43.エヴァとリサの戦争①
朦朧としているのは薬の作用。
胸の詰まる感じはいつものこと。
耳鳴りのように、全てを否定する言葉が頭の中でこだまする。
顔が火照っている。汗は出ない。
口の中が苦い。舌も麻痺している。
硝煙の匂いが、躰に染みついて取れない。
刻み込まれた感覚。無意識の中でも勝手に躰が反応する。
全身が重くて痛い。限界を超えても人は簡単に死なない。
否応なく擦り込まれる情報。思考が揺らぐ。
時折、暗闇と明るみが交互にやって来る。それが何かわからない。
恐怖は感じない。それどころか、何も感じない。
目的の完遂。それが全て。必要なら相手の命も奪う。
壊れていく。自分が自分でなくなる。
混濁する記憶。もう、断片的でしか繋がらない。
そこはかとなく悲しい。
……トモコ、ナオヤ。
辺りがゆっくりと白み始めた。朝日が雪を湛えた山脈を照らし出す。その反射で浮かび上がる高原。新緑の木々と草原が山々の前に広がっている。足元の谷底からは微かに届く大河の唸り。未だ雪解け水が混じる濁流が、渓谷の岩盤を削りながら蛇行していた。
太古から続いているであろう風景は幻想的とも思える。人間さえいなければ、ここは永遠の楽園なのかもしれない。
思いを馳せながら息を吐く。白い粒子が目の前に広がった。夏も近いというのに朝は冷え込む。踏みしめた大地は夜露で濡れていた。アフガニスタンの山は人を拒む厳しさがある。だが、それでいて美しい。
「(きれい……)」
微かな呟きが聞こえた。エヴァ・メチニコフは声の主に軽く視線を送る。そこには同じように白い息を吐き、後ろから歩み寄るリサ・パーカーの姿があった。防寒ジャケットのフードを外し、冷たい空気に顔を曝してみせる。
「(……そうね)」
エヴァは短く答えた。
この一時を惜しむかのように、その場に佇む二人。辺りをやんわりとした明かりが包み始める。
ここからは国境も近い。山の向こうはパキスタン領。しかし、国境線はその形を成していない。地図に描かれたただの線。
パキスタン側を支配しているのはパキスタン政府ではなく、いくつかの山岳部族。大半がパシュトゥン人で、この山岳地帯にもぐり込んだタリバンと同じ民族。絆は強い。タリバンを裏で支援するのは当然の流れ。
元々、植民地時代に勝手に引かれた国境線。他人が勝手に作った地図で民族を分断することはできない。パキスタン政府もそれを十分承知していて、山岳部族の反発を危惧し、この地域に手を出そうとうはしていない。
「(時間)」
エヴァに合図を送ったリサ。ニット帽を被ると、スリング掛けしていたAK47自動小銃を手に取った。チャージングハンドルを少しだけ引く。薬室内の弾を確認し、セレクターレバーをセーフティポジションに押し上げた。そして、ピカニティレール載った光像式照準器を覗き込む。
「(……ええ)」
頷きながら、キャップのつばを押し下げたエヴァ。同じように、抱えていたM4カービン自動小銃のチャージングハンドルに指を掛け弾の装填を確かめる。光像式照準器の他に、ハンドガードにはフラッシュライトとM203グレネードランチャーが装着されていた。
二人ともタン系色のBDUを着ていた。同カラーのタクティカルベストを身に着け、小ぶりなデイバックを背負っている。足元はブーツ。腰には自動拳銃。完全武装の出で立ち。準備は整っていた。
一拍置いて、エヴァは頬を強張らせる。鋭い視線を周囲へと走らす。一瞬にして、まとった空気は威圧感さえ感じた。隙の無い表情。以前の彼女とは別人のよう。そして、ゆっくりと手を上げる。
合図だった。誰も居ないと思われた背後の森がざわつく。木陰から姿を現したのは、野性味溢れる顔つきの男達。3CデザートパターンのBDU。タクティカルヘルメットにプレートキャリア。手にはエヴァと同じM4カービン。スコープ付きの違う自動小銃を抱えている者もいる。全部で12人。重装備の戦闘部隊が、エヴァ達の背後に揃った。
