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ポルタトーリ  作者: Vapor cone
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30.告白

 警視庁の事情聴取から戻って来た鷹野。オペレーションルームに越谷の姿を探すも、今は執務室にて来客と談話中であるとスタッフから告げられる。相手が誰であるかも。

「……耳が早いわね」

 独り言のように呟く。加えて知らされたのは、新垣の財布にあったカードの一枚に仕掛けがあり、それが位置情報を特定する発信機になっていたということだった。

「なるほど、筒抜けだったわけね……」

 鷹野は報告を聞き、頷くと踵を返した。

 都心のど真ん中でSMG(サブマシンガン)をブッ放した鷹野。さすがに越谷の説明だけで納得して貰えるはずもなく、半日近く拘束されることとなった。死人も二人出ている。しかも、警察官が撃たれたとあっては、警視庁全体が息巻くのは言わずもがなである。

 刑事部と公安部が捜査の主導権争いで揉めることになったが、話を聞き付けた大神官房副長官の介入により公安が仕切るかたちで決着した。内閣府が絡む案件だけに、当然の働きかけといえよう。内容が内容なだけに、公安に任せたのも頷けた。

 ようやく鷹野は解放されたが、大神が越谷の所に乗り込んで来ることになった。今、まさに報告を求められているところだ。またしても、自ら腰を上げて来たことを考えると、大神が短気というのは本当のようだ。


 部屋の天井には紫煙が渦巻いていた。中央の応接セットのソファーで向かい合う二人。

「――分かった」

 一通り説明をした越谷に向けられた大神の返答。だが、その顔は言葉通りではなかった。意を汲んで越谷が訊く。

「……私立高校で起きた案件の処理が問題でしょうか? 室長も了承していますが……」

「いいや……そんなことはない。私もこの世界は長い。色々なことを経験している。時と場合によっては、そういった処理が必要なのは致し方ないだろう」

「……では?」

 大神は煙草をひと吹かしする。

「そうだな、結果的に情報収集衛星の乗っ取りを防いだことは理解した。それは功績に値する……しかし、相模湾の一件から、なにやら騒がしいことが続くのは何故かね?」

 越谷が淡泊に頷く。

「そうですね。あれはあれとして、そういう時なのでしょう」

「ほう……時、かね?」

 目を細めた大神。黒のブロウフレーム眼鏡。その奥の眼光が増す。

「昨今の世界情勢ですよ。我が国の安全保障も転換期を迎えるべきところにきているのでしょう」

 少し気落ちしたのか、鼻から息を抜いた大神。期待にそぐわなかったらしい。

「なるほど……分かった」

 大神は煙草を揉み消すと立ち上がった。相変わらず、年齢を感じさせない凛とした姿勢。依然として人を威圧する存在感。

「邪魔をしたな、後は警察庁と警視庁が共に納得できる報告書を出したまえ。政府内は私が面倒を見よう」

「ありがとうございます」

 執務室を後にする大神の背中を見送る越谷。その表情は渋かった。

 大神官房副長官の態度はあからさまに不自然だった。今回は貸しにする、ということだろうが、あの口ぶりは信用していない証だ。ある意味、警告なのだろう。今後、必ず横槍を入れてくる。十分注意する必要があった。

 一連の報告には、もちろんリサもモラレスも含まれていない。越谷の目指すものの為には、決して明かせないことだ。別の問題として、モラレス達にリサが健在であることを知られてしまったこともある。黙考する越谷。ここからが正念場になるだろう。長い年月を掛けた計画を諦める訳にはいかない。

 壁に掛かった写真を見遣る。イラクで撮った写真だ。じっと見詰めるその様は、自分の志を確かめ奮い立たせているようにも見えた。


 宿泊棟へ繋がる通路。闊歩する鷹野は不機嫌だった。それは、決して事情聴取に長々と時間を取られたからではない。

 一目散に新垣の部屋へと向かう。セーフハウスで匿う予定だったが、襲撃によりここへと舞い戻っていた。視界にダークスーツを着た警護課の男が入る。部屋の前に立っていた。男に目配せする。

