーンを探す事。魔力の薄い魔物が発生しない場所を探す。
石材で組まれたダンジョンは人工的だと感じるのだが、いつ、誰が、何の目的で作ったのかは不明だ。俺達は考古学者ではない。そんな事より地上に出て魔国へ早く向かいたい。そんな気持ちが先行していた。
「シロ、トラップとかありそうか?」
『申し訳ありません。私では有無を判断出来ません。』
「ラミはどうだ?」
「わかんない。」
人工的に作られた場所ならば、侵入者を阻むためにトラップが存在する可能性が高い。だが、誰もそれを発見したり解除することが出来ない。魔物に加えて罠も警戒しなければならない。
「あの場所はどうかな?」
ラミが10m四方位の小部屋と思われる場所を発見した。入口は一カ所しかない。この場所ならば魔物を警戒するのも楽だろう。
「よし、そこで小休止して脱出までの計画を話し合おう。」
小部屋の中を確認するが魔物はいない。どうやら少しは安全を確保出来そうだ。皆で中に入り座り込んで休息を取り【周囲探索】を念じて生体反応を確認する。半径500mには、今は何も居ないようだ。魔道具袋の保存食を三等分して分け、万が一のために各自で保管する。
「さて、休みながらでいい。聞いてくれ。この場所は人工的な場所で罠が設置されている可能性がある。もし罠に嵌まったり魔物に分断されて別々になった場合は、むやみに移動せず、その付近に留まって捜索を待つことにしよう。多い方が少ない方を探す。三方別々となった場合は、仕方がない。上を目指して進んでくれ。」
『承知しました。』
「うん、わかった。」
「それから脱出までの行動方針だが、安全を第一に罠と魔物を警戒しながら進もう。速度を優先して進むのはリスクが大きい。一刻も早く脱出してアルカを救出したいのだが、無理をして進むと誰かが命を失う可能性が高い。彼女は処刑される訳じゃない。急ぐ必要はあるが今はダンジョンから安全に脱出する事を優先にしよう。」
オリハルコンの剣に触れ、アルカを思い出しながら二人と話していると、遠くから音と小さな揺れを感じた。
「!? 何か来る…?」
徐々に音と揺れが大きくなり、近くまで何かが来るのを感じた。
ズシーン… ズシーン…
「や、ヤバイ!部屋の入口へ行け。そして隅に隠れろ!」
本能で勝てない事を察知し咄嗟に隠れた。俺達が先ほど通っていた通路を赤いドラゴンが通って行った。
ズシ…ン… ズ…ン…
「あ、危なかった…。ダメだ、あれは無理だ。さっきの兎とは強さのレベルが違うのを本能で感じる。」
二人を見ると青褪めていた。同じことを感じたのだろう。
『あ、主殿…。アレはレッドドラゴンでしょうか…?』
「分からないが恐らくそうだろうな。恐ろしい威圧感だったな。」
「ラミも怖かった。あんな魔物には勝てないよ…。」
三人共に悲壮感が漂う。果たして生還できるのだろうか?レッドドラゴンと遭遇して逃げられるのだろうか?他にもっと強い魔物がいるかもしれない。
「諦めたら終わりだ。とにかく慎重に進んで地上を目指すぞ!」
『はい』 「うん」
【周囲探査】を行い、付近に生体反応が無い事を確認して小部屋を出た。このダンジョンの通路は幅が広く天井が高い。何の目的で作られたのだろうか?人族が通るにしては通路が大きすぎる。先ほどのドラゴンは7~8mはあった。ラミが獣化しても十分に動ける大きさだった。
このダンジョンは照度が確保出来ているので探索には助かる。だが、見通しが利くという事は魔物からも見つかりやすい。そのため【周囲探査】を定期的に念じて警戒をしている。これならば魔物を避けて脱出できるかもしれない。
「ラミ、危なくなったら自己判断で獣化しろ。人化に拘らなくてもいいからな」
「うん。でも獣化すると話せなくなるし、テセウスに嫌われそうだから嫌なんだ。」
「嫌ったりしないって。」
「でも、獣化したワタシを抱こうとは思わないでしょ?」
「え!? あ…いや…まぁ…その…」
「ギリギリまで頑張って駄目なら獣化で戦うから安心して。」
「ああ、無理はするなよ。」
「うん。」
『主殿、何か先ほどから複数の気配を感じるのですが…』
「気配?」
『はい。近くに複数の何かを感じます。』
「ラミは何か感じるか?」
「わかんない。」
俺は【周囲探査】を行い生体反応を調べる。離れた場所に反応は感じるが、近くに反応は無かった。
「シロ、探査したけど生体反応は無いぞ。」
『そうですか…。しかし私の感覚が危険だと警鐘を鳴らしております。』
「ん?勘違いじゃないのか?」
「そうよ。シロは気が張ってい…」
『ぐぁっ…』
グルアアァ!!! ゴアァ!!