911の同時多発テロ。その首謀者といわれるアルカイーダのウサーマ・ビン・ラーディン。彼を匿っているという名目でアフガニスタンへの空爆を始めた米国を主体とする多国籍軍。掲げた目的はタリバン政権の打倒だが、本当の意味合いはテロへの報復。世界最強の国に喧嘩を売ったらどうなるかを世の中に示す必要があった。
圧倒的な軍事力を背景に多国籍軍と、その支援を受けたアフガニスタンの北部同盟は、瞬く間に首都カブールとタリバン政権の中枢であったカンダハールまでも陥落させた。
タリバン政権に代わり新しく発足したアフガニスタン暫定行政機構。議長となったハーミド・カルザイは、好機と見なし混乱を収拾するためタリバンとの和解を図る。劣勢を強いられていたタリバン側もそれを了承。事態は和平へ進み始めると思われた。
だが、依然として行方の知れないウサーマ・ビン・ラーディンを執拗に追う米国政府はそれを一蹴。タリバンが新政権に加わることを認めず、パキスタン国境付近の山岳地帯に残党を追いやることとなった。結果、タリバンの残存勢力は身を潜め、今も反撃の機会を狙っている。
一方、タリバンを排除した暫定行政機構だが、一枚岩とはならなかった。米国に後押しされ議長になったハーミド・カルザイは苦悩する。本来、北部同盟は反タリバンというだけで各部族が繋がっていただけのもの。ふたを開けてみれば、行政機構の閣僚ポストの取り合いが始まった。皆、生まれ変わった国の利権争いにご執心で、国の未来のことなど二の次。取り残されていくアフガニスタンの国民は、不敏な生活に不満を抱え始めていた。
新しい政権になり選挙という民主主義のかたちは得たものの、治安は一向に良くならず爆弾テロも頻発していた。混乱が長く続けばタリバンの反撃で足元をすくわれかねない。
その上、多国籍軍の支援もいつまで続くか分からない状況となっていた。米国の関心がイラクに移り始めていたからだ。勢い良くおもちゃ箱をひっくり返し、片付けを終えないまま次に移ろうとしていた。
そして、この代償はいつも通り弱者が負うことになるのだ。
エヴァとリサがアフガニスタン入りしてから三ヶ月が経っていた。
現在、課せられているオペレーションは山岳地帯を通過する輸送車両への襲撃。タリバン兵やその兵站に対する工作ではない。タリバンが加担している場合も多いが、狙いは国境を越えて運ばれる麻薬である。
今も昔もアフガニスタンは麻薬の一大生産地である。それはタリバンや非合法な武装勢力の資金源ともなっている。
麻薬の密輸ルートはいくつかある。代表的なのはタジキスタンやウズベキスタンを通りロシアに流れる中央アジアルート。カザフスタンを通りロシアを経由し欧州に至るヨーロッパ・北部ルート。そして、このパキスタンの国境を超えるバルカンルートはイラン、トルコを経由して英国に運ばれる。
工作の目的は奴らの資金源にダメージを与えること。その為に、積み荷の麻薬を没収し廃棄する。もちろん、表向きは麻薬犯罪の取り締まりだ。アフガニスタン政府お墨付きの活動でもある。
とはいえ、星の数ほど行われる密輸をいくつか潰したところで、どれほどの効果を生むのかは分からない。ただ、泥沼化しつつあるアフガニスタン情勢の中においては、まだ意味のある仕事ではあることは確かだった。
エヴァとリサ。二人と行動を共にしているのはFASTの部隊だ。アメリカ麻薬取締局の海外派遣部隊である。アフガニスタンに限らず世界中で活動している彼等。中でもこのアルファチームは米軍特殊部隊と同等の訓練を積んでおり練度は非常に高い。それに、麻薬撲滅を掲げる執行機関だけあって志気も十分だった。
アフガニスタン全土での治安維持は多国籍軍で編成れされた国際治安支援部隊が当たっているが、それとは全く別分野の活動となっていた。CIAとDEAの組み合わせも珍しい。