「許可は取ってあります。入れて下さい」 

 男は頷きドアをノックした。一呼吸の後、「はい」と中から返事があった。ドアが開けられる。

 新垣は、そこが定位置であるかのごとく、中央にある革張りソファーに座っていた。訪れた者が誰か分かると、強張っていた表情がほぐれる。しかし、鷹野は入口を入ってすぐの所で立ち止まった。顔は憮然としている。

「どうしたのですか? 鷹野さん」

 その様子に眉根を寄せる。鷹野が何も言わず視線を送っているからだ。

「……」

 少しうろたえる新垣。

「あなたは、こうなることを分かっていた」

 鷹野は冷めた声色で淡々と切り出した。まごつきながら、慌てて訊き返す。

「何のことですか?」

「そう。じゃあ、別の訊き方をするわ……あなたは、SIMS(シムス)に関して自分に利用価値が無くなっても、再び奴らに狙われる可能性を認識していた」

「い、意味が分かりませんが?」

 頸を傾げてみせた新垣だったが、その動きはぎこちなかった。鷹野はそれを聞き流す。

「そうよね。よく考えたら、あなたの怯え方は尋常じゃなかった。自分の会社とはいえ、防犯カメラにハッキングするような大胆さがあるのに……変よね。単に肝っ玉が小さいだけかと思ってたけど……本当は何かを恐れているのね」

「……」

 強く拳を握った新垣。その顔は青ざめていた。鷹野は壁に寄り掛かりながら見下ろす。

「……とはいえ、肝っ玉は大きい方でもないみたいだけど……あなた何者なの?」

 鷹野が不意に歩み寄った。

「えっ、あ……」

 素っ頓狂な声を発し、跳ねて立ち上がった新垣。そのまま、後退りを始める。ぐっと詰め寄る鷹野。眼鏡のフレームを持ち上げた。鋭い眼差しが注がれる。

 部屋の隅まで追われた新垣。壁を背にして止まった。まさに、ヘビに睨まれたカエル。鷹野は、その顔の真横にトンと手を着いた。顔を近付ける。鷹野の身長は新垣より少し低い程度だ。

「ねえ、隠してることあるでしょ? 私に話して」

 鷹野が口角を上げる。ブルブルと頸を横に振った新垣。怯えた子供のようだ。

「そう? ……なら、今すぐ覚悟を決めなさい」

 冷淡な物言い。鷹野は壁から手を離すと、腰のホルスターから自動拳銃を引き抜いた。顔の前でスプリングフィールドXDsのスライドを引く。冷たい金属音を鳴らし、9ミリパラの初弾が薬室に送り込まれる。

「ひぃ!」

 喉を鳴らした新垣。鷹野はその口を遠慮なく左手で塞いだ。そして、目を瞠る彼のお腹に銃口を突き付けた。

「……どう? これなら、喋る気になる?」

 顔を引き攣らせ、モゴモゴする新垣。一旦、口から手を離す。

「た、たすけ――」

 再び、容赦なく口が塞がれる。鷹野はXDsの銃口をゆっくりと下へ移動させる。それは、じきに股間を捉えた。白目を剥く新垣。

 躰に戦慄が走っていた。人生で最も肌身を通じて恐怖と言うものを感じた瞬間。アソコが縮み上がるなんてもんじゃない。この人の冷酷さは昼間のことで十二分に知っている。その矛先が自分に向けられたときの無力感。それは絶望に近かった。

 狼狽する新垣。だけど、それは口が裂けても言えないことだった。自分は犯した罪をひた隠しにしてきた。無理やり押さえ込んでおかなければ、最悪感と後悔、そして不安で頭が変になりそうだったからだ。口を閉ざすことで、全てを自分の心と、あのサーバーに封印しておくことができた。一生そうするつもりだった。