「なに!どうした。シロ大丈夫か!」
シロが突然飛ばされ、血を流している。そして複数の唸り声が周囲から聞こえた。その正体が微かに視認出来た。陽炎に包まれた犬の様に見える。俺はその視認した陽炎にステータス鑑定をする。
━━━━━━ステータス━━━━━━
種族:シャドーウルフ
階位:※※
体力:277
魔力:239
技力:149
膂力:402
速力:211
心力:130
弱点──────────
光属性
━━━━━━━━━━━━━━━━━
「おい!コイツら透明な魔物だ!」
ステータス結果を大声で二人に伝える。シロが魔術〝火焔線〟を放つが、攻撃が当たっているのかも分からない。この狼どもは【周囲探索】に反応しない。何匹いるのかも分からない状況だった。事態は深刻だ。見えない感知できない相手に攻撃を与える事は不可能だ。唯一の弱点が〝光属性〟だったが俺は光属性の魔法は練習中だった。
「ひとまず逃げるぞ!強さは兎と同等だが攻撃が当たらない。二人とも走れ!」
シロが血を床に落としながらも走る。彼を先頭にし、中衛をラミとし、殿を俺が請け負う。
「シロ!進む先は任せる。全力で走れ!」
今は出口から遠ざかったとしても狼どもから逃げる事を優先する。追いつかれているのか囲まれているのか分からない。だが止まる訳にはいかない。俺達はこの危機を回避するため全力で走った。
そのとき、先頭を走っていたシロの足元が崩れ出した。
『主殿!トラッ…』
崩れた床と共にシロが落ちる。俺は咄嗟にシロの方へ走り救出に向かう。が、俺とラミの足元も崩れて三人とも落下した。
ガラガラ!!! ドスン!
「うがぁ…いってぇ…」
「きゃぁ!いったーい」
『ぐがぁ…』
落下地点から3~4階ほどの高さであろうか、三人は真っ暗な部屋に落とされ、そして床に叩きつけられて痛みで動けなくなった。
「シロ、ラミ…、大丈夫か?」
「#ハイヒール!」
俺は、シロ、ラミ、自分の順番でハイヒールを掛けた。
カサカサ… カサカサ…
「二人とも、動けるか?」
『はい、ヒールのお陰で何とか動けます。』
カサ… カサ…
「ワタシも何とか大丈夫だよ。ありがとう。」
カサカサ…カサ… カサカサ…カサ…
「よし。とりあえず灯りを確保して移動するぞ。」
落ちた先は土床のお陰でダメージが軽減されていた。不幸中の幸いだった。周囲が暗いので灯りを確保し安全のため陣形を組もうとしたとき。
「#ライトボール」
「『「 ぎゃーーーーー!! 」』」
1mぐらいの毛深い黒蜘蛛の大群に囲まれていた。
数百数千はいるだろうか?カサカサと大きな蜘蛛が蠢いて俺達を狙っている。
あのトラップは、この蜘蛛たちが糸の上に床石材を置いて仕組んだのかもしれない。餌場に落とし込むために。俺は魔力減少を躊躇することなく500発のビット魔法を前方に放った。
ズガガガーン!!!!
大きな音と共にビットが黒蜘蛛を貫通、破裂させ緑の体液が飛散する。魔法を放った場所の蜘蛛が飛び散ったお陰で土壁に穴が開き、そして1本の道が出来た。
「今だ!この道から壁穴まで走れ!!」
三人は死に物狂いで走った。痛みも忘れて走った。恐怖と気持ち悪さで軽くパニックになりつつも走った。
カサカサカサカサァ!!!!
「『「 ぎゃーー!追って来るぅぅ!! 」』」
大量の毛深い黒蜘蛛が追って来る。脇目も振らず全力で走る。黒蜘蛛は速かった。俺とシロは何匹かに飛び付かれて肩や腕を噛まれ肉が千切れ傷を負う。それでも振り払いながら光球が照らす暗闇を必死に走った。
すると目の前にぼんやりと光を放つ泉があった。
「泉に飛び込め!」
蜘蛛は体毛の油分で沈まないと記憶にあったので、咄嗟に二人へ指示を出した。
バシャーン!! ゴボゴボ…
水面を見上げると蜘蛛の姿は無かった。二人に水面を指し見るようにジェスチャーをする。だが、精々数分の時間稼ぎをした程度だ。息が切れれば蜘蛛の大群が待っている。二人に待つように手振りを行い、俺はゆっくりと水面へ向かった。水面に蜘蛛の姿は見えない。そして顔を出すと黒蜘蛛は壁の穴から先には侵入していなかった。
二人に水面へ上がるように手振りをする。
「ぷはぁ。蜘蛛は?」
「なぜかあの穴から先へは入ってこない。ここは結界的な何かが作用しているのかもな。」
『ぶはっ。はぁはぁ…。主殿、敵は?』
「ああ、あそこを見てみろ。」
この状況を結界が作用していると仮定して、警戒を解かずに休息をすることにした。そして蜘蛛に噛まれた傷へヒールを掛けようとしたとき。
『主殿、傷が徐々に治癒しております。』
「うん!? 本当だ…。これって島のパパイヤに効果が似てるな。」
『そうですね。治癒速度と言い、効果と言い。〝奇跡の実〟に酷似した効果ですね。』
「なにそれ?」
「ああ、シロの出身地って神の眠る島ってところで、そこに回復効果が高い実があったんだ。その実は神の加護を得たものが入手できる有難い物だった。」
「ふーん。それで?」
「…いや、別にそれだけだ。」
「あっそう。」
ラミに「興味が無いなら聞くな」と言おうと思ったのだが、言わなかった。たぶん会話に入りたかっただけなのだろう。
状況は徐々に悪化しているが一時的に危機は脱出した。だが、この泉の出口は、あの蜘蛛が待機する穴しか無い。進むことも戻ることも出来なくなった。幸い、この結界のお陰で食料がある間は生きていられる。しかし、残りを節約しても1~2週間ぐらいの残量だった。
「さて、現実的な話をしようか。少しの間は生き延びられる。だが食料が余り無い。餓死するか食い殺されるか、どっちかいい?」
『私は餓死より戦って散りたいと思います。』
「ワタシも餓死は嫌。」
「わかった。ギリギリまで方法は考える。でも最悪の場合を覚悟しておいてくれ。」
他に選択肢は無かった。餓死するより戦う方が僅かながら可能性はある。食料が尽きるその時まで、俺たちは諦めずに修行と訓練をして勝率を上げる事にした。