手順は決まっていた。まず、DEAの現地捜査部が地元の人間を雇い、ケシ畑を持つ農家へ労働者として送り込む。要は内定をおこなう訳だ。そして、スパイが収集した情報をもとに密輸の詳細を把握する。その後は監視を続け、麻薬の出荷を見計らい輸送する車両を襲撃するのだ。
CIAの役割は現地アドバイザーとして情報を提供することだった。主にDEAにはない衛星や無人機などによる支援がそれにあたる。
実績から見れば、成果は着実に上がっていた。アルファチームが優秀なのも要因だが、それに加えてエヴァ達の提供する情報が優れていた。随分前からこの山岳地帯に入り密輸ルートの下見をしていたエヴァとリサ。特にエヴァの的確なアドバイスは絶妙だった。多彩なプランを提示するエヴァにはFASTの連中も舌を巻く程。IQの高い彼女ならではといえた。
とはいえ、実戦という意味では経験の浅いエヴァをカバーしていたのはリサだった。彼女の戦闘スキルはそれをしても余りあるもの。リサは兵士として、戦闘マシーンとして、既に完成していた。戦う姿を一度でも見た者は、誰でも敵に回したくないと思うだろう。それほどだった。適性者の中でも、戦闘における能力は突出していた。
事実、リサはビクターの虎の子であった。そして、今はエヴァと行動を共にさせている。つまり、ビクターのエヴァに対する期待の表れでもある。故に二人は最強の適性者コンビである。
そんなことは知らないFASTの連中。最初はCIAの手など借りる必要が無いと言っていたが、今では当然のように一目置いていた。部隊の隊長、トーマス・ジェイコブスもその一人。理解ある彼のお陰で、エヴァ達とFASTの連携は上手くいっていた。
今回は日の出と共に輸送車を待ち伏せる手筈となっていた。基本的にFAST部隊の移動に車両は使わない、夜明け前にヘリで現地に降り立っていた。情報が入ったらすぐに展開する。機動力を活かしたRUN&GUNによる奇襲がこのオペレーションの肝であった。
岩肌剥き出しの渓谷。底を流れる川に沿って走る道路が眼下に見えた。周りに多少の木々はあるが、それよりも大きな岩がゴロゴロしている。エヴァとFAST部隊は、そういった障害物を縫うようにして実行ポイントへと向かった。
時折、車が通過しているが数は少ない。相手が単なる麻薬マフィアなら抑えることは容易だが、タリバンなら戦闘になることは避けられない。住民などがいないここは仕事の舞台としては妥当な場所だった。
上空では無人機MQ-1Lプレデターが、既に目標の車両を追っている。予定通りの状況だった。
「(いたちごっこは、いつまで続く?)」
軽快に足を運んでいたリサが訊いた。以前と変わらぬ淡々とした口調。感情のない声色だが、皮肉が混じっているのは分かる。しかし、エヴァは反応しない。リサは追い討ちを掛けるように続ける。
「(国中のケシ畑をナパームで焼く方が早い)」
いささか乱暴な物言い。ここはベトナムではない。その気持ちは理解に足りるが、アフガニスタンでケシの生産を生業としている農民は多い。唯一安定している生活の糧なのだ。ケシ以外の穀物を育てるように、新しい政府も補助金を出すなどの支援をしているが、流通が整っていない現状ではマフィアからのアフターケアが万全なケシを生産する方がよほど稼げるのだ。良い悪いの問題は貧困に喘ぐ民の前ではあまり意味を持たない。
リサの顔を見て頬の緊張を解いたエヴァ。少し和んだ表情になる。
「(そうね。でも、密輸ルートで押さえることには意味があるの。農民は既に代金を受け取った後だから彼らに損はない。生活に困窮すれば彼らの不満は政府に向けられ、やがて再びタリバンに傾倒する)」
「(……いたちごっこも、バランスをとる手段のひとつ?)」
「(そうね。割り切れないことは、この世にいくらでもあるわ)」
「(分かった)」
リサは微かにはにかんだ。
エヴァは知っている。リサは賢い。そんなことなど、実はとっくに承知している。これは、自分と雑談する為のネタフリ。感情が無いように見えるが、それは厚いベールに隠れているだけ。冷酷な部分もあるが、それは彼女の運命がそうさせてしまっているだけ。本当はやさしい心を持っている。そう、エヴァだけが知っていた。