「……あなた、何か勘違いしていない?」

 予想外な言葉だった。困惑し、その意味を探った新垣。しかし、分からなかった。だが、それは次第に具体化する。

「きっと、自分のことしか考えていないのね。でもね、それは大切なことが何なのか、まだ知らないだけ。昔の私と一緒」

 鷹野は思い当たったように新垣を見詰める。行動とは裏腹に、その瞳は優しくもあり悲し気でもあった。

「でも。あなたは、できたじゃない。人の為に行動することが……後悔はしていないって言ったよね……人生において、本当に意味があるというのはそういうことよ」

 新垣は少し安堵する。本気でアソコを吹っ飛ばす気はないのだと分かった。何かを伝えようとしている。黙って耳を傾ける。

「私ね、今は日本にいるけどメキシコで生まれたの。裕福な家庭に育ち、大学までは楽しく幸せな人生だったわ。でもね……ある時、麻薬カルテルに両親を殺された」

 思わず喉を鳴らした新垣。目の色が変わる。

「突然のことだったわ。訳も分からず悲しんだけど、本当に辛かったのはその先。父は事業に失敗していたのね。それで、資金欲しさに麻薬カルテルに手を貸し、抗争に巻き込まれた。財産は無くなり、親類からは犯罪者扱い。私は独りぼっち。誰も頼れる人がいなくなってしまった……でも、生きていく為には、お金が必要だった。地道に働いて自立しようとしたけど、世間は厳しかったわ。苦しみの連続。それまで、苦労を知らなかった私は貧困に耐えられなかった。情けないけど、メキシコの貧しさといったら、ほんと酷いのよ……」

 鷹野は自分を蔑むような表情をして視線を落とす。見たことのない表情だった。いつの間にか、右腕は落ちXDsの銃口は床を向いていた。左手は新垣の口から胸へと移っていた。その手が新垣のシャツを握りしめる。

「……私はカルテルの幹部達の女になったの。両親を殺した奴らと同類の連中のね。最低でしょ? 次から次へと、いろんな男に抱かれた。娼婦と変わらなかったわ。その過程で犯罪も多く犯した。生活には困らなかったけど、心は荒んでいったわ。クソ女そのもの。落ちるところまで落ちて、死ぬんだろうって思ってた」

 鷹野は顔を上げる。その瞳には強い力が戻っていた。身震いする新垣。

「でもね、間違っていたのね。勘違いしていたのね。結局、自分のことしか考えていなかった。そこから救われて、初めて分かったの。大切なのはどう生きるのかではなく、何の為に生きるかということ。私の選択が間違っていたということではないわ。あれはあれで仕方なかった。だけど、それは、ただ生きているだけ……」

 鷹野は微笑む。どことなく誇らしげに。

「今の私は、私を救ってくれた人の為に生きている。その人に全てを捧げている。自分の為に生きなさいと、その人は言うけれど。でも、私にとって、それは幸せなこと」

 その言葉は、新垣の胸にトゲのごとくチクリと刺さった。小さなトゲだが、じわりじわりと効いてくる。熱いものが込み上げた。

「今度は、私があなたを救ってあげる。人生はやり直しができるのよ。私が見本……さあ、勇気を出して……」

「……」

 自分のことしか考えていないと言われてしまった。その通りかもしれない。誰かの為、何かの為に生きる。少し彼女が羨ましかった。そういう人生ならば、常にある空虚感も無くなるのかもしれない。心の澱が流れたような気がした。短い時間だったのに、ずっと心に抱えていたものを悟られてしまったみたいだ。

 彼女の話は凄すぎて返す言葉もないが、チャンスを生かして前に進めということだ。苦しみから解放されたいと思っていたことも事実。何処かでケリをつける必要があるのかもしれない。それに、今回の件で一生隠し通すことなどできないと分かった。

 真実を話せば、大変なことになるかもしれない。だけど、今しかないと感じた。そして、この人なら本当に救ってくれると確信した。

 うな垂れていた新垣が顔を上げる。躊躇いながら、ゆっくりと口を開いた。

「……鷹野さんなら、知ってますよね? ……“ラビット(Rabbit)パンチ(Punch)”の事件を」

「……」

 瞠目して動きが止まった鷹野。だが、暫くして大きく息を吐いた。頷きながら、暖かい眼差しで見据える。安堵した表情だった。全てを受け入れるように、新垣の背中に手を回し抱きしめた。新垣の躰は小刻みに震えていた。その耳元で囁く。

「ありがとう……納得ね、さすがに驚いたけど。でも、心配はいらない……あなたは私が必ず守るから」

 鷹野は、その頬にそっとキスした。


 “ラビットパンチ”。もちろん、鷹野は知っていた。だが、それもニュースや世間の噂を繋ぎ合わせたものに過ぎない。

 発見したのは、ある情報セキュリティ会社だった。「ラビットパンチ」とはボクシングの専門用語で、耳の後ろを狙った反則技。ウサギを絞めるとき、そこを打って殺していたことに由来する。“ラビットパンチ”もマルウエアがシステムの急所を狙って攻撃してくること。また、使われるプログラムに必ず「キャロット」という単語が含まれていたことから連想して名付けられた。

 “ラビットパンチ”はハッカーの中でも異質な存在だった。ハッカーと呼んでいいのかは、未だに議論が尽くされていない。

 最初に事件として表面化したのはイギリスだった。十年近く前のことになる。シティ・オブ・ロンドンにある証券取引所で、一時的な株価操作にウイルスが使われていた可能性が高まり、当局が捜査することになった。結果、やはりマルウエアによる攻撃があったことが判明する。利得目的ではなく、市場の混乱を狙ったものではないかということだった。

 しかし、ハッキングの起点となったサーバーを調査すると、そこには高度なAI(人工知能)プログラムが存在するのみだった。実際のハッキングが、そのAIプログラムによって行われたことは確かなのだが、それが誰によって仕込まれたものなのかを判明するには至らなかった。

 だが、その後も同様の事件が多発する。ハッキングの対象は多岐に及んだ。イスラエルの大学、米国のIT企業、日本の文科省、ロシアの空軍、インドの通信会社、中国の半導体メーカーなどなど。どれも被害は軽く、対象の関連性もなかった。そのため、“ラビットパンチ”は、“悪戯な気まぐれハッカー”とも呼ばれた。

 世界中の国家機関や情報セキュリティ会社が尻尾を掴もうと躍起になるが、ことごとく見つけられるのはサーバーに残ったAIプログラムまで。追跡できても発見するのは違うサーバーにあるAIプログラムと、堂々巡りが関の山となっていた。

 高度なAIといっても中身はありふれたもので、そこから得られる手掛かりは少なかった。但し、個々のプログラムは似通っており、それぞれが無関係でないことは分かっていた。何処かにオリジナルが存在するのか、単なる個々のコピーなのか。まるでネットから生み出されているような状況。AIということも相まって、中にはネットに自然発生した意思による人類への攻撃だと吹かすものまで現れる始末。

 しかし、最初の発生から半年経たずして騒ぎは収まる。米国の特許商標庁へのハッキングを最後に、“ラビットパンチ”は正体不明のまま、忽然と現れなくなったのだ。各国の諜報機関は調査を続行した。前代未聞のAIを使ってのハッキング。正直に言えば、事件の真相よりも、その技術を我が手にしたいのが本音であった。だが、何の手掛かりも掴めないまま、今に至っていた。


「最初は遊びだったんです……」

 淡々と口を開いた新垣の告白によって真実が明らかになった。始まりは大学生の時。インターネットで知り合った海外のプログラマー達と特殊なAIを作ろうという話になった。世界的に人気のある日本のアニメーションがモチーフ。ネットワークの情報戦に長けた主人公が、最後にネットと融合してしまい、以後そこに生き続けるという話。

 鷹野は興奮した。もちろん知っている。チョー有名なアニメで、原作漫画も読んでいる。

 インターネット上で、何かしら知能を持った存在が生き続けられたら面白いという発想。新垣が仲間とやったことは、ネット上にベースとなるAIプログラムを構築しておき、後は自由にさせるというものだった。大まかな機能は二つだけ、学習と自己保存。でき上がったAIプログラムは、かなりユニークな仕上がりとなった。

 新垣もアイデアを多く出したが、仲間の中にはシリコンバレーの現役技術者らしき人も含まれていて、完成度はかなり高かった。実際にネットワークに放ってみると、とてつもなく面白い展開となった。