911の後、二人があの施設で出会ってから三年近く経過していた。実際のところ、エヴァがヘリックスファームプログラムの訓練を終えリサと再会したのは、つい半年ほど前。訓練に二年ほど費やしているから、リサとの付き合いは前後を足しても一年足らず。それでも、今ではお互いのことを良く理解し合っていると感じている。
理解という表現はいささか正しくないかもしれない。実は未だにお互いの個人的な情報は仕事に必要な事しか知らない。だが、そう断言する理由は他にある。
それは、二人で行動すると良く分かった。センシティブな場面に遭遇した時、お互いの思考が繋がり行動がシンクロするのだ。あうんの呼吸の更に上といったところだろうか。リサはそのことを違和感だと思わないらしいが、エヴァは不思議に感じていた。この妙な感覚は適性者特有の者なのかもしれない。
この感情はリサと再会した時から続いている。エヴァが受けた訓練。ブートキャンプは準備運動のようなものだった。その後、適性者を監禁しておこなうプログラムは人体実験と変わらなかった。意思が強くなければ正気を失うほどのもの。狂人ビクター・ヒル。彼の私欲による蛮行そのものだった。事実、プログラムで廃人になってしまった適性者もいた。
エヴァも例外ではなく、訓練を終えた時は心身ともに衰弱しきった状態だった。直哉と友子が唯一の支えとなり、かろうじて乗り切っただけのものだ。ともすれば、自分を見失いかけていた。
そんなエヴァをリサは何もなかったように出迎えた。「お帰りなさい」と言って。彼女自身もそれを経験している。もちろん、エヴァもそのこと知っている。だから、それで十分だった。リサの気持ちに救われた。それが、今に繋がっている。
『(ハンター1。こちらハンター3。フォックスの散歩を確認――どうぞ!)』
目的地に到着し、待機状態でいるところに無線連絡が入った。前進しているFASTの斥候組からだ。それは彼らの視界に目標が入ったことを意味する。間もなく、ここにやって来る。
「(ハンター3。了解した)」
ジェイコブスが答えた。おのずと隊内の緊張が高まる。
フォックスはこの地域にも生息するアカギツネのことだ。動物の名を秘匿コードにすることは多いが、狐は何故が悪いイメージで使われることが多い。奴らにとっては迷惑な話である。そして、それをハンターが負う。まさに狩りということだ。
地球の裏側から衛星を介して送られてくる情報は正確だった。バージニア、ラングレーのサポートチームがMQ-1Lプレデターの目を使い、この状況をつぶさに見ている。今のところ想定通りの展開。
現場は草木が殆ど無い山の中腹。国境を越える峠の途中にあった。荒れた道路が蛇のようにうねって麓から続いていた。道路の片側は急こう配の山、反対側は谷底まで切り立った崖になっている。エヴァとリサは山側から見下ろす位置で大きな岩陰に身を隠す。道路までは100メートル足らず。
実行ポイントは道がヘアピンカーブになっていた。車両がスピードを落とさずには通れない場所。奇襲には理想的。残りのFASTの隊員も、そこを十字砲火に適した形で囲み配置に付いていた。
「(――ハンター1。別の車両が上がって来た。二台だ。人が乗っている。見たところ民間のバスだ……どうする?)」
斥候組に状況に変化が起きていた。
『(ハンター3。了解。停車させて、足止めしてくれ。巻き添えになるとまずい)』
「(ハンター1。了解)」
斥候組の一人が双眼鏡を覗く。二台とも中型のバスだった。外国から中古で輸入されたものであろう。汚れていてはっきり見えないが、車体側面に漢字が書かれているのが分かった。乗っているのは、やはり民間人と思えた。皆、民族衣装を着ている。バスのルーフには後付けされたようなラックがあり、たくさんの荷物が載せられ紐で括りつけられている。パキスタンへ向かう人々だと判断できた。