 初めは元の巣となるサーバーに留まっているが、学習が進んでくると自己保存=種の保存とAIは捉えるようになった。そうなると繁殖である。違うサーバーに増殖を始めた。しかし、単にコピーを作っても、バグとしてすぐに排除さてしまう。そうなると、いかにバレないように増殖するかの学習を始める。広大なインターネットに接続できているのだから、公な情報だけでも学習には事足りたようで、最後は着実に増殖を始めた。そのスピードは、ぐんぐん上がっていった。

 インターネットの世界で人知れず何かしらの知能が根を張り広がっていく。遊びの実験としては大成功だった。新たな技術の可能性が見えた瞬間でもあった。

 ところが、AIはそれだけに留まらなかったのである。まったく、予想外の展開だった。それは、攻撃という選択を取り入れてしまったのだ。暴走に近かった。それが、“ラビットパンチ”の事件。将来的に自己保存を脅かす可能性のある存在に対して攻撃を行うようになったのである。無差別で法則の無い攻撃に見えていたそれも、AIなりの選択があったのだ。

 だが、新垣達もそういったことにならない為に、抑制機能を付加していたはずだった。世間でよく耳にする、SF作家アイザック・アシモフのロボット三原則である。これをAI版にしたものを最上位命令のコードとしていたのだ。ロボット三原則自体が矛盾をはらんでいるという指摘もある。だが、ここでAIに適用したものはもっと単純なもの。理論上、何かに攻撃を加えることはできないはずであった。

「――AIに、自我が芽生えたとか!?」

 話の途中で、たまらず鷹野が口にした。ソファーで新垣の横に座り、気持ちの昂りで頬を桜色に染めている。先ほどとは一転して、少女のようにはしゃいでいる。

「ええ。まあ、それも少し頭を過ったんですが……残念ながらといいますか、そうではありませんでした……仲間の誰かが、そのコードを勝手に書き換えていたんです」

「あら……」

 期待通りとはいかず、肩を落とし消沈する鷹野。何を望んでいるのだろうか。

「AIの構築に参加した仲間は、僕を入れて4人でした。皆それぞれに身元は伏せていました。先に言ったシリコンバレーに勤めているであろう人も含めて、名前も年齢も知りません。何処の国の人なのかも、詳しくは分かりません。そんな関係で、よく仲間として何かに取り組めるなと思うかもしれませんが、人との関わり合いが苦手な人は多くいます。特別なことではありません……」

 鷹野は肯定する感じで優しく頷いた。

「そうよね……それで、誰が書き変えたのか分かったの?」

「いいえ。問題が事件化してからは、皆蜘蛛の子を散らすみたいに消えました。足が付きそうなデータを全て消してね。だから、誰が何の目的でそうしたのかハッキリしません。ただ、予想はある程度ついています。ハッカーを英雄か何かと勘違いしている感じの人がいましたから……」

「なるほど、そいつの可能性が高いのね……で、あなたはどうしたの?」

 鷹野が新垣の顔を覗き込む。

「正直、迷いました……でも、このまま放っておいたら、もっと大変なことになるのは分かっていました……だから、AIの暴走を止める為に行動を起こしました」

「偉い、逃げなかったのね。やっぱり、あなたはそういう事ができるひとなのよ」

 新垣は照れながら、少し言いにくそうに答えた。

「……でも、やったのはアメリカの特許商標庁へのハッキングなんです」

「ぎえっ!」

 鷹野が、らしくない奇声を上げた。

「それも……だったの?」目を丸くして、驚きを隠さない。「でも、何となく繋がったわ。本当に凄いのね、あなたって」

 新垣は頸を横に振った。

「犯罪を褒められても困ります……それに、今だから冷静に話をしていますが、その時は無我夢中でやっただけです。そして、たまたま上手くいった」

 鷹野が思い当たるに、それしかなかった。米国の特許商標庁に対して起きたハッキング事件。鉄壁のファイヤーウォールを二度も連続して破られたということで話題になった。最初の不正アクセスが発生し実態を把握できないでいるところに、世間で話題の“ラビットパンチ”にやられたのである。

 無論のこと、最初が新垣だった。但し、足が付いてしまい日本からのアクセスであったことが判明。その為、米国政府が日本政府に調査を依頼するまでに発展。米国が指定する項目に、特許の不正流用が無いことを証明しなければならなくなった。特許案の漏えいを危惧した行動だ。その余波は数年前まで続いた。煽りを受けたひとつが、情報収集衛星に搭載されたイオンエンジンだった。それが、ロケットの打ち上げ延期として影響を及ぼしたことは記憶に新しい。

「どうして、特許商標庁へのハッキングを?」

 新垣は頷く。

「僕は、事件発生後もAIの観測を続けていました。世間では“悪戯な気まぐれハッカー”とも呼ばれていたけど、ある程度は攻撃対象を予測することができたんです。世界中に増殖したAIの分布とプログラムの変異状況から」

「それが、アメリカの特許商標庁」

「ええ。変異したAIは、何故か追っかけて来る敵に対しての防御が得意だったんです」

「なるほど、それで待ち伏せを仕掛けたのね?」

「はい。それに分布の先頭にいるAIだけが、増殖機能を持っていたんです。要は親みたいなもの。学習する過程で、そういう形態になったみたいです。各国の機関は分岐点のAIしか見つけられなかったので、増殖しているという概念が得られなかった訳です」

「その親にワクチンを?」

「そうです。でないと効果が期待できない。だから、先回りして罠を仕掛けたんです」

「それに成功した?」

 新垣が大きく頷く。

「ええ。AIは仕掛けておいた自己解体因子に接触して感染。崩壊を始めました。奴らの強みは繋がっていることですから、後は芋づる式です。一週間ほどで全てのAIは根絶しました」

「一件落着?」

「はい。僕も全てを抹消したかったのですが、AIが何処かにスタンドアローンで隔離されて残っていたらまずいので、AIの最終進化版の検体プログラムと自己解体ワクチン。それと、観測システムのみを残してサーバーを封印しました」

 鷹野は感慨深く頷く。

「うーん。それにしても凄い話ね……他には?」

 更に何かを求めているような鷹野。新垣は苦笑する。

「それで、お終いです。後は真っ当な人生を送ってます……まあ、今回の件を起こすまでは、ですが」

「……そうね」

 鷹野も苦笑した。新垣は話を続ける。

「再び、僕が狙われたのが本当に“ラビットパンチ”に関わることだとすると、モラレスの仲間にそのサーバーを覗かれた可能性が高いです。システムの得意な奴だったらピンとくるだろうから……ビルの警備会社のハッキングにはAIのプログラムが必要でした。しかも、逃げるのに必死だったから、何処かに足跡を残してしまったのかもしれません」

 新垣の話が一段落すると、待ち構えたように鷹野が訊いた。

「質問していい?」

「何でしょう?」

「“ラビットパンチ”は勝手に人が付けた名前だけど。あなたは、それをAI、AIって呼んでたわね……自分達で名前は付けなかったの? その……モチーフにしたアニメの設定から○○コマ、みたいなのとか? 同じAIだし」

「……いえ、これといって……僕は、そこまで詳しくないんで」

 目をぱちくりする鷹野。意外だと言わんばかりの反応。

「あ、そう……じゃあ、ウイルスプログラムに「キャロット」って必ず入っていたのは何故? 意味があるの? ……まさか、AIが自らそうしたとか?」

「いいえ。最初、AIにマルウエア構築をトレーニングした仲間がそう設定しただけです……その人がニンジン好きだったのかな……」

「……それだけ?」

「ええ、それだけ」

「ふーん……」

 半眼になる鷹野を見て、困惑する新垣。

「何か……ご不満が……」

 恐々として様子を窺う。この人の裏の顔は二度と見たくないのである。

「……天才とはそんなものなのね……いいの、何でもないわ」

 勝手に納得したらしい鷹野だが、何故だか艶めかしく微笑んでみせる。その熱い視線に危惧を感じた新垣。背筋をゾクッと震わせた。

「ますます、気に入ったー!」

 叫びながら、勢いよく新垣にしがみ付いた鷹野。それは、いささか大胆な抱擁。新垣は当然のごとく赤面してじたばたする。

「ちょと……その……鷹野さん……やめて下さい……」

「いいじゃない、ただのスキンシップよ……大丈夫、食べちゃったりしないからっ」

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