確認できたところで、斥候の二人は隠れていた岩陰を離れ斜面を下った。そして道に出ると、バスに向かって手を振る。突然現れた外国人の兵士を見付けた運転手。ゆっくりとバスを停車させる。もう一台も、その後ろに続いて止まった。
バスに近付くFASTの隊員。銃を構えながら運転席を覗くと、ハンドルを握っていた男はゆっくりと手を上げた。老人と言って良いくらいの見た目。男はしわくちゃの顔で隊員に愛想笑いで応えた。抵抗する気は毛頭ないといった様子。隊員は引き金から指を離した。
斥候組がバスに対応している間に、フォックスと呼んだ目標の車両は現れた。旧式のボンネットトラック。ここではごく普通の代物。新しいトラックなど見かける方が稀だ。車体は砂埃にまみれていて、元の色が判別できないほど汚れていた。荷台は骨組みに幌が掛けられ中は見えない。そこに麻薬が積まれていると予想できた。
他に車はいない。道路近くで様子を窺っていたFAST隊員の一人が、ジェイコブスの合図を受け飛び出した。手には発煙筒。既に着火してあるそれを道路の中央に転がし、トラックに向かって手を振った。停車の合図である。
それを視認したであろうトラックはスピードを落とした。同じくして更に隊員が二人加わり、道路で同じように手を振った。人数が増えたのに驚いたのか、トラックは途端に減速しヘアピンカーブの入口で停車した。
『(ハンター1。こちらハンター2。運転手と助手席で計二名。両方男)』
今度はFASTのスナイパー組からの連絡だった。エヴァ達より更に後方の山手に狙撃位置を確保していた。狙撃手は隣に観測手を従え、減音器付きのSCAR-Hを抱え大型のスコープを覗く。レクティルが運転席を捉えていた。安全装置は既に外してある。目標まで200メートル程。絶対に外すことのない距離である。
エヴァとリサ、その様子を観察する。大抵の場合、FASTだけで事が済むことが多く、加勢を必要とされることは稀だ。個として能力に長けるエヴァとリサではあるが、鍛錬され息の合った部隊は十分に仕事をこなしていた。
『(捜索を開始せよ)』
ジェイコブスの指示で、トラックとの距離をゆっくり詰めるFASTの隊員。運転席の男に変化はない。抵抗する様子も見受けられない。
「(……様子が変ね)」
エヴァの呟きだった。驚いて動けないだけかもしれないが、運転席の男達は微動だにしない。エヴァは唇を噛む。妙な予感がしていた。
FASTの隊員は一人を残し、二人がトラックの後方へと回っていた。M4カービンを構え警戒しながら近づく。荷台にも動きはなかった。援護を受けながら、片方がゆっくりと荷台の幌を捲る。中を確認した途端、動きが止まった。
その視線の先にあったもの。薄暗い荷台の中。大きな木箱と横に立ち尽くす民族衣装の男。青ざめた顔で、手に何かを握っていた。
「Bomb!!!」
叫んだ隊員は躊躇なく発砲した。乾いた銃声が谷に轟く。
胸に二発の銃弾を浴び、その場に崩れる荷台の男。持っていたのは、やはり爆弾の起爆スイッチだった。それが手から滑り落ちる。一瞬、安堵した隊員。だが、倒れた男の躰からワイヤーが大きな木箱に繋がっていた。隊員は瞠目する。男に引っ張られ、ワイヤーがピンと音を立てて外れた。
「Shⅰt……」
凄まじい閃光。一瞬にして粉々に吹き飛んだトラック。強烈な爆風と衝撃波。それに、耳をつんざく爆音が周囲を襲った。大量の砂塵が舞い上がり視界が無くなる。
反射的に身を伏せたエヴァとリサ。車両の破片や砕けた石が頭上から降り注いだ。
ジェイコブスが無線で叫んでいた。爆発に巻き込まれた三名の隊員の名前だった。騒然となる現場。他のFAST隊員は目を疑う惨状を前に動けずにいた。
自爆。アフガニスタンで起こるテロの手口としては一般的なものだが、この状況では想定外だった。それは計画的に仕組まれた攻撃。立場が逆転した瞬間だった。




